太陽の季節 (新潮文庫)

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レビュー : 119
  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101119014

感想・レビュー・書評

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  • 同じ時代の同じ年代の人にしか見えない世界がある。だから、若者が書く若者の物語には、その時代の若者にしか見えない世界が描かれていて、それは時に、同じ時代を生きる別の年代の人には理解し難いものだったりする。
    この単行本に収められている物語(「太陽の季節」「灰色の教室」「処刑の部屋」「ヨットと少年」「黒い水」)も、当時の「年配者」には理解し難かったに違いない。
    ただ、ある特定の時代・年代の人に深く共感されることを「時代性」と呼ぶとしたら、僕はこれらの物語に「時代性」よりむしろ「普遍性」を強く感じた。

    確かにこれらが書かれた時代は、江戸末期以来久しぶりの“凪の時代”であり、その時代の若者に芽生えた感情は、それまでの“時化の時代”を生きてきた若者には持ち得なかった感情だったかもしれない。だから、当時はこれらが「時代性」の強い物語に映ったはずだ。
    しかし、それから50年以上、長い“凪”の時代が続いたことにより、これらの物語が持っていた「時代性」が「普遍性」へと変化したように感じるのだ。

    戦後以降、いつの時代の若者も同じように自分たちの時代を“特別な”凪の時代と捉え、過ぎ去った少し前の時化を羨ましく思いながら、冷めた空しさを抱えているのではないのだろうか。そして、いくら冷めていようが日々自分の奥から生まれてきてしまう熱を放出するために、刹那な快楽や暴力や危険に惹かれてしまうのではないのだろうか。

    凪も時化も人が作り出すもので、その大きな動力は若者である自分達であるはずなのに、それに気付き、そのあり余るエネルギーを社会に向けて放出できる人は、残念ながらとても少なく、多くの若者は時代を盾に刹那に逃げる。
    まぁ、僕もまたそんな大勢の若者のひとりだったのだが・・・。

    著者をやがて政界に向かわせた動力が、少しだけわかった気がした小説だった。

  • 外観と内実が合わないことへの苛立ちがテーマとしてあるらしい。「先端的な学風」を押しつける学校とそれを装う学生達とか、理科の解剖の授業で「鰯」の代わりに「鯉」が配られるとか、あるいは「約束手形」の切り方とか、すべてがaccountの標準で裁かれる。それは人間関係においても同じで、だから「借りを返せよ、いや、俺の貸しを返してくれよ」というのが一つの「モラル」になり、そこから「抵抗される人間の喜び」というマゾ的な世界が広がる。障子にあれを突き立てるシーンだって、女が投げつけた本がペニスに当るところが重要なのであって、やっぱり貸借勘定なのである。西洋的なブルジョワ道徳の典型。

    故落語家や某芥川賞作家へ発言を見てると、いまだに著者は抵抗されるのを待ってるんじゃないかと思う。「借りを返せよ。いや、俺の貸しを返してくれよ」

  • これを読んでしまうと、芥川賞選考のたびに慎太郎氏が若手作家に対して「不毛」と批判するのは当然に思える。主人公・竜哉を、人格が歪んだ酷い男だと片付けることもできるし、自分の内面の汚い部分と呼応させて彼を賛同することもできる。確かに“ドライ”であるが、ドライゆえに感情高ぶる結末は痛切だった。

  • 昭和を生きた青年たちの恋愛小説

    中二病全開の竜哉は、三島作品の「春の雪」に登場する清顕になんとなく重なる。そして、英子の心情と薄幸さ聡子にも重なる。男は女性にいたずらに母性を求めるのは世の常か。

  • 石原慎太郎のデビュー作、芥川賞を受賞したものの、倫理性を巡って揉めたとあるが、そりゃそうだと思った。

    人が持つ闇の部分がエスカレートしていき、行き着くところまで行ってしまう、そんな姿が描かれている。しかしそれは、気狂いというより、誰もが持ちうる闇だと思う。それがまた恐ろしい。

  • 友達の推薦(2011.7.7)

  • 時代錯誤といえばそれまで、この時代の青年がどれだけプライド高く、自分勝手で、欲に塗れているのかがズラズラと書き立てられる。この作品の文学性は、ギラギラとした衝動を、暴力的なまでに連々と、平静と書いていることだと思う。

  • 最期まで読んだら、読んだことあったかなぁと思った。気持ち的にはわかるようなわからないような。でも面白かったな。

  • 時代が違うので共感できないし、これがどういう層に受けたのかよくわからなかった。時代背景を理解しないと難しいと感じた。

  • うーん。当時は新しかったのかも知れないが、今読むと不快感が強い。著者のほかの作品もそうだが、慶応のぼんぼんの若者を描いているがつまらない。

    性に閉鎖的だった当事は、斬新だったのかも知れない。芥川賞受賞で過大に評価されているように思う。
    特に読む価値は無い。

  • 「太陽の季節」
    短編小説の1つでした。ボクシングではなくて拳闘と表記されるのは一昔前を感じさせられる。
    拳闘を始めた主人公は英子と仲良くなる。が、しまいには妊娠するが合併症を併発して産んだ後に死んでしまう。急展開でしたね。

  • もはや古典なのだが、描かれている学生による性暴力的”事件”は、まさに現代の今、発生しているものと同じ。。。

  • 好きではない

  • 昭和32年8月発行。他の方々の評価は比較的低いものが多いようであるも、その時代背景に照らして想像するに当時としてはかなり刺激的な内容であろうと思う。
    当時作者が置かれていた環境というのは、一般人とはかけ離れた金銭的、物質的に恵まれた環境であったことが容易に想像できる。だからこそこのような小説の世界感が表現出来るんだろう。
    そういうスタンスで読み進めるのが正解だろうと思う。
    フィクションに求められるもの。非現実的な世界観の方が好まれるのかもしれない。

  • 2016.5

  • う~ん 戦後の高度成長期の金のある家のボンボン生活

    スリーSと言われた内容でした。

    理解に苦しむけど・・・

    芥川賞ですよね。佐藤春夫が毛嫌いしたのもうなづける。

  • P317

  • 過激な暴力と性描写が発表当時の社会には衝撃だったのだろう。がために、著者を時代の寵児へと導いたかもしれない。が、いま読むとただただ退屈な風俗小説で内容といい文体といい、読み進めるほど白ける。
    台詞においても、まるで大昔の日活や松竹の白黒映画を観ている気分だった。表題作は小説が書かれた時代状況が窺い知れるだけの史料的な価値しか、おそらくない。

    著者の小説は、何かを賭けること、信じること、死ぬこと、という行為のなかに倦怠を跳ね飛ばし生の充実感と輝きを、そしてその先にある虚無を描いている。
    でも、これらの作品世界は友人でもあった三島由紀夫の文学に足元にも及ばないと思う。
    やはり内容もさることながら、学生で芥川賞を獲った話題性と相俟って、若いときの偉業と財産で後世まで食えてしまった好例か。

  • 「太陽の季節」
    「灰色の教室」
    「処刑の部屋」
    「ヨットと少年」
    「黒い水」

  • 圧倒的な描写に支えられて幼稚かつ純粋なサカってる男の生態を描き切った問題作。当時文壇と若者の心を震撼させたらしいが、もちろん現大学生の僕の心は微塵も動かず。と言っても、あの若さでこれ程活力満ち溢れる文体を書き連ねれる才能は半端ではないし、当時からカリスマ性の片鱗も窺える。筆者の興隆した世間を掻き乱す姿には率直に舌を巻きます。一種の憧憬の念を抱くのも無理はない。だけどね「太陽の季節」で描かれる主人公には呆れるのを通り越し感動を覚える程。自由を履き違える狂った彼を崇拝する人達がいたかと思うとにわかに信じがたい。だけど時代を考えれば彼も急激に拡大する経済に潰された悲運な被害者なのかもしれません。今も読む価値は確かにあるかなと思います。

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著者プロフィール

1932(昭和7)年神戸市生まれ。一橋大学卒業。55年、大学在学中に執筆した「太陽の季節」により第1回文學界新人賞を受賞しデビュー。翌年同作で芥川賞受賞。『亀裂』『完全な遊戯』『死の博物誌』『青春とはなんだ』『刃鋼』『日本零年』『化石の森』『光より速きわれら』『生還』『わが人生の時の時』『弟』『天才』『火の島』『私の海の地図』『凶獣』など著書多数。作家活動の一方、68年に参議院議員に当選し政界へ。後に衆議院に移り環境庁長官、運輸大臣などを歴任。95年に議員辞職し、99年から2012年まで東京都知事在任。14年に政界引退。15年、旭日大綬章受章。

「2019年 『湘南夫人』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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