土 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.48
  • (10)
  • (17)
  • (29)
  • (5)
  • (1)
本棚登録 : 219
レビュー : 31
  • Amazon.co.jp ・本 (464ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101054018

作品紹介・あらすじ

茨城県地方の貧農勘次一家を中心に小作農の貧しさとそれに由来する貪欲、狡猾、利己心など、また彼らをとりかこむ自然の風物、年中行事などを驚くべきリアルな筆致で克明に描いた農民文学の記念碑的名作である。漱石をして「余の娘が年頃になって、音楽会がどうだの、帝国座がどうだのと云い募る時分になったら、余は是非この『土』を読ましたいと思っている」と言わしめた。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 幼い頃から、母に「『土』はいつか必ず読みなさい」と言われていました。夏目漱石も娘に読ませたいとの言葉を寄せたそうですが、実際に読んでみるとその意味がよく分かりました。

    私の恵まれた人生が始まるまでに受け渡されてきたバトンリレーには、こんなふうに毎日毎日、懸命に働いてお金を貯めて命をつないで来た先祖の姿があったんだな、と思います。

    食うや食わずの時代、生きるか死ぬかの時代。身分差別、性差別のあった時代。外国など遠い存在だった時代。仕事に自己実現など求められない時代。…豊かで平和な現代に到るまでに、様々な時代を生き抜いてきた日本人達がいたのだと、強く認識させられました。

  • 明治時代、小作人である勘次は貧窮の状態の中、生きていた
    貧乏ゆえに貪欲であり、狡猾になり、利己的で品性がない生き方をしてしまう
    というのが主題の小説

    作者はその農民生活を凄絶なリアリズムの筆致で描き
    四季折々、自然の描写が俳画的巧みで、普遍的名作というのは再確認したが
    そんなことより

    わたしが一昔前に感想をいうなら
    豪農があって、小作制度というものがあって
    きっと「その社会の仕組みが悪い」との感想になったのかもしれない
    そんなのは短慮であると今では思う

    実際、父の実家は庄屋だったので
    戦後の農地改革で田畑をすっかり失い見る影もなくなり
    父の兄は夜間高校のしがない教師で何とか生きたのであったが
    その村の田畑は郊外住宅地となり町になってしまった
    土地の売り買いで農家がなくなってしまたのはどうよ

    『土』に描かれている人間のどうしょうもない愚かさは
    貧しいとか、豊かであるとかは関係ないのではないとしみじみ思わされた

    ひとより少しでも早くいい情報を入手したがり、それを隠す
    (それを知らないのは自己責任であると言う)

    自分が少しでも得をするように画策するし、騙す
    (競争社会だもの当然であると言う)

    自分より少しでもいい状態のひとを羨む、嫉む
    (そのいい状態は何か悪いことをしてなったのであると言う)

    ひとのしあわせは嬉しくない
    (ひとの不幸は蜜の味であると言う)

    当時夏目漱石さんはこの小説を絶賛して

    ご自分の娘や息子たちが年頃になって
    観劇だの音楽会だのに行きたがりだしたら
    そうしてそれに行くために着ていく着物だ洋服だ
    バックや靴などおしゃれなものを欲しがり
    はては美味しいものや贅沢な物に目を奪われだしたら
    この本を読ませたいとおっしゃった

    そう、昔はそれでよかった
    今は現実がそのるつぼであるからしてその必要はない
    利己的な生き方をしないと生きられない世の中
    勘次を憐れんだり笑ったりしてはいられないんだ

  • 改版

  • 明治。極貧農家一家の顛末の話。読みづらく、面白いかといわれるとそうではないが、揺さぶられるものがあり最後まで読んでしまった。あとがきに人の獣性を書いた作品とあったが、まさにその通りで。ただ、そういう意味では話が進むにつれ人間に近づいていった気はした。

  • 勘次一家の小作農の貧しさと、自然の風物を、細かな描写で描いていきます。
    明治の農民文学の名作です。
    ストーリーは遅々として進みませんが、四季折々の自然もストーリーの一つです。
    慣れない方言の意味がよく分からないところもありますが、重厚な文学作品です。
    漱石にして、「作としての『土』は、寧ろ苦しい読みものである。決して面白いから読めとは言い悪い。」と言わしめます。
    しかし一方で、「余の娘が年頃になって、音楽会がどうだの、帝国座がどうだのと云い募る時分になったら、余は是非この『土』を読ましたいと思っている」と言わせる作品です。

  • 届いたのを、もどかしく包装を引き破り、すぐに目を文字に当てた。気づくと声に出して読んでいた。そして、泣きたくなった。寒い夜の貧しい女の苦しい暮らしが目の前にと浮かび上がる。わたしの世界はここにある。探し求めたわたしの世界だ。

    この悲しみは今に通ずる。時代遅れにはならない物語である。

  • 身体の矮小さゆえに、何をやっても軽んじられた
    だから周囲を見返そうと、人一倍労働に励んできたはいいが
    その怨念が心のこわばりとなり偏屈な人格を形成している
    村の方針に逆らうではない
    しかしけして心から溶け合うということもない
    まさに水と油
    近代的な個人主義者といえないこともないが
    自然界の厳しさを前にして
    他者との協力なしに生きてゆくこともままならない
    そんなことに屈辱を感じる、プライドの高い百姓男の話だ
    根はいいやつに違いないんだけどね
    信用するはカネばかりのけちんぼで、娘を嫁に出すことすら惜しみつつ
    「困ったときはお互い様」と施しを受けるより
    盗みを働くほうがまだ気楽と感じてしまう
    そういう因業なおじさんだから
    まるで昔話のようにバチを当てられるのも当然なんだ
    …って、んなわきゃないがまあ、次から次へと災難におそわれるんだ

    自然界の描写がくだくだしく、やや読みづらいけど
    小説としての完成度はそれなりに高い
    ラストが失敗したドストエフスキーみたいになってるのはご愛嬌だ
    夏目漱石が朝日新聞に紹介したもので
    最晩年の作品を見るに、漱石自身もかなり大きな影響を受けたようだ

  • 茨城県地方の貧農一家を中心に据えて、彼らの報われることのない生活を至極巧みな自然描写で彩った農民文学の記念碑的名作。
    現代から見たら既に100年以上前の作品だ。しかし本書を開けばたちまち100年前の農民の生活が眼前にありありと浮かび上がってくる。
    夏目漱石による書評もまた秀逸なものだった。

    舞台は現在の常総市国生、そこには長塚節の生家も残る。今から6年ほど前に近くまで用事があった私は、まだ本作も読んでいないのにその生家跡に立ち寄ったものだ。読み終えた今は是非ともまた訪れたいと思っている。

    自然描写の驚くべき巧みさよ!そして作者はそこに何の寓意やメタファーも用いず、ただ農村を取り巻く環境を細部に至るまでリアリスティックに描写しているだけなのだ。そうした説教臭くない点にも惹かれた。
    例えば、油したたり落ちる鰯の食欲そそる描写ひとつとってもそうだ。ここまで素朴なものを大層なご馳走のように描いた文章もなかなかお目にかかれるものではない。

    土浦の土方!100年前ですら「土方なんちゃ碌な奴等は居ねえっていうから」と煙たがられていたのだ。当時の鬼怒川で開墾に勤しんでいた彼らの原始的な姿を、現代にも土浦に居るであろう土木作業員と重ね合わせて不意にしみじみとしてしまった。

    お品の死の描写も壮絶であった。熱に浮かされた病人の息遣いまで聞こえてくるような怒濤の文章だ。同時に病状の経過を淡々と描くことで、抗いがたい運命に翻弄される農民の弱さが引き立っている。
    農民は土に生きて土に還る。土によって媒介された病に斃れ、死してもなお足の裏が土に触れるように埋葬されたお品よ。

     本書で描かれる彼らの姿には遠慮が無い。彼らの持つ貪欲や利己心を包み隠さず生々しく表に出しているのである。葬式の井戸端会議、盗癖、そして、火…。
    ただ、終わりはやや唐突なように感じられた。これからやっと物語が盛り上がっていきそうな場面で突然糸が切れたかのように終わってしまうのが心残りだった。

    彼らが送ってきた報われない日々から100年が経ち、我々の生活も大きく変わった。しかし私は本書の読了以来、彼らがこの世に存在していたこと、またその悲哀に満ちた生活とを時折思い出すことになるだろう。今でも青々とした田畑に覆われた日本の田舎へ行けば、彼らの残像が煌めいているような気がするから。

  • 茨城県の貧農勘次一家の暮らしを克明に精緻な筆致で描いた作品。その地域の年中行事や、百姓の暮らしを描くことはもとより、それぞれの四季の移り変わりの自然の描写がその話の筋を追いがたくするほどに細かく、巧みに描いている。 また、会話文は方言をそのままにしているため、よくわからないところが多いが、雰囲気が伝わってくる。
    読み進めていくなかで、なんら幸せなことがこの一家に起こるわけではない。むしろ、不幸なことばかり起こる。また、勘次は生活のために盗みを働くなどする。しかし、それで村八分にされるということもなく、村のなかで馬鹿にされてはいるが、近隣住民と助け合いながら生きているのがせめてもの救いだ。

    隣の家のかみさんが優しすぎる。おつぎがいいこすぎる。与吉はかなりのアホ。おつぎを早く嫁に行かせてやってくれ、いつおつぎは嫁にいけるんだとやきもきした。

  • 長塚節さん唯一の長編小説『土』を読み終わりました。
    茨城県西南部鬼怒川流域のお百姓さんたちの暮らしをひたすら方言で「描写した」小説です。

    藤沢周平さんが長塚さんのことを書いた『白き瓶』って本に、新聞連載だった『土』の評判が読者にすこぶる悪かったこととか、それでも予定の2倍半もの量を書いたあげく、尻切れトンボな終わり方でかなりKYだったってあったけれど…。

    巻末にあった夏目漱石さんと和田伝さんの解説を読んで納得しました。
    こんなに言い訳だらけの寄せ書きと解説って初めて読んだよ。

    漱石さんは、新聞に長塚さんを推薦したのは確かに自分だけれど、忙し過ぎて小説は読んでいなかったとか、二人ともこのお話は筋を追うべきものではなく、教養のない極貧農民のリアルを初めて文壇に登場せしめたことに文学的価値があるだとか…。

    でもさ。
    文壇に登場しなかっただけで、農民さんたちは前からいたわけでしょ?
    で、長塚さんは小説としての筋は置いといて、住んでた農村の農民さんたちの会話をひたすら「描写」していただけなんだよね?!

    らじとしては、夏目漱石さんの小説にたくさん出てくる「親のお金とコネで学校を出て、仕事をしないで音楽会とか友人との知的交流にメンタルブロウを受けて悩んでいる、足立区や板橋区ではなさそうな東京23区内に庭付き平屋一戸建て+お手伝いさんつきで暮らす若者の生活」のほうが、はるかに「知らない世界」なんだけど…。

    ちなみに『土』に出てくる方言は、茨城県の水戸育ちのらじママや太郎姉ちゃんにもさっぱりわからない言葉でした。
    否定文なんだか肯定文なんだか、強い肯定なのかもわからん。

    他人の家の不幸を盗み見しようとして、ただ単に時間だけが立ちましたって感じのお話でした。
    小説から感じる力強さは、長塚さんの筆というよりもリアルな農民さんたちの暮らしの力強さだと思う。

    茨城県議会議長の息子さんが、長い小説っぽいものを書いてみましたってことなのかなぁ…。

全31件中 1 - 10件を表示

長塚節の作品

土 (新潮文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする
×