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本 ・本 (624ページ) / ISBN・EAN: 9784101123233
感想・レビュー・書評
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遠藤周作『沈黙』の初版本を半世紀前に読んで以来、遠藤周作のテーマにはずっと寄り添ってきたつもりでいたが、数年前、念願かなって、二泊三日ではあったが、長崎を訪れる機会に巡り合った時、私は、彼の地の切支丹の歴史はもちろん、「長崎」というものの本質的な姿、実体などもろもろ何も分かってはいなかったことを思い知らされた。唖然とするばかりだ。
この『女の一生』一部、キクの場合を熟読した後の今も、頭の中の混迷はますます深まるばかり。
とりあえず今、言えるのは、二部の「サチ子の場合」は、これを読んだ戦前戦中を生きた人々が物語の中に「あっ、サチ子は私自身だ」と感銘をもって共感できる典型を創造していったことだ。
そして一部は、二部と真逆で、読者である「私の場合」とは全く別人の「キクの場合」を、物語を通して追体験させてくれた。ただ物語に登場してこない数多の人々の一人ひとりの"場合"が隠されていることを強く強く感じさせてくれる。何も、隠れキリシタンだけが長崎の歴史の悲劇を、ひとり背負っていたわけではない。それはキクがキリスト教徒ではなかったことからも推察できる。
かなり言葉足らずの読後感で、誤解を招かなければと心配だ。
が、私が大好きな戯曲『マリアの首』(田中千禾夫)の終末と、この一部キクの場合の終わりごろ、聖母マリア様がキクに話しかけるシーンが、降りしきる雪のイメージとも重なってとても印象的、詩的だ。
やはり私は、未信者だが、母性的なマリア信仰にどうしても惹かれてしまうのだ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
2018.05.29再読しました。
前回この作品を読ませていただいた時は、お借りしていた本にもかかわらず、泪が止まらなくてページをぬらしてしまいました。まさに自分にとって人生の教科書になる作品だったので、今回は泣かないように再読を試みましたが…
ムリでした(TT)
浦上四番崩れ。
今からわずか145年前までこんなにも酷い事が行われてたんですね。
何回読んでもキクの美しい愛と心に感動します!
そして、「女の一生」、「沈黙」を読んだ時にも深く考えさせられる神の存在。
神は存在するのか?カタチはあるのか?と言う事。
わたくしの勝手な考えなのですが、神ってその人の人生なのではないか?と思うんです。その人がどうやって生きてきたか、によって神の存在を知る人、知らない人がいて、カタチを創る人創らない人もいて。
たぶん、その存在を信仰できる方たちはとてもステキな人生の持ち主なんだと思います。
キクもきっと人生という神様に出会えたのではないでしょうか。
決して汚れのない美しい人生だったと思います。 -
美しいが、哀しい
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意外なほど簡潔な物語の構造が、著者のキリスト教への強い思いを表している。
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長崎に隣接する浦上村馬込郷に生まれたキクは、中野郷の青年である清吉に恋心をいだきます。しかしキクの兄の市次郎は、中野郷の者は「クロ」であるという理由で、キクが清吉とかかわりをもつことを反対します。やがて「クロ」とは、かくれキリシタンのことであったことが判明します。
一方、日本にやってきたフランス人の神父であるプチジャンは、厳しい禁教令が敷かれていた日本で、役人たちの監視からのがれてひそかにキリスト教の信仰を守りつづけてきた人びとが存在していると聞き、彼らを見つけ出すことに情熱を燃やします。その後、清吉たちがプチジャンに接触を図り、プチジャンは彼らを正しい信仰へみちびこうと行動を起こしますが、彼らの活動を知った奉行所に、清吉たちは捕らわれてしまいます。
やがて江戸幕府の体制は崩壊しますが、そのあとの明治政府も禁教政策を引き継ぎ、清吉たちは厳しい弾圧を受けます。奉行所の役人である伊藤清左衛門は、清吉の身を案じるキクの弱みにつけ込みますが、彼女はみずからの身を削って清吉への愛をつらぬきます。
「浦上四番崩れ」の史実をもとにした小説です。クリスチャン作家としてこれまで著者が手掛けてきたテーマが随所に示されますが、基本的にはキクの悲劇的な恋を中心にしたストーリーとなっています。 -
遠藤周作の本を読むといつもキリスト教の惨さを思う。どんなに祈ろうと、どんなに善行を積もうと、神は報いてくれない。それでもキリスト教信者は、神を信じ神に祈る。
多神教徒なら都合のいい時に都合のいい神様に神頼みをするのに…
でもだからこそ、心に滲みるのが遠藤周作の小説である。キクのような生き方こそ神様だよね。私は伊藤だ、熊蔵だよなぁって思いました。
女の一生2部はないのかなぁ -
女性の尊厳を描くことで男性の尊厳を浮かび上がらせ、総じて人間の尊厳とは何か、を考えさせる。
長崎が舞台でとても読みやすい。ただ、やはり遠藤周作は重すぎて、1冊読むと食傷してしまう。 -
幕末から明治維新に向かう日本で、禁教のキリスト教を隠れて信仰してきたキリシタンが、迫害され流刑される浦上四番崩れを描いた作品。
これは宗教の自由や信仰の自由を認める上で歴史上重大な出来事を、キリシタンの青年、清吉を想うキクの一生とともに書ききった名作と言える。
キリスト教を禁止にするには、日本古来の公序良俗が乱れるという恐怖感に始まるが、当時はそれを許容する度量は日本にはなかった。だから鎖国したのだが、その間200年にも渡って受け継がれた。逆に言えばそこまで続けば、棄教する方が難しいのか。
日本では今、性的少数者の権利を法的に認めるかどうかの議論をする土壌ができつつある。ほんの100数十年前にキリスト教が認められた時と似た状況でもある。なぜなら性的少数者を認めると日本の家族観が損なわれたり、男性と女性が結婚できるのは子ども作る権利を持つというデリカシーのないことを言う人もいるからだ。それは違うだろう。結婚という行為は、契約論だから。倫理観を保つことにはつながるし、人間の尊厳に関わる。
折しもキクは、汚れなき身体を、愛する清吉を助けるために、伊藤に捧げた。あの時にキクは清吉の妻にはなれないと覚悟し、白い泪を流した。これこそ人の愛であり、愛する気持ちがあれば性的少数者も関係ないはずだ。
そういう大義をキクの死ぬまで清らかな心が教えてくれる。 -
何回読んでも色褪せない感動があります。
これほどまでに見返りを求めない愛はすごい。
初めて泣きすぎて胸がつまりました。 -
某所読書会課題図書:明治維新直前の長崎で、当時禁制の切支丹たちが体制の惨い仕打ちに耐え忍んでいく壮絶な物語だが、キクの生き方を中心に当時の農民の生活、都市に住む人々の暮らしなどをリアルに描いており、非常に楽しめた.プジジャン神父が隠れ切支丹を探す過程で当時の長崎の日常が克明に描写されており面白かった.切支丹への拷問は卑劣なもので読んでいてあまり気分は良くなかったが、それに耐えて信仰を守る信念は素晴らしいと感じた.役人たちの行動も容赦ないもので、特に伊藤清左衛門のそれは見苦しいものだったが、最後の場面での告白は小説として最高のエンディングだと思った.
著者プロフィール
遠藤周作の作品





