長英逃亡(下) (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (480ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101117263

作品紹介・あらすじ

放火・脱獄という前代未聞の大罪を犯した高野長英に、幕府は全国に人相書と手配書をくまなく送り大捜査網をしく。その中を門人や牢内で面倒をみた侠客らに助けられ、長英は陸奥水沢に住む母との再会を果たす。その後、念願であった兵書の翻訳をしながら、米沢・伊予字和島・広島・名古屋と転々とし、硝石精で顔を焼いて江戸に潜伏中を逮捕されるまで、6年4か月を緊迫の筆に描く大作。

感想・レビュー・書評

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  • いやはやこれは力作でした。人間長英の逃亡劇。史実に忠実に、硬質なタッチで描く。
    わたしも一緒に逃亡している気分になった。

    彼を獄に投じた目付鳥居耀蔵が、彼の脱獄後失脚したことを知ったときの身もだえするような後悔。
    「長英は、自分が早まったことを強く悔いた。わずか2ヶ月余の差が、運命を大きく狂わせたことを知った。」(p.268)
    「悔いても悔いきれぬことであった。2ヶ月余牢にとどまってさえいれば追われる身にならずにすんだと思うと、胸の中が焼けただれる思いであった。」(p.269)
    「過ぎ去ったことを悔いても仕方がない、と自分に言いきかせた。運命というものは人智でははかり知れぬもので、自分が負わされたかぎりそれを素直にうけとめ、新しい活路を見出すべきなのだ、と思った。」(p.270)

    こんなふうに、とても人間らしい面が描かれる。

    赤松氏の解説が的確で素晴らしい。「自身の語学力、医師としての技量、西洋事情に関する学識などに絶大な自負をもつ長英は、ややもすれば倣岸不遜な振る舞いがあったらしい。しかし脱獄後、追われる身の罪人をどこまでも救援してくれる人びとの親切に接して、謙虚に反省する姿や、……」」。
    そう、これがまたとても人間らしいと思った。

    長い長い逃亡劇の果てに、手に汗握るようなクライマックスが待っているという構成。
    江戸に戻り、顔を焼いて町医者として生計を立てるも最後は捕らわれの身に。十手で半殺し状態にされ、護送される途中で息絶える……。
    じつに、時代に早すぎた者の悲運…日本には、鎖国を批判してこんな目にあった人がいた。胸を打たれる。

  • 高野長英という名は知っていたが、こんなにも過酷な人生だったなんて知らなかった、吉村昭さんの語る長栄にグイグイ引き込まれて、地図を見ながら自身も逃亡している気分で読み込みました。

  • 壮絶な終わり方だった。伊達宗城、島津斉彬など幕末の有名人が登場して、時代は一気に動いていく。せっかく開けたと思った長英の運命が、生活費のために落ちていってしまったのが悲哀である。

  • 非業の死を遂げたのは嘉永三年。幕末志士の活動が活発化するのはその先。ペリーもまだ来航していない。それなりに法の秩序が保たれていたのだろう。もう少し混沌としていれば、、維新を生きていれば・・歴史のifを禁句とするのは学問の世界。空想に浸るのは自由。想像の補完がなければ、小説すらも成り立たない。薩摩、宇和島の雄藩に期待された能力。幕末・維新、列強に対抗するのにどれほど力になっただろう。生き残れなかった。そして日本が植民地化されることもなかった。それが歴史の事実。兵書の翻訳は読み継がれた。逃亡生活を生きた証として。

  • 長すぎる。

  • 非常に面白く、細部まで圧倒される力が注がれた作品だった。
    根を込めて読んだ事もあり、長英の目線でoneショットカメラ的に彼の人間的なものを共有して行った想い。

    当所は「インテリ特有の不遜傲岸」さが有れども、長い逃避行の裡に、下賤問わず(たいていは裕福な医師や商人だったが)人に触れて、温もりへの謝意に溢れて行った日々。それでも晩年では「世話になり続けたことへの卑屈な感情の高まり」は押し殺せず、拗ねた思いになったことも有ったろう。

    驚のは毎度の事、筆者の考え・・どこまで資料が有ったのか!
    例えば、捕縛のきっかけとなった男・・良く「身内に気をつけろ」というものの、アリ得る設定。
    一番納得がいくのは向学心、栄誉、自尊心からくる「蘭学の和訳」を増やしていったこと。実るほど首を垂れるじゃないが、「実らせないように」コウベは垂れ続けないと。

    明治の夜明けまであと13年という散り方。とは言え、3人の子持ちでは生活が辛すぎる。

  • いやが上にも、緊迫感の増した下巻。
    家族のために、逃亡を続ける高野長英。
    長英を逃亡させた、汚名を回復するために必死な幕府。
    遂に、決着が見られる。
    過酷な逃亡を、克明に記した大力作。

  • 上巻に引き続き高野長英の逃避行。発覚した場合自分の家が没落するという大きな危険を孕みながらもこれだけの人々にゆく先々で助けられる姿や、薩摩藩・宇和島藩等までも協力する様子を見て高野長英という男が只者ではないことを再認識させられた。先見の明があり、学のあるものはどの時代も国からは恐れられる存在である。長英も例外なくその1人であるが、この人物が果たして明治維新後も生きていたとしたら日本にどのような影響を与えただろうか、そんなことを考えるととても惜しいことをしたような思いになる。
    歴史の教科書では決して語られない詳細の記述により、まるで自分も共に逃避行しているかのようなスリリングな描写に読む手がとまらなかった。

  • 各所への逃亡を経て、江戸へ身を隠した長英は、自らの顔を焼き、ひとりの町医者として暮らすことを選ぶ。しかし逃げ続けることはついにできず、彼の家へ捕吏が踏み込み、殴殺されてしまうまでを描き切る下巻。
    様々な史料、伝説を勘案し、取捨選択することで生まれている説得力と、抑制的な筆致によって、全編に緊張感が漲っている。読み終えた後は、充実感とともに、空を見つめるしかないような大きな虚脱感も覚える。

  • 綿密な調査で史実に基づいた作品。生涯のうちの僅か6年の短い期間の逃亡生活をスリルに満ちた長編に仕立てた。長英の強い意志はもとより、周囲の人が命懸けで支援する。友人はありがたい存在だ。追われる身で妻子と過ごせたのは信じ難いが、娘が吉原に売られる話は真実味があって暗澹たる気持ちになった。2019.1.22

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著者プロフィール

一九二七(昭和二)年、東京・日暮里生まれ。学習院大学中退。五八年、短篇集『青い骨』を自費出版。六六年、『星への旅』で太宰治賞を受賞、本格的な作家活動に入る。七三年『戦艦武蔵』『関東大震災』で菊池寛賞、七九年『ふぉん・しいほるとの娘』で吉川英治文学賞、八四年『破獄』で読売文学賞を受賞。二〇〇六(平成一八)年没。そのほかの作品に『高熱隧道』『桜田門外ノ変』『黒船』『私の文学漂流』などがある。

「2021年 『花火 吉村昭後期短篇集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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