人間のない神 (新潮文庫 草 113F)

  • 新潮社 (1977年8月1日発売)
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本 ・本 (317ページ) / ISBN・EAN: 9784101113067

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  • 著者の昭和35年から37年にかけて執筆された初期作品9編を収めた短編集。ほぼ一、二か月の間に一編のペースで書き上げていて凄い。殆どが一貫して「人間と文明を許さない世界」で、その秩序を司る「太陽」の下、不合理な「神」に「喰い殺」される人間を描く。

    特に「雑人撲滅週間」「囚人」「人間のない神」「輪廻」はカフカ的不条理によって(時には文字通り)人がすり潰されていく点で共通している。「雑人撲滅週間」では、閣議決定ののち≪雑人撲滅週間≫が設けられ、不明瞭な基準で「雑人」と看做された人々が撲殺されていく。登場人物にいちいち支離滅裂な行動を取らせるそれには食傷気味なので、あまり好きではなかった。反して「雑人撲滅」のテーマを更に掘り下げ、明らかにホロコーストを実行したナチスドイツを彷彿とさせる独裁国家が舞台の「人間のない神」「輪廻」では、そういったコバエの邪魔はなく、ひたすら人間への理不尽な暴力に焦点が当てられていて良かった。「囚人」では「だれが、どんな審理のみちすじをへて、どんな判決を下したというのか」分からないまま拘束された主人公が、贖罪として生きたまま臓器を禿鷹と女に喰われ続ける。ラストのシーンでは日差しで陰影が強く出たデ・キリコの絵画がふと目に浮かんだのだけど、調べたらカフカと同時代に活躍していたらしい。偶然か。これらの4作品はカフカの『審判』に(『城』は未読なのでなんとも言えないがもしかしたらそれにも)多大な影響を受けていることが伺えるが、もしかしたら著者はケストラーの『真昼の暗黒』も読んでたんじゃないかなぁ、とも思ったり。似てるし、戦後に邦訳版が出たそうだし、同著に収録されている「真夜中の太陽」の題名なんてまさに『真昼の暗黒』と鏡写しじゃないか。でも誰も言及していないから違うかもしれない。

    太陽と石の世界と、現実世界の狭間で揺れる「わたくし」の「巨刹」が一番好きだった。荘厳な森の中に佇む寺院に、真夏の異邦人。樹間から刺し貫くような太陽の光、冷たい泉。目で見ても美味しい文章が続き快感でゾクゾクする。同様に二人の男性の間で揺れる女性を、今度は男性の視点から描いた「真夜中の太陽」も、この世界から一切の雑音が排除されたかのような静けさの中で読むことができてとても好みだった。

    他、土着の女と姦淫した罪で生きながらにしてミイラにされる「あなた」を描いた「ミイラ」。人造人間が売り買いされるSF短編「合成美女」。オリンピック選手として、常に人間のいない世界を目指す「一〇〇メートル」など。次に読むとしたらやはり『パルタイ』かなぁ。

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著者プロフィール

1935年高知県生まれ。大学在学中に『パルタイ』でデビュー、翌年女流文学賞を受賞。62年田村俊子賞、78年に 『アマノン国往還記』で泉鏡花文学賞を受賞。2005年6月逝去。

「2012年 『完本 酔郷譚』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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