生麦事件(上) (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.74
  • (18)
  • (26)
  • (35)
  • (2)
  • (0)
本棚登録 : 355
感想 : 26
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101117423

作品紹介・あらすじ

文久2(1862)年9月14日、横浜郊外の生麦村でその事件は起こった。薩摩藩主島津久光の大名行列に騎馬のイギリス人四人が遭遇し、このうち一名を薩摩藩士が斬殺したのである。イギリス、幕府、薩摩藩三者の思惑が複雑に絡む賠償交渉は難航を窮めた-。幕末に起きた前代未聞の事件を軸に、明治維新に至る激動の六年を、追随を許さぬ圧倒的なダイナミズムで描いた歴史小説の最高峰。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 生麦事件が起こった,としか日本史では習わないが,この事件こそが近代日本になるべく薩摩藩を押し進めた最大の要因とも言える一大事であり,あまりに面白く,手に汗握る展開で2冊を一気に読み終えてしまう.

  • 「法に従ったとはいえ、殺すのはよくない」「事に付け込んで列強が攻めにくる」。倫理面、政治面から薩摩側を責めたくなりがちだ。当の藩も嘘の言い訳をし、暗に非を認めている。ただ、当時の国際世論はあながち一方的でもない。NYタイムズは被害者側の無礼さこそを断罪している。攘夷は無謀だ。しかし、その後の歴史が証すように抵抗することで独立が保てた。生麦事件、下関戦争。どんな争いにも多面性がある。幕府、薩摩、長州、列強。今のところでどこにも肩入れして読んでいない。後編、薩英戦争。新たな視点が得られることを期待する。

  • 神奈川県を舞台とした小説の一つとして。
    タイトルの通り、幕末の大きな事件の一つである「生麦事件」を扱った歴史小説です。
    作者の吉村昭は『羆嵐』などで有名ですが、史実に基づいた精緻な描写がこの作品でも展開されています。

    幕府や薩摩藩の対応を批判するのでもなく、かといって賛美するのでもなく、冷静な視点から描かれており、戦闘描写・外交交渉の様子などもとてもリアルに感じます。
    特に、事件についての久光の主張「生麦村の事件については、家臣が外国人に斬りつけたのはやむを得ぬことと久光はその行為を是認していた。大名行列は、班の威信をしめすもので、藩士たちは身なりを整え、定められた順序に従って整然とした列を組んで進む。それは儀式に似たもので、その行列を乱したものは打果たしてもよいという公法がある。日本に居住する外国人たちは、日本で生活するかぎり、その公法を十分に知っているべきであるが、殺傷された外国人たちは下馬することもなく、馬を行列の中に踏み込ませるという非礼を働いた。それは断じて許されるべきではなく、斬りつけたことは当然といえる。▼しかし、国情のちがいからニール(英国代理公使)が憤激し、強硬な態度で激しい抗議をしているのも無理はなく…」もわかりやすくまとめられていましたし、生麦での事件そのものの描写も、殺傷された外国人の前には「礼儀」を守った外国人がいたことなども描かれているほか、「無礼」な4人の外国人たちにも悪意が無かった(意図的に行列を軽視して列を乱したわけではなかった)ことなども描かれていて、興味深く読むことができました。

    一方で、やや、長州藩に対しては少し批判的な印象も受けました。

    事件勃発から。薩英戦争前夜までが上巻では描かれています。
    【下巻に続く】

  •  今年は生麦事件から150年の節目にあたる。生麦村は東海道の川崎宿から神奈川宿の間にあり、人馬の交通量の多い場所だった。江戸と横浜の往来には必ず通る。当然西国からの大名行列は普く生麦を通過する。
     事件は薩摩藩の島津久光が江戸から薩摩へ戻る道中で起こった。横浜の居留地から川崎大師へ馬で遠乗りに出かけたイギリス人4人が大名行列に出くわしたが、街道が狭かったため行列を避けることができず、列の前面に押し出されてしまった。それに対して護衛の武士数人がが斬りかかり、一人がその傷がもとで絶命してしまった。
     これを知ったイギリス公使は激怒し、横浜に駐留する諸外国の軍事力を背景に、幕府と薩摩藩に下手人の斬首と賠償金を求めた。幕府はそれに応じたが、薩摩藩は勅命で京に急がねばならぬと早々に逃げ、要求を事実上拒否した。
     これにより日本は、隣国の清のように諸外国との戦争に突入する可能性が大きくなり、存亡の危機に瀕した。

     なんとなく攘夷の騒乱のひとつだろうくらいに思っていた生麦事件が、実は日本の行く末を揺るがす一大事だったことがこの本を読んでよく分かった。早く下手人を引き渡して謝罪すれば、賠償金も多少は値切ってくれただろうに、それをしない薩摩はなんて傲慢なんだ、と当初は思った。でも読み進めていくうちに、薩摩は薩摩なりに、そんな卑屈な態度をとらなくても切り抜けられるとの目算があったことがわかる。
     
     薩摩は以前から藩財政の再建に着手しており、琉球との貿易(不平等貿易)と、奄美の糖きびの専売により、利益を上げていた。それを軍事の増強と西洋式の兵法改革に注いでいたため、攘夷にそれなりの自信を持っていたのだ。
     しかし実際に薩摩の地でイギリスと戦うことで、彼我の戦力の差に歴然とする。そもそも威嚇をする程度に考えていたイギリスは、悪天候もあり、まずは引き揚げた。
     戦争はひとまずは引き分けとなった。しかし本腰を入れてイギリスが攻めてきたらひとたまりもないことがわかった薩摩は攘夷を捨てた。

     薩摩が攘夷を捨てたこと。これが明治維新への大きなターニングポイントとなる。

     始めから終りまで抑制が効き、緊張に満ちた描写で、事件の全容が次第に明らかになる。幕府や薩摩の武士の立場だけでなく、街道沿いの庶民の目線や居留地の外国人の目線からも詳細に描かれており、まるで自分が当事者かと錯覚するくらい引き込まれた。吉村昭はすごい。
     

  • やっぱり薩摩藩って凄いな。

  • かなり早い段階で事件が起こって、これからどうするん?と思ったけど、その後のほうが大事なのね………。攘夷と外国協調路線、薩摩藩、幕府、朝廷それぞれの思惑とパワーバランス。激動期をダイナミックに描く。

  • 20220330

  • 会話がない、登場人物が膨大。
    出来事をたんたんと叙述する手法に圧倒されて読んだ。

  •  幕末の薩摩藩によるイギリス人殺傷事件について、事件が起こった後の薩英戦争や長州と4カ国連合艦隊との戦争など、時代背景や列強との交渉における両国の話し合いの詳細について淡々と説明する。著者の小説の特色だろうが、主人公などの設定は基本的には無く、ただ淡々と説明する感じであり、司馬や宮城谷小説を愛読する方には物足りないだろう。ただ、生麦事件という、それだけを扱った著書はあまりないため、それについては、その詳細を知るには役立つ。

     さて、その生麦村の事件については、薩摩藩の家臣が外国人に斬りつけたのは島津久光はやむを得ぬことと、その行為を是認していたし、外国人であり、幕末から明治維新までをつぶさに見てきたアーネスト・サトウも、斬られたイギリス人について、その振る舞いや、薩摩藩の事前の注意喚起など総合的に見て、斬られても仕方ないこととイギリス側の非を認めていた節がある。大名行列は、藩の威信を示すものであり、藩士達は身なりを整え、定められた序列に従って生前とした列を組んで進む。それは儀式に似たもので、その行列を乱したものは討ち果たしてもよいという公法がある。日本に居住する外国人たちは、日本で生活する限り、その公法を十分に知っているべきであるが、殺傷された外国人たちは、下馬することもなく、馬を行列の中に踏み込ませるという非礼をはたらいた。それは断じて許されるものではなく、斬りつけたことは当然といえる。しかし、国情の違いから、イギリス公使ニールが憤激し、強硬な態度で激しい抗議をし、武力行使にでるといきりたつのも、これまた無理からぬことだったのかもしれない。

     そして薩英戦争に至るのだが、戦争に至るのはやはり当初は、日本でも先進的な薩摩藩といえども攘夷論が藩を支配しており、少しでも批判めいた言葉をもらそうものなら、激しく面罵され、ことと次第では、命までとられかねない実情であった。しかし、薩摩がすごいのはそれからだ。イギリスとの戦争を経験し、勝敗は五分五分、というよりは、イギリス側が、薩摩がそんなに準備万端で、良く統制も取れているとは知らずに、準備不足のまま、恫喝すればいちころよ、と簡単な気持ちで挑んだことが、五分五分より薩摩側の勝利であったような戦いだった。しかし、戦争に従事した藩士達は、イギリス艦隊の想像を絶した戦闘力に茫然自失という有様だった。自由自在に素早く行動する各艦から発射される椎の実型の砲弾は、驚くほどの距離まで飛び、命中精度は高く、破壊力もすさまじい。藩の所有する兵器とイギリス艦隊の装備とは、比較にするのも愚かしいほど大きな隔たりがあり、欧米諸国の武器の著しい進歩に日本がはるかに取り残されていると感じ、すぐさま方向転換、攘夷から開国へと思想転換したところがすごいのだ。非常に柔軟なものの考えであったし、これは、長州も同じであった。

     そして、イギリス側と和議を結び、外国の軍艦や武器の調達を急激に進め、倒幕へと進んでいくのである。


     でも、やはり誰かを主人公にして、会話を取り入れながら話が進む歴史小説の方が私は好みなので、★2つ。買って、読み進めた後で、しまった、この人だった、と思ってしまったが、冒頭に書いたように、珍しい題材だったので最後までよんだ。

    全2巻

  • レビューは下巻にて。

全26件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

一九二七(昭和二)年、東京・日暮里生まれ。学習院大学中退。五八年、短篇集『青い骨』を自費出版。六六年、『星への旅』で太宰治賞を受賞、本格的な作家活動に入る。七三年『戦艦武蔵』『関東大震災』で菊池寛賞、七九年『ふぉん・しいほるとの娘』で吉川英治文学賞、八四年『破獄』で読売文学賞を受賞。二〇〇六(平成一八)年没。そのほかの作品に『高熱隧道』『桜田門外ノ変』『黒船』『私の文学漂流』などがある。

「2021年 『花火 吉村昭後期短篇集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

吉村昭の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×