田園の憂鬱 (新潮文庫)

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  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (177ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101070018

感想・レビュー・書評

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  • これほど内容と題名がマッチしたと思える小説も珍しいのではないだろうか。まさにそのまんま。(笑)
    妻と2匹の犬(レオとフラテ)と猫(青)を連れて、片田舎の田園風景の中の一軒家に男が引っ越してきたところから物語は始まる。いや、物語といっても何か筋書きがあるわけではない。そこに住み始めた男の自然の中での生活や人との交わりを過ごす中で、雨季の鬱陶しさとともに神経質な気質や癇癪、幻覚が次第に全面を覆い高じて、狂寸前の頂点の中で自らを薔薇に象徴して振り返るところで物語が終わるという話。
    もともと本書自体の原作が「病める薔薇(そうび)」で、さらに「田園の憂鬱 或は病める薔薇」となり、本書の「田園の憂鬱」になるまでに加筆・改稿・合体と紆余曲折があったようで、初頭の薔薇(そうび)への世話と、最後の象徴化とで、ようやく主人公の男の田園でのあり様に一貫性を与える物語となっているように思える。
    生活の中であらわれる数々のエピソードが面白いが、色彩感覚のある田園風景と、細やかな人物や動物描写、そして主人公の男の神経質な言動の切迫感は見事に表現されている。静かな自然の中でともに生きることの憂鬱さを詩情豊かにあらわした作品。

  • 都会の重圧と喧騒に苦しみ、己の生の意味を見失った青年が、愛人と二匹の犬と一匹の猫をかかえて草深い武蔵野の一隅に移る。

    田舎の草葺き屋根の一軒家を紹介してもらったとき、青年が感じたのは自然に包まれた大らかで穏やかな生活だったのでしょう。愛人の不安をよそにこれからの隠棲生活に思いを馳せます。ところが、長雨やご近所トラブル、変わり映えのない食事や風呂のない生活。いろんな鬱々とした感情が彼を襲いはじめます。それにしても幻聴や幻覚の描写はまるで絵のように思い浮かべることができます。愛人がいない夜。犬たちと暗い台所の土間で心細そうにしている青年の背中なんか、ぽっかり浮かんできます。この精神のバランスが危うい青年の憂鬱さと生命力溢れた田舎の自然や人間と(犬たちも!)の対比が印象的でした。

  • 作家の顔で買った気がする。変な惹かれ方だ。

  • 初稿題名は『病める薔薇』だったそうだが妙に納得。全体に漂う沈鬱な雰囲気と精神薄弱の支離滅裂な主人公の言動が相俟って、幻想的な空気を作り出している。静謐が不気味であり、主人公の一挙手一投足が冴え、狂気を感じさせるのだが、美しいのはなぜだろう。不思議な魅力を持った作品だ。

    1919年といえばいまから100年前だが、いまと違って情報が限られた世界のなかで本書を読んでしまうと気が違えてしまいそうな気がする。(誉め言葉)

  • とても雑なことを言ってしまうと、田舎に引っ越してきたニートの苦しみについての小説。それをこんな風にロマンチックに書くとはさすが佐藤春夫なのだけれど、ニートになるのがあまりにも簡単になってしまった今、ちょっとぬるい印象を受けてしまった。

  • 佐藤春夫?誰それ?・・・。

    読んだことがないどころか、知らないという世代というか時代がついに来てしまったのかという感慨もひとしおですが、たとえ記憶の片隅にでも名前だけでも知っていてほしかったのですが、去る8月23日に新宿駅のホームで42歳の男が不意にぶつかったせいで押し出され、電車とホームに挟まれて亡くなった心理学者で社会人を対象にした通信制の星槎大学学長である佐藤方哉その人こそ、佐藤春夫と谷崎順一郎から譲られた妻の千代夫人との間に出来た長男だったのです。

    もちろん方哉氏のことは存じませんでしたが、文学的教養などと言わないまでも、せめて佐藤春夫ときたら『殉情詩集』か『田園の憂鬱』の題名だけでも覚えているのが日本で小説を読んでいる者として最低の自覚というものでしょう、とかなんとか母と弟と妹に苦言を呈したら、逆に、面白いとか読む価値があるのなら誰かが推薦するとかして文学難民の私たちにもメッセージが届いているはずで、それが見当たらないということは埋没してしまっても仕方がないんじゃないみたいなことを言われて、開いた口がふさがらなくて憤慨してしまいました。

    この文脈では、私は単なる異常な文学オタクということで話になりません。

    でもまあ、たとえ手にとって読んだとしても、田園も憂鬱も友人の奥さんを欲しがる激しい愛も、今の私たちに皆目わかるわけがありませんが。



    この感想へのコメント
    1.抽斗 (2010/10/20)
    私は岩波文庫の『美しき町 西班牙犬の家』で佐藤春夫を手に取って、その年のベストに挙げました。あまりに好きだったので、大学でも購入して、ポップを書いて薦めておいたのですが、とうとう誰にも手に取られないままだったようです・・・。たぶん、みんなも「佐藤春夫? 誰それ?」状態だったのでしょう。

    『田園の憂鬱』はまだ読んでいませんが、薔薇さんが五つ星をつけられているのですから、読むしかないですね!

    2.薔薇★魑魅魍魎 (2010/10/24)
    私は古典は図書館で読み、購入するのは図書館にないか身近で再読したかったり徹底的に読む本に決めています。せっかく生まれてきたのですから、文学も美術も音楽も、今までの人類の創造してきたものを享受しない手はないと思っています。
    なんちゃって、でもかつて一日3冊は読めたピチピチした読書力が、最近はダメで、めっきり衰えてきて、目も悪くなって文庫本が恐い!

    3.抽斗 (2010/10/24)
    1日3冊! すごいですね、遅読な私には「ふわー」ってかんじです。

    時間のある大学生のうちに、できるだけ読みたいとは思っているのですが・・・自分の読書スピードと比べて、読みたい本が増えるスピードがあまりに早くて泣けてきます。。

    4.抽斗 (2010/10/24)
    (上の続きです)
    そうですね、私も、できだけたくさんのことを知り尽くしたい、と思いつつ日々を過ごしています。
    努力すれば色んなところに行きやすい、手に入りやすい環境にいるのだから、貪欲にならなければ多くの先人たちに申し訳ない、とすら思いますね。
    そう思うのはときどきですけど(^^;)。

  • 佐藤春夫の代表作。詩人として有名な佐藤春夫だが、現代の読者家からは詩よりも本作が有名ではないだろうか。

    本作は、妻とペットを連れて、都会から田舎へ引っ越した若者の心情の移り変わりを、精緻な風景描写とともに記述したものだ。
    著者が実際に置かれた状況と似ているので、私小説かもしれないが、そうでないようにも思える。私小説のように、作者が物語に介入しているとは感じないのだ。しかし、主人公が見る景色、田舎で得た感情はあまりに瑞々しく、鮮明だ。そして、時々濁りも混じっている。これは実際に経験しているものでないと書けるはずがない域に達している。
    本作が私小説ならば、私小説の灰汁を上手く掬い出せている。私小説でないならば、想像で(実際に見たものもあるだろうが)情景をここまで言語化できるのも素晴らしい。

    自分が置かれている場所から憧れた場所への跳躍、そこでの喜び、発見、そして苦悩。そうした状況は、100年以上経っても、人々の共通項として立ちはだかり、新たな世界をもたらしてくれる。

  • 初めて佐藤春夫の作品を読みました。
    都会の重圧と喧騒から逃れるために青年は妻と二匹の犬、一匹の猫を連れて草深い武蔵野の一角に移り住む。来る日も来る日も自然を見詰め、対峙し続ける青年は憂鬱と倦怠に沈み込んでは幻覚、妄想に絡め取られてゆく。

    物語の筋らしいものはなく、圧倒的な豊かな自然描写と克明に描かれる青年の内面とが互いに響き合い、重なり合って、深く繁る蔓草のような複雑なアラベスクを織り成す。
    終盤に彼が叫ぶ「おお、薔薇、汝病めり!」は、そのまま彼の心の有り様を示しているように思えます。

  • 学生時代以来、25年ぶりに読む。国立の増田書店で買った文庫。5回の引越しを経て、かなり状態良く残る。
    タイトルからして憂鬱と言っている通り、とにかく陰気。東京の街中から田園に引っ越した人がネイチャーの中で経験する、嫌気と数々の幻聴幻覚。

  • 自然描写が多すぎて読むのしんどい。20ページくらいでリタイア

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著者プロフィール

さとう・はるお
1892(明治25年)~ 1964(昭和39年)、日本の小説家、詩人。
中学時代から「明星」「趣味」などに歌を投稿。
中学卒業後、上京して生田長江、堀口大學と交わる。
大正2年、慶応義塾を中退、
大正6年、「西班牙犬の家」「病める薔薇」を発表し、
作家として出発。
「田園の憂鬱」「お絹とその兄弟」「都会の憂鬱」などを
発表する一方、10年には「殉情詩集」、14年「戦線詩集」を刊行。
17年「芬夷行」で菊池寛賞を受賞。23年、芸術院会員となり、
27年「佐藤春夫全詩集」で、29年「晶子曼陀羅」で
それぞれ読売文学賞を受賞し、35年には文化勲章受章。
小説、詩、評論、随筆と幅広く活躍。

「2018年 『奇妙な小話 佐藤春夫 ノンシャラン幻想集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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