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Amazon.co.jp ・本 (242ページ) / ISBN・EAN: 9784101113098
みんなの感想まとめ
近親相姦というタブーを大胆に扱いながら、独特の美しさと残酷さを持つ物語が展開されます。作品の中心には、ミステリアスな少女“未紀”の日記があり、彼女の内面を探求する探偵小説的な要素が強調されています。カ...
感想・レビュー・書評
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作品の咀嚼難易度や読み辛さを抜きにして、ルナティックな引力と作者の創造的な奥行きに溢れた1冊。
近親相姦という恋愛的タブーが前面に押し出されているが、作中の大半を占めるミステリアスな少女“未紀”の日記は、読み進めていくと暗黒の脳内を辿っていくような探偵小説的な側面が大きい事が分かる。
森茉莉の『甘い蜜の部屋』も読了しているが、少女の悪魔性を題材にしつつも個人的には良い意味で趣が異なる作品だった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
カタカナや傍線が多用されていて主張が強いと感じた。
近親相姦が描かれていたり、女友達との艶めかしい描写がとても破滅的。
未紀のノートをもとに展開されているので、どこまでが真実なのかわからないが、少女らしい繊細さとタブーに踏みこむ大胆さ、マゾフィスティックな快楽さが同居していて、読み終えてずっと考察できる楽しさがあった。 -
中学生のころ、倉橋由美子の描く残酷で美しい世界に傾倒していた。
解説の桜庭一樹氏と全く同じく、森茉莉「甘い蜜の部屋」尾崎翠の「第七官界彷徨」も高校生で
読んでいたから、なんともわかりやすく「少女小説」に魅せられていたのだろう。
今読んでもこの文章の完成度の高さは独特だと思う。退廃的でどこか谷崎っぽいかな?
「近親相姦」それも父と娘の、このタブーを軽薄に未紀という天性の嘘つきな少女の告白と、食えない「(自称)未紀の婚約者」Kの視点から描いたこの作品。
登場人物の誰のことも好きになれないけど、「聖性」と「悪」をここまで美しく描けるのは並大抵ではないなぁ。
「サロメ」のようにビアズレーの挿画で出してほしい。 -
直喩が独特であまり好ましい文体ではなかったが、発想がよくてそれを物語として表現できるあたりは素晴らしいなと感じた。
思春期という危うい時期に父という偶像、概念と交わることによって少女は生きた神に変容する。
罪を犯すことで聖なるものに変化する。聖性と悪は表裏一体の関係なのである。
しかし、一度は神になった少女もいずれ女性という生き物に変わり、大人になってしまうのだ。解説の桜庭一樹も触れていたが、そのあとはいったいどうなるのだろう。大人になったあとの人生のほうが遥かに長い。少女性の儚さというのは裏を返せば人生の長さである。人生は短いという割には、少女のうちに泡になって消えられるような人はごく少なく大抵かつて少女だった女性は老いという形でまるで魔法が解けたように現実と対峙することになる。そう考えるとおそろしいし、同時にこの小説の幻想じみた雰囲気も少し理解できた。
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「悪徳の限りを尽くす」という表現がある。
しかし、悪徳が尽きてしまった後のこころには何が残るのか。
過去に人生の負の側面といえるものを謳歌した「ぼく」は、記憶を失った未紀の存在に吸い寄せられていく。「ぼく」は、過去に「ぼく」と同じ蜜を味わった未紀の残したノートの真相に近づこうとするが……というのがあらすじ。
この小説では美しい比喩を用いて、美学を持って悪事をする人間が丁寧に描かれている。
今でいうところの「厨二病」タイプの人物が数多く登場するが、簡単に型に入れることができるようなものでもなく、「昭和の厨二病すげぇな」と思ってしまった。
とりわけ未紀が魅力的で、彼女の言動の裏を読みながら小説を読み進めるとより楽しめるだろう。 -
正直タイトルと父娘近親相姦というテーマの組み合わせのベタさに拒否反応があったんですが、いざ読んでみたら全然一筋縄じゃいかない感じで、すっごい面白かった。昭和40年の作品ですが、ヒロインの趣味は現代ならさしずめゴスロリとか呼ばれそうですけども(笑)。安保とかそういう背景がなければ、時代を全く感じさせない前衛っぷり。文章の美しさも尋常じゃなく、あー天才ってこういう人のことを言うんだって、恍惚とします。
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山尾悠子、文庫化された「ラピスラズリ」だけは読みました!
この人も寡作で伝説の作家ですよね(笑)大好きです。
マイナーだから仕方ないのか...山尾悠子、文庫化された「ラピスラズリ」だけは読みました!
この人も寡作で伝説の作家ですよね(笑)大好きです。
マイナーだから仕方ないのかもしれないけど、もっと手軽に文庫で読めるようになると嬉しいのにな~2012/10/10 -
「もっと手軽に文庫で読めるように」
本当ですねぇ、、、山尾悠子は早川文庫にも入っていたのですが。昔早川文庫のあったと言えば鈴木いづみもかな(...「もっと手軽に文庫で読めるように」
本当ですねぇ、、、山尾悠子は早川文庫にも入っていたのですが。昔早川文庫のあったと言えば鈴木いづみもかな(この方も不思議な味わいある作品を書かれてますね)。。。2012/10/15 -
鈴木いづみは、映画ルートで名前は知ってるのですが、実は作品を読んだことはないのです(残念)。
すでにお亡くなりになっていますし、カルト的(...鈴木いづみは、映画ルートで名前は知ってるのですが、実は作品を読んだことはないのです(残念)。
すでにお亡くなりになっていますし、カルト的(?)な存在ですから、なかなか気軽に読めるようにはならなさそうですよねぇ(返す返すも残念)。
図書館か、あとは古書とかで探すしかないかしら。おすすめと聞くと読みたくなります~!2012/10/15
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どこまでが真実でどこからが虚構なのか。未紀はその後どうなったのか。謎はそのままにしておいて、また読み返したいと思った。そしてこれは「少女小説」なのだということが大切だと思う
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高校時代に友人たちと強盗事件を起こし、その後アメリカへ留学することをくわだてるKという青年は、未紀という若い女性と知りあいます。ところがその後、未紀は交通事故で記憶喪失に陥り、彼女の見舞いに訪れたKは、事故の前に未紀が書きしるしたノートを手わたされます。そこには、「パパ」と呼ばれる人物との関係を中心に、未紀自身の体験とも創作とも判断のつかない出来事がつづられていました。
主としてKという青年の視点で物語が進められており、未紀と「パパ」をめぐる謎が解き明かされていくとともに、K自身が未紀に心を捕らえられていく経過がたどられています。著者の作品では、しばしば独自の作品世界に入り込むことに困難をおぼえることがあるのですが、本作は謎解きのようなストーリーを追いかけていくことで、未紀の抗いがたい魅力に読者を引き込もうとする構造が明確で、比較的読みやすいと感じました。
著者自身は本作を「最後の少女小説」と称していますが、Kという青年のキャラクター造形や、記憶喪失によって未紀が無垢でいられるような立ち位置を占めるという展開などにも、耽美的な作品世界の構築をめざしていることを示すような装置が用意されていて、「少女小説」らしい体裁を整えた作品だといえるように思います。ただ、小説としてそれ以上の魅力を提示できているのかどうか、個人的には判断がつかないように感じました。 -
ストーリーをたどるというのでなく、少女の行き過ぎた精神世界にただ浸るために読みたい作品。
「あたしにとって嫉妬というのは、自尊心の問題です。パパハドウシテアンナツマラナイ女トネルノカシラ。コノアタシトイウモノガイルノニ。そこであたしはますます完全な女になるためにはげみました。指の先から耳たぶまで、申し分なく愛らしいペルシャ猫になること。」 -
たくさんの禁忌が詰め込まれているのに生々しさはなく白昼夢のような雰囲気。独特な文章が魅力的だった。
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交通事故で記憶を喪った未紀が、事故前に綴っていたノート。そこには「パパ」を異性として恋した少女の、妖しく狂おしい陶酔が濃密に描かれていた。ノートを託された未紀の婚約者Kは、内容の真偽を確かめようとするが…。「パパ」と未紀、未紀とK、Kとその姉L。禁忌を孕んだ三つの関係の中で、「聖性」と「悪」という、愛の二つの貌が残酷なまでに浮かび上がる。美しく危険な物語。
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倉橋由美子の1965年発表の小説。"暗い旅"、"夢の浮橋"に続いて3作目。本作品は、近親相姦を扱った内容もそうですが、文章、そして文体も含めて雰囲気が独特すぎて、これは合う人と合わない人がはっきり出てくると思います。学生運動の頃の風俗が色濃く反映されているので、どうしても気持ちが追いついていかない部分も多々ありますが、自分は嫌いじゃないです。甘くて美味しい毒薬を飲まされている感じです。自分の立場が変わる毎に読み直したら、その都度、感想が変わりそう。
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思春期という、危険で、おかしな季節に、娘にとっての父ーうつくしい幻想の中のあのひと!ーは、生、性、死を同時に司り、父であると同時にじつは私自身でもある、生きた神となる。(桜庭一樹、解説)
小説自体は内容云々よりも文章の組み立て方が興味深くて、桜庭さんの解説の方が私は惹きつけられた。この人のものの書き方が好き。 -
いわゆる『女流作家』の流れをこの国に作った、倉橋由美子の代表作。
白猫のような美少女、未紀が落としていく、男たちとの関係、嘘、妄想、生と性と死の物語。
未紀の魅力は流行りの言葉で言えば『小悪魔』!当時なら『毒婦』って言われてもおかしくないようなヒロインに『聖』の文字を使い、最初に美を見出した倉橋由美子のセンスはすごい。
倉橋由美子がいなければ日本の小説のヒロインは、品行方正で良妻賢母で不器用でカタブツな『ブス』ばっかりだったのではないかと思います。 -
作者曰く「最後の少女小説」。
恐ろしく饒舌で軽薄で痛々しい。
これも何度も読み返している一冊だが、
自分が年を経ても感度が変わらないことが嬉しい。 -
穂村弘さんが衝撃を受けたということで気になっていました。
少し痛くて、愚かで、陶酔した 少年少女の物語。
思春期ならではの潔癖さや勢いがすごくきれいに描かれていると思います。
近親相姦、交通事故、記憶喪失、ゴシック趣味、などなど言い出したらきりがないですが、そういういわゆる"キーワード"みたいのはあまり意識させない、もっと奥にある少女の物語であると感じました。
とても好き。
12歳のときに読んでいたら人生が変わっていたかもしれない。
ちなみに朝のむウイスキー少したらすやつ、飲んでみたい。 -
異色作、タブーを扱っています。
そのタブーは一番強烈な「近親相姦」
だけれども病んでいる雰囲気のみで
その該当行為に関してはぼかされているので
きつくは感じず、あまり嫌悪感は感じませんでした。
ただし問題はKの視点
こいつは食えない奴です。
この視点だけは吐き気を催しそうになりました。
消えてしまえばいいのにと何度思ったことやら!!
だけれども、純粋な少女が壊れていく
その描写は見事としか言いようがありません。
彼女はまさにタイトルのとおりなのかもしれません。 -
姉と近親相姦の関係を結んだ「ぼく」と、「パパ」と愛し合う未紀。出逢いから6年後、未紀は交通事故で記憶喪失になり、「ぼく」に以前書いていたノートを渡し、解読して欲しいと頼む。「ぼく」の視点から物語は進む。未紀は学生鞄に『O嬢の物語』や『美徳の不幸』を入れ、所謂ゴシック趣味な部屋に住み、ランプの下でサド侯爵の本を読み、ゴシックな装飾を施した「モンク」という店を持っている素敵な少女なのだが、脇毛が生えているのは許せない。剃るか抜くかしてくれていたなら、完璧なのだが…。
さて、未紀の以前書いたノート、退院後に書かれた未紀のもう1冊のノート、そして、この『聖少女』も「ぼく」が記した小説という仕掛けになっていて、果たして未紀の行動の真実は何処にあるのか?未紀も「ぼく」も、その他の登場人物達も果たして本当に存在したのか?穿った読み方しすぎかなぁ?読み終わった時に何故かアラン・ロブ=グリエの小説を思い浮かべた。
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著者プロフィール
倉橋由美子の作品
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