壁 (新潮文庫)

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レビュー : 444
  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101121024

感想・レビュー・書評

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  • 迷宮、あるいは、神経回路のような小説です。

  • 日本版不思議の国のアリス。

  • かなりシュールで理解するのが難しい。「砂の女」よりも難しいと思った。面白い部分ももちろんあったが、結論的なところがわからず、正直言って立ち往生してしまった。これが芥川賞とは、その時代は読み手のレベルが今より高かったのだろう。現在のライトなものがもてはやされる感じは好きではないが、ここまで難しいと…。

  • こんなに訳わからん世界なのに、分かる言葉で分かるかのように書いてくれてる事がもう天才。凄い面白かった。
    ちょっとずつちょっとずつ、でも確実にズレていって、最後はとてつもなく変なところに居るのに納得してしまう。なんて天才なの。凄いな〜〜

  • さてさて昭和26年の芥川賞の受賞作である事と小学校か中学校の国語の授業で安部公房氏の他の作品(何かは忘れた)に少し触れた以外の一切下準備がない状態で本書の第1部Sカルマ氏の犯罪を読んだ感想を以下に述べる。

    一読しただけではなんとも全く訳の分からない展開であり、かつ何かの喩えに満ちたものでもありそうだったのだが、結局話の要点が分からないまま主人公が壁になったところで話が終わってしまった。いまこの時点でいくつか言えることは別に読みにくい文体ではなかった(古臭い文体ではない)ということと、創作とはかくも自由な発想で良いのか(一見脈略のない荒唐無稽なものも認められる)ということと、なぜこの作品が評価されてるのか知りたいということだ。もしかしたら話の要点などなく、単にSカルマ氏がユニークな体験をした、という話なのかも知れない。しかしこの作品が傑作と呼ばれるからには、何かあるのだろうと期待して最後まで読み進めた。他のレビューを見る前に背表紙の次の文章からこの作品が何を示していたのか考察しよう。

    背表紙からの引用:
    ある朝、突然自分の名前を喪失しつしまった男。以来彼は慣習に塗り固められた現実での存在意義を失った。自らの帰属すべき場所を持たぬ彼の眼には、現実が奇怪な不条理の塊としてうつる。他人との接触に支障を来し、マネキン人形やラクダに奇妙な愛情を抱く。そして…。独特の寓意とユーモアで、孤独な人間の実存的体験を描き、その底に価値逆転の方向を探った芥川賞受賞の野心作。


    どうせ大した考察はできないのだが、確かにSカルマ氏は名前を失ったお陰で、転落人生とでもいおうか、世界の果に旅に出るまでに人間社会の隅っこに追いやられ、恋人やパパなどの愛する人とも決別させられて最後はただ見渡す限りの荒野にぽつんと1人、成長を続ける壁になってしまったのだ。もう1度カルマ氏の足取りを記録しよう。会社、病院、動物園、裁判、Y子と自宅に帰る、物たちの革命集会、パパの訪問、動物園の約束すっぽかし、マネキンとの会話、世界の果の映画と講演会、部屋の壁を吸い込む、酒場。

    朝起きたらSカルマ氏は名前を失っていた。と同時になぜか胸の空洞の陰圧でモノを吸収できる能力を得ていた。また、同時にモノの声を聞くことができる能力も得た。それらはSカルマ氏から平穏な日常を奪い怪奇な人体転落劇に巻き込まれるキッカケになったと言える。これを裏表紙では現実が奇怪と不条理の塊にうつる、と表現されている。Sカルマ氏がハミ出し者にはったのかと言えば、そうではなく、現実が元から可笑しなものだったという表現に聞こえる。また、孤独な人間の実存的体験を描きその底に価値逆転の方向を探った、という下り。これはおそらくこの物語のエッセンスを凝縮したものであるのだろうが、壁になるという一見悲しいオチには価値逆転の芽が含まれているという意味なのだろう。そもそも壁になるといことはどういうことなのだろうか。壁については随所に触れてその意義が書かれている。答えを見たようなものだが、巻末の解説にも目を通した。

    解説には壁は内外の仕切りで、砂漠と同質のものであり、安部公房氏は内外の同質性を発見したと書かれている。ふつうは壁の中はこちらの世界、壁の外はあちらの世界で全く別の意味として捉えられる。壁を壊すということは自分の殻を破り、知らない世界に理解を示すような意味で使われる。つまり壁のむこうは実は壁のこちらとあまり変わらないという、純粋さが安部公房氏の作品の特徴であると述べられている。こうなると巻頭の壁は世界を仕切るものではなく、世界への扉というようなことが書かれている事に対しては、壁を壊せば世界が拓けるという事にも捉えられる。Sカルマ氏は壁になったことをどう捉えているのだろうか。文章中では肯定も否定も出てこない。世界の果の映画と講演会から家に帰ったときに彼は壁を見て涙し、壁の営みを讃えた。そして最終的には彼自身が壁になってしまった。最後の一節は「見渡す限りの荒野です。その中で僕は静かに果てしなく成長してゆく壁なのです。」壁になったことを認めた上で楽観も悲観もない。どちらかと言うと営みを讃えた壁になれて嬉しいというニュアンスを感じなくもない。たとえ人間社会から逸脱することになっても彼は自由を手に入れたのかも知れない。

    よく分からない事について書くとこういう酷いことになる。本当に難しい作品だ。芥川賞を取ったということだけではこの作品、作風、著者には迎合できないが、何か魅力がある作品だということは分かった。

  • すごく久しぶりに安部公房を読む。
    他人の夢を覗き見しているような、わけのわからない物語なのに、読み進められるのがすごい。
    現実が煮崩れる感じの読後感が好き。

  • 高校生以来の再読。ストーリーはほとんど忘れていた。Sカルマ氏の犯罪だけでなく、他の短編も悪夢的なもので、つげ義晴に通じるものもある。

  • 人間の内と外を安倍公房的な哲学で描かれていました。
    名前を失った男はその身だけを持ち彼の「存在」自体は名刺に奪われてしまう。
    「存在」がない故に社会的存在理由もなく「社会からの除外」という一般的認識から=犯罪者(弾かれる側)として裁判に掛けられます。
    壁に阻まれるのではなく壁に沿って何処までも行ける自由に成る程と思いましたが、隔たる壁に自ら自由を創造し突き進むというのは中々斬新だなと驚きました。
    消える身体や奪われる影など、肉体と精神の分離表現が特徴的ですが、「物体」と「精神」が同一個体として存在する固定的な考えではなく、
    心さえ夢を描ければ何処にでにも行けて何にでもなれるのではないかと思いました。
    難解な上に狂気じみた作品集に思えますが、
    「壁」という閉鎖的な印象よりは、壁がある限り無限に自由を創造できるのではないかという前向きな印象を受けました。
    年老いた頃にもう一度読みたいです。

  • 独特のぶっ飛んだ世界観に圧倒される

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著者プロフィール

安部公房(あべ こうぼう)
1924年3月7日 - 1993年1月22日
東京府北豊島郡滝野川町生まれ、満洲で少年期を過ごした。
1948年『終りし道の標べに』(「粘土塀」)により単行本デビュー。1951年「壁 - S・カルマ氏の犯罪」で芥川賞を受賞。その後は劇作も手がけた。1958年「幽霊はここにいる」で岸田演劇賞、1963年『砂の女』で読売文学賞、1967年『友達』で谷崎潤一郎賞、1975年「緑色のストッキング」で読売文学賞をそれぞれ受賞。他、受賞作多数。国内外に大きな影響を及ぼしており、ノーベル文学賞の候補者としても名前が挙がっていた。
主な代表作として『壁』『砂の女』『他人の顔』『箱男』など。

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