生麦事件(下) (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101117430

感想・レビュー・書評

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  • 上巻に続いて読了。
    歴史の教科書では一瞬で通り過ぎてしまう「生麦事件」というひとつのできごとが、幕末動乱の(明治維新という革命的な体制変更の)きっかけである、という立場から、精緻な取材に裏付けられた作品だと感じました。
    特に、p.94にある「(薩英戦争の際に英国艦隊が鹿児島の街を焼いたことについて)イギリスの新聞は、大英帝国の名誉を傷つけるものだという記事をのせ、遂には国会でも取り上げられることになった。下院議員のバクストンは、市街を焼いた行為は戦争の慣行にそむくもので、甚だ遺憾である、という動議を議会に提出した」というイギリス側の反応については今まで知りませんでしたし、p.130から描かれている薩摩とイギリスの和平交渉の場での薩摩藩士の外交姿勢は理路整然と自らの主張を明示しており、とても魅力的に感じました。

    特定の個人にフォーカスした作品ではなく、薩摩・長州・英国(+幕府・朝廷)といったそれぞれの立場から、何を目指して行動したのか、という点も含めて描かれており、読みごたえがあります。

    一方で、特定の人物を中心的に取り上げていないからこそ、感情移入して作品世界に入り込む、という形の読書体験にはなりませんでした。

    「ストーリー」のある大河ドラマとして歴史小説を読みたい人には少し物足りないかもしれませんが、単純に「歴史(日本史/幕末)」が好きな人にとっては、興味深く読める作品だと思います。

  • 生麦事件から幕末の動きを丁寧に描いた作品。あの革命の始まりは生麦事件であるという問題意識が重要。

  • 薩英戦争に下関砲撃。雄藩と列強。勝ったものと負けたもの。けんかして仲直りして、親交を深める。思想と武器。古いものを捨て、新しいものを取り入れる。変化を受け入れるもの、拒否するもの。物語は倒幕まで続く。記録を掘り起こすような淡々とした文体の中に臨場感を見出す。西郷隆盛、大久保利通、大村益次郎、木戸孝允、高杉晋作、そして、坂本龍馬。ヒーローたちが登場するが長くは叙述されない。歴史の主役は一人ではない。愚かさあり、英断ありで時代は明治へと移り変わる。そして今へと続く。ありがちな歴史ドラマとは違う世界観を味わう。

  • 20220428

  • タイトルは生麦事件だが、生麦事件の発生から薩英戦争、鳥羽伏見の戦いまで薩摩藩を軸に幕末が描かれている。
    薩摩藩が攘夷から倒幕に移っていったのは薩英戦争が大きなポイントだが、それが生麦事件から始まっているというところが見事にまとまっていると感じました。
    無駄がなく、生麦事件や薩英戦争の臨場感もあり、著者の作品のなかでも一番だと思います。

  • 生麦事件が冒頭に始まり、その余波を描いていくストーリー。
    途中タイトルは薩英戦争のほうがいいのではと思ったが、発端は生麦事件にあるだろうなと。
    教科書では字面しか出てこないが、重要であった。
    薩摩の徹底的な抵抗姿勢がなければ日本は中国のようになり、植民地になっていたのはたしか。
    賛否両論はあるが、日本に薩摩のような藩があってよかった。

  • 生麦事件によって引き起こされた事象と影響を描いた小説。僅か「6年間」が生麦事件から明治維新を迎えるまでの時間で、変転の早い現代ですらその短さに驚かされる。国法に抵触した1人の殺害事件をテコに、恫喝と暴力で利権の拡大をはかる英国をはじめとする西欧諸国、対して交渉の引き伸ばしに終始する幕府、そしてこの頃から露骨に独自の意志と行動と持ち始める薩摩と雄藩。ことに薩摩の、武力をもちながらも、同時に分析力、交渉力を併せ持つ様は、幕府の態度に比して頼もしく、薩摩という「国」が日本を先導する運命にあることが明示されているようでもあった。それも英国との戦争を契機とした藩論転換あればこそで、この事からもタイトルを生麦事件と銘打った意義がわかる。最後の方は、記述が史実の羅列になり、ドラマ感はうすれたが、薩英戦争のくだりなどは緊迫感があり、映像化したらかなり面白い物が出来そうな内容。

  • ☆☆☆2016年1月☆☆☆

    薩英戦争だけでなく、長州による赤間関を通過する外国艦隊への砲撃なども扱われている。


    ★★★2019年3月★★★


    あまり知られていないが、薩英戦争後の交渉にあたった重野厚ノ丞という人物は立派だと思う。薩摩藩のメンツはつぶさず、戦争を終結させるという離れ業をやってのけた。まず、幕府に言われたからやむなく和議を結ぶという形に持って行ったこと。賠償金の支払いなど譲るべきところは譲るが、きちんと自分の主張もすること。
    戦争開始前に薩摩藩の軍艦を拿捕したことについて激しく責めるというのも、主張すべきことは言うという明快さがある。武器の斡旋を依頼することで薩摩と英国の今後の付き合いを深めるきっかけを作ったのも、交渉術として見事だ。


    幕末の歴史を大きく揺るがした生麦村。この街道沿いの小さな村を駿河に落ちていく徳川家の行列。さらに官軍の華やかな行列が過ぎてゆく。
    そのような描写でこの長い物語は終わる。

  • 生麦事件により薩摩藩とイギリスの戦争に発展し、その最中、長州藩とフランスも戦争となる。その後、さらに長州藩と英米仏蘭各国連合軍との戦争が勃発する。そして薩摩と長州は幕府とともに戦後処理に苦慮を重ねた。これだけでは話は終わらない。蛤御門の変、長州征伐、大政奉還、鳥羽伏見の戦いと幕末の一連の出来事が分かりやすく描かれていました。アメリカの南北戦争が、幕末の日本に少なからず関わっていたことを知りました。

  • 幕府崩壊、明治維新への流れを作った一太刀。生麦村で起こった事件が、藩や幕府、国を巻き込む大騒動の発端となり、日本は結果として大きな一歩を踏んだ。つぶさに歴史を読み取ることで、ひとつひとつの大きな流れの発端が見えてくるから面白い。史実としてだけでなく、物語としても魅力的に描き切る吉村昭の力にはただただ驚嘆するしかない。

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著者プロフィール

一九二七(昭和二)年、東京・日暮里生まれ。学習院大学中退。五八年、短篇集『青い骨』を自費出版。六六年、『星への旅』で太宰治賞を受賞、本格的な作家活動に入る。七三年『戦艦武蔵』『関東大震災』で菊池寛賞、七九年『ふぉん・しいほるとの娘』で吉川英治文学賞、八四年『破獄』で読売文学賞を受賞。二〇〇六(平成一八)年没。そのほかの作品に『高熱隧道』『桜田門外ノ変』『黒船』『私の文学漂流』などがある。

「2021年 『花火 吉村昭後期短篇集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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