海と毒薬 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101123028

感想・レビュー・書評

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  • 私には珍しく読書。
    熊井啓監督の映画版『海と毒薬』を観るための予習として読みました。たぶん皆さん悩まれる「原作を読むのが先か、映画版を観るのが先か問題」に私も直面する。基本的には「映画を先に観る派」で、理由は原作を先に読むと、どうしても端折られたりイメージと違ったりして不満に思うことが多いため。だけど今回は、原作本をすでに所持していたから先に読みたくなった。
    買ったのは3年程前、『沈黙』の二度目を読んだ頃。遠藤周作の代表作と言えば『沈黙』『海と毒薬』『深い河』なのかなと…そしてその三つ以外にタイトルを知らなかった。

    久しぶりの読書だったから読めるか不安だったけど(心の調子が悪いと読めない時がある)、ものすごく面白くてぐいぐいスラスラ読めました。
    話の面白さだけなら、私は『沈黙』よりも『海と毒薬』の方が面白く感じた。理由は単純に、前者は時代劇、後者は現代劇だからなのがひとつ。結核病棟の描写がすごくリアルなのは、遠藤周作本人が結核を患っていたからだと思う。
    もうひとつは、共通点としてどちらにも外国人が出てくるけど、『沈黙』の主人公はロドリゴ(キチジロー目線で考えるのも当然大事だが)で、『海と毒薬』の方は日本人だから、気持ちとして理解しやすい点があると思う。

    読む前に知っていたのは「大戦中の生体解剖事件の話」だということ。実話がモデルで、実は(駄洒落じゃないよ)我が県にも若干関係あること。
    だから恐ろしい話、エグいグロい話かと思っていたら全然違った。良い意味で裏切られたのが良かった。ただ、(映画と違ってヴィジュアルがないから)直接的にグロいのではなく、今の我々にも関係するという意味で揺さぶりをかけてくるので、その点ではエグい話。

    簡単に言うと、一般市民の戦争責任を問う話、人間の良心とは?という話だと思う。生体解剖に参加した人たちの過去話や人物造形は遠藤周作の創造だけど、逆算して描かれていると思う。科学(医学と軍事)のためとは言いつつ非人道的な、生きている人間を切り刻むという行為をした人間は、いかにしてそこに至ったのか…と。スタイルとしては社会派ミステリー。

    もうひとつ重ねている戦争責任の部分は、いかにして日本人が戦争に進んでいったか。このふたつに共通しているのは「感覚の麻痺」。発表されたのは1957年で、終戦から12年しか経ってなかった頃だから、ものすごくリアルに感じる。一皮剥けば誰でも、残虐行為をする可能性があるということ。

    この「感覚が麻痺する」部分は、今の私たちにとってもけして無関係ではない。日本人は特にそうだけど、政治に無関心な人間が多いと思う。私だって当然そうで、常にニュースは観ておこうと思うけれど…例えば重大な報道がなされるとする(今ならコロナウィルスなど)。それがずーっと続くとやはり慣れてしまう、麻痺してしまう。その感覚の怖さを突きつけられる。

    タイトルの『海と毒薬』の意味、海は作中に出てくるけど毒薬とは…?毒薬なんて出てきたっけ?と考えると、思い当たるのはひとつだけ。この作品には2種類の麻酔薬しか出てこない。(ふたつの場面で出てくる)

    ひとつめは、文の内容からして麻酔薬だけど使うと死ぬようだ。つまり安楽死のため。
    もうひとつはエーテルで、これはハツカネズミなどの解剖実験をされた方はわかると思うけど、ヒトと違って体が小さいから使うと死にます。ヒトの場合も致死量が当然ある。
    だから毒薬とは麻酔薬のことで、先に書いた「感覚が麻痺する」ということに通ずるのでは、と。

    非常に面白かったのは中盤の、看護婦と医学生の回想。たぶんここに遠藤周作のキリスト教の要素が入っている。医学生の方は嘘、盗み、姦通、そして殺人…と、キリスト教のタブーを犯す(他の文化圏でもダメなことが多いけど)。これらはフェリーニの『道』と共通している。

    そして検体になった米兵は、『沈黙』のロドリゴ同様、イエスの姿に重なる。
    他の方の感想を読むとドイツ人看護婦と対比させて…と書かれている方がけっこういる。が、キリスト教があっても(あるがゆえに)ナチスドイツがユダヤ人を大量虐殺したのもまた事実なので、そこは単純に考えられないなあと思いました。その意味ではこの作品は不出来なのかもしれない。

    小説は「えっそこで!?」という終わり方をするから尻切れトンボ的で、実はきちんと完成しきれていないと思う。巻末の解説を読むと、『海と毒薬 第2部』の構想がずっとあったけど実現しなかったそうだ。ただ、『悲しみの歌』という続編があるそうなので読んでみたいです。

  • 「日本もこの第一外科も、もうガタガタやな」「もう、なるようになれ。」(79ページ)精神が荒むと肉体をも同じように蝕まれてゆく。その逆もある。戦争で死が常に当たり前の生活。日常の空虚さがじわじわと思考を麻痺させていく。作品を読んでいると<罪を共有して一心同体>なんてどうかしている狂ってる…って思うけど、作品内の時代でこの流れだったら断れただろうか。自分だって同じように共同体の一員として協力または傍観していたかもしれない。

    実際に作品を読んでいるだけでも自分がこの雰囲気に染まっていきそうな気がした。ヒルダの「死ぬことがきまっても、殺す権利はだれにもありませんよ。神さまがこわくないのですか。あなたは神さまの罰を信じないのですか」(113ページ)という言葉にハッとし正気に戻ったような気がした。何かがおかしいと感じても、止まらずに進んでいく。疑うことも考えることも立ち止まることもしないで。

    信仰と死、良心と罪悪。様々な問題を問いかけられている。読み終えてからもずっと気持ちを揺さぶり続けられる作品です。とても深い問い。[メモ]プレミアムカバー(赤)・2017年積読消化42冊目。

  • 「罪の意識」がテーマ。何気ない日常に潜む人間の狂気を、少しずつ明るみに出していく冒頭部分の不気味さがなかなか良かった。登場人物たちが"罪の意識無く"残虐な事件に自ら関与していく姿と、随所に散りばめられた宗教的モチーフが相まって一層不気味。佐伯氏の解説も読み応えあり。

  • 群衆心理の方について考えさせられた。人体実験は倫理観の中で私の心を揺さぶる。

  • ずっと気になっていた「遠藤周作」さんの本。

    「日本人とかいかなる人間か」を改めて考えさせられる。

    無宗教ゆえに、社会、世間からの目を基準に物事を判断してしまう心理。
    そこを基準にするからこそ、周りに流されて正しい判断ができなくなる。

    それぞれの人物が人体実験に手を出していってしまう様子。
    読みながら怖いと思う一方、その心理状況も分からなくはないと感じた。

    自分達がそういった思考になりやすいという事実を肝に銘じ、誤った判断をしないようにしなければならないと思う。

    <印象に残った言葉>
    ・ それならば、なぜこんな手記を今日、ぼくは書いたのだろう。不気味だからだ。他人の眼や社会の罰だけにしか恐れを感ぜず、それが除かれれば恐れも消える自分が不気味になってきたからだ。不気味といえば誇張がある。ふしぎのほうがピッタリとする。ぼくはあなた達にもききたい。あなた達もやはり、ぼくは同じように一皮むけば、他人の死、他人の苦しみにも無感動なのだろうか。多少のアクならば、社会から罰せられない以上はそれほどの後ろめたさ、恥ずかしさもなく今日まで通してきたのだろうか。そしてある日、そんな自分がふしぎだと感じたことがあるだろうか。(P145)

    ・ 今、戸田がほしいものは苛責だった。胸の烈しい痛みだった。心を引き裂くような後悔の念だった。だが、この手術室に戻ってきても、そうした感情はやっぱり起きてこなかった。普通の人とちがって、医学生である彼はむかしからひとりで手術後、手術室にはいることにはなれていた。そういう場合と今、どこがちがうのか、彼にはよく摑めなかった。(P182)

  • 人間の良心とは何か?を問う物語。
    太平洋戦争中に、捕虜となった米兵が臨床実験の被験者として使用された事件(九州大学生体解剖事件)を題材とした小説。

    元々著しく良心というものが欠如している人間も確かにいるとは思うけれど、本来多くの人は良心というものを持っているはずで、それによって自分の行動に制限をかけたりする。
    私自身、自分の醜い思いや考えにぞっとする瞬間はあるけれど、ぞっとするということは良心や理性が働いているから。
    だけど時代によっては普段とは逆のことが良しとされる場合もある。洗脳のようにそれが刷り込まれる場合もある。
    戦争だってそうで、おそらくその時代は一人でも多くの人を殺すことが良しとされていて、そういう最中では倫理観にも狂いが生じるのかもしれない。

    この小説はまさにそういう時代、日本人の医師たちが、捕虜のアメリカ人兵士を人体実験に使うまでが描かれていて、何も感じない者もいれば最後まで良心の呵責に悩まされる者もいる。
    それぞれの立場、野心、性格、正義感、いろんな要素が絡み合う。
    その心理が動く様が生々しくて、人間の恐ろしさを深く感じた。
    実際あった事件が題材になっているから、当時批判もあったそうで、著者が当初は続編にも意欲的だったけれど結局はっきりとした続編は書かれなかったらしい。“続編らしき小説”はあるみたいだけど。

    こういう人間の恐ろしかったり醜い部分を抉り出す小説の逃げない姿勢がとても好き。怖いけれど真理だと思う。

    個人的には、罪の意識って便利なものというか、「罪の意識があったからやらなかった」なら分かるけれど、実際やってしまった後に口にする「罪の意識」ってずるいと思う。
    殺人などの重犯罪だって、罪の意識があるかないかで裁判の結果が変わったりする。やったことの中身はどっちでも同じなのに。
    そういう意味でも、人間の良心って何だろう、と考える。
    周りの人間や状況に合わせて変える良心なんて、最初から良心とは呼べないのかもしれない。

  • 実際にあった事件を題材に、日本人とは何か、良心とは何か、みたいなことを問うている。


    印象的だったのが、捕虜を生体解剖している最中に、勝呂と言う医師が、手術室の壁に凭れかかり、ずっと「これはただの手術で、今に無事に終わって患者が助かる」と思い込もうとしているシーン。
    やっぱり実験に関わらなければよかったと言う、後悔の念と焦燥感が、ひしひしと伝わってくる。
    また、戸田と言う医師が実験が終わった後に1人手術室へ入り「良心の呵責」を求める場面があるのだが…そこも非常に印象的であった。

    作中で"おやじ"の妻ヒルダが日本人の看護師に「神さまがこわくないのですか。あなたは神さまの罰を信じないのですか」と言う場面があるのだが……無宗教の人が多い日本で(しかも恐らく看護師もそうであろう)それを彼女に問う意味とは?と思った。

    ヒルダ自身は発言からして恐らくキリスト教徒であり、だからそう言う発言に至ったのだろう。だが、看護師は上司の指示に従っただけで、神を信じてはいないと思う。正に本の裏に書いてある、神なき日本人の"罪の意識"の不在の不気味さ、と言うのが現れていると思う。

    この、上司の指示に従っただけと言うのは、日本人とはを語る上でよく聞く、群衆心理が如実に現れていると感じた。その辺は、今も昔も変わらないのだな。
    日本人論で有名なのは、ルース・ベネディクトの菊と刀だろう。いい機会なので、いずれ再読してみたいと思う。

    かなり重いテーマだったが、読んでよかった。

  • 戦争下の人の心は、平時のそれとは違うものらしい。戦争を経験した人には、共感できる何かがあるのだろう。実話であった話しをもとに作られていることは理解してるし、著者がキリシタンで登場人物に欧米の女性を使って日本人とあえて対比させているかのようで、何か違和感を感じた。

  • 読んだ後、問いかけられる小説。
    印象的だったのは、戸田の感覚。
    私としては、ちょっと信じられないけれど、あ、こういう感覚で生きてる訳ね。と、重なる医者もちらほら。
    日本人の罪悪感って、社会や世間の目だけではないけど、そこに重きを置いてる人がけっこういるのは確か。
    欲や保身から、長いものに巻かれる人が多い気がする。
    確かに、外国人の方が純粋だと感じることはよくあるのだけど、過激だと思う一方、日本人て静かで、自分の意見を言わない割に陰湿。等々。
    私なりに色々と考えることがあった。
    現代よりも当時の方が日本人特有の倫理観は濃かっただろうから、ましてや戦争中であるし、よけいに対比され易かっただろうか。
    戦争って、日本人、欧米人の倫理観って、人間って。
    という問いがどんどん出てくる。
    これぞ小説。

  • 「良心の呵責」という言葉に該当するものが、英語圏にはあるのだろうか。ちょっと考えてみるとなかなか不思議な言葉だよなあこれ。よくベネディクトなんかを引き合いに出して「罪の文化と恥の文化」とか言うけど、それもほんとのとこはどうだかあやしいもんだし、生まれたときから神さまだとかお天道さまだとかお釈迦さまだとか世間さまだとか、いくつもの超越した視線に晒されていつも誰かれに対して申し訳なく思ってる日本人(僕だけかな)は、大小問わず罪を犯したときに、もはや誰に対して呵責を覚えるのかさえ分からなくなって、「良心」なんていう、いつの間に持たされたんだか分からない曖昧なものに(それが誰にしもあることを希みながら)すがっているだけなんじゃないかとか、思った。

    太宰『人間失格』の、「世間じゃない、あなたでしょう」って言葉、好きなんですけどね。ここでそれを引っぱってくるとちょっと話ややこしくなるんですけどね。

    最初事件とまったく関係ない「私」から始まって、勝呂医師を主人公にした神の視点、それから当日手術室にいた二人の独白、ていう構成が特殊だったけどおもしろかった。解説とかでは「不気味」さをゴリ推ししてるけどいまいち伝わらなかった。

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著者プロフィール

一九二三年東京生まれ。慶応大学仏文科卒業。リヨン大学に留学。一九五五年『白い人』で第三十三回芥川賞を受賞。一九六六年『沈黙』で第二回谷崎潤一郎賞受賞他、数多くの文学賞を受賞。主な著書に『沈黙』『海と毒薬』『恋愛とは何か』『ぐうたら生活入門』『宿敵』等多数。

「2019年 『恋愛とは何か 初めて人を愛する日のために』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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