破獄 (新潮文庫)

著者 :
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  • Amazon.co.jp ・本 (448ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101117218

作品紹介・あらすじ

昭和11年青森刑務所脱獄。昭和17年秋田刑務所脱獄。昭和19年網走刑務所脱獄。昭和23年札幌刑務所脱獄。犯罪史上未曽有の4度の脱獄を実行した無期刑囚佐久間清太郎。その緻密な計画と大胆な行動力、超人的ともいえる手口を、戦中・戦後の混乱した時代背景に重ねて入念に追跡し、獄房で厳重な監視を受ける彼と、彼を閉じこめた男たちの息詰る闘いを描破した力編。読売文学賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • H29.1.27読了。

  • 昭和11〜22年の間に東北・北海道の刑務所から4度の脱獄を果たした無期刑囚の大胆かつ緻密な計画とその超人的手口に肉薄描写した一冊。

    著者は昭和54年、元警察関係の要職にあった人から脱獄を繰り返した一人の男の話を聞き、関心を寄せる。取材を重ね膨大な資料を渉猟。それらを元に肉付けし、ノンフィクション仕立ての物語にした筆力にただただ唸るばかり。

    この小説の特徴として『会話』が極めて少なく、主人公の無期刑囚と、いつまた脱獄するのではないか…という看守たちの怯えと不安が交錯する心理描写が淡々と描かれ、極寒の独房での過酷さ、看守の目を盗み、着々と脱獄の企てをしているであろう不気味さと緊迫感を生む相乗効果もある。

    主人公は難攻不落と言われた網走刑務所からも脱獄をしており、『アルカトラズからの脱出』よろしくやすやすと監獄の壁を破っていく。看守たちからは『容易ならざる特定不良囚』と呼ばれる。

    身体能力もさることながら、知力・判断力・洞察力に加え忍耐力を兼ね備え、ある看守は呟く。『その類稀なる智力と体力を他のことに向ければ何事かを成し遂げた男になったはず…』は、読者も総じて抱く思いのはず。

    本書は脱獄歴を縦軸に、戦前戦中戦後の刑務史について筆は及ぶ。戦時中の食糧難時でも一般人より栄養価の高いものを提供され、看守より体格がよかった。ただ都会にある刑務所は例外で、栄養が偏り受刑者の病死が相次ぐ。一方、野菜を自給できる網走刑務所は極寒地であるにもかかわらず死亡率が低かった。網走刑務所が『農園刑務所』と呼ばれる所以である。

    もっとも驚かされたのは戦時中の囚人たちの使役。刑務所外活動〈道路・港湾・飛行場建設等〉も頻繁に行われ、占領国に海外にまで派遣もされている。多くの男性は戦争に駆り出され、労働力が払底している最中だけに貴重な労働力であったことを物語る。

    戦後は国に代わりGHQが囚人の不当な扱い調査を
    執拗に行い、戦前までの旧弊の撤廃と民主化に向けて介入を行うも頓挫をしている。そう、本書は刑務所内も戦争に大きく揺さぶられていく経緯を克明に記している。

    著者は現実の事件や歴史上の事象をめぐり、一貫して文学的アプローチで追求をしていく。本書の場合は『脱獄』であるが、その『目的(プロジェクト)』完遂までの狂おしいほどの熱情と知恵を遺漏なく押さえ、壮大な物語へと仕立て上げ、読者は善悪・良否という二元論をどこかに捨て去り、脱獄を果たす度に思わず快哉を叫びそうな衝動にかりたてられるはず。

    〈無期刑囚と看守たちの息詰まる攻防記〉オススメ!


  • 表題の通り、戦前から戦後にかけ4度の脱獄に成功した佐久間(仮称)を話の中心に据え、刑務所内の人間関係を丁寧に描写しているが、国内情勢・司法環境の遷移を緻密な調査をもとに数十年のスケールで厚みのある肉付けがされている。ドキュメンタリーとして非の打ち所ない読み応えある作品である一方、とにかく読み易さが目に付いた。『漂流』も名作だが、本作はドラスティックな展開に読み疲れも少なく非常に楽しめた。

  • とても読み応えがある!戦争を挟んだ時期に無期懲役囚が網走刑務を含めて4回脱獄する話し。最後は年齢などから脱獄の気力が失われかけていたところ、刑務所長の温情を受けて、模範囚となり、仮釈放を受けるストーリー。読み応えがあるのは、脱獄方法それ自体というよりは、戦前は戦争に役立つものを作り、自家農園で自給自足し、被爆した刑務所は囚人が脱走し、人で不足から囚人に刑務官をさせて無秩序になったり、戦後はアメリカ軍の指導監督を受け囚人への暴力を理由に殴られるなどし、これを知った囚人がアメリカ軍に言いつけると脅して、便宜を受けるなどという時代背景と刑務所の関連、囚人には自給した食べ物を与える一方、刑務官は少ない配給で我慢し、脱走時に備えて囚人よりも薄着でいたことなど、公務員としての高潔さも描かれており、盛りだくさんの内容

  • 実在モデルの存在に驚愕。
    「もう疲れましたよ」と言わせ、仮釈放までを思う鈴江所長の人間性は唸りました。

    囚人も人間。
    あまり知ることのない、戦争時の食糧難での待遇や囚人が囚人を監視する特警隊制度など、勉強になりました。
    硬いけど事実が丁寧に伝わる作品でした。

  • 四度の脱獄を繰り返した白鳥由栄をモデルとした、戦前から戦後占領期にかけての行刑を背景とした小説。
    戦時中でも刑務所は六合の穀物が配給され、所員より食べてたというのは意外というか何というか。召集されるより刑務所の方がマシだったとか。

  • 吉村さんの本はこの作品が初めてで、この作品から吉村さんのファンになりました。時代風景が感じとれるか少し不安でしたが、自然に入って来ました。ストーリーはタイトル通りですが、吉村さんならでわの表現か飽きさせず臨場感たっぷりな作品でした。

  • 実話に基づく小説。生涯で4回の脱獄を成功させた佐久間。中には、かの網走刑務所も含まれる。特製手錠を解錠したり、3.2メートル上の天井窓を破って逃げるなど、どのような技を使ったのか、興味深い。
    戦争の経過に伴う日本の状況と刑務所事情の厳しさが背景にあり、囚人よりも看守の大変さに驚いた。看守、所長より何枚も上手の佐久間。そんな佐久間に破獄を断念させたのは、厳重に拘束するよりも人間らしく尊重して扱う事だった。
    これほどの知恵と忍耐力があれば、まともに生きれば、何でもでき、大成功しただろうに、勿体無い。
    でも破獄にしか用いられなかったからこそ、この物語を面白く、彼をさらに魅力的にしている。

  • 「昭和の脱獄王」と呼ばれた白鳥由栄(よしえ)がモデル。
    戦中・戦後の混乱した国内、刑務所の状況などが丹念な調査から描かれている。人の心理を巧みに操る男。彼を脱獄に向かわせる動機、環境、処遇、関係、能力...。作中に出てくる新聞の風刺記事は、時代を組織を扱き下ろす。
    ご都合主義が生まれる背景・状況について、最後にサラッと切り込むのは流石。

  • 吉村昭、最高。
    文体は固く、頁数が多く、ストーリーの起伏は少なく、終始淡々と綴られる語り口は一見退屈に思えてしまうが、なんのなんの夢中になってる自分がいる、、、というパターンを繰り返すこと、はや4回目(笑)。

    実話を下敷きにしている・・・しかも、トレースしてるレベルで、という点も大きいのだろう。


    さて、本編の感想。
    脱獄するか、させまいか、との攻防よりも、府中へ移管されてからの部分に特に心引かれた。

    むろん、作中にもあるように「疲れた」という佐久間の感想も大きな要因のひとつではあろうが、府中刑務所長の英断に心打たれた。

    彼は教育者の道を選んだとしても大きな仕事をなし得たのだろうと思った。

    ★4つ、9ポイント。
    20170705

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著者プロフィール

一九二七(昭和二)年、東京・日暮里生まれ。学習院大学中退。五八年、短篇集『青い骨』を自費出版。六六年、『星への旅』で太宰治賞を受賞、本格的な作家活動に入る。七三年『戦艦武蔵』『関東大震災』で菊池寛賞、七九年『ふぉん・しいほるとの娘』で吉川英治文学賞、八四年『破獄』で読売文学賞を受賞。二〇〇六(平成一八)年没。そのほかの作品に『高熱隧道』『桜田門外ノ変』『黒船』『私の文学漂流』などがある。

「2021年 『花火 吉村昭後期短篇集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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