楼蘭 (新潮文庫)

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  • / ISBN・EAN: 9784101063140

感想・レビュー・書評

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  • 中国西域エリアの短編集
    いわゆる井上靖の「西域もの」
    中国の歴史とモンゴルの表面をなぞった程度の知識であるが充分楽しめる
    この辺りはミステリアスでそそられますね
    表立って主役にはならないが重要な要素を持つ国々をはじめ、中国の歴史やその近郊に触れ、
    知的好奇心も満たされる
    地図があればもっとわかりやすいのになぁ…(惜しい)

    あと後半に日本国内もの(?)もあるのだが、
    ここに入れるのはちょっと…もったいない
    別にして欲しいかったなぁ


    「楼蘭(ろうらん)」
    中央アジア、タリム盆地のタクラマカン砂漠北東部
    現在の中国・新疆ウイグル自治区チャルクリク
    かつて存在した都市国家であり、「さまよえる湖」ロプノールの西側だ
    交易によって栄えた小国楼蘭
    匈奴に従うか、漢に従うか…
    その時々で方針を変えながらも何年にもわたり、匈奴と漢に翻弄された国の歴史

    4世紀ごろからロプノールが干上がるのと同じころ国力が衰え、やがて砂漠に吞み込まれ幻の都となる
    1900年にスウェーデンの探検家に遺跡が発見された、非常に保存状態の良い「楼蘭の美女」と知られるミイラがある
    これに基づいて作られた物語
    フィクションとノンフィクションが絶妙で想像力を掻き立てられる
    壮大で繊細で幻想的、そして物悲しい


    「洪水」
    後漢の末期
    タクラマカン砂漠のクム河の河畔に新しい軍事植民地を建設するため、兵を率いて出立した初老の武将サクバイ
    生涯を匈奴との闘争に捧げた
    そんなサクバイがアシャ族イラン系遊牧民の若い女と出逢い、戦闘生活に色が出る
    匈奴出没の情報を得たサクバイらはクム河を渡るべく進軍するが河は増水し氾濫状態
    匈奴どころじゃなく、洪水と戦うことに
    これをおさめるには女を投じることだという
    女は一人しかいない
    さぁどうするサクバイ

    「異域の人」
    後漢の匈奴との争いが絶えない時代
    匈奴討伐軍に参加した班超
    ひたすら30年それに費やした
    ようやく帰国した班超
    孤独の歳月は漢人固有のおっとりした表情が奪われて、街を歩けば「胡人」と呼ばれてしまう
    こんな理不尽な運命に翻弄された人物が、当時どれだけいたことだろう…


    「狼災記」
    ある種族の女と出会い、通じることになる(こういう言葉って便利ですね)
    女曰く「我々の種族は、他種族のものと七夜契ると狼になると言われている」…
    中島敦の「山月記」を彷彿させる
    人間の本能と狼と化した野生の本能がせめぎ合う部分が読みどころ
    あとは…うーん
    個人的には「山月記」に軍配が上がるなぁ
    この戦闘だけの人生→異国の女と出会い→色めいた関係になる
    のパターンに飽きてきてしまって、どうもシラけてしまった
    ごめんなさい


    「羅刹女国(らせつにょこく)」
    500人の羅刹女が居る宝州
    (セイロン島付近の島のひとつでは?とのこと)
    「羅刹」とは人肉を食べる悪鬼のこと(ひぇ~)
    女達は羅刹と人間の女の2面性を持つ
    人間の女の姿に変じ、それを千日変えないでいると人間の女になる(なれる)という宿命
    だが羅刹の心がそれを妨げる
    羅刹の心が表われると、即刻男たちを鉄牢に繋ぎ、食わずにはいられなくなる
    (なかなか千日をこえられないのだ「早く人間になりたい」(笑))
    そんな羅刹女の国に男たちを乗せた大型の難破船がやってくる
    非常に愛情深く優しくもてなす女性たち
    大喜びの男ども…
    フフフ
    もう想像つきますでしょ?
    こういうのって読まなくても想像つくし、想像通りの展開なんだけど面白いのです(笑)
    (展開がわかっているのに楽しめるストーリーを個人的に「水戸黄門系」と勝手に命名してるのだが、まさに水戸黄門的展開!)

    最初は毎日が天国→カップル成立→子供をつくる→気づくと男の数が減っている…
    そして最後は…
    さぁ男はどうする
    さぁ女はどうしたい


    「僧伽羅国縁起」
    う~切ない
    心を揺さぶられた
    とある事情により狼と結婚した女
    一男一女をもうける
    大人になるにつれ、人間の心が強くなっていく子供たち…
    言葉を話すようになり、「なぜ父親が虎なのか」問うように…
    さらに理性が強くなり、「こんな山の中じゃなく人間たちと暮らしたい!(そうよねぇ(涙))
    父(狼)の居ぬまに、逃げよう」(いちいち切ないのよ)
    残ろうとする母もしぶしぶ重い腰をあげ、故郷へ戻る
    貧しいながらも故郷の村で暮らす3人
    しかし狼は母を忘れられず人間の住む土地へ再三出没し、人を喰らうように
    当然村で問題となり、狼退治に精を上げるように
    最後は息子が名乗りを上げ、いざ父である狼と対面
    果たして…
    はぁ、しばらく切なさが後を引いてしまった

    唐代の僧である玄奘三蔵の記録である「大唐西域記」が元ネタのようだ
    この息子である若者と虎の話は代々伝わり、
    虎が獅子となり→獅子国と呼ばれ、
    僧伽羅国となり→錫蘭島(セイロン島)へ
    おおなるほど!

    ちなみに本来言われているセイロン名称の由来は
    ~セイロンの名称の由来は、紀元前5世紀に最初の王朝の初代の王になったとされるウィジャヤが、
    ライオン(獅子)と人間との間に生まれた親の子供であったことから、子孫をライオン(獅子)の子孫といい、島の名をシンハ・ディーパ、ライオンの島(法顕の『仏国記』では師子島)と呼んだことに因む(wikiから抜粋)~


    「宦者中行説」
    漢の宦者である中行説(ちゅうこうえき)という人のお話し
    漢がまだ匈奴に脅威を感じ、直接対決を避けるため、貢物をせっせとしていた頃
    漢の娘を匈奴へ嫁入りさせる
    これに同行したのが年齢不詳、経歴不詳、しかしながら有能な中行説
    匈奴の単于(「ぜんう」とは匈奴の君主の称号)に気に入られ、いつしか近くで侍るように
    気づけば自然と匈奴のためになる政策を考え、漢との闘い方を匈奴へ教えるように
    都の長安へ帰りたい気持ちがある反面、匈奴の単于の命があるかぎり匈奴からは離れまいと思うように…
    中国史ではよくありがちな話ですね
    中国史や中国の歴史小説がなぜ面白いのか…
    それは人物史だからだと改めて思う物語だ


    「褒じの笑い」
    「褒じ」という名の貧しい村の娘
    親は娘に恩を着せるためにお前は拾った子だと言い続け育つ
    そんな育てられ方をしたせいか、全く笑ったことのない娘
    しかし娘は大変な美貌の持ち主
    なんと後宮にあがることになる
    周の幽王は褒じを大変気に入り、たいそうな惚れこみよう
    笑わない褒じをなんとか笑わせたい一心
    ここから先はオオカミ少年的なストーリー展開なのだが、
    なんせ一国の国王が国を巻き込んでやっちゃうからえらいこっちゃ

    褒じの出生について司馬遷「史記」の中の神秘的な話しも紹介されている
    こちらも興味深い


    ※コレ以降日本国内のストーリー

    「幽鬼」
    明智光秀
    日本の戦国時代へ
    光秀の決死の覚悟に至るまでの心境
    そしてかつて自分が討ち取った亡霊に悩まされる


    「補陀落(ふだらく)渡海記」
    熊野の浜ノ都海岸にある補陀落寺
    上人が行きながらに船に乗って補陀落渡海する…いつかこれが慣わしに
    決して掟があるわけでもないが、その番が巡りに巡って来てしまった61歳の住職金光坊(こんこうぼう)
    僧侶としていつしかそういう時が来たら…という心構えがあったものの、世間から固められた感に不満を抱く
    いよいよ時が迫る
    歴代の渡海した上人らを思い、一人一人の振る舞いを振り返る
    立派に務めを果たすものも、死が近くそれなら。と渡海する者、最後まで受けれられない者…
    彼らの顔を思い浮かべると
    自分はそのどの一つの顔になるのも厭だった
    が、さらに時間の経過と渡海が近くなるにつれ
    そのどの一つの顔でもいいから、自分がそれになりたいと思うように
    自分の眼にも補陀落の浄土が見えてきたらどんなにいいだろう…
    金光坊の心境の変化が見もの
    「死ではない」とはいえ、目の前にすれば住職もなにもないただの人
    恐怖と最後のあがき…
    みっともないながらに人間らしさがえがかれる
    住職とはいえ偽善さはなく、赤裸々な心情が語られ、しっかり入り込めるストーリー


    「小磐梯」
    磐梯の噴火に伴うストーリー
    素朴な人の営みが一瞬にして現実を奪う

    「北の駅路」
    未知の人から突然書物が送られてくる
    「日本国東海道陸奥州駅路図」という書
    驚きと好奇心が抑えられない
    そして楽しく遊んだ著者

    送ってきた人物から追って手紙が届く
    彼のなかなかうだつの上がらない、堕落と言っても良い半生が語られる
    目的は金の工面だったのだが…


    国内モノもなかなか
    「補陀落渡海記」いいですねぇ
    井上靖作品はいつも尾を引く感じの読了感が好み

  • 久しぶりに読み返す機会があった、表題作を含めて12の短編集。

    表題作はヘディンの『さまよえる湖』に想を得た、砂の中に埋もれたかつてのオアシス都市の物語。穏やかな筆致で、さらさらとした砂の中から現れ、消えていった都市の運命が描かれる。「楼蘭」という地名は、当時の現地の呼び名「クロライナ」に漢字を当てたものだけど、あのように美しい漢字が当てられていなかったら、ここまで日本人のロマンを呼び起こさなかっただろうなとも思う。この字を当てて記録した、当時の名もない記録者のセンスに、心からの感謝と賛辞を。

    個人的ベスト3は、『狼災記』『褒娰の笑い』『補陀落渡海記』。『狼災記』は中島敦の『山月記』に比されることも多い人間の変化ものだけど、『山月記』よりももっと冷たくて厳しい、人間の業とそれに見切りをつけるための結末が待っている。『―笑い』は、笑わない寵姫が夷敵来襲ののろしを見たときにふっと見せた笑顔が忘れられず…と、愚行を重ねる皇帝を描いた、傾国の美女もの。のろしの火と美姫の笑顔の取り合わせが妖しく美しくて、印象的な作品。『補陀落渡海記』は、代々の住職が生きながらにして海の向こうの西方浄土を目指さねばならない寺で住職となってしまったがために…という主人公の迷いと周囲の期待(煽り)の息苦しさがすさまじい。

    いずれの作品も読後に「あぁ…」とやるせない思いにかられるものの、重苦しい余韻が後をひくということはない。主人公らのたどる運命には、諦念もあるのかもしれないけれど、自分たちの行きつく結末に覚悟を決めていたのかとも思われ、むしろ少し輝いていたりする。そこが希代のストーリーテラーと評された著者の筆のなせるわざかと。描かれた世界は重いものを漂わせているけれど、そこに垣間見える高潔さも感じるのが心地よく、何回も読み返したい短編集です。

    -----[2007.1.27にAmazonにアップしたレビューを、記録のためにこちらにもアップし、すこし書き直しました]-----

    • 花鳥風月さん
      Pipoさん こんにちは

      『褒娰の笑い』 昔何かで読んでとても印象に残ってます。これに収録されているのか…

      あの妖しい感じがけっこう忘れ...
      Pipoさん こんにちは

      『褒娰の笑い』 昔何かで読んでとても印象に残ってます。これに収録されているのか…

      あの妖しい感じがけっこう忘れられないです。また読んでみようかな、と思いました。
      2013/03/06
    • Pipo@ひねもす縁側さん
      花鳥風月さん、こんにちは。

      『褒娰の笑い』はそんなに深く突っ込んで書いているわけではないのに、じわじわきますね。軽々しさと深刻さのコン...
      花鳥風月さん、こんにちは。

      『褒娰の笑い』はそんなに深く突っ込んで書いているわけではないのに、じわじわきますね。軽々しさと深刻さのコントラストが巧みなのかもしれません。

      私も手放したり買い直したり、と折りに触れて気になる作品集です。
      2013/03/06
  • 短編集。

    井上靖に対しては、同じようなテイストの小説を多産する流行作家のようなイメージを持っているが、氏の「西域もの」はその限りではない。
    明らかに他の量産作品群と「西域もの」との間には、クオリティの差が存在している。このテーマに対する著者の没入度の深さが、おそらく異なる。

    本編を離れた話だが、山本健吉が解説で次のように書いている。

    「人間の行為の意義、無意義を分つものは、人間の意志を超えている。人間の歴史は、結局人間行為の無数の捨石の上に築かれているのだから」。

    井上靖の「西域もの」の解説として、これ以上のものはないのではないかと思える。

  • 『タクラマカン砂漠』という響きが好きです。

    生まれ変わるならタクラマカン砂漠に吹く風になりたいと思います。

    12編の短編 表題作の楼蘭は中央アジア、中国の西域を舞台とした古代弱小国の興亡の物語 立地的に大国の漢と匈奴の両方から支配と搾取が繰り返されるなか、細々と暮らしていかなければならない楼蘭の人々に無常さを感じます。

    他にも人間になる事と夫の浮気に制裁を加える事が出来なくなる葛藤を描いた羅刹女国!?
    即身仏に強制的に祭り上げられる側の内面を描く補陀落渡海記など心に何かが引っ掛かりずり落ちていくような短編集です。

  •  歴史作品を中心に12編収録。楼蘭とは「中央アジア、タリム盆地のタクラマカン砂漠北東部(現在の中国・新疆ウイグル自治区チャルクリク)に、かつて存在した都市、及びその都市を中心とした国家の名称」である(wiki調べ)なんとロマンを掻き立てることか、更に「さまよえる湖」ロプノールの西岸に位置し、シルクロードが西域南道と天山南路に分岐する要衝にあって、交易により栄えたとある。日本人はシルクロードに弱い。なぜなら島国に住むわたしたちの感覚からして、大陸の雄大さは永遠の憧れなのであろう。

  • 井上靖の歴史小説メインの短編集。

    何と言っても出色だったのは『補陀落渡海記』

    補陀落渡海とは、補陀落なる浄土目指して小さな船で単身海を渡ろうとすることで、住職の間で昔行われていたそうです。
    もちろん、実際は海の藻屑と消える運命でして…。
    そんな補陀落渡海に世間に背中を押される形で挑む羽目になった冴えない坊さんの物語。
    悟りを会得して海を渡りたいと願いながらも、
    今まで渡海した僧侶たちも結局のところ
    悟りどころか狂気に憑かれていたり、
    自殺まがいで渡海を行ったり、
    真正の信仰心から渡海を試みていなかったことに主人公は気づいてしまいます(読んでいてドストエフスキーの『悪霊』を連想したりもしました)。

    揺れる主人公の姿が痛ましく、彼を取り巻く世間に対する怒りがひしひしと伝わってきます。

    ほか
    漢と匈奴に翻弄される小国家の物語『楼蘭』
    西域平定に乗り出す後漢の名将班超の物語『異域の人』
    山月記を思わせる変身譚『狼災記』
    も面白かったです。

  •  オリエント情緒というかシルクロードロマンというかそういうのを感じたい時に
    ぱらっとめくって好きなとこを読んで満足する一冊です。
    ずっと手元に置いておきたい。

  • 中国西域を舞台としたものが中心の短編集。
    楼蘭の話は子供の頃になんかの本でも読んだけど、中央アジアっていまいち場所がよくわからない。

    このあたりも行ってみたいけど、お金かかるうえにハードそうだなぁ。

  • 大国である漢と匈奴に挟まれた西域の弱小国家楼蘭の運命を描いた「楼蘭」や後漢の末期に軍事植民地を建設するため西域入りした男たちに襲いかかる自然の脅威を描く「洪水」など西域ものと説話的な「狼災記」など12編の作品集。「狼災記」「羅刹女国」「倶利伽羅国縁起」「宦者中行説」が寓話的な話で面白かった。
    2024年6月9日読了。

  • 古の桜蘭という国の状況が偲ばれ、古代人の想いも時を超えて伝わっ手きます
    他の短編も興味深く知識を広げる意味でいい本かもね

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著者プロフィール

井上 靖 (1907~1991)
北海道旭川生まれ。京都帝国大学を卒業後、大阪毎日新聞社に入社。1949(昭和24)年、小説『闘牛』で第22回芥川賞受賞、文壇へは1950(昭和25)年43歳デビュー。1951年に退社して以降、「天平の甍」で芸術選奨(1957年)、「おろしや国酔夢譚」で日本文学大賞(1969年)、「孔子」で野間文芸賞(1989年)など受賞作多数。1976年文化勲章を受章。現代小説、歴史小説、随筆、紀行、詩集など、創作は多岐に及び、次々と名作を産み出す。1971(昭和46)年から、約1年間にわたり、朝日新聞紙面上で連載された『星と祭』の舞台となった滋賀県湖北地域には、連載終了後も度々訪れ、仏像を守る人たちと交流を深めた。長浜市立高月図書館には「井上靖記念室」が設けられ、今も多くの人が訪れている。

「2019年 『星と祭』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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