湿原 (上) (新潮文庫)

  • 新潮社 (1988年10月1日発売)
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  • 本 ・本
  • / ISBN・EAN: 9784101067049

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  • 49歳の雪森厚夫は、自動車整備工として布川モーターズに務めていました。ある日、会社で現金が盗まれる事件が起こり、彼の紹介で入社した甥の陣内勇吉に疑いがかけられます。勇吉のことを信じる厚夫は、社長の布川一郎や秘書で愛人の藤山君子に、勇吉の無実を訴えますが、この事件を機に、社長の雪森を見る目に変化が現われます。じつは雪森は犯罪を犯した過去があり、彼を雇った布川はそのことをすでに知っているらしく、彼の親戚である勇吉にも心の奥では不審の念を抱いているようでした。

    一方で雪森は、彼といっしょにアイス・スケートを習っている女子大生の池端和香子との交流を深めていきます。彼女は、同じ大学で過激派の「Qセクト」の指導者である守屋牧彦と恋人どうしでしたが、革命を信じる彼にはついていけないと感じていました。また彼女は、父親で大学教授の池端恒太郎にも精神を病んでいると決め付けられ、家にも大学にも居場所がありませんでした。そんな彼女が、雪森の素朴な人柄にしだいに引かれるようになり、2人は雪森の故郷である北海道の根室へ旅行することになります。

    ところが、東京へ戻ってきた2人を待っていたのは、過激派による新幹線爆破事件の容疑者という嫌疑でした。2人はただちに逮捕され、厳しい取調べを受けることになります。とくに前科のある雪森は、初めから犯人だと決め付けられ、ついに彼は刑事に言われるまま、嘘の自白をおこなってしまいます。和香子は黙秘を貫いたものの、検察によって作り上げられた事件のストーリーが裁判で認められ、雪森は死刑、和香子は無期懲役の判決が下されることになります。

    革命と信仰と精神の病という、著者の取り組んできた主題がすべて投げ込まれた長編小説ですが、布川一郎や藤山君子、そして君子と対立して雪森に好意をみせる金原園子、それに拘置所で雪森が出会った人びとなど、アクの強い人物造型はおもしろいのですが、それに比べると、雪森と和香子、それに切替教授といった「善人」は精細さを書くように感じます。もっとも、善人よりも悪人の方に魅力を感じるというのは、大方の小説に当てはまることなのかもしれませんが。

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著者プロフィール

1929年生れ。東大医学部卒。日本ペンクラブ名誉会員、文藝家協会・日本近代文学館理事。カトリック作家。犯罪心理学・精神医学の権威でもある。著書に『フランドルの冬』、『帰らざる夏』(谷崎潤一郎賞)、『宣告』(日本文学大賞)、『湿原』(大佛次郎賞)、『錨のない船』など多数。『永遠の都』で芸術選奨文部大臣賞を受賞、続編である『雲の都』で毎日出版文化賞特別賞を受賞した。

「2020年 『遠藤周作 神に問いかけつづける旅』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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