氷壁 (新潮文庫)

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レビュー : 171
  • Amazon.co.jp ・本 (633ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101063102

感想・レビュー・書評

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  • とにかく、最初の2ページに心臓を鷲掴みにされてしまった。
    主人公・魚津恭太が山から東京の都会に返ってくるシーンである。彼が「山から帰ってきて、東京を眼にした時感ずる戸惑いに似た気持」が、こう描写してある。

    「暫く山の静けさの中に浸っていた精神が、再び都会の喧騒の中に引き戻される時の、それは一種の身もだえのようなものだ。ただそれが今日は特にひどかった」。

    この文章を読んで、私はこれは傑作に違いない、と思った。この清冽で、しかし同時に冴え冴えとしたこの文章に、ぴったりと吸い込まれるような気持ちになったのだ。


    しかし、読み進めていくうちに、どうもあの予感は違ったのかなぁ、という気持ちが強くなってしまった。
    文庫裏のあらすじを読んで、てっきりドラマチックな「山あり谷あり」の展開を予想していたので、読み進んでも読み進んでも激情に駆られる場面が出てこないというか……ぶっちゃけてしまうと、修羅場が全然ないなぁ、と思って物足りなく思えてきてしまったのである(^^;)。

    主人公を含め、登場人物たちは清らかでありながら、何かと頑固な人間が多い。しかし、彼らは我を通すわけではなく、かといって物分りがいいわけでもなく、ごく淡々と事態を受け止めようとする。
    そこに葛藤はある。しかし打算的なものや、疑いはない。憤りはある。しかし、あてつけや嘘はない。
    そこが私にはどうも、透明すぎる気がしてしまったのだ。私は自己主張が強い困った人間なので、彼らが欲や見栄を出さないことに「?」となってしまうのである。

    魚津も美那子も、結局最後まで「何もなく」終わる。私はそのことにとても驚いた。そして、井上靖は清廉な作家なのだなぁ、でもこれが多くの人に愛されたのだなぁ、と思うと、またそのことに驚いた。

    私はこの本のことを、ドラマチックというにはあまりに静かで、透明な作品だと思った。あくまで、私は、である。

    • Pipo@ひねもす縁側さん
      個人的には、「何もない」関係が物語を引っ張る力は、今の小説よりも、前の時代の小説のほうが大きかったように思うんです。トラウマや痴話喧嘩で枚数...
      個人的には、「何もない」関係が物語を引っ張る力は、今の小説よりも、前の時代の小説のほうが大きかったように思うんです。トラウマや痴話喧嘩で枚数稼ぐな、と(笑)。

      井上靖の『楼蘭』などにも、「この男女には絶対何もありえない」という関係が出てきますが、スペクタクルで高潔で、なかなかよろしいですよ。
      2013/02/09
    • 抽斗さん
      なるほど、「高潔」という言葉はぴったりですね。井上作品を読むと、ひそやかな気高さ、みたいなものを感じますものね。。

      うーん、「何もない」関...
      なるほど、「高潔」という言葉はぴったりですね。井上作品を読むと、ひそやかな気高さ、みたいなものを感じますものね。。

      うーん、「何もない」関係でもいいと思うのですが、それでも何というか、私はそこに登場人物の「欲」をもっと読みたかったのかもしれません。
      2013/02/09
  • 上高地から奥穂高にチャレンジする道のりの情景、厳しい山に向き合う登山家の孤独と覚悟と高揚感の入り混じる心境が伝わってくる、迫力の一冊でした。

    最後の最後まで登山家であろうとした魚津の行動は、男のロマンというにはあまりにも切ない。

    そこに絡む美魔女美弥子。あぁこんな女性に絡め取られちゃいかん!と思うのに。どうしてあいつもこいつも男たちは…。

    ということなども含めて、読み止まらず一気に読み終えました。久しぶりの井上靖長編。やはりよかったです。
    作中序盤に引用されるデュプラの詩が、最後のページを読み終えるまでずっと胸の中にとどまっていました。

  • 昭和38年出版の本
    その時代が感じられて 面白く読ませてもらいました

    自分でも 山に登るのが好きなので 他にも山岳小説を読んでいますが その中でも この本は面白い方でした

    おすすめしたいです^_^

    • razy.cさん
      ありがとうございます^_^
      ありがとうございます^_^
      2018/01/06
  • 2017.09.10読了

    名作である。その一言に尽きる。

    本書を読み進めていた一週間余り、気持ちが沈み込んで行くのを静かに感じていた。読了して一夜経ったいまも、何とも言えない感情を抱いている。

    誰も幸せにはならない結末である。それが却って現実の世界を描いている様に思えた。新田次郎の「孤高の人」も好きな作品だが、登山家の心境というものが描かれている作品が、私は好きらしい。

    来週、涸沢へ登る。

  • 上高地に行く前にと思い読んだ。昭和のナイロンザイル事件がモチーフ。山の迫力、美しい文章、新鮮ささえ感じた。名作は衰えないと改めて思った。ストーリーとして、最後は残念。徳沢園を訪れるのが待ち遠しい。

  • 穂高方面に紅葉狩りに行った際に氷壁の舞台等の掲示が現地にあったため、読んでみた。
    しかし、wikipediaに記載のあるような当時の事件を下敷きにしている割には、公開実験の偽りについては触れず、滑落した主人公に「不倫」という随分と低俗なテーマを付加している。
    なんだか、このような作品を描く作家が巨匠といわれる意味が分からない。

    死者に対する冒涜ではないか?

    読む価値なし

  • 再読。前回読んだのはおそらく30年以上前。先日行った上高地で見た穂高の峰々や岩壁が思い出される。山はいい。

  • 穂高の人を寄せ付けぬ厳しい山の姿。その山に挑む男たちの友情の物語。こういう話ってかなり熱くなるんだよなあ。そして高度成長期の昭和が舞台なのも興味深い。会社や夜の新宿の場面など。

    まるで映画のようにイメージを喚起する文章だ。一緒に自分も雪山を歩いている気にさせられるから不思議だ。

    男同士の友情、彼らの運命を分けたザイル、彼らの周りの女たちとの恋情。様々な要素が詰まった骨太なエンタテインメント。確か、NHKでドラマ化されていた気がするが、今度見てみようと思う。

  • 都会の喧騒や小坂の滑落死に関する世俗の憶測と、人間を寄せ付けない美しい山・自然との対比。そこに男同士の友情と人妻である八代美那子への許されざる恋愛感情が絡んできます。

    山が好きな方や物語として楽しみたい方には良いと思いますが、私のように文学的に優れた表現や世間一般に理解されがたい特異な思想や物の見方を求める者にとっては物足りないと感じます。
    所詮TVドラマ化できてしまうという時点で目指す方向性が違ったのかもしれません。

    かなりの長編ですが、内容としては「ザイルは本当に切れたのか」という点が延々と語られており、冗長という印象があります。
    また表現という点では、敢えて伏せることによって暗示してくれれば良いのに国語の解説のごとく1から10までしっかり説明してくれるので、良い意味でのモヤモヤ感がありません。例えば‥

    ”ガスの流れの中に魚津は立ちつくしていた。後方には美那子がいる。前方にはかおるがいる。”

    こんなことは言われなくても分かっていることであって、この長編のハイライトに至っていちいち余計な説明をされると読後の爽快感をそがれます。

    ただ、描かれる人間模様は面白いのではないでしょうか。
    常に冷静沈着で的確な判断をする魚津が、俗世間と隔離されていたはずの山に美那子への思慕を持ちこんでしまった結果、心乱れ、落石に打たれて死ぬという展開は、八代美那子という女性の危険なまでの魅力を読者に強く印象付けます。
    一方で美那子については、もう少し「危険、不吉、誘惑」というキーワードが似合うような、巨大なエネルギーで引き込む暗く深遠な人物として徹底的に描いてほしかったです。美那子はまだきれいすぎます。笑

  • <span style="color:#cc9966;">奥穂高の難所に挑んだ小坂乙彦は、切れる筈のないザイルが切れて墜死する。小坂と同行し、遭難の真因をつきとめようとする魚津恭太は、自殺説も含め数々の臆測と戦いながら、小坂の恋人であった美貌の人妻八代美那子への思慕を胸に、死の単独行を開始する…。</span>

    井上靖は言っちゃえば“昔の文豪”ってイメージなんだけど、なんだかとっても現代的な感じがした。きっと今、山岳小説書く人は、これが下地にあるんだろうな。

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著者プロフィール

井上 靖(いのうえ やすし)
1907年5月6日 - 1991年1月29日
北海道旭川で生まれ、天城湯ヶ島、三島・沼津で18歳まで過ごす。その時代までのことは『しろばんば』をはじめとした「自伝的小説三部作」に詳しい。金沢の第四高等学校(現・金沢大学)で詩作を始め、京都帝国大学を卒業後大阪毎日新聞社に入社。
小説『闘牛』で第22回芥川賞受賞、文壇へは1950年デビュー。現代小説、歴史小説、エッセイ、自伝的小説、シルクロード西域関連の作品、詩集など創作範囲は多岐に及ぶ。主な代表作に、『風林火山』『氷壁』『天平の甍』『おろしや国酔夢譚』などがある。
1964年日本芸術院会員に。同年『風濤』で第15回読売文学賞、1980年菊池寛賞、1985年朝日賞などをそれぞれ受賞。1976年には文化勲章も受章しており、多数の受賞歴がある。

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