冬の鷹 (新潮文庫)

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  • / ISBN・EAN: 9784101117058

感想・レビュー・書評

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  • 吉村昭氏の小説は実に骨太。
    いつも圧倒されますが、この小説も確かな時代背景と客観的な人物描写で、読み応え充分でした♪

    体の内部の臓器の位置もまだ知られていない。
    オランダ語の辞書、あるのは仏蘭辞書だけ。
    西洋の知識の流入を閉ざす江戸幕府。
    そんな時代にオランダの医学書をまさに手探りで
    一語一語訳した前野良沢。協力した杉田玄白。
    すごい!の一言です。

  • あなたは、「『解体新書』を翻訳したのは誰か」と聞かれたら何と答えますか?

    小学六年生社会科のテストなら
    『杉田玄白』
    と答えていれば丸になるかな。
    でも、実際の翻訳作業はほぼ全て
    『前野良沢』
    が手掛けたことまでは学習しません。

    本書はその前野良沢と杉田玄白を中心とした歴史小説です。オランダ語の習得に全身全霊を捧げようと志す前野良沢は、ほとんど暗号解読のような状態で翻訳を成し遂げます。しかし自分の名を著作に刻むことはよしとしませんでした。一方で用意周到に出版の準備を進めた杉田玄白は、後に医家として大成し医学界の頂点を極めます。
    吉村昭さんの小説は、対照的な二人を軸とするも、平賀源内や高山彦九郎といった関わりのあった同時代の人物にも多くの筆をさいていて、江戸時代末期の社会情勢を俯瞰して見つめています。それでも著書の視点は温かく、埋もれがちな前野良沢へとより多く向けられています。"どちらが正しい"と二者択一するのではなく、二人の対照的な生き方が、現代に生きる我々にも多くの示唆を与えてくれていると思います。

    …それにしても、"杉田玄白はほとんどオランダ語はできなかった"っていう事実は、知っておくべきかもしれないなぁ…。

    • kuma0504さん
      杉田玄白タイプ、前野良沢タイプの2つがあるとしたら、私は杉田玄白タイプだったというのが、1番の発見でした。
      杉田玄白タイプ、前野良沢タイプの2つがあるとしたら、私は杉田玄白タイプだったというのが、1番の発見でした。
      2023/10/24
    • 白いヤギと黒いヤギさん
      コメントありがとうございます。
      いつの時代にもこの二人のようなタイプはいるのでしょう。会社組織の行うプロジェクトでは、このようなタイプの人が...
      コメントありがとうございます。
      いつの時代にもこの二人のようなタイプはいるのでしょう。会社組織の行うプロジェクトでは、このようなタイプの人がうまくはまると成功するような感じがしますね。
      2023/10/24
  • 著者はこういう前例のないものに挑む人間ドラマが本当に好きなんだろうな。他作品もそうだが、地道に愚直に自身の求めるものを深く掘り下げていく様は危うさが感じられるものの、まっすぐで清々しさがある。玄白や源内との対比でよりキャラが立ち、良沢が孤高の存在として際立つ。署名を固辞した後の2人の生活、人生遍歴も興味深い。

  • ターヘルアナトミアを翻訳し、解体新書を出版した前野良沢の話。良沢と杉田玄白の対比が面白かった。お互い医家ではあるがオランダ語を翻訳することに人生を捧げた良沢とオランダ医術を布教することに専念した玄白。長女、妻、長男を亡くし茫然自失となった良沢、養子玄沢や大槻ら優秀な門徒に囲まれた玄白。最後まで研究者として意固地な良沢のまっすぐさが描かれていた。
    未知の文字を翻訳することの大変さ、それを成し遂げたのに名を売らなかった良沢の生真面目さがわかりやすかった。
    平賀源内の印象がすごい変わった。

  • 司馬遼太郎のファンで、似た毛色の作家を探し求めている人には吉村昭をお勧めします。そして、いま困難なプロジェクトに四苦八苦している人にこそ、この本をお勧めします。
     大河ドラマにするなら絶対この作品の方がよい!高山彦九郎・平賀源内というサブキャラも魅力的に関与していますし、なにしろ杉田玄白と前野良沢の人生と処世観の差が鮮やかに引き出されています。また、長崎・江戸・中津(大分)と取材箇所が各地に分散する点も魅力を感じます。
     ちなみに、蘭学事始で著名な「鼻はフルヘッヘンドである」云々のエピソードはこの本の中に出てきていません。その理由もあとがきで吉村昭自身が言及しており、資料に丹念に向き合って小説を書く作家であることをうかがわせ、極めて好印象です。
     私は初めてこの作家の著作を読みましたが、別の本も手にしたくなりました。吉村昭は戦時下の昭和日本も司馬遼太郎と違っていくつも取り上げてますしね

  • 1774年(安永3年)8月、 オランダの医学書の訳本「解体新書」が出来上がった。 しかし、この本には後に我々が常識のように知っている前野良沢の名前は無い。前野良沢が訳者に自らの名を出すのを拒否したからである。杉田玄白、中川淳庵、桂川甫周との共同作業の中で1番オランダ語に通じていたのは前野良沢だった。しかし彼は「未完訳稿ともいうべきものを出版すること自体が、私の意に反する」と云う。いや、不完全でも医学の進歩のために早く出版するべきだ、と云うのが杉田玄白の考えだった。つまり、2人はたまたま志を同じくして大事業を成したが、性格は正反対だったのである。

    吉村昭はあとがきで、「良沢も玄白も同時代人として生き、同じように長寿を全うしたが、その生き方は対照的であり、死の形も対照的である。そして、その両典型は、時代が移っても、私をふくめた人間たちの中に確実に生きている。」と書く。

    前野良沢は学究肌で一生名誉栄達とは関係無く貧しさの中で亡くなった(しかし不幸せだとは私には思えなかった) 。杉田玄白はプロデューサー的資質に富んでいて、人当たりも良く、医者として栄達を極め、金も儲け、人々に囲まれ亡くなった(しかし決して悪辣なことはしていない)。その2人の対比が面白かった。

    今回この本を読んだのは、50歳近くになって、オランダ語の学問に目覚め、つきすすんで 行ったという前野良沢になにかしら共感を覚えたからである。この本を読むと、めらめらとハングル学習欲が湧いて来た(^_^;)。

    また、人嫌いの前野良沢が何故か急進的な尊皇思想家・高山彦九郎と交流があり、それとは関係無く良沢は択捉(エトロフ)の地理書を翻訳している。完全にノンポリであるにも関わらず、その90年後の激動の思想的準備をしていたことに、何かの「歴史の必然」を、私は思うのである。

    その後、つくづく思うに自分は杉田玄白タイプだった。未完成でも、世に注意を喚起することの方を選ぶ。名誉や金銭欲はあまりないが、名を後世に残したい、世の中の為に成りたいという欲はある。

    前野良沢は、名誉や金銭欲とは全く無縁なので、ついつい自分と重ねあわせがちではあるが、完璧主義の姿勢はやはり私とは無縁だと思う。

  • 吉村昭さんのお蔭で、知らなかった、知っておくべき過去の有名無名の偉人の業績、人生を知ることができて本当に嬉しい。有難い。
    タイムスリップして、透明人間になって、その場にいたような気になれる文章が好き。
    ターヘルアナトミアを前に、絶望する前野良沢や杉田玄白の姿が見える。孤独、名声、期待、失望、怒り、悲しみ、喜び、安堵。
    彼らの生きた時代の空気を感じられた気がする。
    読めてよかった。

  • 「解体新書」の翻訳に力を尽くした前野良沢と杉田玄白の、対照的なそれぞれの生涯のお話。

    西洋の医学を学び広めたいという思いから共同で作業を進めた解体新書の翻訳。
    たとえ厳密な正確さを欠いても、意義あるものは世に出し、成果を社会に広げたいという玄白と、社会に出すからには、きちんと正確な情報として責任をもった成果物にしてからでなければならぬという良沢。

    その考え方の違いは、社交的な玄白と研究肌の良沢の性格とあいまって、生き方そのものの違いになります。

    どちらも、仕事に誠実に向き合っていることは同じ。二人を対比して描きながらも、光の当たらなかった良沢の生涯を軸に据え、地道にコツコツと生き、家族の重なる不幸などに見舞われながら不遇な最期を迎えた彼の生き様を丁寧になぞった著者の、敬意といたわりを感じる本でした。

    教科書にちらっと出てくる解体新書翻訳がいかに難事業だったのか、どれほど多くの人の思いが詰まっていたものだったのかにも、思いをはせるひとときでした。

  • 面白かった。解体新書の話だと聞いて、てっきり杉田玄白の話かとばかり。実際は前野良沢と2人が主人公の伝記物。サブな物語としては、杉田玄白には平賀源内。前野良沢には高山彦九郎。同時代に生きた人間たちの絡まりを描いているのもリアリティがあって良い。杉田玄白は平賀源内の墓に碑文を収めてるくらいの仲。

    2人の性格の違いがとてもよく描かれており、人生の勉強にもなりました。

  • 人間性のちがいがよくわかった。

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著者プロフィール

一九二七(昭和二)年、東京・日暮里生まれ。学習院大学中退。五八年、短篇集『青い骨』を自費出版。六六年、『星への旅』で太宰治賞を受賞、本格的な作家活動に入る。七三年『戦艦武蔵』『関東大震災』で菊池寛賞、七九年『ふぉん・しいほるとの娘』で吉川英治文学賞、八四年『破獄』で読売文学賞を受賞。二〇〇六(平成一八)年没。そのほかの作品に『高熱隧道』『桜田門外ノ変』『黒船』『私の文学漂流』などがある。

「2021年 『花火 吉村昭後期短篇集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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