アラスカ物語 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (480ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101122212

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  • 史実をもとにしたフランク安田こと安田恭輔の物語。
    明治から昭和にかけて、一人の日本人が極北のアラスカ大陸を股にかけた壮絶な闘いを繰り広げています。まさに神話のような一大叙事詩ともいえる物語にびっくり仰天です!

    海賊船を監視する米国船ベアー号の船員だった青年フランク安田。北極海の氷に閉ざされ身動きがとれなくなったベアー号と、食糧難に喘ぐ仲間を救出するため、独り船を降ります。降り立つそこは海の上、見渡すかぎりの氷原、アラスカ大陸の北端岬ポイントバローまでは最短でも150マイル(約240キロ)。太陽のない闇の季節、北極星はつむじの頂点にあって東西南北も定まりません。極寒の凍りついた海上を、わずかな食糧をたずさえて歩みだす凄まじい展開に息を呑みます。この世のものとは思えないオーロラが、ちっぽけな人間の決死の旅路をよそに乱舞するさまは、哀しいほど美しい。

    ポイントバローは海辺エスキモーが暮らす小さな村。フランク安田は彼らとともに生活しながら言葉を覚え、鯨やアザラシ猟にのぞみ、犬そりを巧みにあやつりながら次第に仲間に溶け込んでいきます。しかし、鯨の乱獲、白人が持ちこんだ麻疹……飢餓と疫病に苦しむ人々、多数の死者を出した村はたちまち存亡の危機に立たされます。

    「……白人は海から鯨を追い、陸からカリブーを追った。この次に追われるものはなんであろうか。おそらくそれは、わずかながら存在している原住民であろう。フランクはやり切れない気持ちになった」 (*カリブーはトナカイの一種)

    いやはや、本の頁を繰るのももどかしい、読みだしたら止まらなくなってしまいました。ロビンソン・クルーソーばりの安田の大冒険を支えるのは、広大なアラスカの自然、そこに暮らす野生動物と懸命に生きるエスキモーの詳細かつリアルな描写です。アラスカの地には、エスキモーの他にも、こんなにも多くの少数民族が暮らしていることを知って驚き、彼らインディアンたちとの相克、人種差別、当時のゴールドラッシュ、金鉱や砂金にむらがり狂乱する人々、野生動物の乱獲と自然破壊……見事に描いていきます。

    綿密な調査と目に映るような上手い描写、スケールの大きな物語にぞくぞくします。そしてなんといっても、フランク安田という男にぞっこん惚れ込んだ作者の吐息が行間から溢れています。まるで安田の人生まるごとすさまじい神聖喜劇になっていて、その笑いは哀愁をおび、アモールファティ(運命愛)を慈しみながら少しの現実逃避もありません。ひたすら生きることに挑戦した人間の、人生そのものの厳しさに唸ります。

    そういえば学生のころ、本多勝一さんの作品に熱中した時期がありました。『カナダ=エスキモー』というルポルタージュ本をながめて驚愕し、世界には大きな自然と叡智のもとに生きている人々がいるんだな~と感銘を受けた記憶が蘇ります。

    ふと、この作品もそのころに読んでおけばよかったなぁ……と少し後悔しましたが、いやいやどうして、本は出会いだ~、読めば吉日~、今だからこそ楽しめたのだ! な~んてほくそ笑みながら、(表紙の)湖沼にたたずむカリブー(いや、たぶん水草を食むムースだな)とアラスカの美しい峰々をうっとり眺めました。
    とても面白いです、お薦めします(^^♪

  • 読了後、放心状態。(9月はこの感じ多い)
    読み終わった後に涙が。。。
    それくらい心打たれる作品でした。

    アラスカの地でエスキモーの救世主となったフランク安田の生涯を綴った作品です。
    戦前~戦後の時代に、日本とはかけ離れたアラスカで90歳で亡くなるまで激闘の人生を送った人物。
    (この本読むまで彼のことは知らなかった。。。)
    正直、日本人っていうこと以外、共通点がなかったので読み切れるか自信がなかったのですが、冒頭(極寒のアラスカの大地に投げ出されるフランク安田)から物語に引き込まれます。

    詳細は省きますが、この小説がなぜこんなにも魅力的に感じたのか、自分なりにまとめてみました。
    3つの視点が相乗効果を生み、物語に厚みを出していると思いました。
    ①フランク安田の視点
     彼は自分自身が生きるため、エスキモー達を救うために、幾度となく厳しい決断を迫られます。
     フランクの命は彼一人の命ではなく、数百名のエスキモーの命でもあります。数々の苦境が訪れる度に迫られる決断。その決断をする際、彼はキーとなる人物に絶対的な信頼を寄せます。一度信用した人間は、誰が何と言おうと信じきるのです。
     自分の経験(話す内容、使う言葉、人と接する時の態度、表情等)とあらゆる角度で、その人物を分析し、信用に値する人物かどうかを時間をかけて見抜いていき、運命をその人物に委ねます。
    間違いは許されないプレッシャーの中で迫られる決断。
    私はそこに、現代で言えば経営者たるものの姿を見た気がしました。
    一本芯が通った真っすぐな性格ですが、それを表に出さない。そんな彼の人間性にも魅力を感じました。

    ②フランク安田を支える妻・ネビロの視点
     エスキモーの中では勉強熱心で、現代的な考え方をするネビロ。陰ながらフランクを支え続けます。
    フランクを心から尊敬し、信頼し、彼の右腕となりエスキモーだけでなく、自信の子どもも守っていく。
    苛酷な環境の中で自分の守るべきものをひたすら守っていきます。
     彼女の生きざまを見ていると自分が恥ずかしくなりました。もし、自分がネビロだったら、その大役を全うできるだろうか。また、あの環境の中、誰を恨むこともなく、夫だけでなく、他人を敬う気持ちを持てるだろうか。
    あまりに平和な世界にいるせいか、人として大切なものを忘れてしまっていることに気が付きました。
     
    ③著者・新田次郎の視点
     「アラスカ取材紀行」という章が最後にあるのですが、「アラスカ物語」のその後、ともいえる内容になっており、こちらも胸打つものがありました。
     著者の綿密な取材、それを臨場感あふれるものに仕立てあげ読者に伝える。アラスカの自然環境、歴史的背景、移り行く時代。文章を読み進めると、フランク安田の生きてきたアラスカの大地が目の前に広がります。彼の崇高な文章力、表現力、構成力があってこそフランク安田の人間性に厚みがでたのだと思います。
     
    そして、なんと言ってもラストが美しい。
    涙なしではいられません。

    ”「ネビロ、出てごらん、ダイヤモンドダストが日和山に振っている。きれいだなあ」”(抜粋)

    人は死ぬとき、人生で一番見たいものが目の前に現れるのかもしれません。老年、日本に帰るチャンスが何度か訪れましたが、フランクが日本に帰ることはありませんでした。人生の最期に彼が呼びたかった名前は誰だったのでしょうか。





     
     

  • 十五歳で日本を後にし、アメリカからアラスカにわたり、エスキモーの女性ネビロと結婚し、飢餓から一族を救出したフランク安田の物語。
    3年を費やし、200人余りのエスキモーを南下させ、ブルックス山脈を越えて、ビーバー村に移住します。
    その活躍から「ジャパニーズモーゼ」とも呼ばれています。
    不屈の精神、無私の心、すごい一生です。
    フランク安田の存在を今まで知りませんでした。
    感動しました。

  • 米国沿岸警備船のキャビンボーイとして渡米し、海獣の乱獲によって飢餓に瀕していた海岸エスキモーを率いて民族移動を達成し、ビーバー村を設立。フランク安田こと安田恭輔。東北での腕白な子供時代の安田恭輔とアラスカでジャパニーズモーゼと謳われたというフランク安田の数奇な人生を新田次郎が綴った小説。

    100年以上経ち、移動のし易さという意味で世界は小さくなったように感じるが、人の人生の奥行きも小さくなってはいないか?

    2020.3.29

  • 一度アラスカの地に降り立った後は日本に後ろ髪を引かれながらもエスキモー達のために全身全霊で尽くしたフランク。
    日本、アメリカ、エスキモーの魂を持つ彼が晩年に戦争の影響でアメリカによって強制収容所に入れられたのは人生における不条理極まりない。
    ネビロがアラスカの地にフランクを縛り付けているような気もしたが、フランクが日本に一度足を踏み入れたら帰ってこない気がするのも無理ない。
    彼がいなければエスキモーは生き残ることさえ困難になり、今の時代に血も伝統も受け継ぐことができなかっただろう
    こんなにも偉大な日本人を私たち日本人はもっと知っておくべき

  • 昔、著者の「銀嶺の人」を読み、いたく感動して「登山したい!」と思った記憶が蘇った。
    この度は、アラスカで、オーロラを観たい!ユーコン川が凍っていく様を観たいと、思わず駅にあるアラスカオーロラツアーのパンフレットを手に取ってしまった。
    でも80年近く前のこの物語の風景は既に幻か。それにマイナス40℃ムリ。

  • フランク安田さんの生涯。こんな人がいたなんて知らなかった。
    すごい苦労があったと思う。そして暑い日には読む極寒はいい。

  • 後世に語り継ぎたい日本人の偉人である。
    新田の綿密な取材と筆力あふれる大作。昔ながらの気質ながらやりとげる意思のある人物が魅力。女性も頼もしくてよろしい。失われた美徳を見るのはいいことだ。

  • 2019.2.2読了(図書館)
    ☆5

  • 大河小説というのだろうか。極北の大地でエスキモーの信頼を勝ち得た主人公の一生が圧倒的迫力で綴られている。

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著者プロフィール

新田次郎
一九一二年、長野県上諏訪生まれ。無線電信講習所(現在の電気通信大学)を卒業後、中央気象台に就職し、富士山測候所勤務等を経験する。五六年『強力伝』で直木賞を受賞。『縦走路』『孤高の人』『八甲田山死の彷徨』など山岳小説の分野を拓く。次いで歴史小説にも力を注ぎ、七四年『武田信玄』等で吉川英治文学賞を受ける。八〇年、死去。その遺志により新田次郎文学賞が設けられた。

「2022年 『まぼろしの軍師 新田次郎歴史短篇選』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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