豊饒の海 第四巻 天人五衰 (てんにんごすい) (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101050249

感想・レビュー・書評

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  • 三島由紀夫「天人五衰 ~豊饒の海(第四巻)」

    タイトルのとおり、すでに本多は老いている。
    「東京海上や、東京電力や、東京瓦斯や、関西電力の、『品格のある堅実な』株の持主であることが、紳士の資格であった時代」は終わり、「昭和三十五年からの十年間、・・・花形銘柄は日ましに下品になり、日ましにどこの馬の骨かわからぬものになりつつあった」(P127)。つまり、本多は頑迷になっていたのだった。

    毒蛇にかまれてジン・ジャンが死んだあと、本多が新たな生まれ変わりだと信じた青年、安永透は、自分を選ばれた運命の持ち主と信じている。本多はこんどこそ早死にから救おうと彼を養子にとるのだが、透は次第に傍若無人になっていく。

    豊饒の海、とはいわゆる月面の海のひとつのことだという。もちろんほんとうはただの砂漠でしかない。すべてを失った本多が月修寺(月の寺・・・)を60年のときを経てふたたび訪れるシーンでの、「この庭には何もない。記憶もなければ何もないところへ、自分は来てしまったと本多は思った」(P303)という一文は、人生の果てにたどりついたのがまさに豊饒の海であったことを示している。

    これを書き終えたその日、三島は自ら命を絶った。
    本多の独白。
    「自分には青春の絶頂というべきものがなかったから、止めるべき時がなかった。絶頂で止めるべきだった。しかし絶頂が見分けられなかった。・・・絶頂を見究める目は認識の目だけでは足りない。それには宿命の援けが要る。しかし俺には、能うかぎり希薄な宿命しか与えられていなかったことを、俺自身よく知っている」(P131)。

    読後しばしぼーぜん(結末は知っていたのに)。
    三島由紀夫、享年45歳、私もついに年上になってしまった・・・。

  • 天人五衰。高校生のうちにどうしても読みたかった豊饒の海を読了。最終巻が一番早く読み終わった。華族から昭和初期、戦争、戦後…長いようで短いような濃い時間だった。透君と本多さん二人の視点から描かれていた。海だけを見ていた透君が他人を傷つけ、狂女を囲い…最初に登場した時の爽やかな印象とはかけ離れて行くのは面白い。まさか真面目な本多さんの老境がこのようになるとは。聡子さんの言葉に驚き。一冊の中で何回も予想できないような事件が起こった。
    巻を重ねるごとに物語に厚み、奥行きが増すのは圧巻。何回も読み返したい。

  • 夢の崩壊。
    運命的な人間と世俗的な人間の違いはどうにも言葉で説明できないけれど、卑しい者が生き延びて美しい者にも終わりがあるこの世に、聡子の静かな目線が目を覚まそうとする。

  • 大河ー 大河やったわーー


    不穏な四巻でした。
    見ものだったのは慶子が透に語りかけるシーンでした。
    最後の場面は言わずもがな。

    この小説は、読者の心の欠乏か何かを埋める話ではありませんでした。
    小説を読み終わったあとも考えることを課せられた感じがします。
    すごく読み応えがありました。

    あと、読み終わる前から思ってたのは、
    これを読終え、次に何を読めばいいのか見当もつかないということです。

    それくらい究極的なものを見せられてしまい、
    あとは何で心を沸き立たせていいのかわかりません。

  • 今まで「豊饒の海」には物語が完結してないがために満点をつけなかったが、最終巻ともなれば満点にするしかない! 「暁の寺」で輪廻転生の謎は極致に来たが、この「天人五衰」にはすべてを覆す凄絶さがある。結末をどのように受け止めたら良いのかという複雑な思いで胸が動悸を打つ。また、この作品の原稿を書き上げた日に命を絶った三島の死に対する価値観が反映されているようにも読め、感慨深い…。

  • とうとう終わってしまいました。子供の頃の夏休み、汗を書いて登った学校の裏山の山頂広場、風の音と蝉の声だけの静かな空間に、ひとりで置いていかれたような気持ちです。結局、最後は振り出しに戻って何もなくなってしまった、そんな感じもします。難しくて理解できないところも多々あったものの、日本語の美しさや日本人、神道、仏教に改めて気付かされた最高の読書体験になりました。だけどまだまだ消化不良です。

  • 月修寺へいよいよ行くところ、蝶が登場する。三島文学における蝶、気になるテーマです。豊饒の海は阿頼耶識で最後きちんと締めくくるが、浜松中納言物語の読解においてはどうなるか、もう少し踏み込める気がする。まだわからないが。

  • 源氏物語の「宇治」とリンクしていたことを後になって気が付きました。

  • 謎の多い作品。

  • 一体、今まで読んで見て来たそれぞれの物語は何だったのかと混乱するような衝撃的な結末だった。透は本多と同じ思考を持ち鏡のような存在であったからこそ「本物」にはなれなかったのか、それとも最初から本多の思い込みが暴走していただけだったのか。
    時々1巻ずつ読んでいたため全四巻読むのに1年以上かかってしまったが、今思えばもっと短期間で四巻続けて読んでいればよかったと思った。四巻を読んでいると以前の物語を忘れていると思いきや、そこかしこに清顕・勲・月光姫の存在が強くまとわりつき本多と同様に思い出し続けたため、この物語はこれから何回も読み返すだろうと思う。

著者プロフィール

三島由紀夫(1925.1.14~1970.11.25) 小説家、劇作家。
東京生まれ。学習院時代から文才を注目され、1944年、東大入学と同時に『花ざかりの森』を刊行。47年、東大卒業後、大蔵省に勤務するも、翌年辞職。49年、『仮面の告白』で新進作家として地位を確立。『金閣寺』『鏡子の家』『近代能楽集』など、強固な美意識で彫たくされた作品を発表。海外での評価も高い。68年、楯の会結成。『豊饒の海』の最終回を書き上げ、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地東部方面総監室に立てこもり、割腹自決。

「2017年 『告白 三島由紀夫未公開インタビュー』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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