宣告 (下) (新潮文庫)

  • 新潮社 (1982年1月1日発売)
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  • 本 ・本 (629ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101067032

感想・レビュー・書評

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  • 巻末の解説を見て、著者が実際に刑務所の医官をしていた事を知る。つまり、この小説は極めて事実に近い創作である。死刑を確定されながら、それを執行されない確定囚。未来も希望もないような気がするし、実際に拘禁による精神病に罹患する。しかし、この小説は、そうした我々の単純な想像を超えたリアルを伝えてくれる。

    生きた心地がしない。食欲が出ない。確定している絶望を待つ時間…。例えば、会社に大損失を出しそれを報告しなければならない時。例えば、愛する家族の不幸を知りながら、目にするまでの時間。日常に存在する、確定囚のような状況。我々のリアル。死刑囚は強く、しかし、確定された事実には抗えない。あるいは、選択肢の無さが、強さを生むのか。いや、正確には、強さを測るという表現が正しいだろうか。ここでの弱さとは、絶望の想像に押し潰されることか。思考がまとまらないが、そんな思考のきっかけをくれた。

    もっとも、殺人犯とは、常人が想像し得るが、恐怖や理性あるいは打算により成しえない行為をした人達だ。こういう輩に対し、強い弱いという表現は不適切だろう。恐怖を克服したか、あるいは理性を喪失したか、想像力が足りなかったかという殺人犯は、自らが死刑に処される際にも、理性、想像力、恐怖が欠落する、という事もあるのだろう。

  • 個人的には、同著者の作品としては先に読んだ「フランドルの冬」の方が好きだし人にも薦めるけど、この作品は、人間ならだれしも一度は持ったことのある思考の状況を、著者なりの方法で徹底的に掘り下げている点で、傑作とは言わないまでも、確実に見逃せない作品ではあると思う。
    第一に思ったのは、この作品を、死刑制度という特殊な問題について扱い、それについて著者の意見を述べただけの本と決めてかかる必要はないんじゃないか、ということ。というのは、この作品は、恐らく死刑に賛成する人にとっては、死刑廃止論者のキリスト者が書いた宣伝のようにきっと見えるだろう(こう暫定的に書きますが、筆者が死刑に賛成しないということではありません)けれども、被害者、遺族の描写が殆どないというその観点からはあまりに致命的な一点において、少なくとも今日から見ればあまり説得力はなく、現に小説が書かれてからかなりの時が経った現在でも死刑制度はある。しかし、死にゆく人がどういうことを考えるのか、という問題は、信仰の如何に関わらず常に私たちとともにある。特に下巻の後半部は全く冗長さを感じない、いい文章だった。言ってしまえばそのことを考えさせるという点に、死刑廃止論者たる著者の面目躍如があるのでしょう。
    それからこの著者のテクストは、読者の身体そのものに訴えかけてくる。特に女子大生の生理の描写はどこまで意識的なのか分からないけど、一方向に流れがちな物語に強烈な違和感をもたらしてうまい。
    あと、大工の歌人の歌に元になったものがあるのかが気になりました。

  • 【過去読了レビュー】
    死刑囚を収容する刑務所に勤務する若い診療医が、葛藤、昇華、苦悩する日常を描いた作品。
    いつ来るとはわからないが、確実に予定された死を前に起こる様々な人間模様と、それを見守る人々の思い。

    鬱々とした思春期に読んだ今も記憶に残る作品。
    内向になりがちな時期に、その底を垣間見たような気がした。

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著者プロフィール

1929年生れ。東大医学部卒。日本ペンクラブ名誉会員、文藝家協会・日本近代文学館理事。カトリック作家。犯罪心理学・精神医学の権威でもある。著書に『フランドルの冬』、『帰らざる夏』(谷崎潤一郎賞)、『宣告』(日本文学大賞)、『湿原』(大佛次郎賞)、『錨のない船』など多数。『永遠の都』で芸術選奨文部大臣賞を受賞、続編である『雲の都』で毎日出版文化賞特別賞を受賞した。

「2020年 『遠藤周作 神に問いかけつづける旅』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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