脱出 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101117249

感想・レビュー・書評

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  • 終戦前後の脱出に関する短編5編。樺太から、沖縄から、サイパンからの脱出。架空の主人公だろうが、まるでノンフィクションのよう。

  • 戦争に関する記録文学。
    戦争という現代の我々からすると非日常なできごとについて、描き方が上手い。死体などの「死」との対面については、丁寧な描き方がされており、ぐいぐいと引き込まれてしまう。

  • 1970(昭和45)年から1982(昭和57)年に各々発表―初出は雑誌に掲載―されている5つの短篇が収められている一冊である。(1篇が1970年だが、残る4篇は1980年前後ということになる。)読み易いボリュームの各篇を順次読み進めると素早く読了に至る。が、自身の場合は1篇を読んだ後に直ぐ「次の篇は?」という感じになり、頁を繰る手が停められなかった。
    5つの篇は、何れも第2次大戦末期から終戦の少し後、1945(昭和20)年頃、場合によってその翌年辺りという時代を背景としている物語だ。
    表題作の『脱出』には“稚内町”―稚内が“町”から“市”となるのは1949(昭和24)年だった。―が登場する。樺太に戦禍が起こり、脱出をする人達という物語だ。
    『焔髪』は、奈良の東大寺三月堂の仏像を「疎開」させ、他所に運び出したモノをまた戻すようにしたという顛末の物語だ。
    『鯛の島』は、瀬戸内海の小さな島、作中に明記はしていないが、山口県と愛媛県との間の海域だと思われる場所で、鯛を釣る漁船で働いた少年を巡って色々と起こるという物語だ。
    『他人の城』は、沖縄県から各地へ船で疎開するということになって、船が米艦の攻撃を受けてしまい、生き残る少年が辿る経過という物語である。
    『珊瑚礁』は、サイパン島で砂糖黍農園を営んだ一家の少年が、戦禍が起こったサイパン島で辿る経過という物語だ。
    何れの作品も、表題作の題名の「脱出」がキーワードになるかもしれない。戦禍に巻き込まれた地域から離れる、他地域から離れて独自な慣行が行われていた地域を離れる、貴重なモノを戦禍の危険から離そうとするというような事柄が、各篇の肝ということになる。
    『焔髪』は東大寺の僧侶が視点人物となっている。他の『脱出』、『鯛の島』、『他人の城』、『珊瑚礁』の4篇は、何れも「地元の少年」が視点人物となっている。
    「地元の少年」が視点人物となっている各篇の中、『脱出』と『他人の城』とが強く記憶に残る。
    『脱出』は、戦争の経過の中で比較的影響が少ない様子が続いた「樺太」で、唐突に戦禍ということになり、沿岸部の村から小さな船で対岸の稚内へ向かうというような話し、そういう船を稚内の海岸で迎えようとする話しである。稚内や、樺太の一部については「現在」の感じが判る場所も作中に多く在り、吉村昭の重厚な筆致で描き出される情景が、何やら沁みた…
    『他人の城』は、米艦の攻撃で沈んだ疎開船が実は数の中ではそれ程の割合ではなかったらしい中、攻撃を受けてしまって必死で生きようとする主人公が在る。そして、沖縄から九州各地に入った人達の様々な苦労が在って、戦後に何ヶ月間かを経て沖縄に入ってみると戦禍で変わり果てた様子に出くわすこととなるのだ。
    作者の吉村昭は、1980年代位迄は「当時を知る、または知り得る人達」の話しを聴く取材を積極的に展開し、戦時中や終戦直後位の時期に関連する作品を多く発表していたという。本書の各篇も、そうした系譜の作品だと思う。
    最近、人の生命を擦り減らすような戦禍というようなモノに心を傷める場面も在るが、過去からそれは何度も繰り返されている。その過去の戦禍の周辺で、時代を目撃した少年の目線で語られるような本書の各篇は「今、読むべき!」というように感じた。そして『焔髪』は、千年も大切にされたような、敬うべきとされる大切なモノが翻弄される様を見詰める僧侶の目線を通じて、戦禍の無情さを静かに訴えているように思った。実は作中に在る東大寺三月堂、その仏像の一部を収めた東大寺ミュージアムを訪ねた経過も在るので、作中に在るモノが少し判る。それで中身が何か迫って来た。
    このところは「好い本」または「佳い本」に多く出くわしていると思う。そういうことに感謝せねばなるまい。因みに…本書に関しては、実は「稚内市立図書館の司書の御薦め」ということにもなっている。「(稚内の)御当地モノ」という要素も在る…

  • 戦中,戦後の混乱期における脱出に関する5つの短編.
    「脱出」は終戦直後の樺太からの脱出,
    「焔髪」は東大寺の仏像の疎開,
    「鯛の島」は瀬戸内の島で長年行なわれていた漁船での丁稚奉公制度がGHQが持ち込んだ民主主義に翻弄される話,
    「他人の城」は沖縄からの疎開民を満載した対馬丸が撃沈されたことによって起こる悲劇,
    「珊瑚礁」はサイパン陥落と島民の逃避行.

  • 吉村昭の3冊目。

    硬質な文章であると思うのだけれど、自然の描写が美しく……、その美しさ故に、描かれている時代の悲惨が、より際立ってくる・・・。

    「鯛の島」
    ・・・なんともやるせない。敗色濃厚な戦況が国民には隠されていたということ自体は、歴史に疎い自分にも周知の知識ではあったけれど、その隠蔽のためにあんなことが・・・。

    「他人の城」
    ・・・巻末解説文で「神の名によって許されさえする」と描かれた、極限状態での選択……。
    生き残った後に心を保てるのかどうか?
    ・・・自分だったら?・・・
    平成日本に生きる我々には、想像すらできないな。

    「珊瑚礁」
    ・・・その“地獄”を生き延びた人達が実在したのだよね。
    ・・・その彼ら、彼女らが、高度経済成長に浮かれる日本を、どんな気持ちで生きたのだろうか。そして、平成日本をどう見るだろうか。

    ★4つ、8ポイント。
    2016.12.27.古。


    ※子供の頃、夏になると「火垂の墓」などを授業で見せられた記憶が。金曜ロードショー等でも、夏になるとよく流れていたかと。たしか中学生くらいの頃だったかと…。

    中学生に「火垂の墓」も、、、まあいいけど、、、、

    本書を、高校生の必読図書指定してもよかろうかと思った。

  • 第二次世界大戦、終戦ごろを舞台にした、民間人の生と死を描いている。

    小説だけれど、この5つの短篇に描かれていることは、本当にあったかもしれない。
    あるいは、筆者が人から見聞きした、または筆者自ら実際に
    見聞きし、肌で感じたことが大いにあるだろう。


    特に「玉音放送」の前と後の人々の感情のありようは、戦争を知らない世代にとって、知らないことばかりだった。


    個人的には、沖縄が舞台の「他人の城」、サイパンが舞台の「珊瑚礁」が胸に刺さる。

  • 第二次大戦において民間人の生と死の修羅場を描いた5つの短編。屍体を物としか感じず、他人のことをお構いなく般若となる。取材による事実なのだろう。後世に残すべき小説。2016.1.31

  • 戦争を終えるとは難しいこと。終わったとしても本当に終わることは難しい。遠い島国や北海道にいた人々の苦難を日本人として知るべきだと思った。

  • 戦争に翻弄される一般人の物語5篇。
    相変わらず実話なのか作り話なのかはっきりしない生生しさがよい。なかでも、無人島モノ漂流モノが好きな自分にとっては『他人の城』が最高にしびれた。

  • 我ながら渋いチョイス。渋過ぎる。
     戦時モノだけど、舞台は戦場でなくていわゆる銃後。そして東京やら京都やらの中心地ではなく、樺太や沖縄といった辺境の地。おそらくここに書かれていることは完全なフィクションてはなく、限りなく事実に近いんだろう。同じ戦時中でも場所によって全然扱いや状況も違ったと思われ。
    しかしホント、ヒトの命や人権が大切にされるようになったのって、ごくごく最近なんだよね。

    気になったのは、戦時中の囚人の扱い。戦争に行かずに済み、食糧難の内地で食事を保証される。それでも「じゃあ悪事を働いて服役しちゃれ」なんて輩がいないのは、誇り高き大和魂が健在の時代だった証…と夫君に指摘され、ハッとした次第。菊と刀ですな。

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著者プロフィール

一九二七(昭和二)年、東京・日暮里生まれ。学習院大学中退。五八年、短篇集『青い骨』を自費出版。六六年、『星への旅』で太宰治賞を受賞、本格的な作家活動に入る。七三年『戦艦武蔵』『関東大震災』で菊池寛賞、七九年『ふぉん・しいほるとの娘』で吉川英治文学賞、八四年『破獄』で読売文学賞を受賞。二〇〇六(平成一八)年没。そのほかの作品に『高熱隧道』『桜田門外ノ変』『黒船』『私の文学漂流』などがある。

「2021年 『花火 吉村昭後期短篇集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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