檸檬 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 5516
レビュー : 524
  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101096018

感想・レビュー・書評

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  • 「要約不可能な小説の例を挙げよ」と言われたら、『重力の虹』と『フィネガンズ・ウェイク』と『檸檬』を私は挙げるだろう。ただし意味合いはそれぞれ異なる。ピンチョンは難解であり、ジョイスはそもそも読むことができない。それに比べて梶井基次郎は文意も文章も極めて平易だ。ただ、ストーリーを要約しても得るものは何もないという意味で、要約不能と思われるのである。「あらすじでは読めない名作」の典型だ。

    無理を承知で要約すると、こういう話である。肺病やみの鬱屈した青年が、散策の途中に果物屋でレモンを買う。次に書店に入り、美術コーナーの画集を手あたり次第に積み上げると、その上にレモンを置いて立ち去る。――出来事としてはこれが全てだ。奇妙なオブジェが完成したこと以外、世界に変化は何もない。語り手の内面だけが変化してゆくが、それすらもさざ波のようにかすかなゆらぎであり、外界に働きかける程の振幅はない。描かれているのは徹頭徹尾、自己完結した閉鎖的な世界なのである。

    だが、その世界は閉ざされているが故に、侵しがたい孤高の煌めきを放って読者を惹きつける。『檸檬』のイメージ喚起力は、小説というより詩に近い。古いアルバムを繰るように、ひとつの場面がひとつの映像として現れてくる。ビードロのおはじきと南京玉。みずみずしい野菜と果物。硝子戸ごしに見る電燈の光。ランダムに積まれた画集と、取り残されたレモン。繊細な心象風景は硝子細工のようにfragileで、作者の生の短さに想いをはせずにはいられない。そのくせ、その一瞬の幻影は、退色することのない永久標本として脳裏に焼きつけられるのだ。

    この作品の舞台となったのは丸善の京都本店である。作者を偲んでレモンを置いていく客が後を絶たなかったという。時代の変化に伴って一度は閉店したものの、2015年8月、10年ぶりにリニューアルオープンして話題となった。2016年3月24日は、リニューアル後、初めての梶井の命日(檸檬忌)である。狂信的なレモン教徒たちが爆弾をたずさえて聖地に結集するであろう。厳重に警戒すべきである。

    • mkt99さん
      佐藤史緒さん、こんにちわ!(^o^)/

      自宅でレモネードを飲むのでもいいですか?
      ダメ?(笑)
      では、レモンティーを飲むのでは?(...
      佐藤史緒さん、こんにちわ!(^o^)/

      自宅でレモネードを飲むのでもいいですか?
      ダメ?(笑)
      では、レモンティーを飲むのでは?(^o^)

      いっそ、丸善さんでレモン爆弾をレモンティーに加工してふるまうのというのもいいかも。(^o^)v
      2016/01/11
    • 佐藤史緒さん
      mkt99さん、こんにちは!
      今年もよろしくお願いします。

      レモネードもレモンティーも勿論、可です!(笑)サクマのフルーツドロップ(...
      mkt99さん、こんにちは!
      今年もよろしくお願いします。

      レモネードもレモンティーも勿論、可です!(笑)サクマのフルーツドロップ(缶入り)のレモン味でも構いません。各自、自宅ないしは最寄りの丸善で、同時多発的に飲食するのがよろしいでしょう(^_^)
      2016/01/12
  • 肺結核で31歳で亡くなった梶井基次郎の短編集。
    小説的なものや実際の行動が伴うものもあるが、鬱々とした心のうちを紙面に顕した私小説のようなものも多い。

    ===

    心にのしかかる得体のしれない不安の塊を抱えて街を彷徨う。私はみすぼらしくて美しいものに惹かれていた。果物屋で見つけた檸檬を手に取ると不安の塊が弛むようだった。そしていつもは敷居の高い丸善に入り、手に取った本を積み上げる。手当たり次第に積み上げ潰し築き上げる。そしてそのてっぺんに檸檬を据えつける。
    この冴え渡った色彩。
    そのままにしておいて私は外へ出る。
    もしあの檸檬が爆弾だったら。
    粉葉微塵となる丸善を想像しながら私は軽やかな気持ちでそこを離れた。 /檸檬

    幼い妹が死に、親族の家で療養する少年の日々。 /城のある町にて

    ぬかるんだ心を持つ男の一日。母の呼び声さえも不幸を司るものの呼びかけのようだ。/泥濘(でいねい)

    雨上がりの崖の傾斜を破滅に魅せられたように滑った。 /路上

    病の日々で刺々しい心を持つ筆者だが、自分の心に映る醜さや美しさを記してゆく手紙形式。「妄想で自らを卑屈にすることなく、戦うべき相手とこそ戦いたい、そしてその後の調和にこそ安んじたいと願う私の気持ちをお伝えしたくこの筆を取りました」(P107) /橡(とち)の花

    幼い頃離れた町を再び訪れた。幼い自分の姿を見た、燐寸の火、夜行列車の電灯が消えた後に現れた得体のしれない感情。 /過古

    苦しい研究生活を続けながら妊娠中の妻と住む家を探す男と夢の話。夢で女の太腿が生える庭を見たり、路上で出産する牛の話や、ロシアの初々しく叶わなかった初恋の短編の話が差し込まれる。 /雪後

    心の病んでいる生き物を想う。病気を持った娼妓、唖の娼妓の話。/ある心の風景

    Kは月の光の作る自分の影の中に自分の姿を見ていた。影とドッペルゲンゲル。Kが溺死した夜、影が本当に見えるものになり、そしてKは月の世界へ飛翔したのだろうか。 /Kの昇天

    肺の病は進んでいた。生きる熱意を感じず、吐いた血にも感情を持てなくなっている。しかし作品は続けて読まなければいけない。/冬の日

    桜の樹の下には屍体が埋まっている!
    だからあんなに見事に咲くんだ。
    爛漫と咲き乱れている桜の樹の下一つ一つに屍体が埋まっているのだと、そう思うことにより、今こそ桜の下で花見を楽しむことができる。 /桜の樹の下には

    音楽会のソナタを聴きながら浮かんだ器楽的幻想。 /器楽的幻覚

    白日のなかにこそ闇が満ち充ちている。青い空を見てこれこそが深い闇だと思った。 /蒼穹

    山の道で水の音を効く、その魅力を感じながら深い絶望も感じる。生の幻影は絶望と重なっているのだ。 /筧の話

    私の部屋にいる冬の蝿。黒ずみ萎縮し緩慢な動き。私は飲み残しの牛乳に溺れる彼らを助けようとも思わなかった。
    数日家を離れた私は自然の中にも苦しさを感じる。
    家に帰ってきたら蝿たちは出てこなかった。私の食べ残しと暖房がなく死んでしまったのだろう。
    それなら私も”なにか”に生かされて、そしてその”なにか”はその気もなく私を殺すのだろうか。 /冬の蝿

    崖の上の道から開いた窓を見る。開いた窓に寄せる、見たい、見られたい、という感情。 /ある崖上の感情

    猫の耳というものを切符切りでパチンとやりたくなったことがあるだろう!猫にとって重要なのは耳ではなくその爪だ。そして私は夢の中で爪を切られた猫の腕を切り取って女の化粧パフにする姿を見る。
    私の目の上にいる猫よ、今しばらく爪をたてないでそのぬくもりを感じさせておくれ。 /愛撫

    闇を滅法に走るという泥棒の話と、自分が学生時代に歩いた林の完全な闇への安心感、美しさ。 /闇の絵巻

    喧嘩していた猫がまるで抱き合うような姿となった。その美しさ。
    相手を求める河鹿の雄と雌の姿。その可憐さ。この風情ほど私を感動させたものはなかったのだ。 /交尾

    肺の病の主人公が、病人との会話で感じたことや、でも結局は最後の死のゴールへ引き摺られてゆくんだよなあ…と思う話。 /のんきな患者

  • 会社の先輩の引っ越しのときにもらった本だと思う。ブックオフの200円の値札がついている。行き帰りの電車で読んだが、たまらなくよく眠れて何度か本を取り落としそうになった。特に幻想的な『泥濘』、『ある心の風景』、『冬の日』など眠くなるばかりで頭にまるで入ってこない。

    『城のある町にて』の家族の会話の描写や、『雪後』での夫婦の様子は、この短編集にあってはホッとする感じ。『Kの昇天』、『冬の蝿』は明るい話ではないが、わかりやすい。『愛撫』などはホラーの小品。掉尾の『のんきな患者』はどこがのんきなのであろうか。冒頭など病者の心理が少し滑稽ながら痛いほど食入ってくる。

    病んでいて閉塞感がある一方で、じめじめせずドライなあたりが、解説で西欧的といわれる所以だろう。

  •  短篇集です。

     「桜の樹の下には」という一篇では、屍体を栄養にして妖しく美しい花を咲かせる桜を作者は夢想しています。

     作者の梶井基次郎は、結核により三十一歳の若さで亡くなっています。この短篇集は、死と隣り合わせの日々の中で、残された命を燃やし尽くすようにして書かれたもののようです。「桜の樹の下には」で作者が描いた“死を栄養にして咲いた花” ── それはこの短篇集そのもののことであるような気がしました。
     
     大部分の作品はストーリーよりも心象風景の描写を中心としており、小説というよりも散文詩に近い気がしましたが、「ある崖上の感情」は、物語としても上手く出来た作品だと思いました。

     「Kの昇天」、「冬の蠅」にも心に響くものを感じました。そして、表題作「檸檬」は不思議な味わいでした。

     ただ、他の多くの作品は、じっくり読んでも内容が真っ直ぐには頭に入って来ませんでした。独特で微妙な感情に、戸惑いを感じることもありました。ただでさえ鋭い感受性を死の予感によって研ぎ澄まされた作者の心の動きを、そうでない私のような者が本当に理解することは、あるいは難しいのかもしれません。

  • 梶井基次郎の文章って、こんなだったんだー、というのが一番の感想。

    私は梶井作品というと「檸檬」しか読んでいなかったため、何やら物騒なイメージが残っていた。
    というのも、当時高校生だった私は「檸檬」を読んで、「この主人公は愉快なやつだ。まるで私みたいに馬鹿だなぁ!」という感想を抱いていたからである(それを高校の司書の先生に話したら、変な顔をされた)。

    なので、この短編集でその硬質ながらもどこか涼やかな文章を読んでびっくり。こういう文章の作家だったのか、と思った。
    とはいえ、「檸檬」を読んで「愉快だ」と思った私なので、この短編集も全体的に共感はできなかった。むしろ、梶井基次郎は若いなぁ、と感じた。
    鬱々とした思い込みの激しさや、随所にちらちら見え隠れする退廃的な願望、自分を曲げられらない頑なさなど、まるで思春期の青年のようだ……と言うと言いすぎだろうか。

    なので、私としては日々を見つめた描写的な作品よりも、幻想的な作品の方が「お話」として楽しめて好きだった。
    「Kの昇天」や「桜の木の下には」、「ある崖上の感情」などは、江戸川乱歩っぽい幻想が感じられた。

  • 高校三年の時にやっと国語が良いと気付かされた物語、色彩が鮮やかに迫ってきた。

    • kuroayameさん
      出会った本。また次の本。新しい発見や楽しさを見つけることができる読書の世界は素敵ですよね
      出会った本。また次の本。新しい発見や楽しさを見つけることができる読書の世界は素敵ですよね
      2020/09/18
    • もみのきさん
      素敵ですね。
      いろんな感想も楽しいです。
      本屋さんや図書館はたくさんの本で騒々しいはずなのになぜか静謐な感じがします。
      素敵ですね。
      いろんな感想も楽しいです。
      本屋さんや図書館はたくさんの本で騒々しいはずなのになぜか静謐な感じがします。
      2020/09/18
  • 綺麗。文章しかり、小説の醸しだす雰囲気しかり。いいなあ、と読了後純粋に感じる。梶井が病に冒されていて自分が短命であると悟りながら書いたのだ、と考えながら読みすすめていくとさらに迫ってくる。檸檬を店に置き去りそれが爆発する、なんていう無邪気な夢想をする彼を想うと、なんだか胸が苦しくなり目頭が熱くなる。美しい小説。

  • 何故か文体やその雰囲気に共鳴して、この本を持ち歩いていたら何か安心すると思い、一時期ずっと鞄に入れておくという奇行に走ったことを思い出した..。あれは就活が終わりかけの時かなぁ、(今もだけど)心がぐちゃぐちゃになってたんだね。

    ある崖上の感情、泥濘、Kの昇天、あと特に過古が好き。今はこんなあほぽんたんな感想しか書けないから、またちゃんと書き直したい(って全部の本の感想そう思っとる..)

  • 一文一文が予定調和を拒んでいるような、安易な理解やモデル化を許さない文章が並んでいる。文章が様々な示唆を含んでいて奥行きを感じるということかもしれない。それゆえじっくりじっくり読まないと物語の世界に入っていけないように書かれているように感じた。そして、その抵抗のようなものが物語の強度を生み出しているように思う。
    梶井基次郎の文章を読んでいると、日頃生活の中で受け取る印象を自分は全然言葉に出来ず通り過ぎてしまっているのかも知れないなと思う。きっと何度読んでも新鮮な驚きがある作品集だし、実際に何度も読むことになるだろうという予感がある。

  • 読んでて、あー分かる私も同じような気持ちになったことある〜と共感しながら読んでいました。

    一言で(現代の言葉で)感想を言うと、主人公やべえやつです。

    紡錘形という形の表し方が勉強になった。

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著者プロフィール

1901年(明治34年)、大阪生まれ。志賀直哉の影響を受け、詩情豊かな小品を描いた。1925年、同人誌「青空」に、「檸檬」を発表。肺結核で1932年(昭和7年)に没。

「2013年 『檸檬』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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