松本清張傑作選 黒い手帖からのサイン 佐藤優オリジナルセレクション (新潮文庫)

  • 新潮社 (2013年2月28日発売)
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本 ・本 (416ページ) / ISBN・EAN: 9784101109749

感想・レビュー・書評

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  • 松本清張は、いやしくも推理小説や社会派小説ファンならば、一度は通らなければならない山である。しかし私は30年間も躊躇している。その裾野は広く、その峰は思いっきり高いのではないかと思うからである。一度登り始めたら後戻り出来ないのではないか、と。

    その偵察旅行として、このアンソロジーを選んでみた。優秀な選者は面白いものだけを選ぶだろうし、信頼出来る選者は私の嫌いな話を選ばないだろうと思うからである。浅田次郎、海堂尊、原武史は私の趣味ではない。佐藤優ならば信頼出来ると思った。あと、興味あるのは宮部みゆきぐらい。

    今回のアンソロジーのテーマはインテリジェンスである。唸らせてもらわなければならない。最初の「共犯者」「殺意」はそれ程でもなかった。何処かのサスペンス劇場で見たような話だった。もちろん、松本清張がテレビをまねたのではなく、その反対なのだろうと思うのではあるが、やはり興ざめしたのである。ところが、「捜査圏外の条件」には唸った。検索が発達した現代ならば、この手は使えないが、昭和30年初めならば十分有効な完全犯罪の方法がそこにあった。更に「声」で唸る。電話交換手が300人の声を聞き分けるという、現代では考えられない設定も新鮮だったし、一部と二部が倒叙方式で語り手を変えて、事件を立体的に見させる方式も新鮮だった。「腹中の敵」「群疑」「山師」は秀吉から家康時代に渡る時代小説である。時代小説を描きながら、会社組織の残忍性を描くのは、藤沢周平より15年ぐらい前に松本清張が始めていたのである。「点」は公安スパイの末路をホントリアルに描く。社会派のドキドキするような秀作であると同時に、1950年代の貧困層が見事に活写されていた。そして、戦後社会派小説の始まりである「張り込み」を初めて読んだ。

    結果、松本清張はとっても面白い。たいへん困ったことになった。
    2013年4月24日読了

  • 佐藤優が選んだ短編9話
    いずれも一捻りはあるが筋は単純。出てくるのはみな悪人。佐藤優がインテリジェンス=諜報部=情報戦略の見地から解説を加えているが、他人を騙そうとする者は仕込み演技に必死で、逆に自分が騙されている可能性に思い及ばなかったりする。明らかに常識に反する話を疑わないのは怠惰的人生と言われても仕方がない、人を信用するのは、良識人だけの権利。 騙すとまで言われなくとも、触れられたくない秘密の一つ二つ無い者はむしろ稀な筈。 相手を行動原理、動機、人格、人生経験、人生観まで見通せるとは傲慢ではないか、日本人だけの日本ではなし

  • 重厚である。これを読んだら、東野圭吾ら現代のミステリーがかすんで思えた。

  • 清張を読むと、やはり、在りし日の昭和が思い出され、なんとも言えないノスタルジーを感じる。

    本書の中では、作品としては「張込み」の出来が一番かもしれないが、個人的には時代物二作品が心に残った。共にあまり表舞台立つことのない人物を主人公に据え、その、心の動きを余すところ無く描写している。

    清張の時代物は初めて読んだが、現代ものが、昭和を感じさせるのは良いのだが、時にはやはり、古臭さを感じてしまう時もある。その点では、時代物のの方が、素直に入り込めるかもしれない。

  • 「松本清張」作品から、「佐藤優」が独自の視点で傑作を選んだ『松本清張傑作選 黒い手帖からのサイン―佐藤優オリジナルセレクション』を読みました。

    『松本清張・黒の地図帖―昭和ミステリーの舞台を旅する (別冊太陽 太陽の地図帖 2)』を読んで、益々、「松本清張」作品を読みたくなりましたね。

    -----story-------------
    謀略――。
    人間心理を巧みに操る情報の罠。
    「清張作品は、読者のインテリジェンス能力を着実に向上させる。」――「佐藤優」

    「清張」は、通常の人が看過する人間心理の機微を読み解く──「佐藤優」。
    創作ノート『黒い手帖』で、独自の発想術と推理小説論を展開した「松本清張」。
    本書では、その理論にもとづいた、「語られていない事柄」を見抜く楽しみにあふれた9編を精選。
    インテリジェンスの第一人者にして当代名うての読書人「佐藤優」氏の案内で、その魅力と眼力に迫る。
    『捜査圏外の条件』 『張込み』ほか収録。
    -----------------------

    次々と読みたくなってしまう「松本清張」作品… 本短篇集に収録されている短篇も、名作、傑作が多いことから、半分近くは既読作品だったのですが、以前読んでから相当の期間が経っており記憶が不確かだったので、思い出しながら、愉しく読めました。

     ■共犯者
      商売成功……その資金は銀行強盗で得た金だった
     ■殺意
      やり手部長の遺体に残った青酸加里は何を語る
     ■捜査圏外の条件
      周到な計画と執念で迎えた復讐劇の思わぬ行方
     ■声
      電話交換手の耳に刻まれた忘れられない「声」
     ■腹中の敵
      若き秀吉躍進の陰で募る、年長者丹羽長秀の焦燥
     ■群疑
      敵対者さえ魅了する秀吉の威光に波立つ家康家臣
     ■山師
      栄華と不安を極めた大久保長安の数奇な運命
     ■点
      公安スパイの末路が指し示す、第二次大戦後の闇
     ■張込み
      殺人犯の逃避行が、やがて辿る愛欲の記憶
     ■「語られていない事柄」を見抜く 佐藤優
     ■解題 香山二三郎


    『共犯者』は、以前読了した『共犯者―松本清張短編全集〈11〉』や『宮部みゆき責任編集 松本清張傑作短篇コレクション〈中〉』にも収録されていた作品、、、

    成功したがゆえの、犯罪者であるがゆえの人間心理… 異様なまでの強迫観念に追い詰められた犯罪者心理が愉しめる物語です。

    福岡で家具商として成功した「内堀彦介」… しかしその資金は、貧しい営業マンをしていた5年前に、銀行強盗をして手に入れたものであった、、、

    強盗の共犯者である「町田武治」が、彦介の財産を嗅ぎつけて、いつか脅迫してくるかもしれない… 疑念に苛まれ、不安にかられた「彦介」は、架空の新聞社の通信員として雇った男「竹岡良一」に、宇都宮にいる「町田」の動向を調査させ、定期的に報告させることを思い立つが、敵は思わぬ場所から出現する。

    完全犯罪のはずだったのに、疑心暗鬼から、自分で自分を追い詰めてしまい、破滅へと転がり落ちて行く展開が愉しめました、、、

    やっぱり、悪い事はできませんねぇ… 銀行強盗が行われた都市は山陰のM市となっていて、旧い城下町で湖畔とあるので、きっと松江なんでしょうね。



    『殺意』は、東京・丸の内にある株式会社の営業部長が部長室で毒殺された事件の謎を、判事が事件記録から読み解いて行く物語、、、

    営業部長「磯野孝治郎」は、青酸カリを飲み、部長室の机の上にうつぶせになって死んでいた… 自殺を推定する材料はなく、狭心症の持病を持つ「磯野」は、製薬会社の見本薬を飲もうとしていたことが秘書の「前川裕子」の証言から判明。

    見本薬の入手経路などから容疑者として厚生課長の「稲井健雄」が浮上するが、その人物に動機が見当たらないうえ、石のように堅い見本薬に青酸カリを混入する手段も不明のままだった… 小学校の同級生で、個人的にもゴルフや飲みに行くほど親しく、「磯野」が重役に昇進すれば、会社での立場が有利になると思われた「稲井」の動機は?

    周囲から懇意にしていると思われる付き合いでも、上下関係があれば、上の立場の人間には優越感や虚栄があり、下の立場の人間には屈辱としてか感じられない場合もあるんでしょうね… 動機は、私もひとりのサラリーマンとしてわかるような気がしますね。



    『捜査圏外の条件』は、以前読了した『宮部みゆき責任編集 松本清張傑作短篇コレクション〈上〉』にも収録されていた作品、、、

    犯罪者側の立場で事件を倒叙モノで、7年という歳月をかけた完全犯罪の思わぬ“隙”を描いた物語です。

    銀行員の「黒井忠男」の妹「光子」は、墓参りに田舎に行くと家を出たまま失踪、、、

    十日後に妻子のある男性と北陸の温泉滞在中に急死していたことが判明したが、男は「光子」が急死するやいなやその場を遁走していた… 宿帳の筆跡と旅館で聞いた人相から、男が同じ銀行に勤め、近所に住んでいる「笠岡勇市」であると知った「黒井」は「笠岡」の徹底した保身ぶりを憎悪し、殺害することを決意する。

    自分を容疑の外に、捜査の圏外に置くため、「黒井」は銀行を辞め、東京から山口県の宇部に移り住む… そして7年後に偶然を装って「笠岡」を毒殺するという遠大な計画を実行するが、、、

    殺害直前に、「笠岡」が、「光子」が好きだった"上海帰りのリル"を口ずさんだことが手掛かりとなり、完全犯罪は崩れてしまいます… 昭和20年代に流行した歌"上海帰りのリル"を効果的に扱った展開が面白いですね。



    『声』は、以前読了した『顔・白い闇』や『張込み 傑作短編集〔五〕』にも収録されていた作品、、、

    声を聞き分ける能力が仇になってしまう悲しい展開ですが… “交換手特有の耳の記憶”の着想が面白い本格推理小説の秀作です。

    間違い電話によって、偶然にも強盗殺人犯人の声を聞いてしまった電話交換手の「朝子(ともこ)」… その後、退職・結婚するが、夫の会社の同僚「浜岡」の声を聞き、犯人の声と同一であることに気付いた「朝子」は、会社の男「川井」に呼び出された後、東京郊外の田無の雑木林で扼殺死体で発見される、、、

    「朝子」のハンドバッグが田端の貯炭場で見つかり、しかも「朝子」の肺に粉炭が付着していたことから、「朝子」は田端で殺害された後、田無まで運ばれたことが判明する… 「朝子」の死亡推定時刻に、容疑者の「川井」等は小平に居たことから、田端で「朝子」を殺害することはできない。

    警視庁の「石丸」と「畠中」の二人の刑事の前に立ちはだかる時間と距離の壁… 「川井」等が弄した鉄壁なアリバイには20分間の空白があったことから、二人の刑事は、そこから「川井」等の企みを看破しようとする、、、

    いやぁ… 石炭を使ったトリックが秀逸でしたね。何度読んでも面白い作品です。



    『腹中の敵』は、「織田信長」の下で競い合った「豊臣秀吉」と「丹羽長秀」の関係を、「秀吉」に挑むことすらできなかった小心者の「長秀」の心情告白を軸に描かれた物語、、、

    天下統一を目指す「信長」には、有能な軍団長がいた… 重鎮「柴田勝家」、浪人上がりの「明智光秀」と「滝川一益」、さらに、台頭著しい「羽柴秀吉」、そして、最後の一人が本編の主人公「丹羽長秀」だった。

    彼らの関係は最悪で、特に、「一益」は「秀吉」の悪口を何度となく「長秀」に漏らしていた… 一方、「長秀」は鷹揚な態度を崩さず、自分を慕う「秀吉」に対し、好意さえ感じていた、、、

    そんな「長秀」だったが… 出世街道を邁進する「秀吉」に対し、寛容と焦燥が入り混じった複雑な感情が生じてくる。

    自らの腹を割き、はらわたから出てきた異物を「秀吉」に見立てて切り刻む… という抑圧された感情が解放されるエンディングシーンは衝撃的でしたね、、、

    後進に対する先輩としての反発… 権力闘争における上下関係による確執は、舞台を現代に置き換えた『殺意』にも通じるテーマですね。



    『群疑』は、「徳川家康」の使者として「羽柴秀吉」のもとへ赴いた「石川数正」が、「秀吉」に厚遇されたことにより「秀吉」に内通していると疑われ破滅していく物語、、、

    「数正」は、嫉妬と猜疑の強い三河には居づらくなり、主君に背いて「秀吉」に従おうとするが、「秀吉」には歓迎されず… 時代を読み間違えた男の哀しい物語でした。



    『山師』は、甲斐の国出身の猿楽師「大蔵藤十郎」が若い頃に聞いた金掘りの技術を手に「徳川家康」に仕え、佐渡金山・石見銀山の産出を急増させることにより、「大久保長安」の名を受け、さらに伊豆大仁金山を発見し、大名にまでなるが、やがて「家康」に生殺与奪の権を握られていることに恐怖を覚え、自滅の道を歩む物語、、、

    豪奢な暮らしをして、驕慢な態度を取って、吝嗇な「家康」に対抗してみせることで、「家康」からの圧迫感や恐怖感を軽減… 出世したことによるプレッシャーに負けてしまい、知らず知らずのうちに、自ら破滅の道を選んでしまったんでしょうね。



    『点』は、公安スパイの末路を通して、第二次世界大戦の闇を描いた物語、、、

    九州・K市の旅館に滞在中、みすぼらしい九歳の女の子の訪問を受けた脚本家「伊村」… 女の子が父親「笠岡重輔」に頼まれて持参した手紙の内容は、スパイとして日共に潜入した経験のある元警察官「笠岡」の暴露素材の押し売りであった。

    子供を道具に使ったやり方に嫌悪を覚える「伊村」だが、「笠岡」という未知の人物への興味も湧く… 特殊な仕事に携わったがゆえの変貌と崩壊、、、

    誰からも相手にされない、孤独な一個の“点”を描いた物語でした。



    『張込み』は、以前読了した『顔・白い闇』や『張込み 傑作短編集〔五〕』にも収録されていた作品、、、

    生活に疲れた女が、犯罪を犯した昔の恋人と再会し、忘れていた(隠していた?)女としての心に火を点けるところが、憎いほど巧く描かれている物語で、大好きな作品です。

    東京・目黒で起きた強盗殺人事件の共犯者「石井久一」を追跡する警視庁の刑事「柚木(ゆき)」は、「石井」の元恋人「横川さだ子」を張り込むため、はるばる九州・S市まで出張する… 「横川家」近くの旅館で張り込みを開始した「柚木」だが、吝嗇家の銀行員の夫と、三人の継子と暮らす「さだ子」はただただ単調な日常生活を繰り返すのみ、、、

    本当に「石井」は現れるのか… 「柚木」にも焦りが募ります。

    張込みから5日目、「石井」が集金員を装って「さだ子」に接触したことから、「柚木」は二人を追って川北温泉に向かう… そこで「柚木」が見たのは、あの疲れたような、情熱を感じさせなかった女ではなく、昔の恋人と再会して燃えている女の姿だった、、、

    「石井」は逮捕され、「さだ子」は… きっと、心の火を消して、退屈で平凡な生活に戻ったんでしょうね。

    ホントに巧い作品だと思います。



    大好きなのは『張込み』、、、

    次点は『声』と『共犯者』かな… 『捜査圏外の条件』も印象的でしたね。

  • 9編の短編が収録された松本さんの本。ミステリーあり、時代ものありの読み応えたっぷりだった。セレクトが好みばかり。ミステリーはほぼ以前読んだことのあるものだったが秀吉、家康の短編は初読み。心理的な駆け引きや疑心暗鬼に陥っていく様子の描写は本当にすごい。「張り込み」は殺人犯の元恋人の何の楽しみもない日常と数時間だけの幸せの対比が心にぐっときた

  • "佐藤優さんが選んだ松本清張さんの作品は9作品。
    私が気に入った作品は、「共犯者」「声」「張り込み」。
    人の心、そして行動、を見つめた描写が好きだ。"

  • (欲しい!/文庫)

  • 予想外の展開が出てくることにびっくりする
    作品に驚かされるばかりでした。
    結構松本清張は読んでいるつもりなのに…

    初めてかれの歴史小説を読みました。
    決してメイン人物ばかりを取り上げず
    歴史に埋もれた人を取り上げているところが
    なかなかいいな、と思いました。

    その中でも時代の財力源となった
    金を掘り起こす能力に長けた男の
    活躍と失墜はワクワクさせられるものでした。

  • 短編推理小説9編。選者佐藤優氏の紹介する「随筆 黒い手帳」に興味を持った。「・・・作品が歴史から浮き上がったものは困ると言った。人間を描くことによって、その史実なり歴史が追求され、批判されなければならない・・・」。 すべて良かったが、「服中の敵」が好き。2014.9.1

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著者プロフィール

1909年、福岡県生まれ。92年没。印刷工を経て朝日新聞九州支社広告部に入社。52年、「或る『小倉日記』伝」で芥川賞を受賞。以降、社会派推理、昭和史、古代史など様々な分野で旺盛な作家活動を続ける。代表作に「砂の器」「昭和史発掘」など多数。

「2023年 『内海の輪 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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