陸奥爆沈 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101117072

感想・レビュー・書評

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  • 戦局が悪化をたどっていた昭和18年6月8日正午頃、広島県柱島泊地に停泊中の戦艦「陸奥」は突如大爆発を起こしその場に瞬く間に沈んだ。
    それから26年の歳月を経て、本書は陸奥爆沈の真相に興味を持った著者による執拗な探求の道筋を辿った渾身のドキュメンタリー小説であり、歴史の暗部に光をいれた記録文学の秀作である。
    最初著者の関心は低調である。しかし、陸奥爆沈の資料を捜索し続けている内に、著者は何かにとりつかれたようにすみずみにまで目配りを行い、活動的かつ執念を燃やして真相に迫る凄みが次第に露わになってきて、たんたんと描いているはずなのだが、読んでいるこちらもその迫力に圧倒されぐいぐいと引き込まれていった。
    「陸奥」完成までの経緯から始まり、爆沈後の周囲の動きや、査問委員会の行動、大規模な箝口策、三式弾のこと、そして、困難を極める潜水調査と、緊迫感ただよう状況を刻々と伝えながら、次第に著者の筆致にも熱がこもってくる。その中で査問委員会が持った大きな疑惑が放火説であることを知った著者は、今度は日本海軍の歴代の爆沈事件にまで視野を広げていく。そこにみる構成と視点は、まるで社会派推理小説を読んでいるようであり、著者の思考過程をトレースするかのように展開するその「報告」は、まるで一緒に事件を追っているかのように錯覚させるものであって、なかなか見事な手法であったと言える。
    冒頭で著者はいう。別に兵器である軍艦には興味はない。だが、戦艦武蔵にしても(陸奥もそうだが)、フネを作り上げ動かすために結集した人々に戦争と人間の奇怪な関係を見出し、それほどの知識、労力、資材を投入したにもかかわらず、兵器としての機能を発揮しないまま、多くの犠牲者とともに沈んだ構造物に戦争のはかなさを感じると。
    そうした著者の視点は事実をたんたんと積み重ねながら、軍艦そのものよりも、それを動かす人間とその背景、組織の中の泥臭い人間関係の狭間で弱さを露呈する人間そのものの行動を明らかにすることであり、そういう意味では本書は陸奥のみならず軍艦爆沈事件に関係した人々のヒューマン・ドキュメンタリーであったと言えるだろう。
    実は本書の内容は、中学生の頃に読んだ『海軍よもやま物語』シリーズ(光人社)の中で、今ならコピーライトに抵触するのではないかと思えるほど詳細に紹介されていたのでかなりの部分は知っていて、いまさら感もあったのだが、内容はともかくとして、その鬼気迫る事件真相究明へのアプローチには圧倒されとても面白かった。最近は当時の日本軍機や軍艦などが映画やラノベ、ゲームなどで取り上げられてまたブームになっているようだが、軽薄な物語やキャラに熱中するのも良いが、一過性のブームに踊らせるだけではなく、その背後の生きた「人間」や無機的な兵器の行く末にまで思いをいたして欲しいものである。

    • mkt99さん
      佐藤史緒さん、こんにちわ。
      コメントいただきありがとうございます!(^o^)/

      戦争を題材とした話の中で、何かを「守る」とか「~のた...
      佐藤史緒さん、こんにちわ。
      コメントいただきありがとうございます!(^o^)/

      戦争を題材とした話の中で、何かを「守る」とか「~のために」などと言っている時点で、それはファンタジーの世界だと思います。自分は読書を断念したクチですが、「0」の著者もこの物語の結論ありきで、何かを深く炙り出し描きたかったわけではないのではとも思います。しかし、未だ生々しさが残る「戦争」を物語に合わせお手軽に丸写しで背景にしたことで、読者がこの物語的叙述を正と考えこれ以上の思考を停めてしまうならば、それは危険なことだと言わざるをえません。玉石混交の情報の洪水の中で、まさに読者には情報リテラシーは必須スキルであり、今回の「0」についてもまずはその読書に対し何を求めていたのか見つめ直してみたら?と言いたいところですね。(というかファンタジーな物語を求めていたはずですよね・・・!?)
      その読書体験をきっかけに、さらに事実としての「戦争」や「歴史」について学ぼうと思ってもらえると幸いなのですが、この時点で「初めて知った」人たちがどの程度「深入り」するのかは、全くもって未知数です。自分も含めて戦後生まれの戦争を知らない世代が圧倒的になる中で、未だ混在する「記憶」と「歴史」は、より大きな「歴史」に統合され伝えていかなければならない時期であるはずなのですが、あのレビューだけ読んでいますとちょっと悲観的になりああだこうだと余計な話を書き過ぎてしまいました・・・。
      これに懲りずに(笑)またお立ち寄りください。m(_ _)m
      2014/04/20
    • だいさん
      mkt99さん
      こんにちは

      >「歴史」は政治のターゲットとして利用されやすいので、

      御意!

      戦争=プロパガンダ、とも思い...
      mkt99さん
      こんにちは

      >「歴史」は政治のターゲットとして利用されやすいので、

      御意!

      戦争=プロパガンダ、とも思います。
      2014/04/23
    • mkt99さん
      だいさん、こんにちわ。
      コメントいただきありがとうございます!(^o^)/

      戦争=プロパガンダ。
      まさにその通りですね!しかし、...
      だいさん、こんにちわ。
      コメントいただきありがとうございます!(^o^)/

      戦争=プロパガンダ。
      まさにその通りですね!しかし、それがわからないが故に、多くの人々はそれに嵌められていくのです・・・。
      嵌めようとしている意図を見抜く視点を磨く以外にありません。(^^)v
      2014/04/26
  • 詳細な調査により紡ぐ戦艦陸奥沈没の真相に迫る! まあ結局は真相には辿り着けないのだけれども、当時の構造的な問題を掘り下げる筆致は、そうなんじゃないか? と思わせる...。現代の人事施策にも当て嵌まる著者の提言のように思えてならない。

  • 昭和18年、岩国市柱島泊地で発生した戦艦「陸奥」の謎の大爆発。記録文学の第一人者が、昭和44年に残存する資料やインタビューを通じて、謎解明に挑む。地道な調査を通して見つけ出した事実とは?意表をつく展開で一気読み。これぞドキュメンタリーという傑作

  • 戦艦は鉄の塊だが、実は鉄の皮を被った人間の塊だと思い知る。日本海軍内部での窃盗などの腐敗の歴史にも驚く。いかなる組織でもトップや組織の形を外から見るのではなく、組織の末端の個々人まで見つめる必要があるとあらためて感じる。

  • 1979年(底本1970年)刊。◆戦中、海軍を驚愕させた戦艦陸奥爆沈事件。その要因分析は精緻を極めた。史料散逸・焼却?もあって、現在は闇の中の本事件に光を当てる本書。自然発火説(火薬、空戦用三式弾、徹甲弾など様々)、襲撃説(魚雷、潜水艦より特殊潜航艇の如き艦船。あるいは空爆)が消える中、人為説が浮上。というのも、日本海軍ではかかる放火・失火事件が散見される故(日本海海戦の戦艦「三笠」も。勿論、諸外国でも同様に存在)。◆この人為説の解読に光を当てるのは本書七以降。時間が無ければ、そこから読むだけでもよいか。
    戦後25年ですら、しかも、この程度の問題点ですら、終戦直後の史料散逸・焼失という事態もあって、真相にはたどり着けなかった。勿論、著者の努力を否定するつもりはなく、本書の価値を下げるものではないが、そもそも戦後70年を経た現在、もっと重要な問題点が闇の中のまま、判明することなく消えてしまった可能性に思いを致さずにはいられなかった。

  • 昭和18年6月、瀬戸内海の桂島泊地で謎の爆発で沈没した戦艦陸奥。なぜ事故が起きたかを丹念に検証する作品。

    最先端の技術を用い、国と国の争いで抑止力として重要な存在。浮かべる海城の戦艦。しかしながらそれを動かすのは人。帝国海軍の過去の歴史から同種の事故が頻発していることを筆者は知る。

    技術の極致、攻撃力の象徴の戦艦を支えたのは生身の人間。明治維新から敗戦まで、大日本帝国を支えた下級兵士たち。人々の意図を超えて暴走する機械。

    吉村昭ならではのカタストロフィ物を堪能できる作品でした。

  • 興味があるジャンルなので。

    帝国海軍が誇る戦艦、長門級二番艦「陸奥」。
    呉沖で大爆発を起こし、爆沈した。

    この事実は最高機密となる。
    また、爆沈の原因は何か?

    など、作者は最初全く書くつもりはなかった。
    誘われて訪れた柱島で慰霊碑を見て、何かを感じ、困難な調査を行って本書にまとめた。

  • 20230109

  • 吉村氏にしては珍しく、筆者目線で過去の出来事に迫り、調査の経緯が描かれている。

    日本軍の下の階級の者の中には、前科がある者もいたことを初めて知った。
    規律正しく思える軍隊にも、実は色々いて、人間臭い世界があったらしい。

  • 太平洋戦争開戦時、日本は12隻の戦艦を保有し、その大半は戦場で沈没しました。最大級の「大和級」に次ぐ「長門級」の2番艦「陸奥」は戦場以外で失われた数少ない戦艦で、「陸奥」は広島県柱島泊地(基地のこと)における爆発事故によって沈没しました。
    本書はその爆発事故の原因究明にあたった当時の海軍関係者への取材をもとに、「陸奥」以前にも同じような爆発事故で沈没した艦船のケースにも言及しています。
    日本海軍にとって、戦時中に国内基地で主力艦を失うというのは大変ショックな事件でした。発生当時、米軍(潜水艦や航空機)による攻撃、設計上のミス(漏電による火薬引火など)、人為的な問題(規律違反によるミスや、放火)などあらゆる可能性を検証しています。証拠を集めるために沈没した艦内へ過酷な条件下で潜水夫を何度も派遣したり、積載されていた火薬や砲弾の引火、爆発の実験も行われた様子が描かれています。そのような徹底的な調査の結果、最も可能性が高いとされたのが乗員による放火でした。
    規律のとれた組織である海軍の、しかも軍艦の艦内で放火などが可能なのかと著者も当初は疑問を抱きますが、「陸奥」以前にも6回もの類似の事故があり、そのほぼ全てが放火、あるいは失火であることが判明します。
    軍法会議の記録などを詳細にたどると、昇進が見送られて腹いせにやったケースや、日常の厳しい訓練で上官への恨みが募った挙句に行動に移したケース、艦内での金品の盗みが発覚するのを恐れ証拠隠滅を図ったケースなど、非常に人間臭い動機であることが明らかになっています。
    いかに強固な艦船を建造しても、それを運用するのは”人”ですから、職場(この場合は艦船)の人間関係や、メンタルヘルスを維持することの重要性を再認識させられるノンフィクションでした。

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著者プロフィール

一九二七(昭和二)年、東京・日暮里生まれ。学習院大学中退。五八年、短篇集『青い骨』を自費出版。六六年、『星への旅』で太宰治賞を受賞、本格的な作家活動に入る。七三年『戦艦武蔵』『関東大震災』で菊池寛賞、七九年『ふぉん・しいほるとの娘』で吉川英治文学賞、八四年『破獄』で読売文学賞を受賞。二〇〇六(平成一八)年没。そのほかの作品に『高熱隧道』『桜田門外ノ変』『黒船』『私の文学漂流』などがある。

「2021年 『花火 吉村昭後期短篇集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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