友達・棒になった男 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101121192

感想・レビュー・書評

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  • [感想]
    『友達』のなんだかわからない世界観に強引に引き込んでいく安部公房の描写力、会話力がすごい。
    『棒になった男』の棒とは何か?観客に向けて棒の森と言っているので、現代社会に生きる人々=棒と言っているのか、決まりきった考え方で生き死んでいく人々のことを棒と言っているのか様々な考察ができる作品なっていた。

  • 安部公房の戯曲集。

    □ 「友達」(1967年)

    トモダチ、つながり、共有、共生、協働、共同体。切断=孤独からの疎外、接続=関係への疎外。現代はコミュニケーションに包囲されている。あたかも、「断片化」され尽くした諸個人がその失われた「全体性」を回復する回路であるかのような顔をして、そしてそれは結局のところ資本にとって都合のいい消費に結びつけられ「断片化」が一層推し進められるだけでしかないにも関わらず。コミュニケーションの総体は個々人の境界接面を曖昧にし、一旦緩急あれば途端に個人を超えた匿名多数の意志を暴力的に体現しはじめるだろう。それは匿名多数といいながら、必ず特定の政治性を帯びている。コミュニケーションの全体主義。無意識のうちに自分自身がこの全体主義に参画し加担してしまっているかもしれない、という自己懐疑で自分の良識を確認しようとしている、当の者たちによって担われている全体主義。

    いま痛切に足りないのは、無表象のなかで独りで在ることではないか。「全体性」だとか「断片化」だとかいう観念それ自体が、コミュニケーションの喧騒の中でコミュニケーションにとっての自己都合で捏造されたものでしかない、と気づかされるかもしれない。孤独は生の根源的無意味を露わにする。それに耐えられない者たちが、その空虚を補填しようと、コミュニケーションのなかで猥雑な物語を喋りだす。

    「早く分ってほしいな。孤独が、どんなに嫌なものか……私たちと一緒にいることがどんなに倖せなことか……」(p36)。

    「ねえ、ぼくはこうして、ちゃんと戻って来たんだよ、みんなのところに……お互いに信じ合えるということが、どんなに素晴らしいことか……信じ合った者どうしで、暮すことが、どんなに倖せなことか……あの他人ばっかりの恐ろしい世界から戻って来て、痛いほど思い知らされたんだ……みんなを裏切るだなんて、よしてくれよ。こうして手をとり合っていることが、ぼくにとっては、もはや唯一の生きがいなんだからね」(p47)。

    □ 「鞄」(1969年)

    情況の中心にある空虚、その空虚によって統御されている情況。

    □ 「棒になった男」(1969年)

    機能を超えた「精神」だとか「人間性」だとか「全体性」だとかいう観念を、素朴に信じていた人間、あるいは懐疑のうちにも信じようとしていた人間が、ついに自己の内なる根源的無意味に、自己自身が実は何者でもないという事態に、則ち実存に、覚醒してしまった姿か。そこではもはや「断片化」という自己認識自体が不可能であるかのような。

    「人間の、見せかけの形に、つい迷わされてしまうんだな。しかし、棒はもともと、生きている時から棒だったってことが分ってしまえば……」(p180)。

    「おれは、一度だって、満足だったことなんぞありゃしないぞ。しかし、いったい、棒以外の何になればいいって言うんだ。この世で、確実に拾ってもらえるものと言やあ、けっきょく棒だけじゃないか!」(p181)。

    「(進み出て、客席をぐるりと指さし)見たまえ、君をとりまく、この棒の森……もっと違った棒にはなりたくても、棒以外の何かになりたいなどとは、一度も思ったことのない、この罪なき人々……裁かれることもなければ、罰せられる気づかいもない、棒仲間……」(p182)。

  • 超久々の再読。安部公房の戯曲集。

    「友達」は、とてもとても怖い。ごく平凡なサラリーマンの男の部屋に、ある日突然押しかけてきた9人づれの家族(夫婦と祖父、息子と娘が各3人)意味不明な理屈をつけて居座り、正論が一切通じない彼らに、男の部屋は乗っ取られてしまう。警察を呼んでも、家族の巧妙な芝居にかかっては男のほうが変人扱い。不条理だけれど、これ、現実に実行可能なところがめちゃめちゃ怖い。家族たち全員とても利己的で気持ち悪い。しかし彼らもそもそも本当の家族とは思えず、もしかして主人公の男と同じ目にあってそのまま仲間になっちゃったパターンもあるのかなと思った。

    「棒になった男」は3作品(鞄/時の崖/棒になった男)のオムニバス。表題作は記憶にあった台詞がなかったので「あれ?」と思ったのだけど、もしかして戯曲ではなく小説のほうの「棒」とごっちゃになってたのかもしれない。

    「榎本武揚」は、公房自身の同名長編小説(https://booklog.jp/users/yamaitsu/archives/1/4122016843)の戯曲版。小説のほうは、ルポタージュ風の複雑な構成で、榎本武揚という人物の虚実を浮き彫りにする形だったが、こちらの戯曲は、獄中の榎本を元新選組隊士の浅井十三郎が殺しに来る部分にスポットを当てている。テーマ的には小説と同じく、榎本はただの変節漢だったのか、それとも…と答えをゆだねられる感じ。

    • naonaonao16gさん
      yamaitsuさん

      砂とか棒とか、安部公房の世界観てもの凄い独特ですね!

      レビュー拝見して不気味すぎてめちゃめちゃ興味沸いちゃいました...
      yamaitsuさん

      砂とか棒とか、安部公房の世界観てもの凄い独特ですね!

      レビュー拝見して不気味すぎてめちゃめちゃ興味沸いちゃいました!!
      2023/09/05
    • yamaitsuさん
      naonaonao16gさん、こんにちは!

      ほんと安部公房の発想って突拍子もないですよね。「友達」はホントありえそうで気持ち悪くてぞわ...
      naonaonao16gさん、こんにちは!

      ほんと安部公房の発想って突拍子もないですよね。「友達」はホントありえそうで気持ち悪くてぞわぞわします。個人的には映画「万引き家族」の一家が押しかけてきて「ひとりぼっちは寂しいでしょ?家族になってあげる」って居座られたら拒否できないかも…ってイメージでした(笑)
      2023/09/05
  • 安部公房の作品は変だ。読み進めていくうちに迷子になる。ちゃんと舗装された道路を通ったはずなのに。

    『友達』の展開は訳が分からない。それなのに納得してしまう。そして、そら恐ろしくなる。闖入した一家が、例えばこんな論理で説得してくるのだ。

    "兄弟は他人の始まりっていうじゃないか。つまり、他人をさかのぼって行けば兄弟になるということでもある。"(19頁、『友達』より)。

    これを劇場で見た観客は何を思っただろうか?

    『榎本武揚』は、安部公房先生にしては珍しい歴史・人物モノである。とはいえ展開がシュールなのは変わらない。幕末ファンかつSF好きには興味深い一品なのではないだろうか。


  • 『棒になった男』のシュールさ、『友達』の理不尽さ、『榎本武揚』のコミカルな会話劇と、バランスよく安部公房的作品が入った充実の1冊。

  • ノーベル文学賞にもっとも近かった作家
    安部公房さんの初読み「友達」ある日一人暮らしの男の部屋に見知らぬ男女9人の家族が押しかけて居座る。
    「棒になった男」ビル屋上から子供の目の前で
    飛び降りた中年男が棒もなり落下し男女の地獄調査官による検分を受ける。発想がぶっ飛んでいて不条理な戯曲は海外でも評価が高く米芸術科学アカデミー会員にも。



  •  安部公房の戯曲集。普段戯曲読まないので最初なかなか慣れないものの読み進めていくうちに世界観にのめり込んでいった。3作収められていて、なかでも「友達」という話が今の時代にも当てはまるような内容で好きだった。ある独身サラリーマンの家に赤の他人である8人家族が押し寄せてきて居座られてしまい屁理屈を浴び続ける。孤独ではいられない、ずっとそこに誰かがいて共感を求められ続けるシチュエーションはSNSと似たようなところがある。クソリプが延々と飛んできているかのような、話が通じない怖さが描かれている場面が一番オモシロかった。たとえば警察がやってきて事情を説明しても主人公1人が言っていることよりも多勢を占める家族たちの意見しか信じられないなど。もしかすると、これは民主主義そのものを揶揄しているのかもしれない。あとがきによると三島由紀夫は「友達」を最高傑作としていたらしい。
     「棒になった男」は三幕構成になっていて1つ目の「鞄」という話がとても舞台らしい話、つまり会話の醍醐味が溢れつつ、そのやり取りは少し不思議なトーンがこもっている。なので、大人計画の舞台ですと言われればそのまま信じそうになるくらい好きなテイストだった。三幕目が表題作の「棒になった男」。地獄の使者が登場するという話の内容自体はファンタジーなのだけど、舞台は新宿の街角、具体的にはアルタから大ガードあたりを想起させられて妙にリアルだった。実際に新宿の街角でこんな会話が繰り広げられているのでは?という気持ちにさえなった。安部公房の日常とそこからの飛躍はクセになる味わいなので引き続き読んでいきたい。

  • WOWOWで観た演劇がインパクトあったので原作を読了。
    阿部工房の戯曲集。友達のゾワゾワした感覚は今の時代でも。SNSも連帯感みたいなものだもんな。
    異常な状況や設定をすんなりと受け入れて話にのめり込めてしまうのは流石の名作。

  • ・「友達」は何これという感じだが、じわじわとこういう世界もあるかもという感じになる。
    ・「榎本武揚」は、パロディみたいだけれども、面白い。

  • ピースの又吉さんが紹介していたり、至る所で安部公房の名を目にするから読んでみた。
    安部公房をみんなが天才と言いたくなる気持ちはわかった。
    いわゆる戯曲というものを初めて読んだ。いい経験

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著者プロフィール

安部公房
大正十三(一九二四)年、東京に生まれる。少年期を旧満州の奉天(現在の藩陽)で過ごす。昭和二十三(一九四八)年、東京大学医学部卒業。同二十六年『壁』で芥川賞受賞。『砂の女』で読売文学賞、戯曲『友達』で谷崎賞受賞。その他の主著に『燃えつきた地図』『内なる辺境』『箱男』『方舟さくら丸』など。平成五(一九九三)年没。

「2019年 『内なる辺境/都市への回路』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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