武蔵野夫人 (新潮文庫)

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  • 新潮社
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レビュー : 19
  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101065021

感想・レビュー・書評

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  • 先日、国分寺の「はけ」を散策する機会に恵まれたため、その辺りが舞台となっているこの小説を再読しました。
    自分の比較文学のM論に取り入れた作品ながら、「はけ」なる独特の土地がよくわからなかったため、想像をはたかせることしかできずにいましたが、実際に小説舞台を訪れて、再度読み起こすと、やはり世界の迫り方が違いました。
    論文に引用した際には、この作品のフランス心理小説的手法に着目しましたが、
    「土地の人はなぜそこが『はけ』と呼ばれるかを知らない。」
    という冒頭から始まるこの作品には、心理描写だけでなく、自然描写も大きな比率を占めています。

    つまり、学生時代とは別の側面に着目しての再読となったわけですが、実際にこの地にある、水源の湧き出る神社も文中に登場するため、生き生きと色味を帯びて情景を思い起こすことができるようになりました。
    この土地の人にしかよくわからないだろう「はけ」について、さまざまに言葉を尽くして表現している著者。
    詳細な説明に、土地への愛着と情熱がにじみ出ています。

    巻頭には、物語の舞台となる地形図が出ているのも嬉しい助けとなりました。
    恋が窪とは、小説世界の中だけの効果的なロマンチックな地名かと思っていたら、実際にも存在する場所でした。
    この地で著者は、この小説を構想し、育んでいったということがストレートに理解できます。

    学生時代に読んだ時には、かなり大人の話で、自由に動く登場人物たちの動きを追うのに精いっぱいでしたが、今読み返すと、誰もがてんで勝手なことを考え、理解し合えずにそれぞれに動いて悲劇に向かっているのだと感じます。
    そこに、自然豊かな土地で繰り広げられる、人間模様の不条理さや乾いたリアリティが表れているのです。

    従軍体験を経た著者の視点を引くビルマ戦地帰りの青年が登場することで、荒廃した戦場と緑潤う武蔵野台地との対比も描かれます。
    心理小説としてはかなりカッチリとしており、実験的な文章。
    「彼の美貌と残酷には成功の機会が多かった。」など、完全に当時の翻訳調です。
    それだけでは息詰まるような怜悧さがあるため、泰然とした自然描写を頻繁に差し込むことで、緩急のバランスを取っているようです。

    恋愛が主体の仏文学をベースにしながら、恋愛を知らない空想家夫婦のずれを描いている点にひねりを感じました。
    登場人物の誰もが、人とは違う恋愛観を持っていることで、幸せになれないということにも気づきました。

    小説は、実に自分の心を写す鏡だと思います。
    読む時々の自分を反映した感想を抱くためです。
    かつて読んだことのある作品も、時間を置いて読み返してみると、新たな発見に出会えて新鮮な感動を得られることを、実感しました。

    主人公の夫はスタンダールかぶれの研究者ですが、スタンダールっぽいロマン活劇はほとんどありません。
    ラディゲの『ドルジェル伯の舞踏会』『肉体の悪魔』、ラファイエット夫人の『クレーヴの奥方』の影響が色濃く見える、端正な心理小説となっています。

  • (01)
    ハンパねえ,とも感嘆できそうな支離滅裂と,その分裂をパラノイア(*02)の様に論理的な心理描写で綴り,一歩一歩を綱渡りの様に慎重に繋げていく筆致には驚嘆もさせられる.
    パンパンの時代ともいうべき敗戦直後のパンクした世相の中で,2組の夫婦が1人の復員兵によって壊されていく,その舞台が焼野原となった帝都の心部ではなく,リアルな野原と畑と雑木林の武蔵野であるというところに本書の壊れ方の凄まじさがある.

    (02)
    執拗な筆は,武蔵野の地誌に及ぶ.復員兵の眼を借りて,またその不倫相手の父の書籍を籍りて,盛るようなマニアックさで,地質,地形(*03),植生,動物相が記述され,心裡のレイヤに重ね合わせられる.
    ところが,野川や水への固執に代表されるこの変態は,本書に触れられているとおりビルマでのサバイバルな戦争体験,今風に言えば従軍を契機とするPTSD,またその飢えや乾きに由来するが,人跡としての道(道子)や水路,鉄路や航路についても「眺め」は及び,その離人的(*04)パースペクティブが結語の「怪物」に帰ってくるという理窟になっている.

    (03)
    「はけ」に伴う身体の上昇と下降は,一章が与えられた蝶の飛翔とシンクロナイズされるが,これは「恋ヶ窪」や「狭山」の高いとも低いとも言い難い水源にも響く上下運動である.
    その中で丹沢山系の上に見出される富士山も本書における重要な象徴をなしている.復員兵にとって破壊作戦上のベースキャンプ,滅裂心理上のベンチマークに位置付けられた富士山であったが,終盤で「蟹」と対比されるのが,興味深い.この蟹はいったいどこからやって来た蟹であろうか.怪物,水,海,湖とも連関する蟹の象徴はどこから来たのか.
    「はけ」が入り組みである谷戸に住まう夫婦は,あるいは巣穴に巣食う蟹とも目されるのかもしれない.もちろん地質的には飛躍があるが,富士山の潰れとしての,丘陵や野の問題として印象されるマークである.

    (04)
    これは著者らしい自虐の史観(私観)にも関わる問題である.

  • 2017年7月6日読了

  • 多くの方のレビューのように、これが実験的か、斬新なのかを判断する力は私には無い。あるいは下敷きのなる作風に関する知識も無い。ただ、独特だなと感じた点は、地の文と台詞との矛盾だ。本作では台詞ではなく、地の文で登場人物の感情を描写している。勿論、紋切り型になって仕舞い勝ちな地の文での感情描写だけなら大したことはないが、これに反し矛盾する台詞を多く挿入することで、読み手の混乱を誘うのは面白い。一方、乾いた情景描写、それぞれの感情が他者に伝わっておらず、互いの話が噛合わず、思い込みを持ちながら物語は進む。
    ディスコミ、あるいは、それぞれの感情を言葉にしないので、みんな相互に心の内を誤解しながら展開していくのもなかなか。という点はともかく、概略「一生愛し合う誓いができれば、世間の掟(道徳?)が改まって、私達を責めないで一緒になれる。…十年待てば…。」と言う道子に殆ど絶望した勉。なのに彼に「抱いて」と迫り、長い接吻を交わす2人。ところが「もう秋山(夫)が帰る頃なの。もうこれで帰って。あなたと秋山が一緒にいるところを見たくない…」という件がある。何じゃこりゃ、男を馬鹿にしているのか、と思わず叫んでしまった…。
    一見無垢に見える女のコケティッシュな言動にはどうしようもない怒りを覚えるが、これこそ著者の狙いなら、思うツボにはまったのかも…。

  •  
    ── 大岡 昇平《武蔵野夫人 195001‥-09‥ 群像 19530609 新潮文庫》19470915
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4101065020
    http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/search?idst=87518&key=%C2%E7%B2%AC+%BE%BA%CA%BF
     
    (20160203)
     

  • 大岡昇平の作品は実はこれが初めてだったが、意外や意外、すらすら読めた。
    昼ドラのようだが、そうではない。
    登場人物達の距離感が好きだなぁと思った
    のは覚えているが、細部を大分忘れてしまった。
    再読しよう。

  • 1951年(昭和26年)第4位
    請求記号:Fオオオ 資料番号:010672756

  • やっぱり私には大岡昇平はわからない  
    文章は好き  

    夫、人妻、そして復員したばかりの不良学生の織り成す「昼ドラ」は、共感とか同情とかいう想いを抱かせるのには程遠い(私にとっては)  
    皆がみんな自分本位に行動していると思った  
    あと、「誓いは神の前でするものだ」という言い回しが、「野火」の教会のシーンとリンクするものを感じさせた(考えすぎかもしれない)  

    戦前と戦後について考えながら読もうと思ったけれど、私はまだまだそういう分析的な視線では小説を読むことができないようです  
    授業について行けるかなー……

  • フランス心理小説の手法をつかった「恋愛」小説。登場人物たちの状況と感情の揺れを冷静に描写する。現実では他人の心や感情は表面や信頼できない言葉の端々から推測するしかないが小説では残酷で皮肉に満ちた表現ができる。活字でしか表現できない世界は人間の内面かと再認識。そして武蔵野の自然はごく短い生をもつ人間とその愚かさを突き放すように無関心で美しい。話が終わっても残された登場人物のことを考えると慄然とする。

  • 難しそうなんて思ってたんだけど、実際読んでみると結構おもしろくってスラスラ読めちゃったわぁ。
    フランスの心理小説を手本に書かれてるらしいからかな~?
    もしかして、私、こういう形態の小説好きだったりする?
    ボヴァリー夫人のときも、結構面白かったのよね。

    そういえば、話の内容も似てるかな?
    こっちの場合は、同じ敷地内に住む親戚同士の不倫プラス従弟との愛。っつ~の?
    で、結局、主人公の道子は早とちりしちゃって自殺。。。
    うーーーん、似てる。

    でもね、これも主要主人公たちの心情っていうのヒシヒシとよく伝わってきて、「わかる、わかる!」って感じ。
    一番許せないのは、道子の旦那・秋山。
    で、道子は結局、従弟の勉を愛してたけど、一線を越えなかったのよねぇ~。
    なんだかとってもキレイな日本人らしい女性だわ~。
    最後はちょっと馬鹿みたいだったけど。。。。

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著者プロフィール

大岡昇平

明治四十二年(一九〇九)東京牛込に生まれる。成城高校を経て京大文学部仏文科に入学。成城時代、東大生の小林秀雄にフランス語の個人指導を受け、中原中也、河上徹太郎らを知る。昭和七年京大卒業後、スタンダールの翻訳、文芸批評を試みる。昭和十九年三月召集の後、フィリピン、ミンドロ島に派遣され、二十年一月米軍の俘虜となり、十二月復員。昭和二十三年『俘虜記』を「文学界」に発表。以後『武蔵野夫人』『野火』(読売文学賞)『花影』(新潮社文学賞)『将門記』『中原中也』(野間文芸賞)『歴史小説の問題』『事件』(日本推理作家協会賞)『雲の肖像』等を発表、この間、昭和四十七年『レイテ戦記』により毎日芸術賞を受賞した。昭和六十三年(一九八八)死去。

「2019年 『成城だよりⅢ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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