蒼き狼 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (373ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101063133

作品紹介・あらすじ

遊牧民の一部族の首長の子として生れた鉄木真(テムジン)=成吉思汗(チンギスカン)は、他民族と激しい闘争をくり返しながら、やがて全蒙古を統一し、ヨーロッパにまで及ぶ遠征を企てる。六十五歳で没するまで、ひたすら敵を求め、侵略と掠奪を続けた彼のあくなき征服欲はどこから来るのか?-アジアの生んだ一代の英雄が史上空前の大帝国を築き上げるまでの波瀾に満ちた生涯を描く雄編。

感想・レビュー・書評

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  • いきなりだが、ここでワタクシめの「モンゴル」の知識をお披露目しよう

    遊牧民、相撲、元寇、チンギス・ハーン、フビライ・ハーン…
    以上である(ひどい)

    そしてモンゴルのイメージ(失礼を重々承知で…)
    粗野で野蛮な遊牧民…(モンゴルの方、並びに関係者の方、本当にごめんなさい)

    ところが知れば知るほどモンゴルの歴史が面白いではないか
    モンゴル帝国時代の統制力と経済力のレベルの高さ
    力づくだけではない彼らの領土拡大の方法…興味がわく

    先日読んだ「世界史とつなげて学ぶ中国全史」に面白いことが書いてあった
    それは司馬遷の「史記」(匈奴列伝)からの抜粋

    ~匈奴は老人より健康な若者を大切にする
    また父子は同じテントで寝る
    父が死んだら子がその妻を娶り、兄弟が死んだら、その妻を自分の妻にする
    一族が絶えないようにするため~

    我々からは少し違和感があるものの、遊牧民の生活スタイル・生きるための価値観のよくわかる内容だ

    さてどうやってモンゴルを知ろうか…
    別に受験生でもないから楽しく知識を得たい
    そうだ!ワタクシの好きな井上靖があるじゃないか!
    チンギス・ハーン(ここでの記載は「成吉思汗」なのでそれに合わせます)の歴史小説
    というわけで本編


    成吉思汗の幼名は鉄木真(テムジン)
    そのテムジンが生まれた頃(12世紀)、蒙古高原では諸部族の指導権争いが頻繁であった

    「上天より命ありて生まれたる蒼き狼あり
    その妻なる惨白き牝鹿ありき…」
    これがモンゴルの源流に関する伝承だ
    蒼き狼と牝鹿の子孫と信じ、大いなる誇りを感じてきたテムジン

    テムジンは自分の出生の秘密があった
    母ホエルンは掠奪されたメルキト部族から父エスガイがさらに掠奪した女性(女の掠奪は当たり前の時代)
    父はエスガイか、メルキト族なのかわからない
    それでも自分は蒼き狼の子孫でありたいと躍起になる
    そんな中、父エスガイの死により自分達一家以外、全ての同族に見捨てられるという惨めな逆境に
    この逆境から這い上がったことと、蒼き狼になるというテムジンの強い思いから始まる領地拡大を伴うモンゴル繁栄

    本書は魅力的に描かれた人物が多いが(井上靖作品の好きなところだ)
    まずは妻になるボルテを紹介しよう
    成吉思汗と初対面の初セリフがこれだ
    「私はオンギラントの娘だ
    私の躰には狼の血は流れていない
    しかし狼の地を分け持った狼の裔どもをいくらでも産むことができるだろう…
    …敵の輩を噛み殺すために…」
    カッコ良すぎる強く逞しく懐の深い女性だ

    そのボルテがメルキト族に連れて、ある若者の妻にされてしまう
    テムジンらはボルテを力づくで奪い返すが、やがてボルテが身ごもり、出産
    ジュチ(客人)と名付けたテムジン
    自分の子かメルキトの子かわからない
    運命は繰り返されるのか…
    自分と同じ思いをすることになろうジュチを思うテムジン
    「汝よ狼になれ 俺も狼になる」

    無口で冷酷にさえ見えるジュチは命を落とすかもしれない試練をものともしない
    彼の非凡な才能が発揮
    褒賞は何が良いかと父に問われたときのジュチ
    「限りなく次々に苦難に満ちた命令を与えていただきたい
    自分は次々にそれをやり遂げるだろう」
    複雑な親子関係
    愛情なのか憎しみなのか…
    (二人の関係に最後まで目が離せなかった!)

    続いて、母ホエルン
    テムジンがドン引くほどの激しさと、愛情深さを併せ持つ
    目まぐるしく変化する環境を受け入れ続ける柔軟さと、懐の広さを持つ
    征服した多種族の孤児、血縁関係のない子供たちに対する平等な愛情を惜しみなく与える女性だ

    さらには愛妾クラン
    気高く美しいメルキト族の娘だ
    自分の命をかけて躰の清浄を守ってきた誇り高き娘
    「私からすべてのものを取り去れ
    宝石も、美麗な衣服も、贅美を尽くした調度も…
    そして私を常に合戦の雄叫びの中にあらしめよ」
    いかなるところへ出陣する時も、テムジンと共にすることだけが彼女の望み
    例え身ごもっても、たとえ息子が3歳児であっても
    その息子ガウランに与えた残酷な使命…
    彼はモンゴルの狼になったのだろうか(う、泣ける)

    さて肝心の成吉思汗の人物像はいかに
    独断で物事を決め、その決断力にはスピード感を伴った
    完全なる独裁者ではあるものの、人の意見はよく聞く
    また人を見る目もあり、また人の心を読むのにも長けていた
    仲間への報酬は惜しまない 
    恩は決して忘れず、何年かかっても恩返しを実行する

    彼の戦略はいかに
    刃向かう敵は、殺戮と略奪を欲しいままにし徹底的に潰す
    協力する部族や国は、信仰の自由を与えや外来文化を受け入れる
    (先日読んだアレクサンドロスの政策とよく似ている)
    またモンゴル国家の軍政と民政を組織化し、かつ戦闘以外の各人の仕事の配備まで成吉思汗が采配していた

    異国との交戦で得た武器や製造方法、道路整備、情報網の徹底、農耕技術、刑罰法度など
    どんどん取り入れていく
    半農牧となり、隊商が集まり、市場がたつ
    異国との争いで異国文化に触れるごとに色彩が急に豊かになる映像が目に浮かぶ描写もお見事

    興味深い成吉思汗の跡継ぎ選び
    成吉思汗には正室との間に4人の子供がいた
    末子ツルイを一番愛していることは誰の目にも明らか
    そしてモンゴルでは未子相続の制度がある
    もしくは長子であり誰もが認める武勲を立てているジュチか
    どちらかであろうと皆が推測する
    が、結論は一番目立たない第三子のエゲデイを選ぶ成吉思汗
    一座の者たちは驚きを隠せない
    兄弟の中で一番温厚篤実であり、総轄者に相応しい器量だと言い、
    そう言われてみれば…と皆が納得するところが面白いのだが…
    (ああ、この時のジュチの気持ち…どれほどの口惜しさと悲しみを持ったのだろう)


    モンゴルがより良い生活を求めるには近隣国への侵略しかなかった
    それによって得た獲物と来貢品のが皆に配分される
    成吉思汗は貧しい身なりのモンゴルの民を豊かにしたかった
    その思いを胸に領土拡大を続け、気づけば略奪により絹、宝石などあらゆる品々を手にし、
    宏壮な離宮、贅を尽くした館と庭園…と次々手に入れていた
    武将や兵たちもすっかり装いが変わり、モンゴルらしさが失われていく
    かつて成吉思汗はこうした生活を己が一族の者に、すべての男女に与えることを夢見たはずなのに…
    何故か割り切れない思いがつきまとう
    成吉思汗だけがモンゴルの服装をし、モンゴルの靴を履き、モンゴルの習俗にしたがって生活していた

    享年65歳成吉思汗没す


    冷静で温度低めの淡々とした描写であるが、腹の底で煮えたぎるマグマのように熱い気持ちが見え隠れし、心を揺さぶる
    引き気味の描写と冷たい炎が燃え続け、疾走する
    モンゴルの乾いた大地が残酷な侵攻による残虐行為の爪痕を消し去る
    そこで流した血と涙
    そんなものを残していては前に進めない…
    遊牧民の象徴のようだ
    無彩色の乾いた空気をザラっと感じる
    モンゴルの戦い方とはこういうものなのか…
    壮大なモンゴルの歴史が体中を熱く駆け巡った


    彼らの文語的で堅い話し言葉がこの作風と非常にマッチしており、徐々に味わい深くなっていくんだな~コレが
    非常に無口に描かれている成吉思汗のキャラクターを上手に知らしめるエピソードが井上靖らしく見事であるし、
    各キャラクターの魅力も相変わらずの「あっぱれ」だ
    しかし井上靖作風の「出来過ぎ」「カッコ良すぎ」にシビレまくっているが、こういうのっていつか飽きるのかしら…


    最後にしょうもないネタですが…
    幼名がテムジンなのだがこちらの小説では漢字で書かれており、「鉄木真(テムジン)」と表記される
    これに慣れるのに非常に時間がかかり、しばらくの間、鈴木真(スズキマコト)さんに見えて困った困った!
    だってスズキマコトさんになったとたん、急に真面目なサラリーマン風になってしまう…
    チンギス・ハーンから遠過ぎる!
    (全国のスズキマコトさん 勝手な妄想なのでどうかお許しください)


  • 久しぶりに読んだ井上靖。
    硬質で格調高い日本語がよかった。
    無理に空想を膨らませるのではなく、淡々と、でも見てきたことのようにチンギスカンを描き切る。
    あとがきの、この作を描くに至った経緯が見事。

  • #875「蒼き狼」
     横山光輝の漫画を先に読んでしまつたが、アレはやはり漫画だけあつて成吉思汗をヒーロー的に描いてゐました。内容は同じながら、井上靖の筆致はもつとハードボイルドで突き放した感じがしました。

     著者は元元蒙古民族の興隆を書くつもりだつたのが、成吉思汗といふ一個人にスポットを当てたのは、何より彼自身が蒙古民族の興隆そのものを具現化した人物だつたからだといふ。成程、桁外れの凄い人物ではあります。現在の視点で「英雄」と呼べるのかどうか知りませんが、時代も土地も全く違ふわたくしどもが云々しても詮無い事なのでせうね。

  • 淡々とテムジン・成吉思汗の一生を追っていく小説。
    これが非常に面白かった。名前でしかしらなかったテムジンの弟、こども、仲間が色をもち、生き生きと動き出して、みんな魅力を放っていた。
    蒼き狼のような伝説はローマの伝承のロムルスにも似て、世界いろんなところに存在するようだ。

  • モンゴルの英雄チンギスカンの波乱の人生を綴った物語。
    覇者となったチンギスカンの人物像や行動の底に流れる想いなど井上靖さんなりの解釈で綴られている。

  • チンギス・ハーン モンゴル オノン ケルレン

  • 全1巻

  • どれほど大きな戦果を挙げていようと、
    どれだけ数多の財宝・女・家畜を得てようとも、
    それにキリはなく。
    その果てしない行為の代償によって、
    死ぬ間際には、
    最愛の人全てが故人となっていた。

    死ぬ時まで戦のことを考え、
    死んでいく。
    事切れる瞬間まで。

    幸せな人生とは何なのだろうか。


    最期まで
    父を想い続けた
    憎き最愛の息子。
    実は、誰よりも愛していたことを知る。
    すでに時遅し。
    あらゆる辛苦を耐えてきたチンギスでも、
    これだけは耐えることはできなかった。

    人間の人生の儚さ。
    そして、寂しさ。


     

    昭和35年10月刊行。

  • 血縁中心に聚落を構成し、離合集散を繰り返すモンゴルの遊牧民たち。ボルジギン氏族の首長エスガイの息子、鉄木真(テムジン)は、父の死後仲間から見捨てられ、流浪するが、その才覚からやがて頭角を現し、部族を統一して成吉思汗(盛大なる大君)になると、大部隊を率いて周辺国を次々侵略していく。侵略戦争に明け暮れる鉄木真(成吉思汗)の生涯を通して、「女たちは犯され、男たちは虐殺される」殺伐とした世界を淡々とした筆致で描いた作品。

    著者はあとがきで、「成吉思汗のあの底知れぬ程大きい征服欲が一体どこからきたのか」を書きたかったと言っている。

    この点について著者は、鉄木真(成吉思汗)が複雑な出自(父親と血が繋がっているかどうか分からない)を持つがゆえに、蒼き狼を始祖と仰ぐモンゴル族の荒々しい血を証明しようと遠征につぐ遠征で侵略戦争に明け暮れた、と解釈(想像)しているようだ。違和感があったのは、最愛の妃(正妻ではない)の忽蘭(クラン)の存在。忽蘭は、安定した生活より成吉思汗と共に戦乱に身を投じることを望み、乳飲み子を抱えながら侵略をけしかけている。こんな女性、ちょっと想像できないな。

    鉄木真の「合戦に勝ったときは、宜しく敵の女たちを寝台の上に並べて敷きつめ、それを褥として寝むことである。女という女にはモンゴルの子を孕ませ、モンゴルの子を産ませよ。それ以外に女の使い道はないではないか」というセリフも強烈。

  • 中国の歴史はなかなか頭に入ってこないが、昭和の文豪達は、壮大なロマンに魅せられていたのだろう。
    男尊女卑が凄いことは、共通である。

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著者プロフィール

井上 靖 (1907~1991)
北海道旭川生まれ。京都帝国大学を卒業後、大阪毎日新聞社に入社。1949(昭和24)年、小説『闘牛』で第22回芥川賞受賞、文壇へは1950(昭和25)年43歳デビュー。1951年に退社して以降、「天平の甍」で芸術選奨(1957年)、「おろしや国酔夢譚」で日本文学大賞(1969年)、「孔子」で野間文芸賞(1989年)など受賞作多数。1976年文化勲章を受章。現代小説、歴史小説、随筆、紀行、詩集など、創作は多岐に及び、次々と名作を産み出す。1971(昭和46)年から、約1年間にわたり、朝日新聞紙面上で連載された『星と祭』の舞台となった滋賀県湖北地域には、連載終了後も度々訪れ、仏像を守る人たちと交流を深めた。長浜市立高月図書館には「井上靖記念室」が設けられ、今も多くの人が訪れている。

「2019年 『星と祭』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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