草の花 (新潮文庫)

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  • 新潮社
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感想 : 246
  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101115016

作品紹介・あらすじ

研ぎ澄まされた理知ゆえに、青春の途上でめぐりあった藤木忍との純粋な愛に破れ、藤木の妹千枝子との恋にも挫折した汐見茂思。彼は、そのはかなく崩れ易い青春の墓標を、二冊のノートに記したまま、純白の雪が地上をおおった冬の日に、自殺行為にも似た手術を受けて、帰らぬ人となった。まだ熟れきらぬ孤独な魂の愛と死を、透明な時間の中に昇華させた、青春の鎮魂歌である。

感想・レビュー・書評

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  • 汐見茂思はサナトリウムで見込みの少ない手術を望んでそのまま死んだ。
    ”私”は汐見と年が近く、彼から手記を残された。

    汐見が生涯で愛したのは、高等学校で一学年下の藤木忍と、その妹の千枝子だった。
    高等学校で汐見が藤木に望んだのは、魂が共鳴し合うような友情を願っていた。
    しかし藤木は自分はその想いに値しないと答えるのだった。
    藤木はその二年後に病を得て死んだ。

    汐見は藤木の家に残された母と妹千枝子のもとを訪れる。
    千枝子との恋愛は静かに進んでいた。汐見はそのつもりだった。
    しかし汐見には独自の孤独があった。それは信仰でも埋められない孤独だった。藤木のような若者が突然死ぬ。自分の学友たちが次々に出兵する。戦争には嫌悪感があるが自分には止める力はない。戦争に対する恐怖は、生理的な死への恐怖と、自分が望まなくても人を殺さなければいけないことがあるかもしれないという慄れがある。
    自分を強くするために汐見は孤独を深め、そして千枝子は汐見が見ているのは彼自身の理想であり、本来の自分ではないとの不安から汐見のもとを去る。

    汐見は戦争から生きて帰ってきたが、胸の病でサナトリウムに入る。
    死ぬまで抱えていた孤独は手記に残された。
    多感な青春の時期を戦争の時代に過ごした汐見の想いは、自分の意思では変えられない時代である分、自分の精神を削って孤独の中に自分を確立させよとうとしていた。汐見は精神の底からの愛情を求めていたけれど、あまりに確立させていたため、周りの人間には精神的に近寄りがたくなってしまっていた。


    「本当の友情というのは、相手の魂が深い谷底の泉のように、その人間の内部で眠っている、その泉を見つけ出してやることだ。それを汲み取ることだ。それは普通に、理解するという言葉の表すものとは全く別の、もっと神秘的な、魂の共鳴のようなものだ、僕はそれを藤木に求めているんだ、それが本当の友情だと思うんだ」(P114)
    「僕は孤独な自分だけの信仰を持っていた。(…)自分が耐えたがたく孤独で、しかもこの孤独を棄ててまで神にすがることが僕にはできなかった。人間は弱いからしばしばつまずく。しかし僕は自分の責任においてつまずきたかったのだ。僕は神よりは自分の孤独を選んだのだ。外の暗きにいることの方が、むしろ人間的だと思った」(P229)

    最初から最後まで福永武彦の文章描写がとにかく美しい。サナトリウムで見られる季節の変化、学生同士で交わす精神論、最後を締める千枝子の手紙の品の良さ。
    真摯に生きた人たちを美しい日本語で表しています。
     オリオンの星座が、その時、水に溶けたように、僕の目蓋から滴り落ちた。(P153)
     藤木、君は僕を愛してはくれなかった。そして君の妹は、僕を愛してはくれなかった。僕は一人きりで死ぬだろう天。(P295)

  • サナトリウムで望みのない手術を自ら受け、帰らぬ人となった汐見。彼は、同部屋で親しくしていた「私」に二冊のノオトを遺していた。
    物語は、この二冊の手記が中心となっている。

    一冊目、「第一の手帳」
    汐見が十八歳の時に下級生の藤木を愛した過去が、H村での弓道部合宿をメインに描かれる。
    汐見は忍をプラトニックな愛(友情)で激しく愛するのだが、忍はしだいに汐見から離れていく。そして悲しい結末が訪れます。
    (私はこの一部を中学の現国問題集で読み、腐女子だったので「はっ!ボーイズラブが!」と短絡的思考でテンションを上げて、その日に本屋に寄って購入しました。この出来事をきっかけに小説を好んで読むようになったのだから、私の読書体験の原点といえる作品ですねw)
    第一の手帳の時系列として、中盤すぎたあたりで悲しい結末が描かれた後に、過去に戻って忍との幸福な触れ合いや、叶わないけれど爽やかな読後感があり、胸を打たれるわけです。

    で、その何ともいえない余韻をひきずったまま「第二の手帳」へ。
    こちらは、藤木の妹である千枝子を愛した手記となりますが、そこには男女の恋愛にとどまらず、キリスト教や戦争・徴兵という、いわば人生、生き方が問われる展開となっていきます。
    この辺は中学の時に読んでもピンと来ませんでしたが、さすがに歳くった今読むと、わかりみが深いですね。

    そして二冊のノオトを読み終えた「私」は千枝子に連絡をとります。
    最後の千枝子の手紙に泣きました。

    全体を通して、とにかく美しい文章。ショパンの旋律のように甘い。音楽のように流れてくる文章で、哲学的な考えが随所にありますが小難しくなく、するする読める。そして、藤木の瞳が澄んだ美しさを持っていたように、冬空に浮かぶ星のような、雪解けの水が小川を流れるような、心が洗われる美しさに溺れます。それを「私」の語りである冒頭とラストの「冬」「春」でのサナトリウム(死の象徴)での厳しい出来事ではさんでいて、喪われた人、喪われた記憶、といった喪失感を際立たせています。

    名作!

    『藤木の眼、ーーいつも僕の心を捉えて離さなかったのは、この黒い両つの眼だ。あまりに澄み切って、冷たい水晶のように耀く、それがいつも僕の全身を一息に貫くのだ。そして僕はその度に、僕の心が死んで行くように感じ、そしてまたより美しくなって甦るように感じる』

  • 情景が美しい。
    美しすぎるからこそ、現世に遺す若者の悔恨の情が痛々しいほどに伝わる。

    戦争、結核。
    抗いえない運命に、神も信じられず人も信じられず、孤独なまま死ぬ男。

    「神=愛」というものが存在するならば戦争は起こりえるのかという問いを忘れないようにしたい。

  • 純粋な恋愛小説だと思って読み始めたら、全く違った。
    特に、茂思の(藤木)忍への想いは、恋愛という言葉ではあらわせないように思う。けれど、いわゆる同性愛という一言で片づけてしまうのではなく、彼の感情に本当の意味で共感できる人は、実際多くはないのではないだろうか。

    ―藤木、と、僕は心の中で呼び掛けた。藤木、君は僕を愛してはくれなかった。そして君の妹は、僕を愛してはくれなかった。僕は一人きりで死ぬだろう……。―(p249)

    なんという寂しさだろう。茂思は潔癖なまでに愛を求めたが、自分の孤独を大事にするあまり、与えられる愛に気付かなった。
    茂思の絶対的な孤独や愛し方、彼の純粋ゆえのある種のエゴや過ちが我が身に重なり、苦しくなる。
    心を深く抉られる作品だった。

    巻末の本多氏の解説は、茂思の感情をセンチメンタリズムや同性愛的な恋愛感情と括ってしまわずに、茂思の孤独や潔癖さ、それゆえの寂しさといった、青年期ゆえの苦悩や葛藤に、静かに寄り添っている。
    この解説のおかげで、自分の心の言葉にならないいくつもの感情が腑に落ちたとさえ思う。
    もしかしたら私は、作品本編と同じくらい、巻末の解説に救われたのかも知れない。



    以下、巻末の解説より引用


    p268 なんという、ぞっとさせるような孤独だろうと、読者はお考えになるかもしれない。しかし、冷静な理智の眼には、人生の現実はそういう残酷なものだ。人は、ついに、お互いを完全には理解することができない。極言すれば、人間は、誰でも、ひとりぼっちなのだ。もしも、恋愛が完全な理解の上に築かれなければならないという潔癖さを持するとするならば、この世には、おそらく一つの恋愛も築かれないであろう。主人公汐見の悲劇は、そのような潔癖から起った。
    このような絶望的な孤独は、多分、作者のものであろう。その絶望の深淵の中から自分を見つめ、人生を見つめることは、さぞつらいことであろうと思う。しかし、そのような深淵の底でこそ、真物が作られる。波の間に間に浮ぶようなものから、われわれは何ものをも期待しはしない。

    レビュー
    http://preciousdays20xx.blog19.fc2.com/blog-entry-501.html

  • ひたすらに孤独な青年の恋と愛の物語。

    サナトリウムに入っている私は手術で帰らぬ人となった汐見からノートを託される。そこには汐見が愛した二人の人、藤木忍とその妹千枝子との想い出が綴られていた。忍には渇望に似た感情を持ちつつも忍から拒絶され、千枝子には青年的な恋を心に抱えつつ、結局は汐見は孤独を選ぶ。

    悪人や意地悪な人が出てこない、優しい人しかいないのに、それでも汐見は孤独だったということが、ひたすら寂しい。

    想いを寄せられた兄は戸惑うばかりで妹は汐見の持つ兄というフィルターに困惑。解説の「夢を見る人」として、藤木兄弟から恐れられた、というのは寂しいけれど真実なのだろう。

    恋も愛も難しい。青年にとってはなおさら、なんだろう。

  • 汐見に共感できるところばかりだったし、どの登場人物の心情も理解することができた。
    時代背景がよく透けて見えて、その当時に想いを馳せることができた。

  •  世界観の違う存在を愛するということ。
     もうものすごく良かった。快いという気持ちも、その真心を達するためにどうするべきなのかという道筋も同じ理論を持っているのに、重たくて受け止められなかったり、真心の名前が違ったりして想いあうことが出来ない。
     愛だと名付けている物の姿がそれぞれほんの少しずつちがって、その少しの違いがそれぞれの世界観の決定的な楔になっていて、そこを曲げて愛するということは、自己存在をまとめている軸を手放すと言うことなんだよな……。
     藤木は一人で死ぬのが寂しくて誰かを求める気持ちがあるのなら、いつか死ぬことを思って汐見さんを受け入れてしまえば良かったし、千枝ちゃんは神を通さず理論は違うけど汐見さんには確かな愛があるんだって信じてしまえばよかった。汐見さんは自分の夢を現実に適用したら似た姿になるんだって妥協してしまえばよかった。でも誰一人だって、若い心でそれを選ぶわけにはいかなかったんだ。
     とにかく伝わらないもどかしさがあって、このもどかしさが描ききられているのを読めてとても有り難い気持ちだ。

     とても自然な、ありふれた思いやりある友達としての立花君が汐見さんにまるで認識されていないのが少し切ない。でもそれも含めたのが汐見さんという世界なのだろうなあ。

  • かつて、藤本ひとみ氏が、コバルト文庫で活躍していた時代に、私はその作品を千切れるほど愛読していた。
    10代の子供だったけれど、藤本さんの作品は少女小説という枠をはるかに超えて、若い読者に対し、愛をするとは、生きることとは、命を尽くすとは、繰り返し考えさせる物語を編んでいた。
    本書『草の花』は、若い時代に受けた、あの強いメッセージと葛藤を、少し生き過ぎた私へ、再び、そして立ちどころに蘇らせた。
    冒頭に、汐見のダンディズムを強く匂わせながら、彼を退場させ、遺された2冊の「ノオト」で、その過去を、生きる汐見の一人称で、現在として語らせる。この構成の巧みさが素晴らしい。
    戦中から戦後に青春を送った彼が、愛の為に、孤独の為に、心を揺らすたび、鋭利な刃のように相手も自身も傷つき、傷つける生き方に、私自身の過去が重なって見えた。すべてが苦しかった、それでも目眩する程甘やかだった日々が、確かにあった。
    死を忌避しながら、最期は自ら死を選び取った汐見の孤独と、その魂の透徹した美しさを描いた作品。
    愛と孤独の不可分を知りながら、その身を厳しく屹立させようと生きた汐見に、もっと若い時に出会えていたら、と悔いながら、再読を誓う。

  • 生々しい人間の心をこれほどほの甘く柔らかい表現で写し出すことができる作家は福永武彦さんだけだと思います

  • どこまでも孤独で哀しい恋愛小説。
    藤木への愛は単純な同性愛とも言い切れず、千枝子への恋は単純な恋慕とも呼びきれない、複雑な想いが重なり合っていました。
    宗教や歴史も絡み合い、まるで宗教画のような神聖さを感じました。

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著者プロフィール

1918-79。福岡県生まれ。54年、長編『草の花』により作家としての地位を確立。『ゴーギャンの世界』で毎日出版文化賞、『死の鳥』で日本文学大賞を受賞。著書に『風土』『冥府』『廃市』『海市』他多数。

「2015年 『日本霊異記/今昔物語/宇治拾遺物語/発心集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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