愛の試み (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101115061

感想・レビュー・書評

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  • 孤独に裏打ちされない愛はない。
    と観念的に考えていた高校時代。
    読み返してみると、失恋のところが一番すとんと落ちる。
    「孤独は失敗によって次第に靭くされ、恐れることなく自分の傷痕を眺められるようになる」
    惜しみなく愛は奪うという本に通ずるところが多い。

  • よくわからない。
    ピンとこなかった。
    途中で終了。
    孤独は愛で埋められるものではないとか?
    なんか、感覚としてわかってるよってことを言語化したような内容。
    んーでもこんなきれいなものかな?現実は。
    愛なんて知らないまま死ぬのかも。

    以前付き合ってた人がすごくいい内容と言っていたので読んだけど、この本が刺さったとは思えないような付き合いだった。
    その人のことがわかるかなと思ったら、余計わからなくなった。

  • 愛すれば愛するほど、孤独を感じなくなる、なんて、そんな恋愛うそなんだ。

  • 福永武彦による愛と孤独についてのエッセイ。挿話として掌編小説9編も併録。愛や恋の心的プロセスや愛において陥りやすい錯覚についても鋭く分析。人が愛を求めるのはそれ自体が本能であるのと同時に劇的な作用を齎す、劇薬だからなのだと感じました。でも劇薬としての愛は持続性に乏しく、一瞬の情熱に他ならず、それは錯覚と等しい。愛が終われば何も残らないと私は常々思っていたのですが『失恋』の項目では『彼が自己の孤独を凝視する機会を得たことは、かえって悦ばしいことではないだろうか。なぜなら、人が生に向かって出発するのは常に孤独からなのだし、もし彼がその絶望に負けたきりにならないで、再び生に出発するならば、次の機会に愛を試みる時には、彼は愛が孤独の上に立脚するものであることを充分に理解しつつ、自己を投企することが出来るだろうから。そしてたとえ失敗を繰返そうとも、愛に於て失敗することは少しも恥ずべきでないことを知るだろうから。(中略)彼は孤独を恐れないように、最早、愛をも恐れないだろう。』この辺りは目から鱗が落ちました。この本は定期的に読み返したい良書。

  • 冒頭から「僕は愛について語りたい」とストレートなのです。タイトルの「試み」とは、まあ試しにやつてみるか、といふ程度の事ではなく、命を賭して孤独と向き合ふ覚悟を決める事らしい。

    章立ては、愛が芽生えて、成長し、揺れ動き、成就或は破局を迎へる一連の流れに沿つてゐます。警句集とも捉へることが出来るでせう。ところどころに挿入される「挿話」(掌小説)がまた良い。創作者による実践篇とでも申せませうか。
    思索の元になる人間観察の確かさも(その表現も)舌を巻くものがあります。頭から読んだ後、折に触れて気に入つた箇所を再読するのもよろしいでせう。

    http://genjigawa.blog.fc2.com/blog-entry-750.html

  • 愛と孤独についての傑作エッセイ。
    自分の孤独を賭けて人を愛する。だからこそ時に苦しいが、愛を試みること自体に意味がある。
    愛は終わらない、繰り返す。また文学によくあるように他方が死んだとしても、記憶の中で生き続ける愛というのもまた存在する。

  • 【本の内容】
    〈人が生きる本質的な基盤として孤独があり、愛とは運命によってその孤独が試みられることに対する人間の反抗に他ならない。〉と考える著者が、愛と孤独についての一切の妥協を排した思索の跡を綴るエッセイ。

    挿話として掌編小説9編を併録する。

    人間を豊かにする愛の諸相を分析し、また愛の陥り易い錯覚にも鋭い視線を向けて、愛の問題に直面する人々に多くの示唆と力を与える名著。

    [ 目次 ]


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  • 140105読了。002

  • この本のジャンルをカテゴライズするにあたって、私は少々困惑しています。これは、「愛」と「孤独」について書かれた随筆にあたるのでしょうか。それとも、散文の形式を用いて書かれた詩にあたるのでしょうか。はたまた、その体をかりて書かれた著者の哲学を表したものでしょうか。私は、なるべくジャンル分けをして、たとえば、小説と詩とを随筆と哲学とを分けて、ここに明記したかったのですが、どうも私の思うようには、線引きはできないようです。

    私がこの本を読んだのは大学生の頃でした。心境は詳細には書きませんが、当時の私は、大変気持ちが沈んでいまして、友人たちとの交際でも解消できず、果ては自分自身にさえ価値を置くことができずに、日々を過ごすような状態でした。その状態が高校生以来続いて、とうに慣れっこになってしまい、終いには「ニル・アドミラリイ」の境地、つまり何ごとにも左右されない「無感動」に至る、その一歩手前にいるような状態でした。しかし、傍観的な態度だけでは、生きていけません。心の奥では外界に対する不安や畏怖で膨れ上がる、どうしようもない状態だったのです。そんな気持ちを揺り起こそうとして、本や映画に手当たり次第触れてみましたが、私の心には何の反響も起こりませんでした。

    そんな折に、私はこの本を読みました。先にも書いた通り、この本は、「愛」と「孤独」について書かれています。それまで、「愛」や「孤独」について書かれた作品に多く触れてきたはずですが、私はこの作品にとても深い感動を覚えました。「ああ、美しいものに触れた」と思ったのです。では、この『愛の試み』は、他の作品とは何が違ったのでしょうか。美しいと感じた、その美しさの源はどこから来たものでしょうか。それを読者と著者の立場から書いていきたいと思います。

    私はこの本を読み終わって、「私のために書かれた本」だと強く思いました。それは高橋源一郎さんの言うように『わたしにも書かれた本』だったと言い換えることができます。この「私のために書かれた本」とは、あたかもこちらの秘密を作者が知っていて、当の本人のためだけに書かれた作品、というような意味のことです。一般的にその代表例が太宰治です。太宰の作品が今日でも面白いのは、あたかも彼の作品が読者ひとりひとりの素状や秘密を知っているかのような、読者との親密性によっているからです。またこの親密性は、聞き手の耳元へ、自分の秘密を囁いてくるような語り手の、声を聞く距離間のことでもあります。この距離間が太宰の小説の場合、間近でありとても巧みです。でも、待ってください。これはとても不思議なことです。

    というのは、作者はまさに小説を書いている最中に、当然ですが読者へ差し出す当のひとりひとりの素状や秘密を知っているわけではないからです。むしろ彼は漠然としたあまたの読者を想定して、小説を書いたはずです。いやそうではなく、読者を考慮することなく、自分のことのみしか頭になく小説を書いたのかもしれません。仮にそうであるならば、読者が受けとめるような作家からの「私信」とあまたの読者に向けて出された小説との間に横たわる離反をどう考えればいいのでしょうか・・・、そんなことは今の私では考えることができません。

    話しをちょっと戻します。私が『愛の試み』の中で確かに聞いたのは、私の耳元で囁く語り手の声だったのです。あまたの「愛」と「孤独」について書いた作品が、私にちっとも届かなかったのは、本の中から聞こえてくる声(あるいはその内容)が、私の耳に適切に届かなかったからです。それだけではありません。「愛」や「孤独」は、時に道義的な説き方に陥って、無味乾燥なものになりがちですが、この本はそうではありませんでした。私にはとても新鮮なものに映ったのです。なぜなら、詩的な語り口によるイメージの美しさに貫かれて、表裏をなした「愛」と「孤独」をともに尊ぶ作者の態度をはっきりと感じたからです。

    私には大学時代に影響を受けた作品が3つあります。トーマス・マン『ベニスに死す』、アンドレ・ジッド『狭き門』、そして福永武彦『愛の試み』です。どの作品も「生」と「死」あるいは「神」の問題を扱ったモラリティーのある作品ですが、私は『幸福論』の卒業論文に、この3つの作品の影響を冒頭に置いて論文を書き始めました。それほどまでに、心に深く刻まれた作品だったのです。

    すっかり忘れていましたが、私はようやくひとつ分かった気がします。冒頭に書いたこの作品に対するカテゴライズのことです。前置きしたように、ひとつのジャンルに限定することはできませんが、これは今ではすっかり流行らなくなった求道の書でもあるということです。告白しなければなりませんが、私がなぜこのことにこだわっているのかといいますと、手元に本書がなく、想念に委ねてこれを書いているからなのです。

  • 久しぶりに氏の硬い!恋愛論を読んでみました。若いときなら「そうだ、自分の気持ちにピッタリ」と思ったでしょうが、自らの精神的な熟成(老成?)を改めて感じることになりました。目次を紹介しますと。孤独、内なる世界、星雲的、神秘、虚像、時間、初恋、所有、深淵、燃焼、調和、失恋・・・とスタンダール、バルザック、ジッドなどに及んで、恋愛の心理を分析した本です。高齢になってからこのような本を書いた福永氏の若さを感じます。

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著者プロフィール

1918-79。福岡県生まれ。54年、長編『草の花』により作家としての地位を確立。『ゴーギャンの世界』で毎日出版文化賞、『死の鳥』で日本文学大賞を受賞。著書に『風土』『冥府』『廃市』『海市』他多数。

「2015年 『日本霊異記/今昔物語/宇治拾遺物語/発心集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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