李陵・山月記 (新潮文庫)

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レビュー : 417
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101077017

作品紹介・あらすじ

中島敦は、幼時よりの漢学の教養と広範な読書から得た独自な近代的憂愁を加味して、知識人の宿命、孤独を唱えた作家で、三十四歳で歿した。彼の不幸な作家生活は太平洋戦争のさなかに重なり、疑惑と恐怖に陥った自我は、古伝説や歴史に人間関係の諸相を物語化しつつ、異常な緊張感をもって芸術の高貴性を現出させた。本書は中国の古典に取材した表題作ほか『名人伝』『弟子』を収録。

感想・レビュー・書評

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  •  明晰にして、流麗。中島敦の文章は漢詩のように格調高く、かつ律動的だ。漢学者の一族に生まれ、若くして漢籍に親しんだ中島敦は、その素養を活かした独自の作風で注目を浴び、寡作ではあるが完成度の高い作品を残した。本書には表題作を含め、計4篇の短篇と中篇が収録されている。

    『山月記』は、教科書にも載っている中島敦の代表作。詩人として名を挙げようとしてエリートコースから外れ、挫折してしまった青年の苦悩を、変身譚として寓話的に描いた短編だ。プライドの高さと社会的評価の低さとのギャップに苦しむ主人公の姿は、自意識ばかりが肥大しがちな現代人の姿に重なる。晩秋の月光を思わせる冴えざえとした筆致が、美しさの中に限りない寂寥を感じさせる名作である。

    『名人伝』は、硬質な文体にも関わらず、かなりユーモラスな短編だ。ある男が弓術を極めるべく修行して名人の境地に達する話だが、その展開の奇想天外さは少年ジャンプのバトル漫画に近い。ラスボスの老師がエア弓で鳥を射落とすシーンで、冨樫義博『HUNTER×HUNTER』の〈念〉を連想したのは、私だけではないはずだ。老荘思想とか難しい話を抜きにして、素直に物語を楽しんでいい作品だと思う。

    『李陵』は、漢の時代に生きた悲運の武将、李陵の半生を描いた中篇。歴史に翻弄される男達の内面の苦悩がメインテーマだが、漢軍と匈奴軍の戦闘シーンだけでも、戦記物として通用するだけの読みごたえを誇っている。ストーリーテラーとしての力量が存分に発揮された作品だ。

     その他、孔子の弟子、子路の半生を描いた「弟子」という中篇が収録されているが、長くなるので詳細は省く。ともあれ、その主題が本来含む憂いの深さとは裏腹に、旋律さえ感じさせる流麗な筆致によって、極上の美酒のような味わいが醸し出されているのが、中島敦の作品の特徴と言えるだろう。グローバル化の波とは対極にいるような作家だけれども、読み継がれてほしいと願わずにはいられない。

  • 齋藤孝先生の本を読んだら、名作を声に出して読みたくなり、本棚から迷わず取り出した本書。
    「山月記」は高校時代に教科書で出会って衝撃を受けて以来、何度も読み返しています。
    声に出すことで、虎となった李徴の告白が己の身に迫って感じられました。
    特に「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」のくだりは、読むたびに傷口に塩をもみこまれたようなじんじんとした痛みを呼び起こすのです。

    子路の、素直で真っ直ぐな、自分に嘘をつかない生き方。
    司馬遷の、宮刑という恥に打ちのめされてもなお、歴史を綴り続ける姿。
    無駄のないシュッとした文章なのに、そこから溢れ出る人間の生き様に圧倒されます。
    生きる力が凝縮された1冊だと、改めて思いました。

  • 34歳で歿した中島敦の短編四作を収録。
    山月記・・・優秀だが狷介な男のその後を描く変身譚。
    名人伝・・・弓矢の名人を目指した男がその域に達したとき・・・。
    弟子・・・孔子と子路。出逢いから死別まで、師弟の心の交錯。
    李陵・・・李陵、司馬遷、蘇武。同時期、三者三様の生き様。
    注解、年譜有り。
    中国古典の作品を昇華し、高雅な日本語で書かれた短編集です。
    顧みれば、高校時代に短編小説の魅力を教えてくれた、作品集。
    人間であること故の、感情や行動等、人としての有り様、
    人間らしさを、簡潔ながら奥の深い文章で描いています。
    「山月記」は挫折し虎に変身してしまっても、人の心と詩作への
    想いを捨てきれない、最後の段階で妻子を案ずる痛ましいこと。
    「名人伝」は極致に達した人間の姿が人ならざる者に見えてしまう。
    「弟子」は子路の孔子を慕う理由と彼らしさを捨てきれない故の
    運命に、孔子の弟子たちの人間関係が良い味を醸し出し、
    所々に「論語」が散りばめられているのが良かった。
    「李陵」は短編ながらも大河小説の如くで、中国大陸の広大さ、
    漢の武帝時代と匈奴との戦乱、その双方の人々が翻弄される
    歴史の流れを感じさせられました。
    やはり名作。十代の頃も良かったけれど、歳を経た今の再読で、
    味わいは更に増したように思われました。

  • 歴史小説の個人的な楽しみ方は、歴史的人物の表に出てこない一面を見つけるきっかけをつかむことだったりする。
    史実からは除けられてしまった、弱者(あるいは史実に残す側に立てなかった敗者)から見た歴史の真実が、物語の中になら隠されているんじゃないか、そう思うからだ。
    私が李陵から得たものは正にそれで、かの猛将に蘇武への劣等感があったかもしれないなんて、思いもよらなかった。
    拠る古典があるとはいえ、創作としての性質が多分にある以上、それを事実と見なすのはまずいことは分かっている。
    でも、人の心の複雑さを思えば、それもまた真実なのかもしれない。

    それにしても、子路の何て愛おしいことか。

  • あまりにも有名な山月記。
    教科書に載っていたので、深く学びました。

    人間の欲望は凄いと実感。

    他の作品も、素晴らしい。

  • 『山月記』は、言葉が鋭い爪、牙となって心に深く突き刺さります。偏屈、強情、怠慢、虚栄…。自分の醜い内面をまざまざと見せつけられました。
    猛獣と成り果てた李徴が、再会した旧友にまず自作の詩を書き取らせ、妻子の心配を後まわしにしたのが痛ましい。かろうじて残った人間の本質が徐々に侵されていく悲劇は、おのれと向き合い決して見失うな、という戒めなのでしょうか。
    最後に月を仰いで咆哮した彼の絶望が忘れられません。

  • 袁傪が考えた,李徴の詩に欠けているものは一体何か,というのがよく問題にされる.それは,人間らしい心,愛,といったものであるという解説をときどき見かける.確かにそれらは李徴に欠けているものだ.しかし,それらがあるからといって,優れた詩が書けるわけではない.人格破綻者のような人間が素晴らしい芸術を生み出すという事例は枚挙に暇がない.やはり,李徴の詩に欠けていたものは,優れた詩を作りたいという純粋でひたむきな一念だったのではないか.李徴の詩作の動機は,虚栄心としかいいようがないものであった.そこに人生の一つの地獄があるのであり,それ故にこそ,私はこの作品に深く共感するのだ.

  • 「名人伝」、いいと思います!
    李陵はむずかったなぁ()´д`()

  • 自尊心の高さ故に虎になった男の話。
    短いながら含蓄があった。

  • 最後、李徴が月に吠える。手の届かないものに手を伸ばしているように思えた。

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著者プロフィール

中島敦

一九〇九年(明治四二)、東京・四谷に生まれる。三〇年、東京大学国文学科入学。三三年に卒業し、横浜高等女学校に国語科教師として就職。職の傍ら執筆活動に取り組み、「中央公論」の公募に応じた『虎狩』(一九三四)で作家としての地位を確立。四一年七月、パラオ南洋庁国語編修書記として赴任。持病の喘息と闘いつつ『山月記』『文字禍』『光と風と夢』等の傑作を書き上げる。四二年(昭和十七)、職を辞して作家生活に入ろうとしたが、喘息が重篤となり、同年十二月に夭折。

「2019年 『南洋通信 増補新版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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