キリストの誕生 (新潮文庫)

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  • 新潮社
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本棚登録 : 508
レビュー : 47
  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101123172

作品紹介・あらすじ

愛だけを語り、愛だけに生き、十字架上でみじめに死んでいったイエス。だが彼は、死後、弱き弟子たちを信念の使徒に変え、人々から"神の子""救い主"と呼ばれ始める。何故か?-無力に死んだイエスが"キリスト"として生き始める足跡を追いかけ、残された人々の心の痕跡をさぐり、人間の魂の深奥のドラマを明らかにする。名作『イエスの生涯』に続く遠藤文学の根幹をなす作品。

感想・レビュー・書評

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  • イエスの生涯に続いて刊行されました。
    イエスからキリストという存在へ変わっていく弟子たちの心理などを本当に質の高い内容で描かれています。「僕は大説家ではなく小説家なんですよ」とエッセイで何度も著者は口にしていました。
    それを決して忘れずに読んでいたものの、遠藤氏の文章はどうしても僕に夢をみさせてしまう。読者も多く、たくさんのレビューがあり、十人十色に評価をなさっていることでしょう。宗教と歴史と信仰の危ういバランスを絶妙にとりながら見事な結びまで持っていくその技量を楽しむ一冊として読んでもいいと思います。
    キリスト教に関わっている方なら、是非そこに自分の思いも加えてみてください。

  • 映画の「沈黙-サイレンス」を先日観た。
    小説の「イエスの生涯」を先日読んだ。
    その流れで、本書を手に取ることに。

    映画も小説も遠藤氏は、「神の沈黙」という事をテーマにされているんですね。

    ステファノの事件
    エルサレムの会合
    アンティオケの事件

    この流れがキリスト(教になる節目)を誕生させる物語などは、初めて知る内容だけに面白かった中、登場人物のポーロが一番気になった。

    ビジネス社会でベンチャー企業だと、ある程度の規模から鈍化することがあっても、熱く猛る信念で、常識を超えて突き進んでいく人が、ある意味無茶苦茶に引っ張る瞬間、異常な壁を軽々と越える時がある。
    それも名もなき人達だったりする。
    いつの時代も、目立つ人だけが歴史や本道を作るわけじゃない。

    イエスの使徒たち皆が、分かっていながらも「何か」に縛られている間に、ポーロという人の持つ、清々しい程の行動力という一点突破で、「ナザレのイエスの物語」だったものを、「イエス・キリストの物語」だけ集約し、昇華させた気がした。

    実話と想像と混在しているとは思いますが、実に心躍る一冊でした。

  • [その後の話]イエスの死に際して自らの弱さに苛まれたであろう彼の弟子たちは、何故にその後殉教をも恐れぬ熱心な信徒となったのか......。クリスチャンでもある著者が、回答定まらないその問いに答えようと、イエスの死後の弟子たちの歩みを再構成した作品です。著者は、本書と『イエスの生涯』を著したことで、さらなる思考が求められたと語る遠藤周作。


    『イエスの生涯』を事前に読んでいたからでしょうか、遠藤氏の考える弟子像というものがすっと頭に入ってきました。その像がいわゆる正統の教義との関係でどう考えられるかまでコメントできる見識がないのですが、遠藤氏自身の自画像が非常に深く弟子像に投影されているように思います。「弱さ」という点が1つのキーポイントになっているのではないでしょうか。


    キリスト教の立ち上がりまでの動きが大まかに理解できるのも本書の魅力の1つ。聖書やキリスト教については、それこそ勉強を始めると終わりの見えない世界だと思うのですが、とりあえず概略を把握しておきたいという方には、(遠藤氏の思いが如実に詰まった作品であるということに留意しつつ)非常にオススメできる一冊です。

    〜イエスは現実には死んだが、新しい形で彼等の前に現われ、彼等のなかで生きはじめたのだ。それは言いかえれば彼等の裡にイエスが復活したことに他ならない。まこと復活の本質的な意味の一つはこの弟子たちのイエス再発見なのである。〜

    どうぞ素敵なクリスマスをお過ごしください☆5つ

  • 結びはとりわけ肝に銘じたい。人はみな愛を裏切らぬ何か、永遠の同伴者を信じずには要られない。たとえ現実にはそれが沈黙していようとも、である。そういったものとしてキリストは生前から、そして死後も期待に応え続けてきた、と。しかしながら、キリストが持っていたXは分からないままである。
    それぞれの聖者を描き出す筆致は鮮やか。読み応えがある。

    どうも僕はそうやって信じる物語が好きらしい。確かに神は沈黙しているのだけど、それでも信仰されるという筋が好みらしい。心打たれてしまうらしい。
    奴隷道徳ということも頭の片隅に。

  • 2019/10/14完讀

    這本書是論述耶穌如何變成キリスト的過程,作者不停再問,這樣一個無力的人,用他的生命不斷地訴說愛,但是因為無力被徒弟們背棄,為何會演進到最後成為一神教的神子。

    作者認為第一階段主要是徒弟們紛紛背棄耶穌,在耶穌過世之後它們才紛紛聚集,耶穌受難的慘烈過程也讓他們心中背叛的罪惡感不斷發酵,也不斷問為何神要這樣對待他都不救他?於是在悲苦的心裡掙扎之後,與彌賽亞傳說和東方宗教裡的復活主題結合,徒弟們漸漸開始覺得,耶穌是因為要復活,是因為要接受復活後神給的榮光,因而才會有這麼慘烈的受難。(是否神格化還在模糊階段)。這個論述可以讓他們逃離良心的苛責,也讓他們的心靈有寄託和發展。而耶穌三日(抽象)復活的故事,也是這些徒弟在心裡掙扎之下各自的幻視宗教經驗。

    鋒頭過後徒弟們回到耶路撒冷開始布教,這時信徒裡也增加了說希臘語的猶太人,他們見過國際世面。然而原始的徒弟教團,由於見識到耶穌就是因為公然對神殿和安息日等傳統猶太教議題表示意見(安息日是為人而存在。耶酥的發言都是由愛出發,和傳統猶太教嚴厲而裁判的神不同)因而遭到毒手,因此徒弟教團(本來就是猶太教徒)在ペトロ等人的領導下嚴格遵守律法和尊重神殿,但是希臘語猶太人卻認為應該要挑戰這點。這個歧異最後甚至擴大到是否傳教只限制在猶太人身上(沒有割禮的人就是沒和上帝有契約的人,這是亞伯拉罕和上帝的約定)。希臘語猶太人史蒂芬諾受難事件之中,徒弟團還是一樣又保持膽小和卑怯的沉默。後來希臘語猶太人因為被追捕迫害(徒弟教團保持沉默所以沒有被處理)就離開耶路撒冷,開始往四周傳教。而徒弟團還是幾乎繼續待在耶路撒冷(後來ペトロ有出去傳教)等待復活,對於向異邦人傳教,徒弟團部分人士還是抱持抵抗的態度。

    ポーロ是當時追捕並攻擊史蒂芬諾的其中一人,但他心中對猶太教的律法的懷疑,在接觸這些受害教徒的自白之後轉向為教徒。他沒有見過耶穌,因此對他的生命並無興趣(這點是他和徒弟團最不同的),只對他的死亡和復活有興趣,他把耶穌之死,直接與東方宗教獻祭結合,只是東方宗教猶太教裡面的獻祭是為了平息上帝之怒,然而他把耶穌的受難翻轉為,上帝為了讓他的兒子來替世人承擔罪孽,因此需要有耶穌來流血獻出自己,然後復活和榮光是將要到來的高潮。而且他掌握到耶穌的愛和傳統的猶太教的神(易怒、殘判)是不同的,他直接開始針對異邦人傳教,但是這引起傳統教團的反彈,一方面當然是擔心耶穌和史蒂芬諾的慘劇又要發生一次,此外非我族類這種猶太教的選民觀的宗教情緒並不是那麼容易克服。ポーロ的復活思想在羅馬帝國的體系和交通之下開始傳播,而且復活說本來就東方的東西,傳教過程很多人也可以接受這個說法。而他本人甚至遠至希臘半島傳教。然而後來決定要回耶路撒冷和徒弟團談判只在猶太教體系(尊重律法、神殿,只在猶太人間傳道)傳道這件事(已經爆發好幾次爭吵但都沒有解決,甚至徒弟團尾隨著在後面破壞他的傳教結果),然而卻被捕,他便提議把自己送到羅馬受審,其實他想順便去那邊傳教。

    在遠路傳教的過程他已經吃了很多苦,曾經被捕也差點被殺,這次被送到羅馬後後來使徒行傳對他的終末並未交代(裝成最後很順利的樣子)。然而作者推測,最後他應該是在尼祿治下死得很卑微沒價值(當時有些把基督徒當作轉移憤怒的對象,根本沒有任何審理,就讓他們如草芥般死去,例如讓他們被狗咬死,或者把他們塗上易燃物燒死),所以魯卡根本不敢紀錄。而出外傳教的ペトロ和耶路撒冷的ヤコブ後來也似乎都是殉教,但也沒有任何紀錄。沒有紀錄的原因,可能就是耶路撒冷遭到羅馬攻擊滅城這一個事件。這場戰爭終究沒有等到奇蹟,因此教團受到一個很嚴重的信仰危機,因為他們一直在等復活也堅信復活(否則他們良心也過不去,因為耶穌只是犬死而已,必須要讓這個死有價值),但是這個時刻並沒有到來,他們又再度面臨一次信仰的考驗,跟前幾次一樣,就是為何神依然沉默?基督為何不降臨?讓那些傳教者受難,讓耶路撒冷滅城,依然不吭聲?不少人因此回信猶太教,在這信仰危機當前,作者認為因此使徒行傳沒有交代後續,不然就像在傷口撒鹽。然而這個滅城慘劇,也讓教團裡這兩派爭執不下的問題應然而解,徒弟團的崩壞,反而讓這個宗教開始走出猶太教和猶太世界,變成國際化的宗教。而作者提到「一つの宗教はそれが組織化されるだけでなく、神についての謎を全て解くような神学が作られた途端、つまり外形にも内面にもこの人生と世界の疑問と謎がなくなった瞬間、衰弱と腐敗の坂道を転がっていくのである」,所以他認為原始基督教團之所以可以保持活力,也正是因為為何神沉默與耶穌不降臨這兩個問題無法解決,所以才能保持原始教團的活力,因為大家會繼續痛苦地掙扎並思考,這也是他們的エネルギー的來源。然而中世時代當這個神學體系一完成,基督教也就開始面臨衰退了。

    作者理性地分析到這裡,身為一個教徒可以如此客觀的審視這些資料,實在很了不起,但也不禁讓人想著如果這一切都是一堆人後來想出來的(很可能跟原始耶穌本來的想法不一樣),那這些後世的教徒到底是在信仰什麼?作者提到,在一神教的土壤中,先知一大堆但終究是先知而已,唯一可以由人成為被禮拜的對象難如登天也只有耶穌;而他的故事和傳說,並不是花了很多世代,他短短的人生也在短短的時間內迅速被神格化,這也是獨一無二的一件事。而他的信徒們在面對如此多的絕望,大哉問無法解決,耶穌也沒降臨拯救耶路撒冷,然而依然願意跟隨這個宗教,這或許就是耶穌的人德,這也是作者無法回答的問題。

    作者說,這個如狗般無力,只是不斷地宣揚愛,活在愛裡,想用愛證明神的存在,但又如狗般被殺,生前就是一個徹底無力的存在。然而他卻能讓那些背叛他,沒有勇氣的徒弟或信徒們堅決追隨他,甚至被神格化,成為人們永遠的同伴者,這就是他的不可思議之處,也就是神祕之處。「『世の果てまで私はお前たちと苦しむだろう』それは人間がいかなる思想を持とうと、実はその魂の奥では変わらざる同伴者をひそかに求めているからである。人間がもし現代人のように、孤独を弄ばず、孤独を楽しむ演技をしなければ、正直、率直におのれの内面と向き合うならば、その心は必ず、ある存在を求めているのだ。愛に絶望した人間は愛を裏切らぬ存在を求め、自分の悲しみを理解してくれたこことに望みを失った者は、真の理解者を心のどこかで探しているのだ。...だから人間が続く限り、永遠の同伴者が求められる。人間の歴史が続く限り、人間は必ずそのような存在を探し続ける。その切ない願いにイエスは生前でもその死後でも応えてきたのだ」,作者也說這就是不管教會或信徒曾經犯下多少錯誤,耶穌依然超脫地被世世代代的人們所需要的原因。讀到這裡,我似乎可以理解,為何前面如此冷靜地分析這個宗教的成因,如此冷靜地看耶穌身為"凡人"的無力面,但是還是不影響這個信仰的絲毫的原因。或許這個人的愛就是他的才能,穿越時空讓孤獨的人,不被愛的人,沒有人可以信任的人,都不再孤獨,讓我想到巡禮者的同行二人的,都是在面對人的內心最原始的渴求。讀完這本,我終於可以了解遠藤小說信仰裡的本質了。我想,我也被說服了。某種程度上,我突然很羨慕這些教徒。

  • イエスの死後、原始キリスト教団の歩みを追い、イエスがいかにキリストに高められていったのかを辿る。イエスの架刑、ステファノの受難、ペトロやポーロ、ヤコブの死、ローマ軍によるエルサレムの蹂躙。これら幾多場面において突きつけられた「神の沈黙」、「キリストの不再臨」。わずかの期間に起きたこれら壮絶な出来事を経てもなお絶望しなかった原始キリスト教団の人たちは、愛のみに生きたイエスを忘れることができない。その意味でイエスはキリストとなり彼等ひとりひとりに再臨したのでは、と結んでいる。著者は「人間が続くかぎり、永遠の同伴者が求められる」と記しているが、宗教の本質を端的に指摘しておられると思い、感嘆する。

  •  イエスの生涯の続編とでも言おうか、キリストの誕生という本書。単純に、何が違うのかと思ったが、読み進めるに従い、きちんと、イエスとキリストを使い分けて題名にしていたことに気付いた。

     いわずもがなだが、イエスは個人のことで、キリストは救世主という意味で使っている。本書は、イエスが十字架にかかって後、キリスト教が起こるまで、どのような騒乱などがあったか、ということだ。単純に、イエスが死んで直ぐにキリスト教が起こったわけではなく、既存宗教であるユダヤ教との確執など、大きな動乱があったことは思い浮かぶ。

     さて、イエスは死の直前、「主よ、主よ、なんぞ、我を見棄て給うや」という言葉を叫んでいるが、特に、ここの部分は、イエスといえども神に絶望したのか、と早合点してしまいがちだ。しかし、この解釈は、当時のユダヤ人の習慣を知らないために生まれたものであると著者は言う。この言葉は、詩篇二十二篇の「主よ、主よ、なんぞ、我を見棄て給うや」の悲しみの訴えであるが、詩篇を読んだ人は、この悲しみの訴えがやがて「我は汝のみ名を告げ、人々のなかで汝をほめたたえん」の神の賛歌に転調していくことを知っている。この言葉は、決して絶望の言葉ではなく、神を讃美する歌の冒頭部なのだ。事実、ルカの福音書によると、イエスがこの言葉の後しばらくして、「主よ、わが魂をみ手に委ねたてまつる」という詩篇三十一篇の祈りを口にして息を引き取るが、それはイエスが「主よ、主よ、なんぞ、我を見棄て給うや」から始まり、
    われ わが魂をみ手に委ねたてまつる
    主よ まことの神よ
    汝は我をあがなわれたり
    の三十一篇の祈りまでを苦しい息の中で祈っていたことをはっきり示しているのだ。つまり、十字架上で人々に語りかける力を失ってからもイエスは朦朧とした意識のなかで詩篇の1つ1つの祈りを唱えていたのであろう。

     生前のイエスは、ユダヤ教徒としても恥ずかしからぬ日常生活を守ったが、心のこもらぬ宗教規範や、義務だけのための宗教生活を重視しなかった。イエスはそうした形骸化したものよりも、人間の哀しみと愛だけに最も価値を置いた。「人が安息日のためにあるのではない。安息日は人のためにあるのだ」という言葉や「人の作った神殿の代わりに、私は三日のうちに別の神殿を建てるだろう」という発言は、彼がユダヤ教徒が何よりも大事にした律法やエルサレム神殿を人間の哀しみや愛よりも問題にしなかったことを示している。にもかかわらず、初期の使徒たちは、イエスを次第に人間以上のキリストとして崇めながらも、相変わらず、律法や神殿を重視する生活を続けていた。イエスの従兄弟ヤコブは敬虔なユダヤ教徒だったからこれらの二つを冒瀆するなど夢にも考えなかったろうし、慎重なペトロは、イエスの精神をしっていながら、表向き神殿と律法を尊重する態度を見せた。そこにステファノを中心とする「ギリシャ語を話すユダヤ人たち」がこうした使徒たちに不満を持ったとしても不思議ではない。ステファノたちはイエスをユダヤ教のすばらしい改革者だと考えていた。イエスはエルサレム神殿も律法も愛よりは低いことを人生をかけて教えたからだ。そのイエスの改革の精神は使徒たちに受け継がれていない。更にこの「ギリシャ語を話すユダヤ人たち」はかつて異邦人、つまり、ユダヤ教ではない外国人とも多く接触していたから使徒たちのように閉鎖的ではなかった。しかし使徒達はユダヤ教の枠の中で異邦人を仲間に使用とは夢にも考えなかった。ステファノたちはこのへんに不満を持ったのだろう。ステファノはこれらの使徒達と袂を分かち、独自にイエスの教えを伝え、広めていこうとするが、当然にして迫害に遭う。迫害の代表的な者はソウロという者だ。キリストの教えに同調する信徒たちは逃亡し、ステファノは石打ち刑にあう。しかし、信徒はこの迫害や逃亡によって、くじけるどころか、逆にその信念を強固にしていった。迫害によって、かえってイエスをキリストと頼む気持ちとイエスの再臨を信じる心は深くなっていた。

     ソウロは、信徒が迫害の苦しみに耐えてまで、なぜイエスの再臨を待っているのか、なぜ、彼らは神殿を否定しながら生き生きとした信仰をもっているのか、考えさせられたのは当然であろう。ソウロから見ると、彼らはイエスと呼ぶくだらぬ男をキリストと仰ぎ、その再臨を信じているのだ。

     我々日本人には理解しがたいが、当時、ユダヤ人の六百十三の律法のなかで最もきびしく守らねばならないのが、割礼と安息日の二つであった。割礼をユダヤ人たちはたんなる民族的風習とは決して考えていなかった。それは彼らの祖先に神が教えた神聖な契約の徴だった。割礼を行うのは神に選ばれた証明であり、神の民となった記号でもあったのだ。
     神はアブラハムに言われた。「男子は皆、割礼を受けねばならぬ。これは私とお前たち、及び後の子孫との契約であって、お前たちが守るべきことなのである」(創世記 十七の9~10)
    「割礼を受けぬ男子、すなわち前の皮を切らぬ者は私との契約を破るゆえ、民のうちから断たれるだろう」(創世記 十七の十四)
     この神の契約の徴をユダヤ人たちは行う。だが、異邦人たちは行わない。異邦人とはユダヤ人にとって割礼-神との契約をむすんでいない人間達のことなのだ。

     割礼と共に彼らが重視したのは安息日の厳守である。安息日とは週に一度、我々の暦の金曜の夕方から始まり、土曜の夕方に終わる。この間は今日でもエルサレムの店は閉じ、ホテルでさえ飲酒、喫煙は旅行者に許されぬ時もある。イエスの時代は更に厳格であり、エッセネ派では安息日に信者が排泄することも許されなかった。ラビ(教師)たちはさまざまの不可解な禁止事項を作ったが、たとえばその中にはランプを消すこと、綱を結び解くこと、二つの文字を書くことも許さぬというような常識を超えた項目さえある。我々には滑稽で不可解なこれらの禁止事項は、しかし安息日の神聖をあくまで貫こうとする信念から生まれたと考えれば、理解することができる。割礼も安息日もその根底には選ばれた民がユダヤ教の純粋を徹底的に保持しようとする意志のあらわれなのだ。それは観念などではない、血肉化された彼らの歴史であり、現実であった。割礼を行わざる異邦人を仲間にすること、それは、ユダヤ人たちにとって歴史を冒瀆することであり、神の神聖を犯すことであり、自分たちを裏切る行為だった。彼らはユダヤ教の会堂に異邦人が話を聞きに来ることは拒まなかったが、自分たちの共同体に入れることは拒んだ。もしそれに加わる意志があれば、割礼と安息日の義務を厳しく要求した。

     安息日と割礼の重要性。これを無視して我々は聖書をそのまま読むことは出来ない。あるいは、使徒行伝を軽々しく読むことも出来ない。たとえばイエスが「人は安息日のためにあるに非ず、安息日こそ人のためにあるなり」と発言したとき、それはたんに人間性の重視などという単純な問題ではなく、ユダヤ教が守った神聖に対して、愛の神聖さで挑んだ危険きわまる発言だったのだ。同時にまた、初期のキリスト教徒が異邦人に布教を試みるとき、いかに烈しい抵抗とためらいが教団の中でもあったかを考えねばならぬ。後世、キリスト教は、異民族に布教する時、その異民族の信仰と対立せねばならなかったが、イエスの死後十四年、原始キリスト教団がその母体であるユダヤ教を超えるためには、この割礼の障壁を破らねばならなかった。

     ただ一つの神以外のいかなうものをも信仰することを厳しく禁じたこのユダヤで、一人の男が神格化されることはほとんど不可能に近い。モーゼやダビデも神格化されなかった。なぜ、イエスだけがキリストに高められたのか。それを高めたのは弟子達と原始キリスト教団との信仰である。彼らの意志によってイエスは人間を超えた存在に神格化されていった。イエスは人の子といわれ、神の子となり、メシヤと呼ばれ、キリストになった。

  • 見捨てたイエスが処刑されるも弟子達を許してくれとかいってるし、すごく悪いことをしたなぁと。これはきちんと考えなきゃいけないぞと弟子達は恥じ、悔しく思った。誤解していた師を再発見したことで、イエスは人の中に復活した。こうして徹底的に考えたものがのちのキリスト教の母体となる。けどユダヤ教の枠を出ず、そのためか異教であるとはみなされずに容認されていた。けどちょっとずつユダヤ教に疲れた人たちにキリストが広まっていったので、あるとき弾圧されたもんだから逆にエネルギーが強まり、キリスト布教活動が本格化する。けどその後グループに亀裂が入る。異邦人相手に布教してもいいんじゃないかという派閥と、異邦人はやめようぜという慎重派。推進派のステファノが神殿よりも愛でしょっていったイエスに倣って、ユダヤ教が崇拝する神殿否定を行なったためにボコボコに殺される。殺しに参加したのがのちに出てくるボーロ。離散派とエルサレム残留派に完全に分かれていくが、離散派はどんどんユダヤ教以外の異邦人に浸透していく。その離散派にことごとく影響を受けたのがボーロ。彼はステファノ殺しに参加したが、それら はユダヤ教が重んじる律法主義に限界を感じでいたから、それを戒めるためにステファノに石打を食らわせたのだった。イエスか律法かと問われたかれはついに改宗し、異邦人布教活動の急先鋒となる。

    その頃エルサレムでは事件が。暴君カリグラが即位し、自分を神として礼拝しろと言ってきた。もちろん反対したユダヤ人がカリグラの銅像を壊したところ、カリグラは軍隊を派遣しユダヤ人殲滅に動き始めた。世の終わりに近い終末観の中で、キリスト教は多くの改宗者を獲得していく。キリスは見捨てないと。カリグラ暗殺など諸所ありユダヤ教は難を逃れる。

    なぜ、エルサレムの慎重派やユダヤ教が異邦人嫌うかというと、ユダヤ人は律法に定められている割礼と休息日を守っているから。それによって神に選ばれたものだと信じているから。それをしない異邦人は受け入れられない。それでも異邦人布教を続ける離散派にとのあいだに、とうとう会議が開かれることになった。これがエルサレム会議。離散派急先鋒のボーロは、かつてユダヤ教信者であったゆえにユダヤ教の律法の限界を考え抜いた末に感じていた。律法の限界とはつまり「私の欲している善はしないで、欲していない悪を行なっているのだ」とのこと。キリスト以前のイエスに焦点をあてていたエルサレム慎重派(弟子派)と、イエスではなくキリストとしての復活に興味があるボーロ。ボーロは律法の限界から人間を解放してくれ、神は人間とを和解するものとしてキリストを地上に送った。罪もない彼を人間の身代わりとし、人間の全ての罪を彼に負わせ、死を与えることで、救いの道を開かせた。ユダヤ教の枠を超えて布教しようとしたのだ。かたや弟子派も、そもそもユダヤ教から改宗したものも多い。それはそもそもユダヤ教は異民族に国土を蹂躙されてきた歴史があり、そのため常に異邦人を意識しなければならず、改宗したのもキリストこそがそのユダヤ人の苦しみを理解してくと信じだからであった。会議の結果、妥協点として異邦人達がいくつかの条件付きなら教団に入れようと決着した。

    その後外で布教を続けたボーロも弟子派のいるエルサレムも滅亡するが、外に布教活動を続けた結果、西アジアやギリシャ、ローマ帝国の各地へ広がっていき、信仰は守られ続けていると。

    成り立ち、仕組みが手に取るようにわかった。神の沈黙への課題はそれぞれどう昇華しているのかわからん。昨日飲んだ中山さんがクリスチャンだったのは驚いたけど酒の席とはいえこの手の話はご法度なので、わきまえて調べていきたい。

  • キリスト教がどのようにして誕生したかを,聖書ばかりでなく多くの資料をベースに小説家の視点で考察した名著だ.ステファノ事件,エルサレム会議,アンティオケ事件などが信徒たちに与えた影響,さらにイエスと会ったことのある使徒たちとポーロの議論の中で,神の沈黙,イエスの復活などをどう扱うのか悩む人たち.永遠の問題だが,それなりの解答が与えられたような気がする.

  • 2017/01/15 読了

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著者プロフィール

遠藤 周作(えんどう しゅうさく)
1923年3月27日 - 1996年9月29日
東京生まれ。父親の仕事で、幼少時代を満洲で過ごす。帰国後にカトリックの洗礼を受けた。1941年上智大学予科に入学したが、中退。慶應義塾大学文学部仏文科入学・卒業後、カトリック文学を学ぶためにフランスへの留学。帰国後の1954年『アデンまで』を発表し小説デビュー。1955年『白い人』で芥川賞を受賞し「第三の新人」として脚光を浴びた。
1958年『海と毒薬』で第5回新潮社文学賞及び第12回毎日出版文化賞、1966年『沈黙』で第2回谷崎潤一郎賞、1979年『キリストの誕生』で第30回読売文学賞評論・伝記賞、1980年『侍』で第33回野間文芸賞などそれぞれ受賞。1995年に文化勲章を受章している。
上記受賞作のほか、1993年刊行『深い河』もキリスト教と日本人をテーマにした代表作と見なされており、映画化された。60年代以降「狐狸庵山人」(こりあんさんじん)を名乗り、様々なエッセイを記した。数々の作品が欧米で翻訳され高い評価を受けており、存命中ノーベル文学賞候補だったこともよく知られている。

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