リア家の人々 (新潮文庫)

  • 新潮社 (2012年12月26日発売)
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  • 本 ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101054186

感想・レビュー・書評

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  • 読みながら、小津安二郎の映画がいつも頭にあった。それから谷崎潤一郎の『細雪』も。それらが、シェイクスピアの『リア王』という補助線を与えられるやいなや(なんという驚き!)、頭の中で、まるで万華鏡が一挙にある模様を得たかのようにおさまった。
    帯に、この小説の主人公は「昭和」だという高橋源一郎の言葉があったが、なるほどその通りだと思う。文三はむろん、静もまた「静かに」抵抗しているのだ。あまりにわかりやすい時代に移りゆこうとする時代の趨勢に。狂っているのは文三や静なのだろうか。

    もうひとつ、読みながら、個人的に嫌いな三島由紀夫を思った。きっと橋本治は三島由紀夫を意識しながら書いていると思った。なぜなら、彼の名が一度も登場しないから。意図的に、彼の自殺の手前で本作は終わっている。「本作の感じ」がセンチメンタルに突き詰められれば、三島由紀夫になるのだと思う。しかし本作はいたってドライである。ひたすら分析的でありながらも心理小説である。それって三島への賛辞にも似ているが、橋本治は何より、飾り立てないところがいい。
    橋本治に期待しているのは、三島由紀夫が残した痕跡から、ことごとく湿度をぬぐい去ってくれること。

  • 橋本治は実ははじめて読んだのだけれど、すっごく読みやすくて、おもしろかった。
    敗戦後から60年代まで、三人の娘と父親、ごく一般的な家族が、昭和の歴史とともに描かれていて、読みごたえがあった。「公職追放」とかはじめて知った。そういう知らなかった歴史や、あと、大学紛争とかなんとなく知ってる歴史についてもすごく興味深く読んだ。
    年代的には、娘たちがわたしの親世代くらいなんだろうけど、ここで描かれている昭和の家族の感じがなんだかすごくよくわかって。父親との距離とか、親戚との関係とか。今とは家族ってものが全然違うような気もするのだけれど。今の若い人が読んだらどう思うのかなあ。
    戦後の家族とはいっても、三丁目のなんとかみたいな古き良き時代みたいなノスタルジーはなく、冷静な視線で淡々と描かれている感じで、読後感はむしろ寂しく暗いような……。

    橋本治氏の著作をもっと読みたいと思った。

  •  橋本治は19世紀も、20世紀も、江戸も、あれこれみんな総括して見せて、たぶん、最近の新書では「平成」も総括していたと思うが、おしまいには借金も総括して逝ってしまった。さびしい。
     1969年で終わるこの小説は、「昭和」というよりも、「戦後」を総括して見せているとぼくは思った。
     しつこく低いアングルで撮り続けながら、延々とナレーションを入れていく。ここで解説を入れているのは誰だと思っていると、細目の笑顔の作家の顔が浮かんでくる。笑うしかないようなものだが、そうは言いながら、という気分で、その世界へ引きずり込まれてしまう。いつもの橋本治だ。
     戦後史をこの角度で書いている人はそうはいない。小熊英二の仕事を面白いと思う人は、橋本治を見逃してはいけないとおもう。
     

  • どろどろの遺産争いが始まるかと思ったら、昭和の「お父さん」と娘たちの話だった。鈍くてプライド高くて愛を知らない真面目なお父さんの内側。あの時代の男の人ってああだったと思う。
    何があるわけでもなくても、どこか切なくて最後まで読んでしまう。

  • 若干女性に対する悪意が読み取れる作品。笑える悪意でないのが悲しい。父親も父親で、妻の一周忌に相手側の了承を得ず再婚発表などと普通に考えてありえなさすぎて、後からこじつけたような出来事が多い印象をうけた。ただ、昭和初期から中頃の時代が描かれているので、その当時のおもなる歴史的出来事が当時の人の目を通して描かれているのは面白い。

  • 文部省の官僚だった砺波文三は、終戦後に公職追放の憂き目に遭います。妻のくが子と環、織江、静の三人の娘を抱えて職をうしなった彼は酒に溺れた日々をすごします。やがて新たな職を得て、一家にふたたび平穏が訪れたかと思ったものの、くが子が病に倒れ、この世を去ります。病床にある妻を気遣いながらも、同僚の未亡人である窪園千鶴子の経営する小料理屋を訪れた彼は、彼女と関係を結びます。

    妻が亡くなり、文三は千鶴子との再婚を考えますが、妻の一周忌でその話をもちだしたところ娘の環は猛然と反対し、文三は娘たちとともに妻のいない家で戦後という時代を生きていくことになります。やがて環や織江は結婚し、砺波家には文三の甥で東大受験をめざす高校生の秀和がやってきていっしょに暮らすようになります。文三は、娘たちや若い秀和の熱中する戦後の文化の隆盛に戸惑いながら、家のなかにも起こりつつある変化を横目でながめつつ老いていきます。

    シェイクスピアのリア王の孤独に、戦後という時代を生きた文三のすがたをかさねあわせた作品です。この時代の世相にくわしく立ち入り、登場人物のそのときどきの心理が形成されていくロジックについて分析的なことばを書きつらねていく著者のスタイルは本作でも健在です。その一方で、孤独のなかへと沈んでいく文三と、恋人の石原と別れて家を出ていく静の将来に、著者がなにほどかの希望を託しているようにも思えて、興味深く読みました。

  • 「橋」「巡礼」に続けて読みました。橋本治さんのエッセイ(評論)は、読んだことあるけれど、小説は初めて。評論も独自視点で思考の渦に巻き込まれるけど、小説も独自な設定で(ゴミ屋敷の主人、犯罪者、元戦犯の官僚と娘)昭和を描いていた。誰かに何かを話したくなるけど、それが簡単にまとまらない、橋本ワールド。

  • どこの家庭もそうとは言えないと思うけど
    女を子供に持つ父親の葛藤を
    見事に表していると思う
    少なくとも私の父親も同じように考えたであろな、
    というところが多々あった

  • ・半年もたたぬ間に、総理大臣はもう二度代わっている。新しくなろうとしても、国の中枢はそうそう変われない。「これなら大丈夫だろう」と思われる人物を連れて来ても、国の中枢にふさわしいと思われる人物なら、なんらかの形で汚れている。「新しくなる」ということは、そう簡単なことではないのだ。

    ・人にはそれぞれの背景がある。同じ時、同じ場所にあっても、それぞれに得るものは違う。違うものを得て、同じ「一つの時代」という秩序を作り上げて行く。一切が解体された「戦後」という時代は、新しい秩序という収まりを得ることに急で、その秩序を成り立たせる一人一人の内にあるばらつきを知らぬままにいた。

    ・誰に言いつけられたわけでもない。「東大に行きたい」と言い出したのは、自分自身なのだ。「東京の伯父さんは東大を出ている。僕も東大に行きたい。東京に行って東京の子になりたい」と願って、それはかなえられた。東京でも有数の進学校に通い、寄宿先の伯父や従妹には愛された。秀和は「祝福された子供」だった。それがいつか、すき間風が吹き込むように、薄れて行った。誰かが秀和を追い詰めているわけではない。秀和を守っていたものの力が少しずつ後退して、秀和は「孤立」というものを感じるようになっていたのだ。

    ・それは政治でもない、思想でもない。政治や思想の言葉を使ってパラパラに訴えられたものは、その社会の秩序を形成する人間達の「体質」である。だからこそ、東京大学の教授達は、学生達から罵られ、嗤われ、困惑し怒っても、なにが問われているのかが分らなかった。秩序を形成する者の「体質」、形成された秩序の「体質」が問われるようなことは、かつて一度もなかった。なにが問われているのか分かったとしても、事の性質上、それはたやすく攻められることがなかった。だからこそ、事態は紛争へと至って、その紛争は、そう簡単に解決されることがなかった。仮に紛争が収まって「元の状態」へ戻ったとしても、問題を発生させた「元の状態」がいいものであるのかどうかが、分からないからである。

    ・「私、自分で探したいの。自分になにが出来るのか、出来ないのか、それが知りたいの。自分のこと、なんにも知らないの。だから、なにが出来るかを、自分で探してみたいの。私、この家の中のことしか知らないみたいな気がするの。いけない?」と言った。

  • 家族のすれ違い→中盤より、60年代の史実に重ねるように。ここから興味がもてなくなり、断念。

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著者プロフィール

1948年東京生まれ。東京大学文学部国文科卒。小説、戯曲、舞台演出、評論、古典の現代語訳ほか、ジャンルを越えて活躍。著書に『桃尻娘』(小説現代新人賞佳作)、『宗教なんかこわくない!』(新潮学芸賞)、『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』(小林秀雄賞)、『蝶のゆくえ』(柴田錬三郎賞)、『双調平家物語』(毎日出版文化賞)、『窯変源氏物語』、『巡礼』、『リア家の人々』、『BAcBAHその他』『あなたの苦手な彼女について』『人はなぜ「美しい」がわかるのか』『ちゃんと話すための敬語の本』他多数。

「2019年 『思いつきで世界は進む』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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