砂の女 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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レビュー : 1396
  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101121154

作品紹介・あらすじ

砂丘へ昆虫採集に出かけた男が、砂穴の底に埋もれていく一軒家に閉じ込められる。考えつく限りの方法で脱出を試みる男。家を守るために、男を穴の中にひきとめておこうとする女。そして、穴の上から男の逃亡を妨害し、二人の生活を眺める部落の人々。ドキュメンタルな手法、サスペンスあふれる展開のなかに、人間存在の象徴的な姿を追求した書き下ろし長編。20数ヶ国語に翻訳された名作。

感想・レビュー・書評

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  • これほど不気味で理不尽な小説に、かつて出会ったことはない。
    独特の比喩表現が、物語をもっともっと不気味にする。

    監禁状態とも呼ばれる状況に置かれた人間から、溢れ出る剥き出しの感情、暴力、妄想。

    おそらく誰でも、主人公と同じ状況に置かれたら、こんな気持ちになるんだろう。

  • -罪がなければ、逃げるたのしみもない-

    男は扉の開けられた牢屋に帰った。
    女を愛したのか。いつでも自由になれると感じたのか。
    もう自由の中にいたのだろうか。汗と水。砂の女。

    この作品にはどこか私たちの生活が投影されてはいないだろうか。
    社会を恨み、虚しさを感じ、仕事の意義を考え、時に己の良心の軽薄さを受け入れる。
    妥協さえも含んでいる結末をただただ安直に受け止めるには、まだ時間がかかりそうだ。

  • 難しかったけど読み終えた。自分の読解力のなさが情けない…。初・安部公房。砂が生き物のようでこわいと思ったけど、東北で例えるなら砂じゃなくって「雪」だと思ったら、こわさも感じなくなった。


    このお話…昭和の東北田舎、祖父母時代の排他的村社会みたいだと思った。配給はなかったけど「モッコ」(←!一番驚いた!㊟青森や秋田の戒めの言い伝え。幼い時はすごく怖ろしく感じる。ナマハゲは実体があるから物理的に怖いけどモッコは実体がないので、心理的に怖さ倍増)、部落、村八分、五分つき…息苦しかったけど読むのが止まらなくなった。


    古代から脈々と続く生命のリズム、性って生なんだなぁ~とも思った。(こういうとこが芸術作品みたいなのかな…)生殖とか繁殖とかギラギラしてないから読みやすかった。


    この本に「PTA」という単語が出てきたので、この時代にもPTAという言葉があったなんてー!と、そっちの方が衝撃的だった。


    主人公のキレっぷりと冷めた女の対応が、うちの夫婦ケンカみたいで可笑しい、どこもこうなのかな…ある意味ホッとした。“いずれ男というものは、何かなぐさみ物なしには、済まされないものだからと納得し、それで気がすむというなら、けっこうなことである”(225ページ)は、なるほどなぁ…と勉強になった。なんとなーく、どこか色川さんの狂人日記を思い出したりもした。


    窒息しちゃいそうだけど数回読まないと理解できないかも。難しいけど面白かった。ぐいぐい読んでしまった。庄内砂漠で撮影されたという映画が見たいな♪映像から入った方がきっとわかりやすい。


    青森や山形の砂防林、砂との戦いがこの作品のベースになっていると分かって、すごくうれしくなった。少し東北スピリッツみたいなものを感じると思っていたので親近感がわいた。(読んでいる途中“おしん”も思い出したりしたので…)

  • 安部公房「砂の女」
    この感動なかなか言葉で上手く表現することが出来ない。それほどこの作品に圧倒された。

    あらすじとしては、主人公の男が昆虫採集にある砂丘の村落を訪れるのだが、その村民に嵌められ自力では出れそうにないほど深い砂の窪地に建つ1軒家に住む女との生活を余儀なくされる話である。

    まず物語として極めて秀逸である。普通に推理小説のような感じで読むことも出来るし、その裏の意味を深く追求していく楽しみもある。作者自身の経験や思想を私小説的にでは無く、非日常的な世界を通して無駄を削ぎ落とし洗練された構成で書くことで芸術性がより付加されているように感じる。そして何より安部公房の比喩の豊富さ、正確さには驚かされた。

    自分が主人公のような体験することを想像するとゾッとしてしまう。けれど、厭世的な部分もある主人公の男は物語の最後穴の生活を強制されるのではなく自ら望んで送るようになる。あれほど自由を求めて穴からの逃亡を謀った男の「価値観の転倒」は読み進めていくほどに所々現れてくる。最後の男の真逆の心理に至るまでの過程は圧巻である。

    この物語を自分の現在の生活に引き付けて考えてみた。今コロナウイルスによって自粛を余儀なくされ、この穴の生活のように自由を拘束された生活を送っている。確かに自粛が始まった当初は友達と会えなくて辛いという感情が沸き起こっていたが、今となってみると外の世界の生活の嫌な部分も感じはじめて、この家の中に縛り付けられて読書ばかりして自分の内面と向き合っている生活に少し快楽を覚え始めてきた部分もある。

    恐ろしいことだが、自分も主人公の立場に立てば、望んで穴の生活を送ろうとするのかもしれない。

  • 読み返してみると改めて凄みのある怖さ。口の中が渇いてざらざらとした砂の感触さえ感じるような…

    昆虫採集のため、休暇をとって砂丘を訪れた男。部落の人々の勧めに従い、砂丘の底にある一軒家で宿を借りることにしたのだが…

    家には30前後の女がひとり、絶え間なく降ってくる砂を掻きながら生活していた。粗末なものではあったが、歓待を受け、微睡む男。彼が目覚めたとき、縄梯子は取り払われていた…

    蟻地獄に捕らえられた蟻さながら、もう男は砂穴から出られない。理不尽さに怒り、なんとか脱出を試みる男…

    男と女が一対一。力では女が男に敵う訳はないし、いくらでも脱出のチャンスはあるだろうと思ったが、砂による監禁は男の体力も気力も次第に削いでいく…

    先日、10年間にわたり、男に拘束監禁されていた女性3人が米オハイオ州で救出された。日本でも10歳の頃に監禁され、9年ぶりに救出された女性がいる。

    長い年月の間、犯人側にふと気が緩んだ瞬間はなかったのか、その隙をついて助けを求めたり、脱出のチャンスはなかったのか…と第三者である私などは考えてしまうけれど、きっと彼女らは囚人としての生活に慣れ、また慢性的な暴力による支配に、逃げ出す気力さえ奪われていたのだろう。

    自由を奪われたものは「しばらくの間」それを取り戻そうと躍起になる。が、あまりにもその状態が続けばその不自由さにも慣れ、それを生活として受け入れる。『砂の女』…読後にざらりとしたものが残る。

  • ぶっちぎりで面白かった。
    今年は没後20年に当たるそうで、そのせいか書店で見かけた帯には「ノーベル賞受賞目前だった」というようなことが書かれていて、思わず苦笑してしまったけど・・・さもありなん。

    僕が読書を始めた理由は、自分よりも多く本を読んでいるはずの友人(女性)が「太宰(=昔の純文学、という意味で)とかよく読めるな・・・」と言っていたことへのささやかな反撥心からでした。
    いや、それまで全然読んだことなかったのだけど。
    そもそも純文学と大衆文学、ミステリ、ラノベにそこまでの差があるんかいな?と疑わしかったので。そこに線を引いて先入観を持ちたくない。
    だから反撥したくなる。

    この『砂の女』はまさにそんな作品でした。
    質の高いミステリ、スリラーでもある。
    映画で言うと、一頃流行った『ソウ』なんかの
    ソリッドシチュエーションスリラー、脱出もの。

    だけどそれだけじゃないよね。
    「それだけじゃない部分」がほんとに良い。
    現代人の「生きる意味とは?」という問いを、
    喉元まで鋭く突きつけてくる。
    この作品が発表された頃は、まだ戦後の焼野原の記憶が皆にあって
    今や「あたりまえ」になってることが「あたりまえじゃない」、
    半々ぐらいの時期。

    そう考えると、この作品を読んで「あたりまえのことしか書いてないじゃん」と
    もし今の我々が思ってしまうとしたなら、
    それは完全に「砂」に飲み込まれているのかもしれない。
    怖い。

    主人公の職業も、科学的思考も全部ツボ。
    趣味が昆虫採集で、新種を見つけて歴史に名を刻みたがってるんだけど、
    これって現代で言うところのオタクだよなあ。
    行動も思考も完全に。

    昭和初期の文学と比べると、これは'60年代の作品なので非常に読み易かった。
    安部さんの文章の巧みさもあって、すらすら読めました。


    余談その1
    映画版は岸田今日子だそうで、あまりにハマり過ぎてる。
    その昔、岸田さんが主演の『この子の七つのお祝いに』という映画がありまして・・・
    これも幼い頃のトラウマ映画のひとつ。

    余談その2
    これ、『沈黙』『フラニーとゾーイー』と同時にブックオフで
    新品同様を一冊100円でDigしたんだけども、
    昔の表紙は安部公房の奥さんの真知さんが描いたもの。
    現在は本人の撮った写真のやつに変えられてますが、
    これは昔のやつの方が絶対に良いのになあ・・・。
    晩年は不仲だったそうで、そのせいかもしれないですが
    新潮といいハヤカワといい、どうしてこうも昔の良い表紙を
    改悪してしまうんだろうか・・・。
    購買意欲が削がれるよ、ほんと。

  • 正確な比喩表現や、散りばめられた詩的表現は多いが全体としては疾走感あふれる脱獄劇として存分に楽しめる。人間はどんな環境にも適応できる、単純な善と悪という構図の崩壊、など人間の特性としての真理に似たものを提示している。砂の穴の中という世俗的世界とは相反する狭い世界に幽閉されることによって、これまで自分がいた世界の普通の概念が歪められる。穴の中という何も無い世界は不幸せという物質社会からの脱却も示唆しているように感じた。こんなにも社会や人間に対しての示唆が豊富かつ、物語の読みやすさも両立したものは初めて読んだ。

  • 最初、どんな設定なんだこの本は?と思ってしまったのだが、読み進めていくと、人間が極限まで追い込まれるとどんな行動を取るのか、部落という小集合体の闇やその生き方など、様々な観点から見えてくるものがあることに気づく。
    話の最後には、あれだけ脱出のことだけを考えていた男が、女の砂の中で幸せに生きる姿を見て同じような生き方を決意したのか、いつでも脱出できるとその機会を自ら選択しなくなる描写には全く驚かされた。
    一見すると砂の中で何日も女と過ごすことで、男の体も心も移り変わっていく様子を描いた話にも見える。たが、読み進めると、タイトルからだけでは見えてこない内容が、数多く盛り込まれていることに気づくとともに、捉え方によって色々な読み方ができることを認識させられると思う。阿部公房を初めて読んだのが本作であるが、他の作品を読むきっかけにもなりそうである。

  • 登山に例えると、ストーリーの中盤まではスキーを担いでの過酷な登り。つまらなさ過ぎて挫折しそうになる。
    でも頂上まで来ると、あとは滑り降りるだけ。ページをめくる手が止まらない。
    結末も驚きだけど、そこに行き着く展開が秀逸。
    最後まで読まなきゃ損をする、そんな本です。

  • 不意に過酷な環境(砂穴の底)での生活を強いられた男が、脱出未遂を繰り返していくうちに、その環境での生活に満足してしまうという話しです。

    この小説の中の砂穴の底の世界は、まさしく私たちが生きるこの世界と何ら変わらないと思いました。

    昔は夢を追いかけていたのに、ふと気付くと横には嫁さんがいて、自分はやりたくもなかった仕事に精を出している。周りには、それを見張る上司や親族たち。

    でも、それが悪いかと言われたら、そんな人生もありだと思うし、結局のところそこに愛する人さえいれば、それで良しなのかなと思いました。



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著者プロフィール

安部公房
大正十三(一九二四)年、東京に生まれる。少年期を旧満州の奉天(現在の藩陽)で過ごす。昭和二十三(一九四八)年、東京大学医学部卒業。同二十六年『壁』で芥川賞受賞。『砂の女』で読売文学賞、戯曲『友達』で谷崎賞受賞。その他の主著に『燃えつきた地図』『内なる辺境』『箱男』『方舟さくら丸』など。平成五(一九九三)年没。

「2019年 『内なる辺境/都市への回路』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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