海と毒薬 (新潮文庫)

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  • 新潮社
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本棚登録 : 6775
レビュー : 792
  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101123028

感想・レビュー・書評

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  • 「日本もこの第一外科も、もうガタガタやな」「もう、なるようになれ。」(79ページ)精神が荒むと肉体をも同じように蝕まれてゆく。その逆もある。戦争で死が常に当たり前の生活。日常の空虚さがじわじわと思考を麻痺させていく。作品を読んでいると<罪を共有して一心同体>なんてどうかしている狂ってる…って思うけど、作品内の時代でこの流れだったら断れただろうか。自分だって同じように共同体の一員として協力または傍観していたかもしれない。

    実際に作品を読んでいるだけでも自分がこの雰囲気に染まっていきそうな気がした。ヒルダの「死ぬことがきまっても、殺す権利はだれにもありませんよ。神さまがこわくないのですか。あなたは神さまの罰を信じないのですか」(113ページ)という言葉にハッとし正気に戻ったような気がした。何かがおかしいと感じても、止まらずに進んでいく。疑うことも考えることも立ち止まることもしないで。

    信仰と死、良心と罪悪。様々な問題を問いかけられている。読み終えてからもずっと気持ちを揺さぶり続けられる作品です。とても深い問い。[メモ]プレミアムカバー(赤)・2017年積読消化42冊目。

  • 読んだ後、問いかけられる小説。
    印象的だったのは、戸田の感覚。
    私としては、ちょっと信じられないけれど、あ、こういう感覚で生きてる訳ね。と、重なる医者もちらほら。
    日本人の罪悪感って、社会や世間の目だけではないけど、そこに重きを置いてる人がけっこういるのは確か。
    欲や保身から、長いものに巻かれる人が多い気がする。
    確かに、外国人の方が純粋だと感じることはよくあるのだけど、過激だと思う一方、日本人て静かで、自分の意見を言わない割に陰湿。等々。
    私なりに色々と考えることがあった。
    現代よりも当時の方が日本人特有の倫理観は濃かっただろうから、ましてや戦争中であるし、よけいに対比され易かっただろうか。
    戦争って、日本人、欧米人の倫理観って、人間って。
    という問いがどんどん出てくる。
    これぞ小説。

  • 「良心の呵責」という言葉に該当するものが、英語圏にはあるのだろうか。ちょっと考えてみるとなかなか不思議な言葉だよなあこれ。よくベネディクトなんかを引き合いに出して「罪の文化と恥の文化」とか言うけど、それもほんとのとこはどうだかあやしいもんだし、生まれたときから神さまだとかお天道さまだとかお釈迦さまだとか世間さまだとか、いくつもの超越した視線に晒されていつも誰かれに対して申し訳なく思ってる日本人(僕だけかな)は、大小問わず罪を犯したときに、もはや誰に対して呵責を覚えるのかさえ分からなくなって、「良心」なんていう、いつの間に持たされたんだか分からない曖昧なものに(それが誰にしもあることを希みながら)すがっているだけなんじゃないかとか、思った。

    太宰『人間失格』の、「世間じゃない、あなたでしょう」って言葉、好きなんですけどね。ここでそれを引っぱってくるとちょっと話ややこしくなるんですけどね。

    最初事件とまったく関係ない「私」から始まって、勝呂医師を主人公にした神の視点、それから当日手術室にいた二人の独白、ていう構成が特殊だったけどおもしろかった。解説とかでは「不気味」さをゴリ推ししてるけどいまいち伝わらなかった。

  • 太平洋戦争中、捕虜の米兵を臨床実験の被験者にするという実際に発生した事件(九州大学生体解剖事件)を題材とした小説。神なき日本人の罪意識がテーマ。第5回新潮社文学賞、第12回毎日出版文化賞受賞作。

    リーダビリティーが高く、引き込まれた。
    凝った創り。すべてが終わったところから始まって、事件の始まる前に遡り、関係者それぞれの状況がそれぞれの立場からの一人称で語られ、事件の最中、事件直後の描写へと続く。
    事実に基づいているだけあって、空気感が圧倒的。
    物資がなく命が他愛なく消費される殺伐とした戦時中の時代の空気は重苦しく、肺結核で死んでいく患者達の描写はカミュのペストを彷彿とさせる。
    あらすじを知って、731部隊やナチスの人体実験を思い浮かべ、凄惨な描写を覚悟して読み進めていたので、病院の臨床実験のくだりの描写の薄さは拍子抜けだったが、だからといってテーマの重さは変わらない。

    タイトルの「毒薬」が「原罪」を意味しているのは明白だが、「海」は何だろう。
    自分が読後思ったのは、過去から未来へと連綿と続いていく人の営みだ。
    寄せては返す波のように、時代の振り子は揺れている。

  • 久々に、物凄い小説に出会いました。
    「限りなく透明に近いブルー」を読んだ時に似た感覚。
    凄まじい力を秘めていて、圧倒される。攻撃力高い。
    ホラーとは別の、本能的に背筋が凍る怖さ。
    読んで暫くは放心状態になりました。

    お話は、戦時中実際にあった、九州帝国大学医学部での捕虜の生体解剖をベースに、創作されている。
    生体解剖に関わった医者、看護婦のバックグラウンド、実験の様子なんかは完全に創作だろうけど、凄まじいリアリティ。
    完全なノンフィクションではないけれど、事実はあったということが尚更ゾッとする。
    完全な事実であっても可笑しくないんだな、って。

    ・生体解剖の是非
    戦争中の殺人は罪には問われない。ならば、どうして戦争中の人体実験は罪になるのか?
    しかも、人体実験は今後の医療に役立てられる=多くの人を救える。
    闇雲に殺すよりは、遥かに生産的。
    でも、何か、心の奥底で引っ掛かる。それは違う。では何が違う?答えられない。でも、やっぱり心が拒絶する。それは何故?
    外を見れば空襲で何万人という人々が死んで行く。
    貴重な薬を使って、助からない命を延命させることに意味はあるのだろうか?
    この患者が死んだところで、次々と新しい患者が運ばれてくる。
    それでも、目の前の命を救おうとする医者の意義って何だろうか?
    そんな絶望感の中で、生体解剖にNoと言えない、でも、手を下せない。
    勝呂医師の心とシンクロしてしまった。
    全部読んだけど、生体解剖の是非は、私には分からなかった。

    ・宗教
    この作品のテーマは、「宗教を持たない日本人故の残酷さ」というのもあるらしい。
    確かに、宗教は行動の指針となって、私達の軸となってくれる部分があるのだろう。
    だから、宗教を信じる人は軸がブレない、と。
    それは確かに一理あるけど、結局戦争に参加して、皆と同じように殺戮を行っていたという事実は変わらない。
    ただ、カッコイイ尤もらしい理由を都合良く後付けできるだけ。
    無宗教だから残虐になれるのか?それはいささか疑問。
    でも、納得する部分はある。
    自分の中に絶対的な物がある人は、そこからブレることはないから。
    逆に、そういうのがない人は、何処へでも流れやすい。
    じゃあ、何が人を動かすのだろう?
    ・・・
    と、私の頭の中は色々と考えで溢れている訳ですよ。
    とても、考えさせられる本でした。文句なしの☆5つ。
    初・遠藤周作だったけど、他のも読んでみたい。
    何か、続編があるらしいと聞いたぞよ。
    元演劇部としては、ちょっと芝居に起こしてみたい作品。

  • 祖母はこの本を「こんなもの、読まなくたっていい」と苦い顔で放った。そうした読後になってしまう人がいるのも致し方ない。この本はそれだけ真摯に、目を背けてしまいがちな人間の内側に向き合っている。初めて手にした高校生の頃から何度も読み返しているが、この先も読み返し続けて、考え続けることと思う。こちらを読んだら、悲しみの歌もぜひ。

  • 久しぶりに読んでみた。
    生体解剖。
    異常な状況の異常な事件。
    命令ならやってしまう。
    戦争。

  • この作品は以前、私が高校生だった頃
    何か読書感想文を書かねばならない、という時に
    短そうだからという安易な理由で元は購入したものである。
    その時の記憶では、
    なんとなく遠藤周作って暗い雰囲気の本を書くんだなー
    くらいの認識しかもちあわせていなかった。

    今こうして読んでみると、
    確かに全体として短調のトーンで描かれている。
    だが単に暗いイメージを持たせるような書き方ではなく、
    何というか、一つ一つのフレーズが心の奥底に鐘のように響き渡る
    印象を得た。
    読者としてはその鐘の響きを更に自分の中で反芻しながら読んでいった結果、気づいたら終わっていた、という感覚であった。

  • 元旦に読むには重過ぎたかもですが、このページの薄さを感じさせない厚みのある内容。最初から最後まで海独特のほの暗い鬱々とした雰囲気が付き纏います。
    戦時中の医療現場が生々しく描かれてるのでダメな人はダメかも。

    生体解剖に手を出さなかった、というより出せなかった勝呂。
    みんな倫理に反することだって知ってるのに、実験のための生体解剖に手を出す。方向性は違えど理由があるからなんですよね。
    一人確固たる理由がないのに流れに逆らえなかった勝呂だけど、抗おうと思えば抗えたはず。できなかったのは彼が医者だったからじゃないかな。
    戦争物の作品では罪なき人間の命が失われていくけど、今回の捕虜は完全に物扱いですよね。
    でも時代のせいにはできないと思いました。
    親父や浅井や上田や戸田、そして勝呂。彼らの罪に差はないと思います。

  • 新年から読む本ではなかったかな...
    薄い本だけどずっしりくる。

著者プロフィール

遠藤 周作(えんどう しゅうさく)
1923年3月27日 - 1996年9月29日
東京生まれ。父親の仕事で、幼少時代を満洲で過ごす。帰国後にカトリックの洗礼を受けた。1941年上智大学予科に入学したが、中退。慶應義塾大学文学部仏文科入学・卒業後、カトリック文学を学ぶためにフランスへの留学。帰国後の1954年『アデンまで』を発表し小説デビュー。1955年『白い人』で芥川賞を受賞し「第三の新人」として脚光を浴びた。
1958年『海と毒薬』で第5回新潮社文学賞及び第12回毎日出版文化賞、1966年『沈黙』で第2回谷崎潤一郎賞、1979年『キリストの誕生』で第30回読売文学賞評論・伝記賞、1980年『侍』で第33回野間文芸賞などそれぞれ受賞。1995年に文化勲章を受章している。
上記受賞作のほか、1993年刊行『深い河』もキリスト教と日本人をテーマにした代表作と見なされており、映画化された。60年代以降「狐狸庵山人」(こりあんさんじん)を名乗り、様々なエッセイを記した。数々の作品が欧米で翻訳され高い評価を受けており、存命中ノーベル文学賞候補だったこともよく知られている。

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