- Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101121178
感想・レビュー・書評
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これほど豊かな肉体が、これほど孤独だというのは、不公平すぎるような気がする。
同時になぜか似合っているような気もした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
箱男ぶりの安部公房なので、箱男の見る・見られるというトピックから考えてこちらは聴覚的な切り込み方が魅力だった。
理解と難解が交互にやってくる感じで読むのに時間がかかったけど、最後の一文での締め方が好きだった。 -
内容や登場モチーフは面白い部分多く、ゴチャっとした世界観も嫌いでは無いが、読者への配慮というか純粋に読みにくさが許容超えてた気がした。安部公房作で唯一しんどくなってしまったかもしれない。 -
ジャンプシューズの存在がそこはかとなくシュールだった。
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ある日急に救急車がやってきて、健康な妻が救急車に乗せられていった。
その妻を探しに行った男は、病院で妻が行方不明になっていることを知り、妻を探し回ることになる。
病院には、あまたの盗聴器がしかけられているという。また、患者を「連れ出す」ための貸衣装にも盗聴器がしかけてあり、それらはどこかで行われている情事を盗聴するためなのだ。
病院の副院長は、インポで、どうにかして性的な刺激を得ようと怪しげな試行を繰り返し、盗聴器を仕掛けた技術者でもある警備主任は、馬のような性器を持っている。その主任に、副院長の秘書は強姦されたことがあると告白し、病院に入院中の、主任の幼い娘は男を誘惑する。
人間関係が錯綜し、閉塞感と、エロチックなキーワードが飛び交う。
一度読んだだけでは、なかなかすべてを把握することができず、他の小説と比べると非常にわかりにくいお話だ。ぜひ、時間をおいて再読したい。 -
舞台は病院。主人公の妻が早朝に救急車に拉致され、エリート営業マンである主人公が妻の行方を捜して病院にたどり着く。そこで副院長に命じられるがまま、病院の警備長として病院のどこかにいる妻を捜して病院中を盗聴するうちに体の骨が解けていく色情狂の少女と出会う。
性が全面的に押し出されていて、苦手な人は苦手だと思う。異常なほど性に固執する登場人物の中で、唯一主人公だけがそういった性とは少し切り離されている。最後には妻ままでも色情狂と化しているのだけど、全てを失った主人公が、骨が解け、肉塊になってもなお色情狂であり続ける少女と二人きりで閉じ込められたにも関わらず、彼女を抱きしめてどこか満足そうなのは何故だろう。
性に関する問題は私の生涯のテーマだと思うのだけど、それは安部公房にとっても同様だったのかもしれないと思った。しかし何故人間は性に異常なほど固執するのか -
愛と快楽にまみれた出口のない現代人の地獄…
虚無感、喪失感、絶望…なんとも言い難い感情を味わった。
馬人間、女秘書、溶骨症の少女、奇怪な人物を通して描かれる。
やはり安部公房先生の作品は衝撃的です。
⚫︎良き医者は良き患者
⚫︎動物の歴史が進化の歴史ならば、
人間の歴史は逆進化の歴史
⚫︎明日の新聞に先を越され、ぼくは明日という過去の中で、何度も確実に死に続ける。やさしい一人だけの密会を抱きしめて… -
●あらすじ
ある夏の未明、突然やって来た救急車が妻を連れ去った。男は妻を捜して病院に辿りつくが、彼の行動は逐一盗聴マイクによって監視されている……。二本のペニスを持つ馬人間、出自が試験管の秘書、溶骨症の少女、〈仮面女〉など奇怪な人物とのかかわりに困惑する男の姿を通じて、巨大な病院の迷路に息づく絶望的な愛と快楽の光景を描き、野心的構成で出口のない現代人の地獄を浮き彫りにする。
(新潮社HPより抜粋)
●感想
これは難解…なんだけと面白…!
安部公房はいつもそうだけど時間軸が前後する上に今作では一人称視点、三人称視点が入り乱れて読者を一瞬たりとも安心させない(あるいは一度安心させる)仕掛けが至るところにあります。
それにしてもなんて病院なんだ。不能克服の為に「馬」並の他人のペニスを得た副委員長。それに協力する病院関係者。試験管ベイビーの不感症。13歳の娼婦。被姦妄想の仮面女……。熱海秘宝館みたいな病院だわ。「患者」である人々はもう大体みんな性に関する悩み(疾患)を抱えていて、その状況はたいてい凄絶だけど悲壮感がなく、余計に狂気を感じる。その狂気パレード、怖い淫夢みたいな病院の中で唯一主人公の正気というか外界との繋がり、「外」を感じされるのが妻であり「妻を探す」という目的なんだけど、最終的にそれすら悪夢に取り込まれてしまう(と主人公は感じる)んですね。可哀想に。
主人公はこの悪夢からずっと疎外され続けている。結局患者にはなれないまま、「人間から遠ざかっていく」娘だかを抱きしめて孤独で優しい密会をする。
凄絶で静かで疾走感と余韻のあるラスト、破滅に向かって走る感覚、良かったです。それにしても安部公房、人嫌いなんかな。 -
いやー、安部公房の作品の中でよもやこんなに理解できないとは。自分の感性が死んだのかと不安になる。
ただ巻末の解説をよみ、「うわー!さすが安部先生!」となった。この小説は、分かりやすくてはいかん、順序立ててはだめなのだ。
まず時系列が掴みにくい。「今」か回想かの境が判別しにくく、全部読んでも半分位しか順序立てて整理できない。
そして地理関係の分かりにくさ。「旧病院跡」?「崖っぷちを切り抜いた商店街」?「中庭に面した6つに分かれた小部屋」?一文ずつ頭の中に地理を浮かべようとするが、すぐに矛盾が生じて追えなくなる。
このわからなさこそがこの作品の肝。論理立てて整理できないその混乱こそ、主人公が囚われている世界。
私は安部公房の描く「ナルシスト的孤独」が好きだ。ただこの作品は少し毛色が違うように思う。
いつもの主人公は、他者とのコミュニティから疎外されている。外界との繋がりに不具合が生じ、それを拗らせて精神世界に没入する。
だがこの作品の主人公は、むしろ周りからはどんどん関わりを持たれ、コミュニティに取り込まれようとしている。そしてとてもノーマルな人間だ。だけど最終的には孤独になっている。
「坩堝」、私はなんとなくそんな印象を受けた。何度も読み返す作品だ。