蟹工船・党生活者 (新潮文庫)

著者 : 小林多喜二
  • 新潮社 (1954年6月30日発売)
3.25
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  • Amazon.co.jp ・本 (217ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101084015

蟹工船・党生活者 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 最初はプロレタリア文学として、その思想的背景が嫌であえて避けていた。
    間違いだった。

    少なくとも「蟹工船」は、共産主義やその周辺の思想的な記述はポツポツと出るだけ。
    しかも見かけ上は過度の共産主義賛美な箇所は見当たらなかった。
    作者の意図を度外視すれば、この小説の面白さはイデオロギー(団結、反権威など)とは別のところにあると思う。
    現代に生きる我々としては、例えば多彩な人物の登場であるとか、セリフを多用した臨場感や、濃密な空間を設定し、そこで起こる出来事や感情の動きを一つ一つ追う、といった、いわばオーソドックスな手法から、小説的面白さを汲み取ることができるのではないか。

    そもそも「蟹工船」の設定は古臭いものなのか?
    船内の狭い空間に何百人という漁夫たちが押し込められた描写は、満員電車でもみくちゃになった通勤風景を想起させ、死ぬ寸前までの労働者の酷使は、過重な残業を思い起こす。
    蟹工船の労働者と現代のサラリーマンとが、私のなかであまりにも重なり、古さを全く感じなかった。
    だからと言って、「サボ」を現代人にも薦めるつもりは全く無いけど…
    我々の過酷な労働環境をどう改善すべきかは、また別の機会に考えるとして。これを共産主義文学や革命文学というくくりで読もうとするから話がこじれるのであって、純粋に多喜二の小説的技法を味わう、といったノリでいいんじゃないか。
    (2007/2/8)

  • 29年前に読んだ本らしい。当時はプロレタリアートという語さえ理解できなかったに違いない。
    「蟹工船」は数年前だったか、世間で妙にリバイバルされたようで、「いま」のリストラ吹き荒れ、賃金がどんどん下がってゆく状況とこの作品内の労働状況とが似ている、とのことだったが、果たしてどうか。
    「蟹工船」の世界では極めて劣悪、過酷な労働を強いられており、死者さえ出すことから、ロシア人から「アカ」思想を吹き込まれたことをきっかけに、雑多な経歴をもつ労働者集団が自然発生的にストライキを組織するに至る。
    ここでの雇用者-被雇用者という対立図式は極めて明快であり、ストの自然らしさには説得力がある。雇用者を代弁している「監督」は悪辣な人物であり、同情の余地はない。ただし、彼でさえ、最後にはクビにされるので、実は被雇用者にすぎなかったことが確認される。
    小林多喜二の死の前年に書かれ、「前編おわり」という文字で終わる「党生活者」では、主人公は完全に当時非合法な共産党員として活動する。しかしマルクス主義思想が作品の前面に突出することはなく、「階級闘争」という言葉すら出てこない。あくまでも関心は、現在の職場の労働条件の改善である。そこに反戦思想も少し混ざっている。満州事変の最中の作品だが、当時は反戦を掲げるには「アカ」になるよりほかなかったのかもしれない。
    ともかく、どちらの作品でも、問題となっているのは現在の職場の労働条件であって、マルクス主義の思想ではないし、理屈っぽさは全くない。ジャン=リュック・ゴダールの映画「中国女」の世界とはまったく異なる。
    小林多喜二のえがく職場にはシモーヌ・ヴェイユあたりも潜り込んでいそうだが、現在のような労働基準法等の諸制度が完備し、たとえパワハラがあったとしても(現にたくさんあるのだが)その気になれば何とかできる体制が整っている社会とは異なる。小林多喜二作品の「雇用者」の背後にあるのは帝国主義・軍国主義と結びついた企業である。現在でも大企業は、いかにも腹黒そうな経団連、政府(特に自民党)と結びついているが、労働者に対する拘束は比べものにならないくらいゆるやかだ。
    これらの小説がえがきだすように労働組合という「組織」が社会史上重要な役割を果たし、現在でも重要さを失っていないことは確かだが、マルクス主義的「理論」はフランスとは異なり、日本人にはまるで根付かなかったと思われる。
    よく言われるように「働き過ぎ」の日本の労働者の実態は、確かに外国人の労働観とはどこかで決定的に異なっているが、たぶんそれは、「企業」のせいでも「国家」のせいでもない。日本人全体のあいだに何となく漂っている独特の雰囲気のせいだろう。だから何十年たとうとも、労働組合がいかに頑張っても、日本労働者の根本的な姿勢は変わらない。
    「働かないとメシが食えない」というのは表向きの言い訳である。
    「蟹工船」の労働者たちも、本心からがむしゃらに働きたいのである。そのへんが、どうも諸外国とは異なっているし、雇用者-被雇用者の対立が、たとえばエミール・ゾラの『ジェルミナール』のような激しい闘争にまで到達しない原因なのではないだろうか。

  • ちょっと前に流行ってましたよね。現代のブラック企業に勤める若者が共感できる……的な。まあ、2ちゃんねるブラック企業偏差値ランキングで偏差値76のIT業界でもっともブラック、と評されていた会社で働いていた僕から言わせてもらうと、ハッキリ言ってまるで共感できない。ブラック企業とか全然甘い。蟹漁船怖すぎ。
    だって、いくら酷いプロジェクトマネージャーでも、メンバーを殺したりしないですしね。それで、殺しておいてそれをなかったこととかに出来ないし。
    なのでまあ、何が言いたいかというと、ブラック企業に勤めてしまって毎日が辛い人たちも、「あーでもオホーツク海で蟹漁船に放り込まれてるわけじゃないしな」と思ってがんばってください。いざとなれば、地続きなのでどこにでも逃げられる。蟹漁船は逃げ場すらないのだ。

  • 蟹工船は、底辺にいるプロレタリアン達がストライキを起こすまでの過程が書かれていたけど、果たしてあの表現のなかのどこまでが本当なのでしょうか。

    党者生活は、共産党の活動にのめり込んでいる主人公の行動を書いているのだけど、なんと小林多喜二自身が共産党の活動者だったのね。全く知りませんでした。

    私はコミュニストではないしその思想も正しいとは思わないけど、でも、まぁ戦時中の話ですからねぇ。そりゃ思想も違って当たり前ですよね。

    解説によれば、小林多喜二氏の作品の評価するべき点は、文学における民主主義を作ったこと、みたいです。
    確かに戦時中に共産党についての作品を発表したりなんて、とてもじゃないけど出来ないよね。実際小林多喜二氏はそのせいで警察に虐殺された訳だし。

    個人的にはコミュニズムには賛同しないけれど、でもどうやってコミュニズムが民間人の間に広まったかなどは興味深いです。もっと彼の他の作品も読んでみたい。

  • 最近の労働をめぐる問題でまた注目が集まってきたこの本ですが、私がこれを最初に読んだのは13歳のときで、後にNHKの『フリーター漂流』を初めてみたときに『現代の蟹工船だよ』と漏らしたことが思い出されます。

    現在、映画がリメイクされているが、初代『蟹工船』のモノクロ映画も前に見たことがある。ドキュメンタリーのようで、とても生々しかったことを私は今でも覚えている。当時から著者の小林多喜二には興味があって、彼は非合法活動(当時は左翼運動は「違法」だった)の末に特高警察(思想犯などを取り締まる秘密警察)に逮捕・拷問の末に亡くなった。僕は彼が死にいたるまでの「虐殺」の手口を細部にわたって知っているが、あまりにもおぞましいのでここでは割愛させていただく。

    よくよく経歴を見ると、彼は現在の小樽商科大学(当時、北海道大学は商科関係の学部はなく、北海道で北大に入学できるレベルの学力を持っていて商売について学びたい人間は小樽商科大学に進学していた。)を卒業後、北海道拓殖銀行(通称「たくぎん」。北海道では有名な銀行だが現在は経営破綻。現在の北海道では拓銀を潰したがために重い後遺症に喘いでいる。)に入行している。言ってみれば「エリート」である。そんな彼がなぜ、地位も名誉も捨ててプロレタリア文学と非合法活動に殉じたのか?僕はこうして駄文を書いてこそいるが、ここまで「命を賭して」書いているわけではない。いまこの『蟹工船』』が若い人たちの間で再ブームなんだそうだ、

    私としてはこの本の話ができる人間が増えて非常にうれしいが、この本がまた読まれているということは、現代の社会が形を変えた『帝国主義』なっていることの証なのではなかろうか?そんなことを僕は考えている。この問題、あと少し続けます。よろしくおねがいします。

  • 蟹工船は現代の労働問題とも通じるところがあると思いました。自然発生的にストライキが起こるという点は少し無理矢理感があって思想の偏りも感じましたが、劣悪な労働環境の描き方は見事でした。
    党生活者は身を隠しながら生きる人間の姿として純粋に楽しめました。

  • 「おい、地獄さ行くんだで!」書き出しからグッと引き込まれる。独特の文体が癖になる。地獄のような環境下でキリキリになって、ほとんど死にながら働いている労働者達の、生々しいやりとりや生死を賭けた反抗が重い。でもひたすら重い話ではなく希望がある。その希望とは共産思想。当時のロシアが夢の国のように語られていて、一歩引いた気持ちになる。ラストの「もう一度!」で感動するけれど、立ち上がる労働者の姿に酔いすぎては危ない気もする。小説としては、付記は余計だった。誰かの何気ない発言が仲間内で流行する様子はユーモラスだった。

    「党生活者」主人公佐々木くん、党生活者としては立派なものだけど、個人生活者としては大失格者。本人は大真面目でヒロイックなのに側から見るとしっちゃかめっちゃかでカッコ悪いのが面白い。蟹工船よりこちらの方が小説していて、読み物として出来がいいと思う。

  • その時代に反する事をこれだけ書く勇気(と片付けてよいか分からないが)はほんとにすごい。

  • "蟹工船"は、小林多喜二が1929年に発表した日本のプロレタリア文学の代表作。社会科の教科書などに必ず名前が出てくる小説です。数年前には、"蟹工船"ブームがあったのも記憶に新しいところです。思想的な部分は置いといて、過酷な労働環境の蟹工船を舞台に労働者達の生活を集団のダイナミックな動きで生々しく描かれます。そういえば、作中に出てくるカムチャツカ体操というのはよく分かってないらしい。併録されている"党生活者"は1933年に遺作として発表されました。作者自身の体験から共産党員の生活が描かれています。

  • この文庫本だけで300以上も書評があるのは正直驚きである。これは新装された文庫版だと思うのだが、最近はそんなに読まれてる本なのか?!それくらい抑圧されてる感が強い世の中なのか?

    蟹工船と、党生活者の二編からなる本だが、蟹工船は1920年代のカムチャッカ方面の蟹漁を行う漁船での生活を描いたもの。2014年の現代からさかのぼること100年弱,まさに近代日本の暗黒奴隷の話である。北海道は当時劣悪な労働環境で有名だったようで,蟹工船はその頂点(?)を極めるホラーな搾取環境であった。悪名高き炭坑の労働経験者でさえ、恐れ戦くほどの劣悪ぶりと書いてあった。陸から隔絶されているので助けを求めるのも無理。死んだら海に投げられるだけ。男だけの環境なので、若い労務者(年端の行かない少年たち)はオトナの男の性の相手をさせられる。病気になっても休めない。労働環境も栄養状態も最悪の近代奴隷。こんなところに4ヶ月も缶詰にさせられたのが蟹工船(船の缶詰工場)である。そこにおこったストライキ(サボ)の話である。しかし焦点はストライキではなくて、ストライキにいくまでの劣悪環境の描写だろう。これが映像を見てるかのように大変詳しい。読んでて自分の顔が歪んで行くのがわかるくらいである。小林多喜二は実際に船に乗ってたんだろうか?あの当時、ここまでの描写を書いたことはやはり驚くべきことだろう。
    労働者がぼろ切れみたいにこき使われてずたずたにされた自尊心と劣等感を抱えながら、なお、視界を横切る海軍の戦艦に万歳するところとか、愛国心を砦に頑張る最下層の人々の単純さというか哀れさが漂っていて、ほとんど滑稽でもある。でも、これって今の私たちとあんまり変わらないかも・・・とはたと気がついてぞっとした。愛国心は、虐げられれば虐げられるほど注入しやすいものなのかもしれない。国が救世主のような形で、強大な姿(戦艦とか)で現れるとき、あまりに足蹴にされて虐げられてる人間には手が届かないからこそ眩しいものに見えるのだろうか。

    蟹工船を読み終えて党生活者を読んだが、これはなかなか面白い「共産党員の青春」物語だった。労働者解放を願って日々、工作にいそしむ党員の物語なのだが、それでも彼の母親とのエピソードや淡い恋らしきもへの目覚めなどあり、暗い時代のストイックな共産党員の生活が、活き活きと輝いているように見える。小林多喜二は公安に捉えられて拷問にかけられて亡くなったそうだが、文学の力で人々の心に食い込もうとしたからこそだろう。それは要するに、作品が魅力に溢れてたからなのかもしれない。

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