ゼロの焦点 (新潮文庫)

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  • 新潮社
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  • / ISBN・EAN: 9784101109169

作品紹介・あらすじ

前任地での仕事の引継ぎに行って来るといったまま新婚一週間で失踪した夫、鵜原憲一のゆくえを求めて北陸の灰色の空の下を尋ね歩く禎子。ようやく手がかりを掴んだ時、"自殺"として処理されていた夫の姓は曾根であった!夫の陰の生活がわかるにつれ関係者がつぎつぎに殺されてゆく。戦争直後の混乱が尾を引いて生じた悲劇を描いて、名作『点と線』と並び称される著者の代表作。

感想・レビュー・書評

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  • フォロワーさんのレビューから読んでみたくなりました。

    まず『ゼロの焦点』このタイトルが格好いいです。読み終えてから「ゼロ」と「焦点」の意味を考えました。これは犯人となってしまった人物の人知れず抱えてきたものなんだろうなと思うと、苦しかっただろう、怖かっただろうと、心が痛みました。

    そして、北国の冬の景色。
    暗鬱とした空のした。風が吹きすさぶ崖の上……
    『その辺は磐と枯れた草地で、海は遥か下の方で怒濤をならしていた。雲は垂れさがり、灰青色の生みは白い波頭を一めんに立ててうねっていた。陽のあるところだけ、鈍い光が留まっていた。』
    時には繊細に、時には大胆に。その描写の美しさには何度も心を持っていかれます。

    事件は、終戦直後という時代が引き金となったといっても過言ではありません。生き抜くために生じた傷は一生消えることなく痕を残します。そして運命の悪戯か、ある出会いによって犯人の傷がふたたび開いてしまった……
    ヒロインとして行方不明の夫を探す禎子が、犯人を憎みきれず、かぎりない同情を覚えてしまうということが、わたしには自然なことに思えました。なぜなら、そこには犯人と同じ時代を生き抜いた禎子だけでなく、読者にも犯人がそうせざるを得なかった哀しさ、困難な状況、そして消えることのない過去が生涯に渡ってどれほどの影を落とすのか……などが伝わってくるからです。

    犯人の語るべき動機、犯行方法、そういうものは全て海の底へと沈んでしまいます。真実は泡となり事件は終わりを告げます。
    推理小説としてそれが不満かと言えば、わたしは決してそんなことはありませんでした。この作品のそんなうやむやな部分にこそ、昭和という時代の歪みから生まれた闇が映し出されているのではないかと思えて、作者からもっと大きな主題を与えられたように感じたからです。そしてそのことが、いつまでもわたしの中の何かを疼かせ続けるのです。

    • 沙都さん
      地球っこさん、コメント失礼いたします。

      こんなに早く地球っこさんの『ゼロの焦点』のレビューを読めるとは思っていませんでした。拝読して、...
      地球っこさん、コメント失礼いたします。

      こんなに早く地球っこさんの『ゼロの焦点』のレビューを読めるとは思っていませんでした。拝読して、自分では文章化できなかったことや、言われてみて「ああ、確かに」と思うところも多々あって、もう一度『ゼロの焦点』を読んだような感覚を味わいました。

      ブクログって人の視点から本を読めるのが良いなあ、と思っているのですが、それを改めて感じたような気がします。

      犯人が抱えたものと、時代の闇。推理小説には時々、きれいな解決という枠組みを超えて、描かれなかった余白にたくさんのものを内包し、読者に問いかけてくるようなものがある気がします。この『ゼロの焦点』もそんな推理小説だったのかな、と今回思いました。

      それでは、失礼いたしました。
      2020/04/12
    • 地球っこさん
      とし長さん、おはようございます。
      タイトルに一目惚れだったので(しつこい!)さっそく『ゼロの焦点』読んでみました。
      まず読んでよかったぁ...
      とし長さん、おはようございます。
      タイトルに一目惚れだったので(しつこい!)さっそく『ゼロの焦点』読んでみました。
      まず読んでよかったぁ、そう思いました。
      確かに昭和が舞台って、一昔前で古くさいと感じますよね。
      でも、この昭和の匂いというか、それこそ闇?ってものに惹かれちゃうんですよね、わたし。
      今の時代のように、SNSとかそれこそ携帯電話とかもなかったから、出来事や感情や何やかんやがリアルタイムで伝わってくることがない分、あやふやなまま葬られた真実とかがあるようで。
      今回この作品を読んで、やっぱり好きだなあ、この時代(の闇)となりました。

      とし長さんの丁寧で読みごたえのあるレビュー、ファンなんですよ!
      わたしは思ったことの半分も書けない語彙力、文章力のなさにトホホ……です。
      でも、そんな時に感じるのが「人の視点から読めるブクログの良さ」ですね。
      とし長さんのおっしゃるとおりです。
      本当にそう思います。

      また長々と語ってしまいましたね。
      すみません。失礼しました☆
      2020/04/13
  • 石川県羽咋市出身の友人が居る。ゼロの焦点では、まだ羽咋郡。長い付き合いですが、知り合ったとき、「ゼロの焦点の⁉︎」と叫び、シツコくその風景を聞き続ける。その友人は三姉妹で、お母様含めて北陸美人だったわー。美人の名産地かも。
    見合い結婚したばかりの夫が、前任地石川県に引越したまま、行方不明となる。新妻は、この不可解な失踪を、ほんのわずかな違和感から協力者を得て、夫の痕跡を追う。
    長編推理小説。戦争直後の混乱期に、いわば時代の犠牲となった女性の息苦しい生き方。虚構を守るための殺意。もう時代物ってぐらいの松本清張。代表作のひとつで、北陸の冬が悲しいの。

  • お見合い結婚をして間もなく夫が失踪。
    主人公の女性がその謎に迫る!という内容。
    後半はひたすら彼女の推理が続き、
    ふだん刺激的なミステリーを読みすぎているせいか、
    少し平板な印象。

  • Perfect!!松本清張2作品目。とても内容・文体の格式が高く、一気に引き寄せられました。途中で犯人は分かりましたが、最後の高浜では「えっ! そうなってしまったのか!!」と少し放心状態に。とてつもない最後。禎子はとても賢く魅力的な感じでした。古い時代背景でしたが、全く色褪せず情景のイメージを持ちながら最後まで読めました。宮部みゆき・火車のような、犯人を着実に1歩1歩詰め寄ってゆく。この詰将棋的構成はスリルというか、追われている側としてはホラーで、秀逸な落としどころ。でも最後の・・・言~わない!

    • moboyokohamaさん
      やや、またフリーズした。
      やや、またフリーズした。
      2020/10/05
    • moboyokohamaさん
      長い間楕円にとらわれていた私に新しい視界がひらけました。
      これぞ焦点があったということでしょうか。
      長い間楕円にとらわれていた私に新しい視界がひらけました。
      これぞ焦点があったということでしょうか。
      2020/10/05
    • ポプラ並木さん
      楕円は面白い発想だと思いますよ。自分と同じ視点をお持ちの方がいるとは嬉しい限りです。ブクログ以外をメインにしているため、遅レスすみません。
      楕円は面白い発想だと思いますよ。自分と同じ視点をお持ちの方がいるとは嬉しい限りです。ブクログ以外をメインにしているため、遅レスすみません。
      2020/10/06
  • 「松本清張は今の社会派ミステリの潮流を作った巨人である」

    一応、ミステリはそこそこ読んでるのでそんな認識はあったのですが、これまで松本清張は未読でした。なんか固い話ぽいし、時代も昭和が舞台で古くさそうだし、というのが主な理由なのですが……。いや、完全にバカやってしまってたわ……。

    結婚直後の夫が失踪し、それを探す妻の話とあらすじは単純。文体も今の時代と比べると少し古さは感じます。話の展開も良く言えば地に足ついた、悪く言えば地味な展開が中盤まで続くし、古典だけあって仕掛けも、既視感のあるものが多いです。

    しかし、全くそれが問題に感じられないのが、読んでいてスゴいと感じました。古風な文章が読んでいて全く苦にならないのは、話や文章のテンポがいいから、という単純なものとは思えません。

    話の舞台となる北陸の冬という厳しく寒々しい景色。これがこの古風な文章と完全にマッチし、物語や時代の闇を、そこはかとなく伝えてくれるのです。これはもう社会派ミステリの枠を超えて、文学の領域に足を踏み入れていると思ってしまいます。

    ミステリとしての展開の巧さにもうならされます。仕掛け自体は先に書いたように既視感はあるのですが、何かが分かりかければ、また新たな謎が生まれたり、事件が起こったりと、先へ先へと引きつける展開は見事の一言に尽きます。

    ミステリに擦れてない子どもの頃に読んだら、たぶん清張作品はほぼ網羅する勢いで読み込んだのではないか、とも思います。まあ、もし小学生時代に読んだとしたら、北陸の景色や時代の暗さの描き方のスゴさに気づけなかったと思うので、それはそれでどうなんだ、とも思うのですが(苦笑)

    そして、本を読み終えたときに残る余韻も忘れ難い。『ゼロの焦点』ってカッコいいタイトルだなあ、とは思っていたのですが、作品を読み終える頃には、このタイトルの意味が物語の深みを改めて伝えてくれるのです。

    この作品で犯人が直接描かれることはほぼありません。それでも読み終えたとき、犯人はどんな思いで犯行を続け、最後の決断に到ったのか、それを悶々と考えてしまいます。そしてこの感情は、宮部みゆきさんの『火車』を読んでいたときにも覚えたものだと思います。

    『火車』の場合は失踪した女性を探す話なのですが、その女性は直接描かれず、周りの人間の証言と行動だけで彼女の思考や感情を浮かび上がらせます。おそらく直接描いていないのに、事件の中心人物に思い巡らせてしまう作品というところが、二つの共通点だと思います。

    そして『ゼロの焦点』がスゴいのは、後半のいくつかの場面と主人公の推理だけで、犯人の人生や犯行時の思いにまで、読者の考えを到らせてしまうこと。これができたのは物語全体に文章や北陸の景色を通して、時代の闇をまとわせることができたからこそだと思います。(単に自分の妄想力が爆発しただけかもしれませんが……)

    宮部さんは『火車』のことを「自分が書いたというより、時代の要請で書かれた小説」という風に話していたそうです。この『ゼロの焦点』も、ある意味では時代から生まれた小説なのではないかと思います。そして、そんな時代から生まれた小説は、きっと作中の時代と関係なく、未来に読み継がれる力を持った小説だとも思うのです。

    ミステリとしても、昭和を描いた小説としても、文学としても読み応えのある作品でした。そして改めて古典作品のスゴさと、今でも読み継がれている意味を教えてくれる作品でもありました。やっぱり残る作品には意味があるんだなあ。

    • 沙都さん
      地球っこさん、コメントありがとうございます。

      『点と線』自分も読んでみたいです!
      時刻表トリックがどうも敷居が高い感じがあったのです...
      地球っこさん、コメントありがとうございます。

      『点と線』自分も読んでみたいです!
      時刻表トリックがどうも敷居が高い感じがあったのですが、地球っこさんのコメントを読んでいると、その要素以外でも十二分に面白そうですね。

      清張さんの作品についてはレビューでも少し触れましたが、トリックや仕掛けうんぬんを抜きにした魅力があることに『ゼロの焦点』で気づけました。責読本を片付けつつ、『点と線』もそのうち挑んでみます。

      ところで『ゼロの焦点』とコナンの関係性が気になります。最近のコナン事情には疎くて……。最近の映画でゼロがつくタイトルがあったのと、安室というキャラがゼロと関係あるのはなんとなく分かるのですが、そこらへんでしょうか?

      怒られそうになったら一緒に頭下げるので(笑)また良かったら教えてくださいね。
      2020/03/31
    • 地球っこさん
      とし長さん、おはようございます。
      わたしも松本清張作品、いろいろ読んでみたくなりました。

      えっと『ゼロの焦点』とコナン、
      全く関係...
      とし長さん、おはようございます。
      わたしも松本清張作品、いろいろ読んでみたくなりました。

      えっと『ゼロの焦点』とコナン、
      全く関係ありません 笑
      ただ『ゼロ』というワードにときめいてしまったもので……あはは。

      とし長さんの推理どおり、
      安室透が「ゼロ」と関係あります。
      彼は黒の組織の「バーボン」
      喫茶店ポアロのアルバイト店員
      私立探偵(毛利小五郎の弟子)
      そして公安警察を束ねる影の司令塔『ゼロ』こと、
      警察庁警備局警備企画課所属の公安警察官、降谷零としての顔を持つ
      トリプルフェイスなのです。
      本名が「ふるや れい」なので、れいとゼロをかけてるというのもあります。

      映画にも安室さんがメインの『ゼロの執行人』ありました。

      安室さん好きなんです。
      ミステリアスで、
      料理もテニスもギターも
      なんでもできて、
      「日本」が恋人。
      そんな最強のキャラですから。
      そんな人って現実にはいませんもの。

      でも実のところ、服部平次くんが一番好きなんですけどね☆

      はい、ただそれだけのことでした(*^^*)
      申し訳ございませんでしたm(_ _)m
      2020/04/01
    • 沙都さん
      地球っこさん、再びコメントありがとうございます。

      安室ってそんな複雑なキャラだったんですね。安室が自分の中で印象に残っていたのは、ある...
      地球っこさん、再びコメントありがとうございます。

      安室ってそんな複雑なキャラだったんですね。安室が自分の中で印象に残っていたのは、ある日のニュースで安室の本名である「降谷」の名字のハンコが売れている、というものを見たからでした。

      何でも安室ファンの方がこの「降谷」姓のハンコを注文して買ってるらしく、そのニュースを見たときは、いろんな意味で「スゴいな」と思ったものです。

      でも地球っこさんは、服部平次派なんですね(笑)完全に騙されました。これはある意味本格ですね(北村薫さんふうに。覚えてらっしゃるでしょうか?)

      ちなみに自分は和葉と灰原哀(特に初期の)が好きです。

      完全に松本清張と関係ない話になってしまいました(苦笑)

      いずれ『ゼロの焦点』を読まれましたら、是非レビュー読ませてくださいね。
      2020/04/01
  • 時代を感じさせないおもしろさあり。
    電車、電話、いろいろ発達しても、北陸の景色は今でも同じなんでしょう。

  • 清張の代表作の一つ。
    昭和32年から発表された作品なので、著者が48歳位の時に書かれたもの。

    また、今回読んだ文庫本は、昭和46年発行で、手にしているのは、平成23年の128刷である。
    息の長い作品である。

    板根禎子と結婚したばかりの鵜原憲一が失踪したことから始まるが、最後のほうになり、終わりが見えてくると、な~んだ、ということになる。
    まあ、どの作品でもそうだが。

  • 映画版を観てからの原作。
    違いがわかって面白かったです。

    以下ネタバレ?アリマス

    ===========

    タイトルの意味は真逆!でした。映画版はゼロから発散のイメージでしたが、原作は逆にどんどんゼロへゼロへ焦点が定まっていく印象です。
    これはある女性の、ゼロ=「心の荒廃」(p380)へ焦点をあてていった悲劇、かなと思いました。
    *  *
    社会問題から悲劇が起こると我々は、じゃあ被害者はどうなるのか?同じように生きて犯罪を犯さなかった大多数の人たちの立場は?とすぐ考えます。でもこれは現代人の視点かも知れません。
    被害者の妻、主人公禎子の驚くべき言葉があるのです。
    「夫人が、自分の名誉を防衛して殺人を犯したとしても、誰が彼女のその動機を憎みきることができるであろう」(p381)

    えー(O.O;)(oo;)まさかの遺族が加害者擁護(@ ̄□ ̄@;)!!
    当時誰も突っ込んでいない?のか、それともみんな納得だったのか…。

    しかし、この発言があることで作品全体がよりゼロの焦点へ定まっていく…。そんな効果を上げていることも見逃せません。

    映画版はさすがにこの辺りを〈現代風〉に脚色しておりましたが…。(ラストで佐知子の源氏名を叫ぶシーンが印象的でした)
    小説版では、時刻表をもとに推理する場面があり清張さんらしくて個人的にツボでした。

    • yhyby940さん
      大人の推理小説は、松本清張さんでした。「ゼロの焦点」「点と線」「砂の器」。当時はカッパノベルスという新書があって、それで読んだ記憶があります...
      大人の推理小説は、松本清張さんでした。「ゼロの焦点」「点と線」「砂の器」。当時はカッパノベルスという新書があって、それで読んだ記憶があります。個人的には「砂の器」が小説も映画も一番好きです。次に好きなのが「ゼロの焦点」でしょうか。また読み返したくなりました。
      2023/05/18
    • lemさん
      大人の推理小説は松本清張さんだったのですね。「砂の器」は読んだことがないので読んでみたいです。映画もあるなら先にどっちか悩むところですが…。...
      大人の推理小説は松本清張さんだったのですね。「砂の器」は読んだことがないので読んでみたいです。映画もあるなら先にどっちか悩むところですが…。コメントありがとうございました!
      2023/05/20
    • yhyby940さん
      ご返信ありがとうございます。「砂の器」、機会があればご覧になってみてください。映画は橋本忍さん脚本、野村芳太郎さん監督、芥川也寸志さん音楽監...
      ご返信ありがとうございます。「砂の器」、機会があればご覧になってみてください。映画は橋本忍さん脚本、野村芳太郎さん監督、芥川也寸志さん音楽監督。私は好きです。
      2023/05/20
  • 再、再、再読。読むたびに再発見する楽しみがある。

    導入部「ある夫」​
    *****
    板根禎子は、秋に、すすめる人があって鵜原憲一と結婚した。
    ​禎子は二十六歳であった。相手の鵜原は三十六歳だった。年齢の組み合わせは適切だが、世間的にみると、多少おそい感じがした。
    「三十六歳まで独身だというと、今まで何かあったんじゃないかねえ」
    その縁談があったとき、禎子の母は一番、それを気にした。
    それはあったかもしれない。・・・・・(後略)
    *****

    ​ こんなふうに始まるこの章はストーリーのかなめ「夫の失踪事件」を暗示しているのだが、この1章のストーリが秀逸だと思う。他人同士が「結婚ということ」をするとき、きっと誰にも大なり小なり起こりうることを絶妙に描いている。

    『点と線』で大ベストセラー作家になる直前の文学色濃い作品であったと、あらためて実感した。
     やはり映画やTVドラマに数多くなっているので有名だが、金沢、能登半島の冬の暗い風景の後ろにうごめく人間臭いもの、戦後史に翻弄される人々の描写が迫ってくる。

     再読してみて新たに感じた事は、ミステリーとしては細部がやや甘いが、それがぶっ飛んでしまう清張の文のうまさ、構成のうまさである。

     主人公の板根禎子(いたねていこ)は名前からして当時古~と思ったが、今にして考えればぴったりなのだ、現在活躍、活劇している(本の中で)女性探偵のはしりだもの。

     でも禎子は結婚したばかりの夫が失踪したのでやむなく能登半島をさ迷って捜査する。夫の過去がわからない、その不安の描写がうまい。

     この小説の時代は昭和32年ごろ、お見合い結婚が主流だ。おおかれすくなかれ男女が生活を共にしだすといろいろ問題になる。事件にならなくても取り返しのつかないその齟齬が尾をひく。うなずきながら読んだ女性は多かったと思う。

     そんなところもおもしろかったが、やはり風景の描写は秀逸。列車の旅の描写もそそる。

     是非とも 能登金剛の冬景色を見てみたいものだ。

    *****
    しかし、ごらん、空の乱れ
    波が――騒めいている。
    さながら塔がわずかに沈んで、
    どんよりとした潮を押しやったかのよう――
    あたかも塔の頂きが幕のような空に
    かすかに裂け目をつくったかのよう。
    いまや波は赤く光る……
    時間は微かにひくく息づいている――
    この世のものとも思われぬ呻吟のなかに。
    海沿いの墓のなか
    海ぎわの墓のなか――
    *****

     作中に引用してある外国の詩。禎子が夫を想って涙を流す。そう、親しみの薄かった、あっという間に失踪してしまった新婚の夫を愛し初めて...。

    清張さんはストーリのどこもかしこも手を抜いていないのだなあと。

  • 会社の後輩からこの本を紹介された。東京から福井への帰省中、電車に揺られ、晩秋の紅葉と古い家屋などを眺めながら静かに読んだ。
    曇天の空の下に広がる能登の寒村、日本家屋が並ぶ金沢の町並みなど、風景描写が美しい。切ないストーリー展開と相乗効果で、寂しい風景の土地なのに何故か訪れたくなった。ドラマチックな最後、そしてラストに引用する詩も感動的で、鳥肌がたった。

    私も単身赴任していたので、2枚の家の写真が出てきた時に、憲一の秘密は何となく予想できた。それを上回るスリルに引き込まれ、長編なのに手が止まらず読み続けることができた。禎子目線の細かい心理描写と推理が秀逸で、彼女の観察力と聡明さに驚かされた。

    お見合い結婚が当たり前で、妾(愛人)が存在したり、身元を隠しやすかったり、女性の社会的地位が低い(身勝手な男性中心の社会)など、第二次大戦後10数年しか経過していない時代を強く感じた。
    一方で、女性のバイタリティーや聡明さにスポットライトを読み方もできる。「良妻賢母」という日本的な古い価値観から解き放たれて、過去を隠してでも、新しい時代を自由奔放に生きたかった女性は多かったのではないだろうか?
    作中に登場する男性よりも女性の方が、何らかの強い意思を持って必死で生きているように感じられ、同調できる。

    秋~冬、北陸路の一人旅にはぴったり、年末に帰省する際は上着のポケットに入れておきたい珠玉の一冊。

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著者プロフィール

1909年、福岡県生まれ。92年没。印刷工を経て朝日新聞九州支社広告部に入社。52年、「或る『小倉日記』伝」で芥川賞を受賞。以降、社会派推理、昭和史、古代史など様々な分野で旺盛な作家活動を続ける。代表作に「砂の器」「昭和史発掘」など多数。

「2023年 『内海の輪 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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