海と毒薬 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101123028

感想・レビュー・書評

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  • 生きた人間を生きたまま殺す。

    みんな死んでいく時代、病院で死なん奴は毎晩、空襲で死ぬんや。
    例えそうだとしても医者がそれを言ってしまうのは…。
    どうせ助からんって治療に手を抜くのはどうなん?
    そんな時代だったとはいえ、苦しすぎる。

    生体解剖に関わった二人の医学生が対照的。
    勝呂は後悔の気持ちでいっぱい。
    戸田は後悔できない自分を責め続ける。

    実験台、生体解剖…考えただけで恐ろしい。人殺し。
    だけど、あの時代に起きた事、誰が責める事ができようか。
    戦争が人を狂わした。みんなきっと普通の人だった。

    「今、戸をあけてはいってきた父親もやはり戦争中には人間の一人や二人は殺したのかもしれない。」

  • 「日本もこの第一外科も、もうガタガタやな」「もう、なるようになれ。」(79ページ)精神が荒むと肉体をも同じように蝕まれてゆく。その逆もある。戦争で死が常に当たり前の生活。日常の空虚さがじわじわと思考を麻痺させていく。作品を読んでいると<罪を共有して一心同体>なんてどうかしている狂ってる…って思うけど、作品内の時代でこの流れだったら断れただろうか。自分だって同じように共同体の一員として協力または傍観していたかもしれない。

    実際に作品を読んでいるだけでも自分がこの雰囲気に染まっていきそうな気がした。ヒルダの「死ぬことがきまっても、殺す権利はだれにもありませんよ。神さまがこわくないのですか。あなたは神さまの罰を信じないのですか」(113ページ)という言葉にハッとし正気に戻ったような気がした。何かがおかしいと感じても、止まらずに進んでいく。疑うことも考えることも立ち止まることもしないで。

    信仰と死、良心と罪悪。様々な問題を問いかけられている。読み終えてからもずっと気持ちを揺さぶり続けられる作品です。とても深い問い。[メモ]プレミアムカバー(赤)・2017年積読消化42冊目。

  • ずっと気になっていた「遠藤周作」さんの本。

    「日本人とかいかなる人間か」を改めて考えさせられる。

    無宗教ゆえに、社会、世間からの目を基準に物事を判断してしまう心理。
    そこを基準にするからこそ、周りに流されて正しい判断ができなくなる。

    それぞれの人物が人体実験に手を出していってしまう様子。
    読みながら怖いと思う一方、その心理状況も分からなくはないと感じた。

    自分達がそういった思考になりやすいという事実を肝に銘じ、誤った判断をしないようにしなければならないと思う。

    <印象に残った言葉>
    ・ それならば、なぜこんな手記を今日、ぼくは書いたのだろう。不気味だからだ。他人の眼や社会の罰だけにしか恐れを感ぜず、それが除かれれば恐れも消える自分が不気味になってきたからだ。不気味といえば誇張がある。ふしぎのほうがピッタリとする。ぼくはあなた達にもききたい。あなた達もやはり、ぼくは同じように一皮むけば、他人の死、他人の苦しみにも無感動なのだろうか。多少のアクならば、社会から罰せられない以上はそれほどの後ろめたさ、恥ずかしさもなく今日まで通してきたのだろうか。そしてある日、そんな自分がふしぎだと感じたことがあるだろうか。(P145)

    ・ 今、戸田がほしいものは苛責だった。胸の烈しい痛みだった。心を引き裂くような後悔の念だった。だが、この手術室に戻ってきても、そうした感情はやっぱり起きてこなかった。普通の人とちがって、医学生である彼はむかしからひとりで手術後、手術室にはいることにはなれていた。そういう場合と今、どこがちがうのか、彼にはよく摑めなかった。(P182)

  • 人間の良心とは何か?を問う物語。
    太平洋戦争中に、捕虜となった米兵が臨床実験の被験者として使用された事件(九州大学生体解剖事件)を題材とした小説。

    元々著しく良心というものが欠如している人間も確かにいるとは思うけれど、本来多くの人は良心というものを持っているはずで、それによって自分の行動に制限をかけたりする。
    私自身、自分の醜い思いや考えにぞっとする瞬間はあるけれど、ぞっとするということは良心や理性が働いているから。
    だけど時代によっては普段とは逆のことが良しとされる場合もある。洗脳のようにそれが刷り込まれる場合もある。
    戦争だってそうで、おそらくその時代は一人でも多くの人を殺すことが良しとされていて、そういう最中では倫理観にも狂いが生じるのかもしれない。

    この小説はまさにそういう時代、日本人の医師たちが、捕虜のアメリカ人兵士を人体実験に使うまでが描かれていて、何も感じない者もいれば最後まで良心の呵責に悩まされる者もいる。
    それぞれの立場、野心、性格、正義感、いろんな要素が絡み合う。
    その心理が動く様が生々しくて、人間の恐ろしさを深く感じた。
    実際あった事件が題材になっているから、当時批判もあったそうで、著者が当初は続編にも意欲的だったけれど結局はっきりとした続編は書かれなかったらしい。“続編らしき小説”はあるみたいだけど。

    こういう人間の恐ろしかったり醜い部分を抉り出す小説の逃げない姿勢がとても好き。怖いけれど真理だと思う。

    個人的には、罪の意識って便利なものというか、「罪の意識があったからやらなかった」なら分かるけれど、実際やってしまった後に口にする「罪の意識」ってずるいと思う。
    殺人などの重犯罪だって、罪の意識があるかないかで裁判の結果が変わったりする。やったことの中身はどっちでも同じなのに。
    そういう意味でも、人間の良心って何だろう、と考える。
    周りの人間や状況に合わせて変える良心なんて、最初から良心とは呼べないのかもしれない。

  • 読んだ後、問いかけられる小説。
    印象的だったのは、戸田の感覚。
    私としては、ちょっと信じられないけれど、あ、こういう感覚で生きてる訳ね。と、重なる医者もちらほら。
    日本人の罪悪感って、社会や世間の目だけではないけど、そこに重きを置いてる人がけっこういるのは確か。
    欲や保身から、長いものに巻かれる人が多い気がする。
    確かに、外国人の方が純粋だと感じることはよくあるのだけど、過激だと思う一方、日本人て静かで、自分の意見を言わない割に陰湿。等々。
    私なりに色々と考えることがあった。
    現代よりも当時の方が日本人特有の倫理観は濃かっただろうから、ましてや戦争中であるし、よけいに対比され易かっただろうか。
    戦争って、日本人、欧米人の倫理観って、人間って。
    という問いがどんどん出てくる。
    これぞ小説。

  • 「良心の呵責」という言葉に該当するものが、英語圏にはあるのだろうか。ちょっと考えてみるとなかなか不思議な言葉だよなあこれ。よくベネディクトなんかを引き合いに出して「罪の文化と恥の文化」とか言うけど、それもほんとのとこはどうだかあやしいもんだし、生まれたときから神さまだとかお天道さまだとかお釈迦さまだとか世間さまだとか、いくつもの超越した視線に晒されていつも誰かれに対して申し訳なく思ってる日本人(僕だけかな)は、大小問わず罪を犯したときに、もはや誰に対して呵責を覚えるのかさえ分からなくなって、「良心」なんていう、いつの間に持たされたんだか分からない曖昧なものに(それが誰にしもあることを希みながら)すがっているだけなんじゃないかとか、思った。

    太宰『人間失格』の、「世間じゃない、あなたでしょう」って言葉、好きなんですけどね。ここでそれを引っぱってくるとちょっと話ややこしくなるんですけどね。

    最初事件とまったく関係ない「私」から始まって、勝呂医師を主人公にした神の視点、それから当日手術室にいた二人の独白、ていう構成が特殊だったけどおもしろかった。解説とかでは「不気味」さをゴリ推ししてるけどいまいち伝わらなかった。

  •  遠藤周作氏の作品の魅力は、人間の本質を深く掘り下げていることに加えて、物語の構造が頑丈で劇的で推進力に富むことにあると思います。その魅力に読者はぐいぐいと引き込まれてしまいます。

     この作品でも、外国人捕虜の生体解剖という戦時下での異常な事件を中心素材にして、権力欲や嫉妬心に駆られた人たちのエピソードを積み重ねつつ、人間の罪の意識や残虐性について氏は深く掘り下げていきます。「私」が気胸の治療を受ける町医者の日常の話で始まり、そこから町医者の過去をさかのぼり複数の視点を移動して広がっていく物語の劇的な展開も見事です。

     暗く重苦しいテーマのこの作品を一気に読ませてしまう手腕はさすがとしかいいようがありません。

  • 太平洋戦争中、捕虜の米兵を臨床実験の被験者にするという実際に発生した事件(九州大学生体解剖事件)を題材とした小説。神なき日本人の罪意識がテーマ。第5回新潮社文学賞、第12回毎日出版文化賞受賞作。

    リーダビリティーが高く、引き込まれた。
    凝った創り。すべてが終わったところから始まって、事件の始まる前に遡り、関係者それぞれの状況がそれぞれの立場からの一人称で語られ、事件の最中、事件直後の描写へと続く。
    事実に基づいているだけあって、空気感が圧倒的。
    物資がなく命が他愛なく消費される殺伐とした戦時中の時代の空気は重苦しく、肺結核で死んでいく患者達の描写はカミュのペストを彷彿とさせる。
    あらすじを知って、731部隊やナチスの人体実験を思い浮かべ、凄惨な描写を覚悟して読み進めていたので、病院の臨床実験のくだりの描写の薄さは拍子抜けだったが、だからといってテーマの重さは変わらない。

    タイトルの「毒薬」が「原罪」を意味しているのは明白だが、「海」は何だろう。
    自分が読後思ったのは、過去から未来へと連綿と続いていく人の営みだ。
    寄せては返す波のように、時代の振り子は揺れている。

  • 「海」と「毒薬」は何の比喩か。物語の内容とはあんまり関係ないけど、大学のときの教授が「倫理は内面から出てくるものだからある程度ゆるぎないけど、道徳は外圧だから状況に応じてかわるものなんだよー」って言ってたのを思い出した

  • 人間を生かすための人体実験のあり方に葛藤する医学生勝呂。引用にも載せたが、勝呂の友人戸田の台詞が読後、心の中ですごくもやもやしている。医学の進歩とはこういうものなのかもしれないけれども。

    感想が書きにくい。

  • 久々に、物凄い小説に出会いました。
    「限りなく透明に近いブルー」を読んだ時に似た感覚。
    凄まじい力を秘めていて、圧倒される。攻撃力高い。
    ホラーとは別の、本能的に背筋が凍る怖さ。
    読んで暫くは放心状態になりました。

    お話は、戦時中実際にあった、九州帝国大学医学部での捕虜の生体解剖をベースに、創作されている。
    生体解剖に関わった医者、看護婦のバックグラウンド、実験の様子なんかは完全に創作だろうけど、凄まじいリアリティ。
    完全なノンフィクションではないけれど、事実はあったということが尚更ゾッとする。
    完全な事実であっても可笑しくないんだな、って。

    ・生体解剖の是非
    戦争中の殺人は罪には問われない。ならば、どうして戦争中の人体実験は罪になるのか?
    しかも、人体実験は今後の医療に役立てられる=多くの人を救える。
    闇雲に殺すよりは、遥かに生産的。
    でも、何か、心の奥底で引っ掛かる。それは違う。では何が違う?答えられない。でも、やっぱり心が拒絶する。それは何故?
    外を見れば空襲で何万人という人々が死んで行く。
    貴重な薬を使って、助からない命を延命させることに意味はあるのだろうか?
    この患者が死んだところで、次々と新しい患者が運ばれてくる。
    それでも、目の前の命を救おうとする医者の意義って何だろうか?
    そんな絶望感の中で、生体解剖にNoと言えない、でも、手を下せない。
    勝呂医師の心とシンクロしてしまった。
    全部読んだけど、生体解剖の是非は、私には分からなかった。

    ・宗教
    この作品のテーマは、「宗教を持たない日本人故の残酷さ」というのもあるらしい。
    確かに、宗教は行動の指針となって、私達の軸となってくれる部分があるのだろう。
    だから、宗教を信じる人は軸がブレない、と。
    それは確かに一理あるけど、結局戦争に参加して、皆と同じように殺戮を行っていたという事実は変わらない。
    ただ、カッコイイ尤もらしい理由を都合良く後付けできるだけ。
    無宗教だから残虐になれるのか?それはいささか疑問。
    でも、納得する部分はある。
    自分の中に絶対的な物がある人は、そこからブレることはないから。
    逆に、そういうのがない人は、何処へでも流れやすい。
    じゃあ、何が人を動かすのだろう?
    ・・・
    と、私の頭の中は色々と考えで溢れている訳ですよ。
    とても、考えさせられる本でした。文句なしの☆5つ。
    初・遠藤周作だったけど、他のも読んでみたい。
    何か、続編があるらしいと聞いたぞよ。
    元演劇部としては、ちょっと芝居に起こしてみたい作品。

  • とある大学病院で戦時中に捕虜の人体実験が行われた話。
    人体実験が良いことか悪いことかの前に、良心とは何か?を投げかけている。

  • するするするすると読めてしまった。食わず嫌いしてた。
    登場人物を類型化しすぎなきらいがなくもないけど、この小説で探りたいことはこうじゃなきゃ見えてこないんだろう。

  • 祖母はこの本を「こんなもの、読まなくたっていい」と苦い顔で放った。そうした読後になってしまう人がいるのも致し方ない。この本はそれだけ真摯に、目を背けてしまいがちな人間の内側に向き合っている。初めて手にした高校生の頃から何度も読み返しているが、この先も読み返し続けて、考え続けることと思う。こちらを読んだら、悲しみの歌もぜひ。

  • 戦争という希望のない環境下、人間がいかに堕ちていくか?
    所詮、人間の中にあるのは絶対的な正義や聖人のような良心ではなく、社会や環境によって変動する同調や連帯であるのかもしれないと絶望感を感じさせる作。

  • 平凡な暮らしを、出来たら人よりちょっと良い暮らしを望む、ごく普通の医学生が、戦争末期の海にのまれて、米軍捕虜の生体解剖に参加する。

    良心とは。
    罪とは。
    罰とは。

    生体解剖は、戦争という「異常」な状態だったから起きたのか?
    参加者は「異常者」だったのか?
    きっとそうではないんでしょう。

    異常と正常の境目は常に曖昧で、日常の延長線上にそれはあって、
    誰もがどこかで踏み越える可能性を抱えている。
    そのラインを前に、私たちを踏み止まらせるのが良心であり、神なのかなと思った。

  • 暗いけれど、さすが名作。読みごたえ抜群。これを読んでいたらえらい暗い話読んでるねとつっこまれた。

  • 久しぶりに読んでみた。
    生体解剖。
    異常な状況の異常な事件。
    命令ならやってしまう。
    戦争。

  • 「海と毒薬」1957年発表。遠藤周作さん。

    「いつかは読もうと何十年も思っていて読んでなかった本」シリーズ。

    #

    戦後わずか12年目の発表です。

    不勉強で良く知りませんが、実際に戦中末期に、九州の医大で「米軍の捕虜を生体実験解剖をして、殺した」という事件があったそうなんです。

    その事件を素にして書かれた小説だそう。

    #

    1945年です。戦争末期です。

    主人公は九州の医大に勤務する青年医師の「勝呂」。同じく青年医師の「戸田」。そしてその病院で看護婦をしている「上田」。

    今と変わらぬ「白い巨塔」。医大の人間模様がまず描かれる。勢力争い。政治。そのためのオペ。

    「白い巨塔」に精神的に疲弊している、純粋な勝呂医師。
    ニヒルで虚無的でしたたかに見える戸田医師。
    黙々と働いている上田看護婦。

    軍部から降って湧いた「米軍捕虜の生体解剖実験」。それに下っ端として参加することになる勝呂と戸田。そして上田。

    それぞれに、気が重く、罪悪感がありながら、当日の現場を迎える。

    戸田は気持ちがダウンしてしまって、見ているだけになる。

    そして、無事に解剖実験は終わる。

    #

    それだけの話なんです。「何が起こるか」で言うと。

    章ごとに、「勝呂⇒上田⇒戸田」と視点を変えながら、ひとりひとりがどういう育ちをした人で、どういう過去を背負っていて、どういう気持ちで参加したのか、ということをとてもグリグリと描いています。そこンところが実に面白い。
    事件そのものではなくて、そこに巻き込まれた「ひと」と「心理」を描きます。実に小説らしい小説です。
    (熊井啓監督、渡辺謙、奥田瑛二主演で映画化されました。遠い昔に観た記憶がありますが、今回読んでみて、「原作の方が圧倒的に面白かった」という感想。)

    気が弱く、良心の咎めを受けながらも、流されて行く勝呂医師。

    結婚に失敗し、子供と死別して、虚無的に、自暴自棄に、そして僻みに生きる中で参加する上田看護婦。

    子供の頃から優等で特別扱いで、大人の要求を満たして自己実現するズルイ男、戸田。

    この中で、印象に残ったのは、家族も子供も失って、淋しい極北に孤独に生きる上田看護婦。
    ゆきずりに癒しを求めてくる上司に体を許してしまう。もはや、守るべきものがないのだ。

    そして、自分の中にモラルが無いことを自覚している戸田医師。
    どこまで、自分はずるいことをして、ひどいことをして、許されてしまうのか?

    このふたりの有りようを見つめていくことで、「心の中に、何かしらかの神を持っていない人間の、きしみ、というか。辛さというか。寂しさというか」

    そういう風景が実に鮮やかに広がって行きます。

    何も断罪することもなく、弁護も非難もせずに。実に小説らしい小説。名作だと思いました。

    #

    ちなみに。
    「海と毒薬」が1957年発表だそうで。
    そして、山崎豊子さんの「白い巨塔」が1965年だそう。

    大学病院の、権威、競争、組織、みたいな力学については、遠藤周作さんが一歩早く、小説化していたんですね。

    (ふと思ったのですが、「白い巨塔」も未読でした。
    唐沢寿明さん主演のテレビドラマで見ただけで。
    あれはテレビドラマとして大変に傑作だったのですが、原作もこれを機会に読んでみようかなと思いました)

  • なんか怖かった。寝る前に読んだらうなされた…

  •  戦時下の狂乱の世界の一部を切り取った作品。そしてその後、追った罪と罰の重さ。ただし、その罪と罰をどう感じればよいのか。
     命の価値は変わらないはずであるが、実際にあった戦時下の人体実験を元に作られた作品。実験に参加した人間は狂人だったのか、狂人でなければ、誰が罪を負わせ、どう罰を受ければいいのか。
     今なおその倫理を説明できる人はきっとおらず、また日本人だからこその不気味さを感じる作品。罪と罰はどこにあるのか、誰がもたらすのか。神のいない日本人が包括している救われない問題作。

  • なぜ、断れなかったのか。著者はすべての読者に問いかけている。

    小説は何気ない日常から始まる。ふつうのまちでの、何気ない一日。我々読者が住んでいる世界と何ら変わらない。しかしこの日常は紙一重で地獄のような戦争体験とつながっている。まちの住人は戦争体験者で、人を殺した経験があるという。そして勝呂医師の過去。地獄絵図と日常は対比されながら、一方でつながり合っている。病院での登場人物もいたってふつうの感覚の持ち主である。僕は戸田の少年期の回想に共感してしまった部分もあった。(程度差はあれ、共感した人は多いのではないか)この残酷な事件を、我々読者の感覚から切り離さず、「同じ立場だったら」と考えさせる展開になっている。そして断れなかった理由を、著者は「運命」、人間の意思を超えて人間を飲み込もうとするどす黒い流れ、と呼んでいる。
    ひとつは、戦時中の異常さは抜きにはできないということだ。まわりでは無数の人間が何の意味もなく死んでいく。このようななかで、多くの人の間で無気力さ、虚脱感、自分の人生を大事にできない感覚、が共有されていたのではないか。これが流れをつくっていたのではないか。しかし「戦争」という日常の対立概念をもちだして彼らの心理を説明することは著者の本意ではない。戦争下ではなくとも、このような悪い流れが存在することも、ある。

  • 戦中に発生した米軍捕虜に対する生体解剖を題材にした問題作。ある事件を題材に深層心理を深く考察する作品としては『金閣寺』が有名だが、本作品の特徴は遠藤周作が得意とする日本人ならではの特性と心理描写であろう。ある者は栄達から、ある者は色情から、ある者は無策から、運命の日のオペに立ち会う。

    遠藤周作は、人道的や倫理観からの勧善懲悪の二元論ではなく、日本人の持つ複雑な心理を熟知し、人間が本質的に具える残虐性が戦争というトリガーによって引き起こされ、背徳を抱きつつも生体解剖に至るまでを重層的に描き出す。冒頭の日常感が、その異常性を際立たせる。

    『沈黙』同様、全体に漂う陰鬱な雰囲気はあるが、読み応えのある名作だ。

  • 少々ネタバレです。



    私にとって二冊目の遠藤周作。
    第二次世界大戦中の九州大医学部で起きた、米兵捕虜を生きたまま解剖する、というおぞましい事件を題材にした小説。
    作者が、神なき日本人の罪の意識や、民族性を描き出そうとした問題作。

    上記の解剖シーンと比較される目的で、他二件の臨床シーンが出てくる。ひとつの焦点は、敬虔なキリスト教信者(教授の外国人妻)が「神が怖くないのか」と正しくあろうとする姿とその行動に嫌悪・嫉妬する看護師の心の動き、もうひとつの焦点は、故意ではなく手術の失敗によりある患者を死に至らしめてしまったその際の医師群の動揺と行動。

    結局日本人の罪の意識がどうだったかというと、これは個人毎の人生の経緯、価値観、感受性によって異なるようで、日本人だからこう、とは言えないように思った。何か特定の宗教を熱心に信心していたからといって、必ずしや道徳に反かずにきれいに生きられるとは限らない。戦争中なら尚更だ。(むしろ宗教がきっかけとなり始まった戦争の多いこと…。)
    このテーマを、戦争中という正常でない時代の出来事に落とし込んだのは、少し残酷な気がする。

    しかし、生体解剖中の傍観者たちの描写には、日本人特有の同調圧力のようなものがうまく表れているように思った。

    そしてその手術が終わった後、そっと手術室に戻った二人の医師を描いた場面が秀逸。胸を締め付けられた。

    すごく良い小説だった。やはり名作と名高いものには理由がある。生涯に渡り手元において何度も読み返したい。

  • 戦時中の病院の様子、生活の様子がみてとれて興味深かった。何度も読み直したい。

    正常と異常の境、それはわかりやすい形で手にとれるものではなく、知らぬ間に近所に潜んでいるものなのかもしれない。

  • 良いは良い。が、せめて15年ほど前に読んでおくべきだった。

  • この作品は以前、私が高校生だった頃
    何か読書感想文を書かねばならない、という時に
    短そうだからという安易な理由で元は購入したものである。
    その時の記憶では、
    なんとなく遠藤周作って暗い雰囲気の本を書くんだなー
    くらいの認識しかもちあわせていなかった。

    今こうして読んでみると、
    確かに全体として短調のトーンで描かれている。
    だが単に暗いイメージを持たせるような書き方ではなく、
    何というか、一つ一つのフレーズが心の奥底に鐘のように響き渡る
    印象を得た。
    読者としてはその鐘の響きを更に自分の中で反芻しながら読んでいった結果、気づいたら終わっていた、という感覚であった。

  • 私の進路に、最も影響したかもしれない本。
    とにかく考えさせられる。日本人とは何なのか。こんなに薄い本なのに、訴えてくる内容は重くて、難しい。

  • 確か実際にあった事件が題材になっていたと記憶する。
    これが本当にあったと思うと,非人道的であり,嫌悪感を抱く。直接的な原因ではなくても,戦争によって人間の道徳心が崩壊されたのであれば,あまりにも酷い話である。

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著者プロフィール

遠藤 周作(えんどう しゅうさく)
1923年3月27日 - 1996年9月29日
東京生まれ。父親の仕事で、幼少時代を満洲で過ごす。帰国後にカトリックの洗礼を受けた。1941年上智大学予科に入学したが、中退。慶應義塾大学文学部仏文科入学・卒業後、カトリック文学を学ぶためにフランスへの留学。帰国後の1954年『アデンまで』を発表し小説デビュー。1955年『白い人』で芥川賞を受賞し「第三の新人」として脚光を浴びた。
1958年『海と毒薬』で第5回新潮社文学賞及び第12回毎日出版文化賞、1966年『沈黙』で第2回谷崎潤一郎賞、1979年『キリストの誕生』で第30回読売文学賞評論・伝記賞、1980年『侍』で第33回野間文芸賞などそれぞれ受賞。1995年に文化勲章を受章している。
上記受賞作のほか、1993年刊行『深い河』もキリスト教と日本人をテーマにした代表作と見なされており、映画化された。60年代以降「狐狸庵山人」(こりあんさんじん)を名乗り、様々なエッセイを記した。数々の作品が欧米で翻訳され高い評価を受けており、存命中ノーベル文学賞候補だったこともよく知られている。

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