海と毒薬 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101123028

感想・レビュー・書評

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  • 生きた人間を生きたまま殺す。

    みんな死んでいく時代、病院で死なん奴は毎晩、空襲で死ぬんや。
    例えそうだとしても医者がそれを言ってしまうのは…。
    どうせ助からんって治療に手を抜くのはどうなん?
    そんな時代だったとはいえ、苦しすぎる。

    生体解剖に関わった二人の医学生が対照的。
    勝呂は後悔の気持ちでいっぱい。
    戸田は後悔できない自分を責め続ける。

    実験台、生体解剖…考えただけで恐ろしい。人殺し。
    だけど、あの時代に起きた事、誰が責める事ができようか。
    戦争が人を狂わした。みんなきっと普通の人だった。

    「今、戸をあけてはいってきた父親もやはり戦争中には人間の一人や二人は殺したのかもしれない。」

  • 「日本もこの第一外科も、もうガタガタやな」「もう、なるようになれ。」(79ページ)精神が荒むと肉体をも同じように蝕まれてゆく。その逆もある。戦争で死が常に当たり前の生活。日常の空虚さがじわじわと思考を麻痺させていく。作品を読んでいると<罪を共有して一心同体>なんてどうかしている狂ってる…って思うけど、作品内の時代でこの流れだったら断れただろうか。自分だって同じように共同体の一員として協力または傍観していたかもしれない。

    実際に作品を読んでいるだけでも自分がこの雰囲気に染まっていきそうな気がした。ヒルダの「死ぬことがきまっても、殺す権利はだれにもありませんよ。神さまがこわくないのですか。あなたは神さまの罰を信じないのですか」(113ページ)という言葉にハッとし正気に戻ったような気がした。何かがおかしいと感じても、止まらずに進んでいく。疑うことも考えることも立ち止まることもしないで。

    信仰と死、良心と罪悪。様々な問題を問いかけられている。読み終えてからもずっと気持ちを揺さぶり続けられる作品です。とても深い問い。[メモ]プレミアムカバー(赤)・2017年積読消化42冊目。

  • ずっと気になっていた「遠藤周作」さんの本。

    「日本人とかいかなる人間か」を改めて考えさせられる。

    無宗教ゆえに、社会、世間からの目を基準に物事を判断してしまう心理。
    そこを基準にするからこそ、周りに流されて正しい判断ができなくなる。

    それぞれの人物が人体実験に手を出していってしまう様子。
    読みながら怖いと思う一方、その心理状況も分からなくはないと感じた。

    自分達がそういった思考になりやすいという事実を肝に銘じ、誤った判断をしないようにしなければならないと思う。

    <印象に残った言葉>
    ・ それならば、なぜこんな手記を今日、ぼくは書いたのだろう。不気味だからだ。他人の眼や社会の罰だけにしか恐れを感ぜず、それが除かれれば恐れも消える自分が不気味になってきたからだ。不気味といえば誇張がある。ふしぎのほうがピッタリとする。ぼくはあなた達にもききたい。あなた達もやはり、ぼくは同じように一皮むけば、他人の死、他人の苦しみにも無感動なのだろうか。多少のアクならば、社会から罰せられない以上はそれほどの後ろめたさ、恥ずかしさもなく今日まで通してきたのだろうか。そしてある日、そんな自分がふしぎだと感じたことがあるだろうか。(P145)

    ・ 今、戸田がほしいものは苛責だった。胸の烈しい痛みだった。心を引き裂くような後悔の念だった。だが、この手術室に戻ってきても、そうした感情はやっぱり起きてこなかった。普通の人とちがって、医学生である彼はむかしからひとりで手術後、手術室にはいることにはなれていた。そういう場合と今、どこがちがうのか、彼にはよく摑めなかった。(P182)

  • 人間の良心とは何か?を問う物語。
    太平洋戦争中に、捕虜となった米兵が臨床実験の被験者として使用された事件(九州大学生体解剖事件)を題材とした小説。

    元々著しく良心というものが欠如している人間も確かにいるとは思うけれど、本来多くの人は良心というものを持っているはずで、それによって自分の行動に制限をかけたりする。
    私自身、自分の醜い思いや考えにぞっとする瞬間はあるけれど、ぞっとするということは良心や理性が働いているから。
    だけど時代によっては普段とは逆のことが良しとされる場合もある。洗脳のようにそれが刷り込まれる場合もある。
    戦争だってそうで、おそらくその時代は一人でも多くの人を殺すことが良しとされていて、そういう最中では倫理観にも狂いが生じるのかもしれない。

    この小説はまさにそういう時代、日本人の医師たちが、捕虜のアメリカ人兵士を人体実験に使うまでが描かれていて、何も感じない者もいれば最後まで良心の呵責に悩まされる者もいる。
    それぞれの立場、野心、性格、正義感、いろんな要素が絡み合う。
    その心理が動く様が生々しくて、人間の恐ろしさを深く感じた。
    実際あった事件が題材になっているから、当時批判もあったそうで、著者が当初は続編にも意欲的だったけれど結局はっきりとした続編は書かれなかったらしい。“続編らしき小説”はあるみたいだけど。

    こういう人間の恐ろしかったり醜い部分を抉り出す小説の逃げない姿勢がとても好き。怖いけれど真理だと思う。

    個人的には、罪の意識って便利なものというか、「罪の意識があったからやらなかった」なら分かるけれど、実際やってしまった後に口にする「罪の意識」ってずるいと思う。
    殺人などの重犯罪だって、罪の意識があるかないかで裁判の結果が変わったりする。やったことの中身はどっちでも同じなのに。
    そういう意味でも、人間の良心って何だろう、と考える。
    周りの人間や状況に合わせて変える良心なんて、最初から良心とは呼べないのかもしれない。

  • 読んだ後、問いかけられる小説。
    印象的だったのは、戸田の感覚。
    私としては、ちょっと信じられないけれど、あ、こういう感覚で生きてる訳ね。と、重なる医者もちらほら。
    日本人の罪悪感って、社会や世間の目だけではないけど、そこに重きを置いてる人がけっこういるのは確か。
    欲や保身から、長いものに巻かれる人が多い気がする。
    確かに、外国人の方が純粋だと感じることはよくあるのだけど、過激だと思う一方、日本人て静かで、自分の意見を言わない割に陰湿。等々。
    私なりに色々と考えることがあった。
    現代よりも当時の方が日本人特有の倫理観は濃かっただろうから、ましてや戦争中であるし、よけいに対比され易かっただろうか。
    戦争って、日本人、欧米人の倫理観って、人間って。
    という問いがどんどん出てくる。
    これぞ小説。

  • 「良心の呵責」という言葉に該当するものが、英語圏にはあるのだろうか。ちょっと考えてみるとなかなか不思議な言葉だよなあこれ。よくベネディクトなんかを引き合いに出して「罪の文化と恥の文化」とか言うけど、それもほんとのとこはどうだかあやしいもんだし、生まれたときから神さまだとかお天道さまだとかお釈迦さまだとか世間さまだとか、いくつもの超越した視線に晒されていつも誰かれに対して申し訳なく思ってる日本人(僕だけかな)は、大小問わず罪を犯したときに、もはや誰に対して呵責を覚えるのかさえ分からなくなって、「良心」なんていう、いつの間に持たされたんだか分からない曖昧なものに(それが誰にしもあることを希みながら)すがっているだけなんじゃないかとか、思った。

    太宰『人間失格』の、「世間じゃない、あなたでしょう」って言葉、好きなんですけどね。ここでそれを引っぱってくるとちょっと話ややこしくなるんですけどね。

    最初事件とまったく関係ない「私」から始まって、勝呂医師を主人公にした神の視点、それから当日手術室にいた二人の独白、ていう構成が特殊だったけどおもしろかった。解説とかでは「不気味」さをゴリ推ししてるけどいまいち伝わらなかった。

  •  遠藤周作氏の作品の魅力は、人間の本質を深く掘り下げていることに加えて、物語の構造が頑丈で劇的で推進力に富むことにあると思います。その魅力に読者はぐいぐいと引き込まれてしまいます。

     この作品でも、外国人捕虜の生体解剖という戦時下での異常な事件を中心素材にして、権力欲や嫉妬心に駆られた人たちのエピソードを積み重ねつつ、人間の罪の意識や残虐性について氏は深く掘り下げていきます。「私」が気胸の治療を受ける町医者の日常の話で始まり、そこから町医者の過去をさかのぼり複数の視点を移動して広がっていく物語の劇的な展開も見事です。

     暗く重苦しいテーマのこの作品を一気に読ませてしまう手腕はさすがとしかいいようがありません。

  • 太平洋戦争中、捕虜の米兵を臨床実験の被験者にするという実際に発生した事件(九州大学生体解剖事件)を題材とした小説。神なき日本人の罪意識がテーマ。第5回新潮社文学賞、第12回毎日出版文化賞受賞作。

    リーダビリティーが高く、引き込まれた。
    凝った創り。すべてが終わったところから始まって、事件の始まる前に遡り、関係者それぞれの状況がそれぞれの立場からの一人称で語られ、事件の最中、事件直後の描写へと続く。
    事実に基づいているだけあって、空気感が圧倒的。
    物資がなく命が他愛なく消費される殺伐とした戦時中の時代の空気は重苦しく、肺結核で死んでいく患者達の描写はカミュのペストを彷彿とさせる。
    あらすじを知って、731部隊やナチスの人体実験を思い浮かべ、凄惨な描写を覚悟して読み進めていたので、病院の臨床実験のくだりの描写の薄さは拍子抜けだったが、だからといってテーマの重さは変わらない。

    タイトルの「毒薬」が「原罪」を意味しているのは明白だが、「海」は何だろう。
    自分が読後思ったのは、過去から未来へと連綿と続いていく人の営みだ。
    寄せては返す波のように、時代の振り子は揺れている。

  • 「海」と「毒薬」は何の比喩か。物語の内容とはあんまり関係ないけど、大学のときの教授が「倫理は内面から出てくるものだからある程度ゆるぎないけど、道徳は外圧だから状況に応じてかわるものなんだよー」って言ってたのを思い出した

  • 人間を生かすための人体実験のあり方に葛藤する医学生勝呂。引用にも載せたが、勝呂の友人戸田の台詞が読後、心の中ですごくもやもやしている。医学の進歩とはこういうものなのかもしれないけれども。

    感想が書きにくい。

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著者プロフィール

遠藤 周作(えんどう しゅうさく)
1923年3月27日 - 1996年9月29日
東京生まれ。父親の仕事で、幼少時代を満洲で過ごす。帰国後にカトリックの洗礼を受けた。1941年上智大学予科に入学したが、中退。慶應義塾大学文学部仏文科入学・卒業後、カトリック文学を学ぶためにフランスへの留学。帰国後の1954年『アデンまで』を発表し小説デビュー。1955年『白い人』で芥川賞を受賞し「第三の新人」として脚光を浴びた。
1958年『海と毒薬』で第5回新潮社文学賞及び第12回毎日出版文化賞、1966年『沈黙』で第2回谷崎潤一郎賞、1979年『キリストの誕生』で第30回読売文学賞評論・伝記賞、1980年『侍』で第33回野間文芸賞などそれぞれ受賞。1995年に文化勲章を受章している。
上記受賞作のほか、1993年刊行『深い河』もキリスト教と日本人をテーマにした代表作と見なされており、映画化された。60年代以降「狐狸庵山人」(こりあんさんじん)を名乗り、様々なエッセイを記した。数々の作品が欧米で翻訳され高い評価を受けており、存命中ノーベル文学賞候補だったこともよく知られている。

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