- 本 ・本 (323ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101117027
感想・レビュー・書評
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重厚な歴史小説や記録文学の印象が強い著者だが、こちらは昭和30年代から40年代の初期の作品集で、短編6編を収める。表題作は第2回太宰治賞を受賞している。
緻密さよりはロマンティシズムが勝る。少年期から青年期のどこか透明な空気感。しかし、そこに「死」の影が色濃く映し出されている。
戦後しばらく経っているとはいえ、これは戦争の影響なのではないだろうか。あるいは、戦時中に少年期を過ごし、戦中・戦後に若くして両親を亡くし、自身も大病を患ったことがある、著者の心象風景から来るものか。
1作目、「鉄橋」は、若きボクサーの謎の死。前途洋々に見えた彼は、列車に轢かれ死亡する。果たしてそれは自殺なのか事故なのか。謎解きめいてもいるのだが、単純な結論は導かれない。著者の筆は最後にはボクサーの内面へと読者を引きずり込む。さて、ことの「真相」とは。
2作目「少女架刑」と3作目「透明標本」は、いずれも人体解剖・標本作製の話である。いささか驚くのだが、この時代、実際、こうした形で骨標本まで作られていたのだろうか。現代でも献体が医学生の学習に役立てられることはあるわけだが、もっと生々しく、遺体の取り扱いが乱暴である印象を受ける。高校の理科室などの骨格標本が実は本物の人骨であることが判明し、騒ぎになった事件がいくつかあったが、こうした時代(あるいはもう少し前の時代)の遺物なのだろうか。
「少女架刑」は少しSFあるいはファンタジーめく。命を落とした少女が、自身の身体が解体されていくのを観察している。切られ、臓器を除かれ、採取されたものはホルマリンに漬けられ。少女はどこから見ているのだろう。不思議なロマンティシズムが漂う。
「透明標本」の方は、逆に、解剖する側の視点からの物語。完全な透明骨格標本を作製することを夢見ている男。男が望むものは手に入るだろうか。
4作目「石の微笑」。小学校の時の知り合い・曽根に学院(大学のようなものか?)で再会する英一。曽根は下宿屋をしている英一の家に住むことになり、英一を割のいい「バイト」に誘う。ところがこの男、どこか薄気味悪い。そのうちに同居している姉の様子が何だかおかしくなっていく・・・。
表題作「星への旅」は、若者の集団が自殺するために旅をする話、最後の「白い道」は、空襲に焼け出された父とその愛人の元に食料を持っていく少年の話。
いずれも、生と死の境界はさほど確とはしていない。何だかふっと越えられてしまいそうだ。
それが少年(青年)吉村の実感だったのではなかろうか。 -
初吉村昭。太宰賞も獲った表題作収める初期作品集。
巻末コメントの言を借りてしまうが、ロマンチシズムと冷徹な現実の合体、がとにかくしっくりくる。どの作品もラストに独特の寂しさがあり、恐ろしく完成されている。
作者はノンフィクションの調査力に定評があるが、物語の力も相当だと感じた。 -
感じたことや印象をうまく言語化するのが難しい本。しかし、この難しさが確実に自分の心の襞になった作品。
死に結びついた歪な欲望、執着。ここでの死はセンチメンタルなものでなく、生物が死体という物体になるという、物的なものとして描かれている。死がそのようなものとして描かれているから結局欲望や執着は無意味なもののように感じられる。表題作の「星への旅」で描かれる無動機な自殺は、このような死の即物的な側面を顕著に表していると思う。 -
死体とか自殺とか。あんまり楽しい話じゃない、なのに文章がすごく綺麗。こういう鬱々とした現実にさらっと美を入れ込めるって文章が上手じゃないとできないだろうと思う
個人的には鉄橋と石の微笑が好き
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死後解剖される少女の視点で描かれる、「少女架刑」。
集団自殺を図ろうとする少年たちの姿を描く「星への旅」。
透明標本づくりに熱中する男性。
ありありと情景が浮かび、最後まで読み進めてしまう筆力に毎回圧倒される。
また、戦争体験をされた方の文章にも触れておかねばという気にさせられる。 -
各作品それぞれに死が絡んでくる短編6編収録の短編集。
小説や映画、マンガをいろいろ読んだり見たりしていると、ほんとに時々「変な話だったな」「奇妙な話だったな」と思うものがあります。
この吉村さんの『星への旅』もそんな本でした。
と言っても、作品の完成度が低いわけじゃありません。いずれの作品も吉村さんらしい真摯で丁寧な描写、
そして過剰に感情を挟みすぎない冷静な文章でとても文学としての完成度は高いと思います。
中でも死体となった少女が語り手となり、自身が解剖されていく日々が描かれる「少女架刑」は語り手の異様さもさることながら、
彼女の語りで解剖に一種の美しさが、ラスト場面の荘厳とした感じも圧倒的でエンターテインメント性は皆無の作品ながらも、惹きこまれました。
表題作「星への旅」は集団自殺を企てる若者たちを、一人の大学生の視点から描いた作品ですが、
吉村さんの感情を挟みすぎない文章が、彼らが自殺に惹きこまれる理由となる倦怠感と非常にマッチしているように思いました。
語り手の圭一が星空を見上げた時の描写も美しいの一言いに尽きます。
この短編集の奇妙さは、それぞれの作品の死に対して必要以上に痛みや苦しみ、死を忌避する感情を挟まない点だと思います。
普段普通の小説を読んでいると死は避けるべきもの、忌避すべきものとして描かれるのですが、この短編集ではそういう感情があまり読み取れず、死に対して余計な感情を挟まない一種の透明感があるように思いました。それが自分の感じた奇妙さの理由のように思います。
そして改めて吉村さんの冷静な文章に惚れ直した作品でした!
第2回太宰治賞受賞作「星への旅」収録 -
表題作の「星への旅」のみ読了
太宰賞受賞との事で読んでみました。
無気力な生活の中で、自殺する事を目標として、死ぬ事に最後の希望を抱くような感じのストーリー。
終始暗くて重い空気が漂うなかでも
やっぱり吉村昭の筆力というか表現力というか、
情景描写が力強く、かつ美しい。
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人の心の動きと体の動きはどちらも不可解なんだけれど、どちらも鮮やかに描写されて息の止まるような瞬間だった。
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昔読んだ漫画の中にモチーフとして登場していて、ずっと印象に残っていたが読むのが怖いような気がして保留にしたままになっていた。数十年の時を経てやっと購入。死をテーマにした中短編集で、思っていた通り暗い雰囲気に包まれた作品たちだけど、描写は素晴らしく美しい。透き通るような骨標本や暗闇に星が瞬く場面が頭の中で鮮明に映像化される感覚になる。ジャンルはかなり違うけどその感覚は宮澤賢治を読んだときに感じたものと重なる。これが戦時中を生きた人の死生観なのか。高校時代、現国の先生が太宰治の「人間失格」を評して〝精神的に参っているときに読むとヤバい〟と言ってたけど、この作品もどこかメルヘンめいた世界に引き込まれていきそうで、太宰治賞受賞なるほどと思った。
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