猟銃・闘牛 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 302
レビュー : 28
  • Amazon.co.jp ・本 (239ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101063010

作品紹介・あらすじ

ひとりの男の十三年間にわたる不倫の恋を、妻・愛人・愛人の娘の三通の手紙によって浮彫りにした恋愛心理小説『猟銃』。社運を賭した闘牛大会の実現に奔走する中年の新聞記者の情熱と、その行動の裏側にひそむ孤独な心情を、敗戦直後の混乱した世相のなかに描く芥川賞受賞作の『闘牛』。無名だった著者の名を一躍高からしめた初期の代表作2編の他『比良のシャクナゲ』を収録。

感想・レビュー・書評

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  • この主人公のように
    地位もあって、お金もある程度あって
    仕事もできて愛人もいて、
    里には妻も子供もいる
    それでも何物にも酔えない孤独。
    やっと、これだ!と思ったものが
    どんどん色褪せてしまう。

    井上靖さんのこの短編集は
    人生はそういった縋るべき充足感を探す旅である、だけどそれは決して容易に見つからない
    見つけたと思ってもまたすぐに逃げていく。
    だから人間は孤独だと言っている気がします。
    でもそれは寂しいメッセージでもなくて
    みんなそうなんだよって言ってくれて
    ほんの一時、そっとよりそってくへる
    そんな一冊でした。

  • 井上靖の初期3作品「猟銃」「闘牛」「比良のシャクナゲ」を収載。自分的には少し距離感のある作品群のように感じられたが、それぞれ、ストーリー構成が良いのと、3作品とも違った趣の文体であるので、それぞれの形で楽しめたと思う。
    「猟銃」は妻と愛人と愛人の娘から送られた手紙を読むことで、全体の想いが詳らかになるという意欲作だが、最後の愛人の想いに違和感があったのと、普通、その順番で読まないだろうという自分の中の意地悪な思いもあって(笑)、構成は面白いがいまひとつ馴染めなかった。
    「闘牛」は割と動的な展開で、闘牛大会開催に向けてのとりつかれた情熱も伝わってくるのだが、ラストの展開は個人的には良いのだが、主人公の新聞記者のニヒリズムがいまひとつ伝わってこなかったように思う。むしろこれだけの展開があるのなら、長編にして丹念に心情を描いても良かったのかなと。愛人の使い方ももう少しもったいない。日本の闘牛は静的なイメージを持っていたので、結末の行方にある意味自分自身がニヒルに感じていたかもしれない。(笑)
    「比良のシャクナゲ」は偏屈老人の戯言(笑)が書きつづられた作品だが、個人的には短編としてはなかなか良かった。人生のターニングポイントで訪れる比良の旅館の風情が主人公とよくマッチしている。偏屈老人(!)の心情をひたすら吐露する話であるが、学問にとりつかれた因業が良く出ている作品のように思う。
    3作品とも部屋の窓から外を眺める(特に前2作品は愛人と)印象深いシーンが出てくるのは作者の強い思い入れがあるのだろうか。どの作品も失敗や挫折の中の孤独が1つのテーマとなっていると思われ、日常の中に潜む心の暗部をよく象徴している。

  • 人の気持ちは分からないものだということさえ分からない恐ろしさ。
    むなしさを抱えたまま残りの人生を過ごす老後はいやだ!

  • 《猟銃》
    妻・愛人・愛人の娘、その三通からの手紙から
    浮き彫りにされる、恋愛をとりまく
    さまざまな心もよう。

    一つの事実に対して、その人の感情により、
    立場により、こんなにも想いが
    異なるという事実。
    愛すること、愛されることの意味、
    そして、そのことによって変わる人生の重み。

    短編ではありながら、読んだあと、
    しみじみと考えさせられた。

  • ブックオフで見つけて、芥川賞受賞作なので買ってみた。

    読み終えて、なぜタイトルが『猟銃』なのか疑問に思った。
    三杉が手紙の最後に書き添えたことの意味を考えると、
    このタイトルの意味もなんとなく分かってきた。
    すると、やはり彼は全てを知っていたのだろう、
    どちらの蛇の正体も知っていたのだろう、と思った。

    『闘牛』については、津上の孤独の影が強すぎて、
    私は惹きつけられると言うより恐いと感じた。
    三浦に対して感じてしまう敵意は星廻りのせいだと言い切っていたのが、
    どうも納得できなかった。

  • 2018.05.30

  • 「猟銃」を読みました。
    とても面白く、どんどん引き込まれた。
    ひとりの男性像が3人の女性の視点から出来上がっていく。
    愛されることと、愛すること、どちらが幸せなのか。その答えは・・・

  • 著者の初期作品の中から、『猟銃』『闘牛』『比良のシャクナゲ』の3作を収録しています。

    『猟銃』は、三杉穣介という猟人から著者のもとに送られてきた手紙による、書簡体小説です。著者はある日、「白い川床」を歩くように、「ゆっくりと、静かに、冷たく」山の中を歩んでいた三杉の姿を目にし、その記憶に基づいて一つの散文詩を発表します。ところが、彼の詩を目にした三杉から送られてきた手紙には、彼の不倫とそれが引き起こした結末が語られていました。愛人の彩子、妻のみどり、そして彩子の娘の薔子の3人の手紙によって三杉の愛人関係が描き出されています。

    『闘牛』は、大阪の新聞社で編集局長を務める津上という男のもとを、田代捨松という興行師が訪れ、闘牛大会開催の商談をもちかけるところから、物語が始まります。田代や、彼を支える会社経営者の岡部弥太、さらに闘牛大会に食い込もうと目論む三浦吉之輔といった人びととの折衝を通して、隠されていた津上の「やくざ」な性分が表に現われるようになります。彼の愛人であるさき子は、そんな津上の姿にふたたび心を熱くします。しかし一方の津上は、闘牛大会のために奔走を続ける中で、いったん表に現われたかに見えた彼の「やくざ」な性分は、雨に濡れて消されてしまうことになります。

    『比良のシャクナゲ』は、解剖学と人類学の研究のために人生をかけてきた78歳の三池俊太郎の回想という形の小説です。妻や子どもたちにも理解されず、みずからの信じる学問のために邁進してきた三池の、ユーモアとペーソスに彩られた独白が綴られています。

  • 表紙から売りという意味では、双方芥川賞候補になった「猟銃」VS「闘牛」という並びに味があるのだろうか。「闘牛」で芥川賞を受賞した時、選考委員の意見も多少別れたという。もう一篇、「比良のシャクナゲ」という作品もあるが、これは例外的で、ある意味無難な評価、皆似たような感想を持つと思う。
    「猟銃」は、主人公である語り手(もっと正しい呼び方があるのかもしれない)が、一つの詩を書いたことから始まる。手紙を用い、それぞれの視点を、文章として、そのままに表すというのは、面白い書き方だと思う。そして、物語が、文章が、純粋に面白い。だが、三人目の手紙というのは、蛇足だったように思う。
    「闘牛」は今のビジネス小説(あからさまな悪役を立てることによって対決させることや内輪揉めによる問題の発生など)とはまた異なったアプローチをして、これもまた面白い。ある男から商談を持ちかけられ、その企画を立ち上げるところから始まる、博打。仕事は蛮勇でなければならない、という根本的なものを思わせる。その結果を、主人公の心象や情景に溶かす描写は美しい。
    技術的には、やはり「闘牛」の方が上に感じられるが、個人的には物語としても「猟銃」が好みだ。
    「比良のシャクナゲ」は、老人の研究者を主人公に、残りの人生を研究に費やし、歴史に名前を残すことのみを目的に生き、過去から蔑ろにしてきた家族をより一層に省みずの姿は、それまでにあった過去の出来事を回想し、その事に偏屈者なりの文句が独白に込まれる構造は、亭主関白というものへの尊重と誹謗を意味しているのかと思いつつ、シャクナゲという花について調べる。

  • 三篇の中篇。
    一人の男の不倫の模様を妻、愛人、愛人の娘の三通の手紙から浮き彫りにする「猟銃」。
    社運を賭して闘牛大会を開こうとする新聞記者を描いた「闘牛」。
    老学者の回顧を比良の風景に置いた「比良のシャクナゲ」。

    3作品の主人公たちに共通する性質はなにかに夢中になれない男の哀れさだ。
    「猟銃」」では、三人の女の手紙から浮かび上がる男の姿はなにかに堕っしきれない者の悲哀だ。妻からの手紙はやや通俗で興味本位な筆致だが、男の本質を衝いている。

    「闘牛」の主人公は自覚している。社運を賭した闘牛大会が失敗しようが成功しようがどうでもいい。彼の周りで狂騒する者たちを横目に、何かに夢中になれるものを探している。だが、どれだけ求めても探してもそんなものにたどり着けないこともわかっている。そこに悲哀が滲む。

    「比良のシャクナゲ」では俗物老学者の一生が描かれる。家族を犠牲にして研究に打ち込む研究者だが、自分の研究が忘れ去れるのではないかという不安と誰かに評価して欲しいという欲がある。ここで老学者の人生は破綻している。が、それに気付いていない。比良の風景との対比が彼の俗物性を際立たせている。


    無我夢中。忘我。過去にも先に囚われず、目の前のことに没入できる境地。男が夢中になれるのは危機と遊びと開高健が言い残していたが、危機も遊びもないなかで一瞬の生の充実を味わうのはこの3人の男には難しい。

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著者プロフィール

井上 靖(いのうえ やすし)
1907年5月6日 - 1991年1月29日
北海道旭川で生まれ、天城湯ヶ島、三島・沼津で18歳まで過ごす。その時代までのことは『しろばんば』をはじめとした「自伝的小説三部作」に詳しい。金沢の第四高等学校(現・金沢大学)で詩作を始め、京都帝国大学を卒業後大阪毎日新聞社に入社。
小説『闘牛』で第22回芥川賞受賞、文壇へは1950年デビュー。現代小説、歴史小説、エッセイ、自伝的小説、シルクロード西域関連の作品、詩集など創作範囲は多岐に及ぶ。主な代表作に、『風林火山』『氷壁』『天平の甍』『おろしや国酔夢譚』などがある。
1964年日本芸術院会員に。同年『風濤』で第15回読売文学賞、1980年菊池寛賞、1985年朝日賞などをそれぞれ受賞。1976年には文化勲章も受章しており、多数の受賞歴がある。

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