ぼく東綺譚 (新潮文庫)

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感想 : 73
  • Amazon.co.jp ・本 (144ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101069067

感想・レビュー・書評

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  • 関東大震災の記憶が残る昭和初期の東京。作者に比した小説家の主人公がふとしたことから玉の井の私娼街で出会った娼婦の家へ入り浸り、ある夏を過ごした様子を作者自身の経験と重なり合わせた物語。さらに本小説の中で、小説「失踪」を書いている主人公という三重構造になっていて、それぞれの絡み具合が絶妙なところ。
    少しインテリが悪(?)をしているという描きぶりですが(笑)、昭和初期の東京の風情と風俗を五感で感じられるような描写に大いに興味がそそられました。馴染みになった男女の機微も見せ所ですが、現代人の自分には少し会話についていけない部分がところどころあり(笑)、物語の進展に乏しいと感じてしまうのは時代の感覚がズレてしまったせいだろうか。しかし、男女の和んだ風情が心地よく、情感溢れるたたずまいが良かったです。そして、客と馴染み娼婦の間柄が、ひとたび妻にすると別な女に化けるという達観した結婚観で主人公が女と別れるという流れはとても面白かった。(笑)後日談をわざと描かず、詩をもって飾るというラストも秀逸。
    作者自身によるエッセイ風のあとがきも当時の東京風景と荷風自身の思い出話が盛んで、当時の世相も絡んで興味深い。

  • 育ちの良い爺さんによる、昔の恋愛遊びは上品でよかった談。本編も面白いですが、作後贅言はさらに言いたい放題でニヤニヤしてしまう。あの永井荷風が、よく聞く論調でよく聞く愚痴を言ってやがるぜ。老人はみんなこういうことを言いたがるし、わたしもいつかはこうなるんでしょう。

  • 「わたくし」が初めてお雪の家に上がり込んだときの会話が素晴らしい。長いこと遊んできただけあって、いっさい無駄玉を撃たない。リアル世界でもこんなだったらいろいろすっきりしたものだろう。

    結局「わたくし」はお雪から離れようとするのだけれど、すっぱり切りがたい逡巡する心の描写がせつなかった。男がずるいのは確かだけれど、あの年で一直線の恋なんてできないのもよくわかる。あんまりわかりたくないけど。

    結末の唐突さもよかった。人と切れるときはいつだって突然だ。説明なんかない。

  •  1937(昭和13)年発表。いよいよ太平洋戦争に突入する直前、永井荷風は58歳であった。
     これももの凄く昔に読んだ小説で、今回ひととおり読み返した後、なんだか味わい尽くせていないような、淋しい気持ちになったので、『つゆのあとさき』を再読した後でもう一度これを最初から最後まで読み直した。
     この小説の主人公「わたくし」は警察に尋問された際に「大江匡」と名乗るのだが、注によると大江は荷風の先祖の別名であったらしく、年齢も同じであり、この「わたくし」はほぼほぼ荷風自身である。もっとも、作品全体はフィクションとしてまとめられているので、私小説ではない。
     作品の舞台となる玉の井という場所は、ウィキによると当時の「私娼街」とされている。そこに住む娼婦雪子と馴染みとなり、足繁く通うなりゆきとなる。この娼家というものは、どうやら窓の所に女が座って通行人に声をかけて引き込むらしいのだが、先客である「わたくし」がいるのにもかかわらず後から客が入ってくると「わたくし」は帰る、というよくわからない作法になっている。とりあえず現在のソープのような所とは異次元の世界である。
     本作は一貫した物語が展開されるが、冒頭をはじめ随所に随筆のような文章が入っており、情景や四季の変化、時代の様子について淡々と語られており、いわば物語ストリームと随筆フィールドが同時に展開され、その間の移ろいに何とも言えない美しさがある。
     雪子は溌剌と明るい女性として魅力的に描かれ、

    「窓の外の人通りと、窓の内のお雪との間には、互に融和すべき一縷の糸がつながれている」(p.82)

     と「わたくし」が指摘している。逆に言うと、街をさすらい世相を見つめる作家の、世人とは隔てられた孤独さが対比されているのである。
     この82ページから84ページにかけての思弁的な記述はとても切実で、素晴らしく印象的だ。ここから哀切な彼女との「別れ」へと突き進む。
     余韻のある美しい小説だが、本編の最後に「作後贅言」という、あとがきと呼ぶには少々長すぎる随筆のようなものがくっついている。これもまあ、当時の世相を知る手がかりとして有益なものではある。
     荷風はゾラなどフランス文学に心酔したがいわゆる自然主義文学運動には与せず、同時に好んだ江戸文学の影響もあってかなり和風な文学世界を描き出したが、この小説は随筆フィールドを併せ持つことでそのような日本テイストを発揮しつつも、自己自身の孤独を西洋文学的なやり方で浮き彫りにすることに成功している。
     やはりこれはときおり読み返すべき名作なのかもしれない。

  • 小説「失踪」の構想をねりつつ、私娼街・玉の井へ調査を兼ねて通っていた大江匡は娼婦であるお雪と馴染みになる。物語の筋らしい筋はなく、今では失われてしまった風景が趣のある文章で描写され、幻燈映写機で臨むよう。昭和初期の浅草界隈は特に心惹かれる。

  • 狭い路地の向こうには大量の蚊が涌く溝際に佇む私娼窟。なんだかきな臭い情景にも思えるけど、匂い立つような夏の爽やかさを感じられたのは、荷風の流麗な文体によるものなのでしょう。また、昭和初期の下町の風俗が目に浮かぶようでタイムトリップしているようなウキウキした気持ちになりました。
    馴染み深い土地が舞台とのことで手にとった本だったけど、思いがけないヒットでした。

  • 日本の過去の日常風景に触れたくなり読む。今よりも時間がゆったりと流れている感じがする。蒸し暑いし治安も悪い世の中でありながら、なんとなく明るい雰囲気がいいなぁ。永井荷風は戦争時代を生き抜きながらも戦争がなかったかのような作品を残す。我が道に実直な生き様はカッコいい。ただ家族は大変だったろうし、天才が故、特に身近な人との関係から孤独をかみしめた人生だったのかなと思った。また間をおいて読み返したい。

  • 文章を形作る単語選びがとても好みで、文体が似てるかもと言われた本だったので嬉しかった。とくに風が吹くタイミングがいい。たぶんだが描写しようとする場所や作家の視線がいいんだと思う。この話の舞台は昭和初期であるが、その当時に作者が抱いていた江戸・明治への郷愁が作品の奥底に流れている。今の時代に昭和を思うように、この時代も目まぐるしく街が変化する中で許せるものと許せないものが荷風にははっきりとあって、昔を愛するという揺るがない志に触れることができてよかった。思えばお雪と出会うきっかけになったのも、家の近隣から聞こえるようになったラジオの音である。作者の大事に思っていることをきっかけに話が動いていくと自然で、不思議と先に先にと読める。これは大事なことだと思う

  • 隅田川の東岸、玉の井の私娼街を舞台に、去りゆく明治の時代への詠嘆をこめた随想的小説。抑制され落ち着いた筆致は単なる懐古主義にとどまらず、現代を生きる我々にも大きな共感を誘う。

  •  友人の薦めから一気に読み切った。隅田川東岸の私娼窟玉の井(東武伊勢崎線東向島駅付近)を舞台に、小説家・大江匡と娼婦・お雪の交際を描く。

     江戸情緒残る盛場の風情が季節の推移と共に描かれる模様は秀逸。この街には「ぬけられます」「安全通路」等と書かれた路地が多数存在、筆者はラビラント(迷宮)と呼ぶ。

    「こんな処は君見たような資産家の来るところじゃない。早く帰りたまえ」という巡査とのやりとりや、「この辺の夜店を見歩いている人達の風俗に倣って、出がけには服装を変ることにしていた」あたりは筆者の奇人ぶりが垣間見えておかしい。

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著者プロフィール

永井荷風

一八七九(明治一二)年東京生まれ。一九〇三年より〇八年まで外遊。帰国後『あめりか物語』『ふらんす物語』(発禁)を発表。五九(昭和三四)年没。主な作品に『ぼく東綺譚』『断腸亭日乗』がある。

「2020年 『吉原の面影』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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