ひかりごけ (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 768
レビュー : 92
  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101091037

作品紹介・あらすじ

雪と氷に閉ざされた北海の洞窟の中で、生死の境に追いつめられた人間同士が相食むにいたる惨劇を通して、極限状況における人間心理を真正面から直視した問題作『ひかりごけ』。仏門に生れ、人間でありながら人間以外の何ものかとして生きることを余儀なくされた若き僧侶の苦悩を描いて、武田文学の原点をうかがわせる『異形の者』。ほかに『海肌の匂い』『流人島にて』を収録する。

感想・レビュー・書評

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  • 『ひかりごけ事件』をモチーフにした短編。
    しかし件の事件が俗に『「ひかりごけ」事件』と呼ばれるようになったきっかけは、本短編が発表されたことに由来する……という。後半の戯曲部分の『我慢』という台詞が妙に印象的。
    同時収録の『流人島にて』も面白かった。

  • 食べなければ死ぬ、だが、食べ得るものは人肉しかない、という状況で部下の肉を食べて生き残った船長。彼は、食べる前、食べた後、裁判のときと一貫して「我慢している」。何を我慢しているか?弱音を吐くことを。食べた言い訳をすることを。食べれば生き残れる確率が上がるという状況で食べないという選択肢を採用すること、あるいは、止むに止まれぬ事情で食べたのであって、私は本当は食べたくなかったのだ、と心情倫理をもらすこと、ひっくるめて言い換えると、私は人間的だ、と主張することは簡単だ。そんな簡単な選択肢があるにもかかわらず、彼はなぜ我慢したのだろうか?それは、仮に食べずに精神的に救われたとしても生き残ることはできないし、仮に裁判を受け入れたとしても、食べられた人間=死者は決して許してなどくれないからだ。必要があれば、人間性、道徳、救済を括弧に入れること、そして、自分がしたことの結果に耐え、我慢し「生きる」こと。武田泰淳に教えられることは多い。

  • この作家すごいツボにハマるな。
    今まで表題作の題名と『犬が星見た』の武田百合子の夫っていうぐらいしか知識なかったけど。
    『流人島にて』:八丈小島の集団移住策がモチーフ。島民の土俗的な生活がありありと浮かび上がる。
    『異形の者』:三島の小説を思わせる、仏僧である主人公が感じる疎外感。心理描写が鋭い。
    『海肌の匂い』:独特の生活体系から"共産村"と呼ばれる地方の漁村が舞台。漁師達のキャラクターが際立ってる。
    んで表題作の『ひかりごけ』は何より羅臼村50年史から掘り出したというテーマが素晴らしい。目の付け所が違う。中盤から突然戯曲化するのは何だかコミカル。
    それにしても心理描写と登場人物の個性の出し方が完璧だな。

  • 武田泰淳 「 ひかりごけ 」モチーフにしているのは ひかりごけ事件(飢餓の中 死んだ仲間の人肉を食べて生き残った事件) だか、テーマは 生きる苦しみだと思う

    人肉を食べて生き残った者の背中に現れる「ひかりごけ」の意味するものは、生きる苦しみを背負った ということだと思う。ひかりごけに 仏性を感じたのは、死んだ仲間の人生を 肉と一緒に背負ったからではないか

    大岡昇平「野火」との違い
    *野火の主人公は 殺人はしたが人肉は食べなかったことで救われた。テーマは 人間の尊厳
    *ひかりごけの主人公は 人生は食べたが 殺生はしなかった→自分だけ生き残ったことの 恥と苦しみ




  • 4編の短編集だが、そのいずれもゴツイこと。『司馬遷』『十三妹』など中国物しか読んだことがなかったので意表をつかれた。

    死や宗教的な救済(あるいは救済の無さ)といった、現代の小説(あまり読まないけど)では正面から扱うことを避けるようなテーマとがっぷり四つに組んで、詩的な短編にまとめ上げる。文学的な力量もだが、仏門の生まれで中国文学も修めた素養や、戦前の左翼運動への参加や大陸出征といった経験も大きくものを言っている。誰でもブログを綴る今日では想像もできないが、かつて文学者とはこうした者だったのだ。

    表題作の「ひかりごけ」は羅臼で起きた実際の事件(難破船長人喰事件)をもとにしている。こんなネタを拾ってこれるのもなんだかすごい。

  • どれも昭和二十年代発表の作品で、特に表題作以外は男くさい印象。腕っぷしの強さに意味があった時代の人たちが登場する。でも、個人というより世界の話なんだと思う。

    「ひかりごけ」は特にだけれど、存在のありようを当事者が制御できない様がずっしりと描かれる。全力で戦ってもどうにもできない、でも逃げ出してもどうでもいいことにならない息苦しさ。普段はあまり考えたくない。

    船長さんは無罪でいいと思うのだけれど、これって意見が分かれるのだろうか。

  • だいたいの内容は知っていたが、ちゃんと読んだのは最近。
    印象としては読者に解釈を投げっぱなしであるというものだ。演劇の台本という形で書かれているからにはそれはそういうものであろうが。

    例えば、本小説を貫くキーワードは「我慢」であろうが、我慢するという言葉について語る時、何について?ということがセットになるのが通常である。しかしながら本小説では最後までそれは明らかにされていない。

    また洞窟のシーンでは人を食べることの正当性について、愛国心を持ち出すが、裁判のシーンでは天皇陛下を「あの方」と呼び、さらに自分たちと同じ人間に貶める発言をしたり、二つの幕では主人公の船長は全く人間が変わってしまったようである。それは著者が演者を別にするように指示することからもうかがえるが、その変化はいつ起こったものなのか、またその根底にあったものが何かは述べられていない。

    人間を食べたものにしか現れない光の輪をつけた聴衆が品弦が食べたものには見えない光の輪を見ようと、船長を取り囲むシーンに対して、著者はゴルゴダの丘をイメージするように呼びかけているが、私にはそのように神聖なものではなく、非常に不気味なシーンに思える。

    たとえるのであれば、動物園で「人間」が展示されているのを人間がそれと知らずに見ているような感じである。

    個人的には中学教師の印象が強いので、彼の生い立ちがどういうものかについて知りたい気がする。

  • 高校3年生のとき、一学期まるまる使って読みました。
    忘れもしない作品です。



    前半が罪の場
    後半が罰の場


    人は皆罪人で、人を食べた船長が神になったという
    先生の解釈には衝撃を受けました。











    人は皆罪人です。罪人だと認識していないから罪人なんです。






    どっかの宗教かって思うかもしれないけど

    私たちは人の命を食べなくとも
    毎日動物や植物の命を
    頂いて生きている
    人の命を食べると罪で
    動物の命を食べても罪ではないのか







    もう一度深く考えてみる必要がある








    そんな戒めの物語です。

  • 「流人島にて」「異形の者」「海肌の匂い」
    「ひかりごけ」の4作品を収録。
    戦後文学に興味が湧いた。

    ○流人島にて
    多くの評論では、その風景描写が多く褒め称えられていたが、個人的には固有名詞の多さに萎えるところが少しあった。ただ、海・植物の表現は多彩で唸る比喩がいくつかあり、その意味では学ぶものがあった。
    読了後、ある試論を読み、「復讐による私的な裁きの正当性」に関して知見が深まった。
    第二次世界大戦という不条理な死を多くの人々が経験した出来事も、恐らくこの作品に深く関わっているのだろう。ツヴェタン・トドロフ著「極限に面して」を参考に少し勉強しようと思う。

    ○異形の者
    大衆から見れば、僧侶は常に死と対峙する異形の者。未来を見通す、全ての運命を知っている仏に対して虚無感を抱くことのない主人公もまた、仏僧という職業において異形。
    仏僧を主人公にした物語は三島由紀夫の金閣寺以来だけど、主人公と同年代だとしても没入感に欠けるかなあ。頭が追いつかないことが多くある。悲しい。

    ○海肌の匂い
    昔ながらの漁村という、稼ぐ男とそれを支える女子供の資本主義的な構図。共産主義的な村落共同体が与える異物としての圧力。狂ってしまった、の表現は、その2つの狭間に閉じこもってしまった、と言い換えられるのかもしれない。

    ○ひかりごけ
    戯曲を用いた描写がとても独特。
    一言で倫理・道徳という言葉では表せないものをぶつけられた感覚。
    終幕で傍聴人含めその場にいるすべての人に光の輪が現れたことが全くの謎。"あれ"が人肉食という行為でないとすれば、なんなんだ?

  • 形式が戯曲て。狙った感があるよね。
    食人へのバッシングは死にかけたことの無い我々がするのはナンセンス。
    ラストシーンは強烈だけど解釈は分かれるのかな。
    宗教に繋げてるから現代日本では受けにくいかなあ。

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著者プロフィール

一九一二(明治四十五)年、東京・本郷の潮泉寺住職大島泰信の息子として生まれる。旧制浦和高校を経て東大支那文学科を中退。僧侶としての体験、左翼運動、戦時下における中国体験が、思想的重量感を持つ作品群の起動点となった。四三(昭和十八)年『司馬遷』を刊行、四六年以後、戦後文学の代表的旗手としてかずかずの創作を発表し、不滅の足跡を残した。七六(昭和五十一)年十月没。七三年『快楽』により日本文学大賞、七六年『目まいのする散歩』により野間文芸賞を受賞。『武田泰淳全集』全十八巻、別巻三巻の他、絶筆『上海の蛍』がある。

「2018年 『新・東海道五十三次』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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