仮釈放 (新潮文庫)

  • 新潮社 (1991年11月28日発売)
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  • 本 ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101117294

感想・レビュー・書評

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  •  殺人を犯し無期刑をいい渡された元高校教師が、服役成績が優秀であるとして仮釈放されるものの社会に溶け込めず、戸惑いと苦しみを抱えながら生きていく姿を描く。この小説はネタバレ厳禁だと思うので詳しく書きませんが、最後の数ページは驚くような苦い展開でした。小さなメダカの命を大事にする男が、どうしてこんなことになってしまうのだろうか。

     小説家というものは想像力が豊かで、なかには頭の中だけで組み立てたことを自由に書いていける人がいるのかもしれません。しかし、想像力だけで書かれた小説はどうしても薄っぺらなものになるような気がします。それに比べて吉村昭の作品は、どれもどっしりとしていて堅牢です。この小説も、淡々と書かれているようでいて実に密度が高く重いです。それは、この作品がフィクションであるとはいえ、取材を通じて得た事実によるしっかりとした裏づけがあるからでしょう。

     吉村昭はまるで自らの経験を記すように、細部にこだわってとてもリアルな描写をしていきます。殺人を犯すときに目の前が朱色に染まるといった描写、独房にまぎれこんだ蠅と囚人との気持ちのやりとり、保護司はどのように犯罪者と接するのか、仮釈放の身にある者が周囲の人たちに対して抱く気持ちなど、どうして作者は犯罪者のことがこんなにもよく分かるのだろうかと驚かされます。まるで物語の中に取り込まれてしまうような、文字によるヴァーチャル・リアリティを体験させてもらいました。

  • 最初から最後まで、なんとも言えない鬱々とした気分で、読み進みました。どうなるんだろう、どうなるんだろうとドキドキします。仮釈放された主人公の不安がヒシヒシと伝わってきます。私自身、主人公とは少し違いますが若い頃、夜逃げの経験があり、世間の目を気にしながら生きていた時期があり胸が痛みました。人間の心の奥に潜んでいる感情、説明することが困難な部分を考えさせてくれる作品です。

  • ・あらすじ
    浮気した妻を刺殺し、間男を死傷させ、男の実家に放火しその母親を焼死させた罪で無期懲役の判決を受け服役中の菊谷史郎。
    25年後に仮釈放され、保護司の指導や援助のもと就職をし、貧しいながらも自立して生活できるようになっていた。
    傍目には更生したように見える菊谷だが、25年間の服役生活を送っても心中では未だ己の行為に対して後悔の念は持っていなかった。
    そんな男の逃げきれない運命の話。

    ・感想
    えっ……つらっ。
    読んで2日ほど経ってるけどまだちょっと引きずってるし、表紙見るだけで陰鬱になる。

    吉村先生の作品はこれで6作目なんだけど、今まで読んだ本の中で1番精神を抉られた。
    ずーーーっと陰鬱な雰囲気なんだけど、順調にいきだしたかな、と思った矢先にとても雲行きが怪しいぞ??あれ?あれ??やめて…ってなってラストはため息が漏れた。

    序盤は出所後の変貌した外界への戸惑いや不安感、焦燥感などが描写されて重苦しく、そんな中過去のフラッシュバックが起こるたびに妻を殺害した事を当然の報いだと確信してる菊谷の心情のゆらぎに読者であるこっちも翻弄されたり…。

    もちろん菊谷が起こした事は犯罪で庇う気にはなれない。けど情状酌量の余地はあった、とも思う。
    彼は悪人とか善人とかじゃなくて、文中に出てくる同僚の「幼稚なほど真面目」な人間という評価が適切だと思う。
    内向的だし、限られた人間関係の中で刺激の少ない人生をおくることが性に合ってた性質の人間なんだろう。

    後半の展開なんてすべてが空回りした結果。
    他人からしてみたら善行でも、受け取る側からしたら余計なお節介というか的外れというか…。
    他人が本当はどう思ってるかなんてわからないし、「こうしてあげたい」という思いやりだって本人のためにならない事なんて往々にしてあること。
    しかも選んだ相手が無神経だったのが最悪だった。
    読んでるこっちも女の無神経さにイライラしてしまった。
    それは本作が菊谷の一人称で書かれて感情移入しやすい状況だったという事もあるけれど、あれだけ無理解で図々しく、無神経な人間に自分の都合の良いように土足で踏みじにられたら反感も持つよ…。

    「これが自分のさだめであり、どうすることもできないのだ」
    「自分ひとりの世界に身を潜めることができたが、所外の社会にはあまりにも多くの人がいてわずらわしく、自分には不向きであったのだ」

    これが本作の全てなんだろうな、と思う。
    他にも「更生とはどういうことなのか」「人間が何十年と社会から隔離されるとはどういう事なのか」なども考えさせられる。

    そして最後の「改悛の情などおれにはない。憤りの気持ちしか持たないのになにをどのようにして謝れば良いのか」という菊谷の心の叫びにも「幼稚な真面目さ」がでてるな、と思った。
    自分の利になるように、謝罪の気持ちなんか持ってなくても外観上謝罪したように見せる強かさというか、ずる賢さを持ってたら多分こんな事にはなってないんだろうね。

    彼が殺人を犯す際には「憤りも憎悪もなく、感情というものが欠落していた」と描写されていて、それは自身の容量以上の刺激を受け止めきれずキャパオーバーして思考停止してるって事なんだとは思うけど、それで放心して呆然とするのではなく「相手を排除しよう」と無意識に行動する加害性を自覚できないからこそ菊谷は「どうすることもできない」んだと思った。
    解説でも「彼の体は意思とは無関係に動く」と書かれてあるけど、私はやっぱり(少なくとも妻に関しては)殺そうという意思を持って殺したんだと思う。
    だから彼は決して改悛しない。

  • 吉村昭の作品には、グッと力を入れて読ませるような迫力がある。
    その中で仮釈放は、心のほぐれていく感覚がありながらも、最後はやはりグッと力を入れざるを得ない展開に。
    絶望感というか、焦燥感が残る作品。

  • 吉村昭による立派な仮釈放された人物かいる。
    ノンフィクションが多い吉村昭にしては珍しいフィクションだが、ノンフィクションのように仮釈放と言うなかで生きる菊谷がいる。
    無期懲役から仮釈放され、長期刑が染み付いた人の考え方心情、変わり行く時代はとてもリアル。
    菊谷が慎ましく生きささやかな幸せわ感じて行くステップの一つにまた悲劇があり、上手くいかないもどかしさを感じた作品。

  • 主人公のわかりそうでわからない人物像がすごい。
    殺人を犯し無期刑にもなったが、罪を悔いておらず、そのことを周囲に気づかれてもいない。主人公は生真面目な性格で、何も駆け引きを打たないが、それ故に垣間見える恐ろしさがある。
    怒涛の畳み掛けとなるラストは、誰の状況も一瞬で変わり得ることを感じさせられた。

  • 己の犯した罪に悔いは無いと思っている男。
    その男が、仮釈放で世に出てきたらどうなるのか。
    暖かい目で迎えられながらも、心の底では冷めた己がいる。
    男は、何を悔い、どう改悛すればいいのか分からないまま時だけが過ぎていく。
    己の犯した罪の大きさと己の心情の狭間で揺れ動くさまを吉村昭の大胆で繊細な筆致で重厚に描いていく。
    これは、間違いなく大名作である。

  • 「冷い夏、熱い夏」の次に読んじゃいけなかった…

    壮絶の一言。
    本当にノンフィクションなのかと思いつつ読んだ。一部のすきもなく、流れるように落ちていく。

    罪と罰、なんて、日本人の感覚にあるのだろうか。
    神に対する罪と罰であり、日本人にあるのは恥の感覚で、そう思うと更生ってなんだろうと思ってしまう。

  •  吉村 昭 は三冊目、実に重い内容である。著書も多いのでこれからも読み続けよう。作者が取り上げる主題がアンダーグランド的なものであって、一般社会とあまり接点がない隠された事実をを取材し、実像に肉迫する。この本に出会わなければ生涯知らないであろう内容が書かれている。本を読んで感じ入ることのできる数少ない作家だと思う。

  • 思ったより面白かった。
    前半は心理描写もそこそこにさくさく話が進んでいくので、薄っぺらくない??と思っていたが、具体的に自身の犯行を振り返るシーンが出てきてからは深みが出てきて面白かった。
    やはり、自分の犯した罪を心から悔いて反省するというのは、人間にとって難しいことなのだと思う。
    なのに主人公は抑制的で振る舞いも模範的だから、周りは(判決も!)「こいつはちゃんと反省している」と思いこんでいるのが興味深い。
    そしてそのすれ違いが悲劇を招くというのは、「罪を償う」ことをめぐる本質をついているような気がする。

    人を殺したときが逆上ではなく、逆に「感情というものがすべて欠落していた」「得体の知れぬなにかに操られているように、意志というものは全く存在していなかった」状態なのは、とても興味深い。
    同時に、犯行時は「目の前が朱の色だった」というのはどういう感覚なのか、全然ぴんとはこないが変に論理立っているよりかえって説得力がある。
    なんとなく、この主人公の場合は根底に女性蔑視があるように感じる。

    保護観察中の人がどのように保護司と関わり合いながら社会で暮らしていくのかについても理解が深まった。
    保護司、これだけの仕事を無償でやっているの改めて凄すぎる。どう考えてもきちんと対価が支払われるべき…。

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著者プロフィール

一九二七(昭和二)年、東京・日暮里生まれ。学習院大学中退。五八年、短篇集『青い骨』を自費出版。六六年、『星への旅』で太宰治賞を受賞、本格的な作家活動に入る。七三年『戦艦武蔵』『関東大震災』で菊池寛賞、七九年『ふぉん・しいほるとの娘』で吉川英治文学賞、八四年『破獄』で読売文学賞を受賞。二〇〇六(平成一八)年没。そのほかの作品に『高熱隧道』『桜田門外ノ変』『黒船』『私の文学漂流』などがある。

「2021年 『花火 吉村昭後期短篇集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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