手長姫 英霊の声 1938-1966 (新潮文庫)

  • 新潮社 (2020年10月28日発売)
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本 ・本 (304ページ) / ISBN・EAN: 9784101050393

作品紹介・あらすじ

三島が初の小説「酸模」を書いたのは、日中戦争が本格化していく1938年、13歳の時。本書は、以降時代の流れにそって各年代から9篇を精選した。二十代の作品からは奇癖をもつ女を描く「手長姫」や、兄妹の異様な短篇「家族合せ」、虚ろな日本人の姿を切り取った「S・O・S」、三十代は技巧冴える「魔法瓶」、怪談「切符」、四十代の問題作「英霊の声」など。などてすめろぎは人間となりたまひし。「英霊の声」は、〈天皇と日本〉を根本から問う永遠の問題作。

感想・レビュー・書評

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  • 「本流ではない支流から眺めてもやっぱり三島は三島」という感じの短編集でした。

    大正14年生まれのため、満年齢と昭和の年数が一致し、45歳で壮絶な死を選んだ三島由紀夫。13歳の処女作を皮切りに各年代から計9篇の小品を収録しています。

    羅列になりますが、本書収録作品と書かれた年齢、それから、三島の主な代表作と書かれた年齢は以下のとおり。

    【本書収録作品と書かれた年齢】
    酸模―秋彦の幼き思い出…13歳
    家族合せ…23歳
    日食…25歳
    手長姫…26歳
    携帯用…26歳
    S・O・S…29歳
    魔法瓶…37歳
    切符…38歳
    英霊の声…41歳

    【三島の主な代表作と書かれた年齢】
    仮面の告白…24歳
    潮騒…29歳
    金閣寺…31歳
    憂国…36歳
    サド侯爵夫人…40歳
    豊饒の海(※四部作)…40〜45歳


    マイナー(本書)、メジャー(代表作群)のどちらにも、年代ごとの傾向、それから変遷には、やはり共通点が多く感じられて、同じ人が書いたことが妙に腑に落ちます。
    強い個性はそうそう隠れないというか。

    個人的に感じた年代別の傾向は以下のとおり。

    13歳…観念的・希望的
    20代…俗物的
    30代…技巧的・象徴的・厭世的
    40代…破滅的・変態的

    今回、年代別に、つまり、三島の年齢を意識しながら作品を読むことになって興味深かったのは、三島作品の最大の特徴である論理性と無駄のない配置美が、20代後半に徐々に形作られていき、29歳の「潮騒」にて、「三島様式」として確立されたことがよくわかった点。
    そして、31歳の代表作「金閣寺」につながるという…。

    それから、嬉しかったのは、「日食」と再会できたこと。学生時代の模擬試験で出題された時、女の独占欲を描いたなんてことのない話なのに、なぜだかひどく印象的で、切に続きを読みたいと思いながら、出典をすっかり忘れてしまったために長年出会えなかったもの。
    あれがまさか、三島の作品だったとは。
    でも、確かに三島な面があります。
    そして、模試に掲載されていた短い文が全文だったとは…。

    本作品集は、三島作品を読んだことのない人が初めて読むには、きっと、どの話も短すぎて物足りないし、理解し難い部分があると思います。
    どちらかというと、(私のように)代表作の一部だけを書かれた年代を無視してバラバラに読んでいる「三島ビギナー」で、三島の世界観の変遷を辿ってみたいような人におすすめです。

  • 13歳から41歳まで、三島の新潮文庫未収録短編9作。アウトテイク集みたいなものだと思っていたが、三島を理解する上で思っていた以上に重要な作品もあった。スルーしなくて良かった‥‥

  • 初めて出会う 新・三島由紀夫|新潮文庫
    https://www.shinchosha.co.jp/shin-mishima/?bnk20201101

    三島由紀夫 『手長姫 英霊の声―1938-1966―』 | 新潮社
    https://www.shinchosha.co.jp/book/105039/

  • 今年(2020年)は三島由紀夫の没後50年ということで、新潮文庫の三島本が大幅リニューアルしたようですが、こちらは新潮文庫未収録作を集めた短編集新刊というので手に取りました。1作ごとに、発表年と時代背景の簡単な説明があり、とても親切。他の文庫もそうなったのかしら。

    「酸模(すかんぼう)」昭和13年、三島13歳の処女作。近所の丘に刑務所が出来、そこから脱獄囚が逃げたというので、丘で遊ぶのを禁じられた幼い少年が、迷子になって偶然脱獄囚と遭遇し…というお話。少年の無垢さが脱獄囚を改心させる、童話のようなおもむきもあるけれど、残酷なような気もする。13歳でこれを書いた三島はやっぱり早熟の天才。

    「家族合せ」昭和23年。両親を亡くし堕落した兄妹のいびつな関係性。幼い頃女中たちの下品なジョークのせいで、歪んだ性的トラウマを刷り込まれてしまう不幸。

    「日食」昭和25年。4頁の掌編。戦争で盲目になった夫を持つ女性の歪んだ独占欲が短い中に見事に表現されている。

    「手長姫」昭和26年。タイトルから、なんとなく王朝もの、あるいは昔話風なのを想像していたら全く違いました。裕福な華族のお嬢様なのに、なぜか手癖が悪く、万引き常習犯となった女性につけられた綽名が「手長姫」。盗まずとも何でも買える家に生まれても、ほとんど欲しいと意識しないままに様々なものを盗んでしまう彼女は、資産目当ての相手と結婚するも、その夫の変な性癖のせいでさらに不幸になり、最終的には精神病院へ。奇妙で物悲しい。

    「携帯用」昭和26年。現代でいうキャバ嬢にはまってしまったサラリーマンが、そのために会社のお金に手をつけ…。タイトルの携帯用というのはラジオのことで、この物語の男と女にとって、そのラジオに対する認識がまったく違う=互いについての思い入れの違いの象徴となっています。

    「S・O・S」昭和29年。瓶詰されたS.O.S.のメッセージがみつかる。そのメッセージが書かれた経緯は…。それぞれ不倫を認め合ってる夫婦の、夫のほうの愛人になって巻き込まれた女性のお話。

    「魔法瓶」昭和37年。海外で仕事中に、昔の恋人と再会した男。魔法瓶でお湯がぶつぶつ音を立てるのを怖がる子供のエピソードがうまく生かされている。元カノとよろしくやって調子こいてた男がしっぺ返しをくらう感じ。

    「切符」昭和38年。商店街の集まりに出かけた仕立て屋の男が、妻を自殺に追い込んだ(と彼が思いこんでいる)時計屋の男の姿をみつけ、彼に意地悪をしてやろうと、遊園地のお化け屋敷に誘うが…。どんでん返しがあり、まさかの幽霊譚。個人的にはこれがいちばん面白かった。

    「英霊の声」昭和41年。帰神(かむがかり)の会に参加した語り手の記録という形式。憑代になった若者に憑りついた、二・二六事件の蹶起将校の霊と、第二次大戦の神風特攻隊の兵士たちの霊が己れの憤りを語る。延々、霊の独白が続くので、朗読劇のような奇妙な迫力があり、演劇的な効果があった。三島は能の様式を意識して書いたらしい。悲憤慷慨する霊の気持ちに全面的に共感はできないが、ある意味彼らの言っていることは間違っていないと思わされる部分もあり。問題作なのは間違いない。

  • 2021年4月
    短編集だが、「英霊の声」以外は読んだことがなかった。
    三島由紀夫が23歳の時に書いたという「家族合わせ」は主人公の主税が作者自身と重なる部分がある気がして、『仮面の告白』に大ハマりしていた学生の頃に読みたかったなぁと思った。
    若い頃に書かれた作品もすべて細部まで神経が行き届いていて三島由紀夫らしい。
    豊穣の海あたりになると華麗な描写がたまに胸焼けするので、これくらいの短編集が読みやすくていいかもしれない。

  • 潮騒や金閣寺くらいしか三島さんの小説は読んだことがなく、なおかつストリーも覚えていないので彼の壮絶な最期のノンフィクション本を読んだのをきっかけに彼の短編集を読んでみた。「酸模」は13歳の時の作品だとか。すごすぎる。13歳が書く文章じゃないと思う。でもほとんどの作品がよくわからない。「携帯用」ラジオに対する主人公とその女の認識の違いが書いてあるけど、それが何に繋がるのかわからない「SOS」そのSOSに妻の皮肉を見破ったとあるけど、どんな皮肉?「魔法瓶」もそう。かろうじて「手長姫」と「切符」だけはわかった。

  • 年代順に短編を九つ集めた作品集。驚かされるのが、第一作品の「酸模」が齢十三の時の作品である事実。すでに三島文学の芳香が漂い、その早熟さに驚嘆する。その他の作品はどれも毛色が異なるが、共通するのはどこか一点で別世界に放り込まれるような、異質の場所に放り込まれる居心地悪い感覚である。

  • 『家族合わせ』
    襖一枚隔てて娼家の家族がまるでこちらの部屋が存在しないかのように一家団欒を楽しむ様子から神聖なものを感じていた主人公が、子供が歌い出したときに母が「シーッ」と言ったとたんにその生活はあくまでこちらの部屋に仕えるもので下卑たものだと考えを急変させるくだりが、三島の感受性の異様な鋭敏さを示していて面白く思った。

    『日食』
    三島の短編としては極めて短い作品。戦争で失明した男と結婚した女が主人公。世話好きというのは独占欲と表裏一体の関係にあるという話。短いながらも(短いからこそというべきか)三島のウィットが感じられる小品。

    『手長姫』
    無意識に人のものを盗ってしまう病気を題材にしている。無意識に、という点に魅力がある。夫にそのことを褒められてから意識的に万引きをするようになり、それを境に魅力が失われていくという話。「彼女の手は彼女の意思に無関係に動くのであった。ちらっと、舌のように。……するといつのまにかその手は罪を犯している。」

    『S・O・S』
    この作品に出てくる男女は皆、意志薄弱で、目前の状況に応じてやむなく行動しているという印象。行動というより反応というほうが適当かもしれない。それを漂流という言葉で表したのではないだろうか。考えてみれば、われわれ大部分の人間の生活というのもこれと大差ないのではないか。逆に意思のある人間は強い。そんな人間はほとんどいないから。

    『魔法瓶』
    懐紙の描写が秀逸。女性を描くのに、その外見や性格を叙述するのでなく、その所持品から描こうとする試み。体温まで伝わってくるような肉感が魅力的だと思った。タイトルの魔法瓶もそうだが物に焦点を合わせながら、それを取り巻く人間の生態を炙り出す。

    『切符』
    幽霊の話。自殺したと思っていた妻が生きていて、その原因を作った情夫と思っていた男が死んでいたという二重の仕掛けになっている。三島の小説としては思想的な要素は少なく、脳内に浮かび上がるイメージを楽しむ作品。鮨屋の二階の和室やお化け屋敷の描写が面白い。百万円煎餅という作品でも百貨店内のアトラクションが出てきたが、三島はそういう見世物の類が好きなのかもしれない。

    『英霊の声』
    国体、そして天皇についての三島の思想が情熱的に語られる。誤解の恐れがまったくないと言っていいほど、直接的に。これだけは絶対に正確に読者に伝えたいという三島の強い意思を感じた。複雑な心理や論理を駆使する三島が、このように簡明で力強い思想を抱いていたとは。

  • 「英霊の声」に圧倒された一冊だったので、その他に関する感想も一気に上塗りされてしまったといえる。

    「家族合せ」
    「水音」を思いだした、いつもの兄妹の一篇

    「切符」
    最後にびっくりする、幽霊譚

    「英霊の声」
    夢幻能でもあり、霊的交流でもあり、神事でもある…そんな色々が混ざり合った舞台での、三島の痛切な叫びが純と書かれている一作だった。
    英霊たちの声という形も、誰も反論できないというか、彼らがどう思っていたかは置いておいても、この方法は完璧だよなあ。そしてそれを心から信じていたのであろう三島にとっては、まさしく誠であったのであろう。

    …だが、昭和の歴史においてただ二度だけ、陛下は神であらせられるべきだつた。何と云はうか、人間としての義務において、神であらせられるべきだった。この二度だけは、陛下は人間であらせられるその深度のきわみにおいて、正に、神であらせられるべきだった。それを二度とも陛下は逸したもうた。もっとも神であらせられるべき時に、人間にましましたのだ。
    一度は兄神たちの蹶起の時。一度はわれらの死のあと、国の敗れたあとの時である。歴史に『もし』は愚かしい。しかし、もしこの二度のときに、陛下が決然と神にましましたら、あのやうな虚しい悲劇は防がれ、このやうな虚しい幸福は防がれたであらう。
    この二度のとき、この二度のとき、陛下は人間であらせられることにより、一度は軍の魂を失はせ玉ひ、二度目は国の魂を失はせ玉うた…

    …などてすめろぎは人間となりたまひし…

    …死んでいたことだけが、私どもをおどろかせたのではない。その死顔が、川崎君ではない、何者とも知れぬと云おうか、何者かのあいまいな顔に変容しているのを見て、慄然としたのである。

    この、などてすめろぎはひととなりたまひし?という心からの疑問に、答えなくてはならないし、答えるべきであると三島は思ったのだろう。それをこの熱量で同じく共有する人は、彼の時代にもおらず、ますますいなくなっている。彼と同じ結論になれとは言わないだろうが、少なくとも向き合うことが、三島への、そして死んでいった彼らへの、後世を生きる私達の責任ではあるだろう

  • 読後感想とは少しずれます。私はラジオリスナーで、NHKも民放局も好きです。作家のインタビューや朗読、ブックレビューなど、読書にも大いに関連します。聞くところによると文化放送、TBSラジオ(元東京放送)などは今年開局70周年を迎えるそうです。この三島の短編集には70年前(1951年)に発表された『携帯用』という作品が収められています。携帯用ラジオというものは当時かなり新しい、値の張るものだったでしょう。青年が堕ちていく人間心理のミステリーです。ほかに『魔法瓶』という作品もあり、名詞に昭和史を感じます。

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著者プロフィール

本名平岡公威。東京四谷生まれ。学習院中等科在学中、〈三島由紀夫〉のペンネームで「花ざかりの森」を書き、早熟の才をうたわれる。東大法科を経て大蔵省に入るが、まもなく退職。『仮面の告白』によって文壇の地位を確立。以後、『愛の渇き』『金閣寺』『潮騒』『憂国』『豊饒の海』など、次々話題作を発表、たえずジャーナリズムの渦中にあった。ちくま文庫に『三島由紀夫レター教室』『命売ります』『肉体の学校』『反貞女大学』『恋の都』『私の遍歴時代』『文化防衛論』『三島由紀夫の美学講座』などがある。

「1998年 『命売ります』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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