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Amazon.co.jp ・本 (384ページ) / ISBN・EAN: 9784101050294
みんなの感想まとめ
作品は、短編小説の魅力と三島由紀夫の独自の視点が融合した、深いテーマ性を持つ作品集です。収録された短編は、非常に高い完成度を誇り、各物語が長編小説の雛形のように感じられます。特に、古い世代と新しい世代...
感想・レビュー・書評
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三島由紀夫文学忌、憂国忌。
新潮社の紹介文をお借りすれば、17歳から31歳までの天才作家の軌跡を辿る至極の13短編。
執筆時期が若い事と至極すぎる事で、よくわからない。
よくわからないので、覚書です。
「みのもの月」
昭和17年(1942年)の作。
三島由紀夫(当時18歳・旧制第一高等学校生)まだ文壇デビュー前に書いた難解な習作。
『花ざかりの森』(1941年)とほぼ同時期。
冒頭には、平安中期の仏教書『往生要集 大文第二』からの引用文。
作中は擬古文体を駆使した、平安調の男女恋愛書簡のように構成されている。
若き三島の文体実験。
意味よりも形式の美に向けられているのか?
「山羊の首」
1948年(昭和23年)「文藝春秋」初出。
女たらし(ほとんど死語でしょうか)の主人公は
関係を持つたびに“山羊の首”の幻影に悩まされる。
山羊の首は、西洋文学的には悪魔の象徴とされるところの引用かな。
そして、真に恐ろしい悪魔は、幻影ではなく、現実に存在する“魅力的な女”のほうだった。
「大臣」
1948年11月30日
三島由紀夫が大蔵省を退官した頃に書かれた作品。
当時の官庁生活の経験を踏まえた、皮肉、いや、軽い“嘲笑”を含んだ作品である。
大臣に任命された男は、自分で原稿を書こうとするが、官僚たちにことごとく書き換えられていく。
そこに描かれるのは、昔も今も変わらぬ“お役所”の構造と、国民の政治への無関心すら突き放したようなウィット。しかし、完全な悪意ではなく、どこか人間を見守るような温度も残る。
「魔群の通過」
1948年(昭和23年)7月『文芸文化』掲載
ほとんど知られていない初期短編。元華族の屋敷でのブルーフィルム鑑賞会、翌朝の頓死という昼メロ的導入から、事件性よりも“スキャンダルの匂い”を描くことに傾いた奇妙な掌編。筋の明晰さを求めず、雰囲気だけ残して終わる。
「花山院」
1950年 『婦人朝日』
花山院という天皇の退位を安倍晴明の語りで。
大鏡の「花山院」がモチーフらしいけれど、元を知らないので、よくわからないです。
「日曜日」
1950年7月雑誌 『中央公論』 が有力な記録
若い官吏カップルの、何気ない日曜日デートの積み重ねを描く短篇。
財務省金融局の末席に勤める二十歳の二人は、毎週の日曜日を手帳いっぱいに彩り、三ヶ月先まで楽しげな予定で埋め尽くしている。
物語は淡々としていて、とりたてて事件もなく、むしろ“三島らしくない”ほど静かな小説。
だが、最後の一撃だけが突然、読者を別の地平に突き落とす。
そのラストを読むと、それまでの素朴な日曜日の蓄積すべてが、まったく別の意味を帯びて裏返る。
「箱根細工」
1951年3月『小説公園』
箱根の温泉宿で熱を出した男を、偶然居合わせた女が介抱する。
看病をきっかけに二人は小さな恋仲のような空気になるが、女にはすでに先約があり、しかも借金を抱えているという。先約から贈られたダイヤの指輪を売って返済にあてたいと相談され、男はその指輪を預かって店へ持っていく。
ところが、鑑定の結果は――ただのイミテーション。
贈り物が偽物であったと知ると同時に、二人の恋心もまたイミテーションだったのだと悟らせるオチ。
「偉大な姉妹」
1951年3月雑誌 『新潮』 1951年3月号
大柄な双子姉妹が、この小説の中央に居る。
その兄弟は5人。男子は小柄で女子が大柄。
外見だけで無く、性格もそれに伴う。
兄弟それぞれの性格を詳細に描いて、
姉妹のちょっとした言動が大物で面白い。
でもね、なんの話だろう?という感じではある。何処かで、三島由紀夫が自分の祖母の生家を戯曲化したと書いていたとか。
「朝顔」
1951年 婦人公論
三島由紀夫は生涯を通して、妹を深く可愛がっていた。若くしてチフスで亡くしたその喪失は、彼の作品の奥底に静かに沈む。
この短い小品にも、その「溺愛」と呼びたくなるほどの妹への愛情がにじむ。淡々とした文体のなかに、妹の姿を追憶する。
「旅の墓碑銘」
菊田次郎ものの一作。
作家志望の青年に三島自身を投影していると言われる短篇三遍のうちの一つ。
20代での世界一周旅行の強い影響。
旅行から戻った青年が、旅のあいだに書きためた小説を人に見せる。
その姿は作者自身の青春期と重なる。
ただし“墓碑銘”という重いタイトルが示すのは、
なんだろな
「ラディゲの死」
1951年(昭和26年)10月号雑誌『新潮』
ジャン・コクトーの「友は眠る」という詩を、以前とても印象深く読んだことがあります。
“軽薄な王子”と呼ばれたコクトーが、若くして亡くなった作家ラディゲに寄せた詩で、
眠り続ける友の姿に、自分がこれまで見送ってきたさまざまな人の影を重ねている一篇。
ラディゲは二十歳でチフスに亡くなったフランスの作家で、『肉体の悪魔』『ドルジェル伯の舞踏会』を残しています。
実は私はあまりフランス文学が得意ではなくて、作品はまだ読めていません。
三島由紀夫の『ラディゲの死』は、
三島が夭折の天才に寄せていた特別な感情がよく表れている作品だと思います。
ラディゲという一人の作家を語りながら、どこかで三島自身の“美”や“死”のイメージが重なって見えるような、不思議な文章。
「復讐」
1954年 別冊文藝春秋
軽いホラーとミステリの要素が混ざった、不思議な短篇です。
高校の教科書に載っていたこともあるらしく、そう言われるとたしかに“授業で扱いやすい長さと不気味さ”のある作品だと思います。古い作品なので、ここはネタバレ前提で。
舞台は近藤虎雄一家。家族は五人。
彼らは「玄武」という謎の男から毎年届く復讐の手紙に怯えて暮らしています。
虎雄は自分の戦犯としての罪を息子の代に着せ、自分だけがのうのうと生きている——玄武はその恨みを晴らすつもりだ、と。
ところが、そもそも家族の誰も玄武を知らない。
その玄武が死んだという知らせが入っても、なぜか家族は全く安心しない。
家族同士の会話がどれも意味深で、誰かが何かを知っているようでもあり、全員が知らないふりをしているようでもあり……。
単純に読めば怪談風の味わいがあって、普通に面白い短篇です。
これを高校の授業で扱った先生方は大変だっただろうな、思います。解釈の余地が広すぎて。
「施餓鬼舟」
1956年 群像
熱海の旅館で交わされる、父と息子の取りとめのないような会話。
海には“施餓鬼の舟”が流れていき、その光景を眺めながら物語は静かに進みます。
正直、何を語っているのか掴みにくい場面も多く、「さっぱりわからない」というのが素直な読後感です。
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言葉がきれい。お上手。
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憂国と1・2を争う感じで読み返してます。
三島の本が好きだなーと漠然とは思ってたけど、堂々と三島好きです!と言い出したのはこの辺読み終えてからだなあ。 -
「花山院」が読みたくて。
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人工美。
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「山羊の首」は★★★★★
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三島由紀夫のアンビバレントな内面を感じる短編集であった。
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「花山院」が読みたくて購入。
最後の安倍晴明の「お健やかに!陛下。上皇としての御半生のほうが,先の御半生よりもはるかに安らかな愉しい月日となりますように」のところで,その情景が映画みたいに浮かんできた。 -
私には難解なのもちらほら。低脳辛い。
「山羊の首」超ライト版金閣寺ってとこか
「魔群の通過」過去、尊敬した人の凋落を見届ける主人公。嫌な雰囲気の話だが面白かった。
「日曜日」森見登美彦の聖なる怠け者の冒険に出てくるカップルのモデルかな
「箱根細工」鹿の子の語るグロい話が本当えげつなくて三島由紀夫です
「偉大な姉妹」面白かった。浅子が目をかけていた興造くずで小物でかわいそう。
「復讐」虎雄にその罪の意識で家族にまで不安な日々を送らせ続けてるならその復讐は成功していると思いました
「施餓鬼舟」別段話はさっぱりしてるがおちが黒くて三島由紀夫っぽい -
16歳から31歳の三島が書いた短編を集めた本。
ほとんどの作品に言えることは、最後の1行のパンチが物凄いということ。特に「日曜日」「ラディゲの死」「復讐」「施餓鬼舟」が秀逸。「日曜日」なんかは最後の1行からまず書きはじめたのだろう。
書かれた年代順に並んでいるそうだが、前半より後半が断然読みごたえがある。逆に言うと、本書を通読できるか否から、前半を乗り切れるかどうかにかかっている。中盤の「箱根細工」以降は読みやすい。 -
三島の17歳から31歳に書かれた13の短篇を収録。ただ、『花ざかりの森』などの自選短篇集には入らなかったものから選んでいるために、残念ながら質は幾分か落ちるのは否めない。篇中では、やはり表題作にとられた「ラディゲの死」が光彩を放つ。コクトーが言う。「初めから、僕には、ラディゲは借りものであって、やがて返さなければならないことがわかっていた」と。十代の頃から才能を発揮した三島は、夭折に憧れていただろう。弱冠20歳で『肉体の悪魔』と『ドルジェル伯の舞踏会』を残し夭折したラディゲこそは、三島の永遠の憧憬だった。
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偉大な姉妹。三島由紀夫は人間を描き出すのがうまい。Twitterにも書いたが、人は他人の考えを理解することなんて滅多にない。偉大な姉妹という話では登場人物誰の心情も理解できないというわけではなかったので世の中生きづらいな、なんて。復讐という話も面白かった。三島由紀夫の作品をもっと読みたいと思った。
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どれが誰だか分からない…/お金取られた上に臭いまでする…/新大臣の戦いと大臣自体に興味のない人/変な人たち/陰陽師は運命を変えない/やな感じのカップルがバカにしていた人たちの群れに押されて人身事故/病気でもすることはする/デブは強い/妹が忘れられないよ…(;_;)/よくわかんない/ラディゲとかコクトーとかにも進出しよう/罪悪感は持たないと強い/最後の一行がグッときたけど、その理由が説明できない…
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読めるものとそうでないものがはっきりと分かれた。私が実際に読んだのは半分ほど。三島作品は波長が合う合わないが思った以上にはっきりするようです。ただ、読めなくてもどことなく魅力は感じる。
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デートでチューイングキャンディたべちゃだめって學んだ
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特に印象に残っているものを抜粋して紹介。
『大臣』は国木田という低俗なある大臣の話。
「聴衆はざわめいて囁き合った。もとより彼等にも、裏があるくらいのことは想像できるので、共産党員の若い組合員は顔を見合わせてせせら笑った。それにもかかわらず、聴衆の大多数には、この多少の奇蹟を身を以て成就している恰幅のよい新大臣が、一人の風変わりな先導者と映るのだった、」
このように入れ替わり立ち代り様々な登場人物から嬲られる国木田新大臣の醜い話。
三島由紀夫の他人を軽く嘲笑する感じが延々続いてこれはこれで面白いです。
『花山院』はかの有名な花山院の出家の話。
陰陽師の阿倍晴明視点で話は進みます。これが一番よかった。
優雅な文章がとても素敵。
「はしたないほどに隈ない月影であった」とか
「五月雨が果てましたが、夏の凌ぎにくさは又一しおでございますね。」とかさ。
花山院の出家は、狡猾な家臣と、愚かで純な主といった印象ですが
ここに第三者が、しかも俗世間から遠い視点で入りこんでいるのが
歴史を舞台とした小説らしい動かしがたい事実を書くのによかったと思います。
もちろん最後の晴明の独白も締めくくりとしてはよかったです。
もう少し長い文章で読みたかったテーマでした。
『日曜日』はある若い恋人たちの話。
三島由紀夫って若いきらめかしい恋愛を結構好んで書いてた気がします。
しかも大抵期限付きで。永遠ではないんですよね。
そしてこういったミュージカル調の感じもたまに見ます。
楽しんで好きな雰囲気を詰め込んで書いたといった印象でした。
『施飢鬼船』は小説家と、彼の後妻の息子のはなし。
こういう薄暗い淡々と会話が続く話が好きです。
そして最後の一言が強烈でもうどうしようもないくらいよかったです。
ずっと読んで、最後に見ないと台無しなので隠します。未読の方は見ない方が・・・
「
「友人が私を慰めに来た。その友人の前で、私は女々しいといわれるほど泣きつづけた」
房太郎は父の顔をふりむいた。今の父は泣いてはいない。この父の泣くところを想像することは困難であった。
「しかしね」と父は言った。房太郎にも仄かにその予感はあったが、今夜はじめて父は本当のことを言ったのである。
「しかしね、お前には言いにくいことだが、お母さんが死んでくれたのは、私にとっては恩寵だったのだよ」
」
恩寵という言葉と、「しかしね」の連続。そして高みにある舞台。全部が好き。
松本清張の『鬼畜』『潜在光景』にもこのような場面はあるけれども、
三島のそれがまさに恩寵と呼ぶべき天からの愛やめぐみであるのに対し、
清張のそれは内部から滲み出てきた人間としての醜さ、どうしようもない悪の要素に近くて、
当然舞台の設定も大きく違ってきてしまうし、告白の形態も随分異なってきます。
どちらも好きです。こういった薄暗い雰囲気は。つまりとっても面白かったという話でした。
この本が好きな人におすすめの本
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三島由紀夫の作品
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感想 :

銀座ルパンです。
太宰治と織田作のルパンです。
銀座ルパンです。
太宰治と織田作のルパンです。
怖くて怪しすぎてあの路地には入れんわ〰(^o^;
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でも 東京ボランティア協会の銀座路地裏巡りの
コースになっている時があって 普通に紹介してくれます
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