満潮の時刻 (新潮文庫)

  • 新潮社 (2002年1月30日発売)
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  • 本 ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101123370

感想・レビュー・書評

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  • 著者自らの闘病生活をそのまま綴ったかのような内容。主人公の明石が入院中に見た「あの目」が彼に訴えようとしていたのは人生の本質とも思われるそれ。「人生」と「生活」、その両方を行き来する時に人は何を見るのか。
    きっと読む誰しもが「共感」を感じる一冊だと思います。とても満足でした。

  • 『深い河』に続き遠藤周作作品。

    終盤の長崎の旅は若干唐突さを感じたが、これまたよかった1冊。

    当時国民病と言われた結核を病んだ遠藤周作自身の闘病の心の動きや観察眼が細やかな筆致で描かれる。フィクションでありながら、すぐそこに差し迫った「死」という世界への戸惑い、迷い、恐れが行き来する様に引き込まれる。そこに遠藤周作さんご本人の思いや実体験を差し引くことはできないと思う。

    生きているという現実と、このまま死の世界に一足飛びに移ってしまうのではないかという恐れ。
    昨日まで患者が入院していたその部屋が翌日には何事もなかったように、空っぽになっている空虚さ。
    綺麗に整えられ、また別の患者が病と向き合う。

    何を境にそうなるのか、答えのない危うさの中で存在しなければならない残酷さが幾度となく描かれる。
    死にゆく人と生き続ける人を分け隔てるものはなにか。
    はかなさと万物流転のたおやかさを明確に区別するものはないと感じる。

    昭和の病院環境、医療従事者と患者との関係性など、私も幼い頃数か月の闘病で父を亡くしているので、当時の病院を思い出した。
    文中にあったように、人間は普段健康な時には心の奥底に沈めてしまっている光景、それも一瞬を切り取った風景を何かの折にしっかりと呼び起こすのだと、作品を読みながら父を失ったあの日を思い出した。

    日々の営みである「生活」とその累積である「人生」の違いと類似性。
    紆余曲折、山も谷もある日常のなかで、日々の営みである「生活」から目を離さなずにいたいものだ。宮本輝さんの作品にもご自身の結核の闘病が描かれたものを読んだが、生きる時間を分断する恐ろしい病だったのだなと改めて感じた。

  • 病気が前面に出てくる小説はあまり読まない様にしている。
    読んでいるうちに辛くなってしまうから。
    まさしくそれに当てはまる小説なのにしまいまで読めてしまった。遠藤周作、少し読んでみよう。

  • 小説のところどころに「沈黙」の一場面を思い出させる描写があって、遠藤作品そして遠藤周作さんのつながりを感じました。そのほかの作品にも流れる「人間をありのままに受け入れる」ものについての遠藤さんの強い確信を感じるよい小説でした。

  • 看護婦さんが手を握ってくれると、信じられないようなことだけど、実際に不安や痛みが和らぐ。
    病気をすると、遠い風景を俯瞰しているような気持ちになる。
    本間さんのセリフ「手術を受けた日から、何もかもが変わっていく」「もっと心の上で」
    主人公明石は、自分が日常に戻ると、人生をどれだけ持続できるのか心配しているが、退院してもまだ俯瞰の眼をしている。そして、忘れずに長崎の踏み絵を見に行って、キリストの「沈黙の声」を聞いた。
    心に浮かぶ疑問に答えられないもどかしさ。
    明石は、弱いものに寄り添い、手を握ってくれる存在を見つけて、強く前向きになれた。

  • 九官鳥、踏み絵など遠藤周作といえばというモチーフが登場する。深い河を読んだときも感じたが何気ない一瞬を切り取り、描写する能力が高いと感じる。光や匂い、登場人物の細かな心情が鮮明に伝わってくる。

    病気のためとはいえ、戦中は徴兵に招集されないまま終戦を迎え、生き残ったことを戦死した友人たちに申し訳ないと思う明石。だが、結核に冒され2度3度と訪れる死の恐怖がこれまでの人生の出来事の意義を問い直してくる。

    巻末の解説にある通り、キリスト教徒でもなかった明石が踏み絵を想起し、長崎に赴くことは確かに唐突感が否めないが、感動や喜びとはまた違う読後感を味わうことのできる作品になっている。

  • 結核にかかった明石という男の入院生活をえがいた作品です。

    肋膜炎にかかったため、召集を受けることのないまま終戦を迎えた明石は、四十代という働き盛りの年に結核で一年以上の入院を余儀なくされたことによって、同世代のなかで自分だけが戦場に行かなかったというコンプレックスを解消することができるのではないかという考えます。しかし、長くつづく入院生活にそうした決意は揺らぎ、妻に不平をこぼします。

    ところが、思いもかけず手術によって早く退院することができるかもしれないという医者の話がもたらされ、明石は手術を受けることを決意します。しかし、彼の病状は医者の予想をはずれて悪化の一途をたどり、退院のめどが立たなくなってしまいます。明石はそうした自分の運命を嘆きつつも、あたりまえだった日常の「生活」から離れて病院で長い時間を過ごしていくなかで、「人生」に思いをめぐらせます。

    『沈黙』と同時期に執筆され、著者自身は改稿の計画をもっていたものの、そのままになってしまった作品ということもあって、構成に多少難があるようにも感じられますが、入院生活という即物的な条件によってさまざまな思いが去来して心が揺れ動く展開になっており、興味深く読むことができました。

  • 肺病を患って長い入院生活から生きることの意味を見出そうする主人公の物語。飾ることのない単調な物語に深淵な哲学や宗教観が織り込まれている。

  • 「沈黙」「海と毒薬」と比較すると軽い印象。
    九官鳥や四十雀の目と踏み絵のキリストの目が「煙はなぜ立ちのぼるのか」について答えを暗示する。生とは何かについて、肺を患ったことでひとつの答えに到達する。

  • 静かな気持ちになりました。
    静かに静かに進みながらも、気づけば最高潮に。まさに満ち潮のよう。感情の大波が訪れていました。

    生きることを見つめていく明石の、たった一人と九官鳥一話の深夜の対話。溢れる彼の涙。
    明石の心を捉えた、病室の夫婦。手を握り合った2人の情景が忘れられない。
    良書でした。

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著者プロフィール

1923年東京に生まれる。母・郁は音楽家。12歳でカトリックの洗礼を受ける。慶應義塾大学仏文科卒。50~53年戦後最初のフランスへの留学生となる。55年「白い人」で芥川賞を、58年『海と毒薬』で毎日出版文化賞を、66年『沈黙』で谷崎潤一郎賞受賞。『沈黙』は、海外翻訳も多数。79年『キリストの誕生』で読売文学賞を、80年『侍』で野間文芸賞を受賞。著書多数。


「2016年 『『沈黙』をめぐる短篇集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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