死者の奢り・飼育 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101126012

感想・レビュー・書評

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  • 1.著者;大江氏(故人)は、小説家。「死者の奢り」で、学生作家としてデビュー。豊かな想像力と独自の文章で、現代に深く根ざした小説を執筆。核兵器・天皇制等の社会問題、故郷の四国の森の伝承、知的障害を持つ長男との生活・・を重ね合わせた作品を構築。「飼育」で当時最年少の23歳で芥川賞受賞。さらに「洪水はわが魂に及び」で野間文芸賞・・などの多数の文学賞と、日本で二人目となるノーベル文学賞受賞。民主主義の支持者で国内外における社会問題に積極的に発言を続けた。
    2.本書;大江氏の初期作品集。6短編を収録➡①死者の奢り(解剖用の死体を運ぶアルバイト)②他人の足(脊椎カリエスの病院)③飼育(黒人兵を村で預かる)➃人間の羊(バスの中での屈辱)⑤不意の唖(村に来た外国兵)⑥戦いの今日(朝鮮戦争時に日本に来た米兵)。前三作は監禁状態、後三作は社会問題がテーマ。大江氏は書いています。「監禁されている状態、閉ざされた壁の中に生きる状態を考える事が、一貫した僕の主題でした」と。
    3.個別感想(印象に残った記述を3点に絞り込み、感想を付記);
    (1)『第1編 死者の奢り』より、『「《教授》こんな仕事(死体を移す仕事)をやって、君は恥ずかしくないのか?君たちの世代には誇りの感情がないのか?」→「《アルバイト学生》生きている人間と話すのは、なぜこんなに困難で、思がけない方向にしか発展しないで、しかも徒労な感じがつきまとうのだろう、と僕は考えた。・・僕は眼をあげ、教授の嫌悪にみち苛立っている顔を見た。・・蔑みの表情があらわなのを見て、僕は激しい無力感にとらえられた』
    ●感想⇒人には生きていく為に生活事情があります。この学生は報酬に魅力を感じ、大学病院の解剖用死体を運ぶアルバイトをしたと思います。それ自体決して、非難されるものではありません。❝職業に貴賤無し❞と言います。法令に違反しない限り、どんな職業も理由があって、存在しているのです。教授の言う「こんな仕事(死体を移す仕事)をやって、君は恥ずかしくないのか?」にはあきれます。この仕事を誰かがやらなければ、教授は研究出来ないのです。感謝するのが当然でしょう。彼は、人を色眼鏡で見て差別しています。世の中には、このように❝特権階級❞を自任し、振りかざす人が少なくありません。自らの立場やこれまでの人生を振返り、感謝の心を忘れず、真摯な態度で人に接したいものです。社会的地位が高い程、人格をを疑われる言動は慎むべきです。❝人のふり見て我がふり直せ❞です。
    (2)『第3編 飼育』より、『《村の少年》黒人兵を獣のように飼う。・・黒人兵が柔順でおとなしく、優しい動物のように感じられてくる。・・僕らは黒人兵と急激に深く激しい、ほとんど❝人間的❞なきずなで結びついた事に気付く。・・黒人兵が捕らえられて来た時と同じように、理解を拒む黒い野獣、危険な毒性をもつ物質に変化している。・・黒人兵の頭蓋の打ち砕かれる音を聞いた』
    ●感想⇒村という外部と隔離された社会、主人公が黒人を支配できるという優越感、無残な最期の悲劇・・。「飼育」は残酷で恐ろしい話です。戦時下とは言え、人間を動物の様に扱う(飼育)のは、身の毛がよだちます。世間ではペットブームと言い、動物を人間の様に飼育している人をよく見かけます。私も以前はペットを飼っていたので、その気持ちはよく理解出来ます。しかし、人間を❝飼育❞するという感覚が私には理解出来ません。ペットは人間の様に❝裏切らない❞という事かもしれませんが、人間には尊厳があるのです。道徳心もあります。本短編は戦時中のフィクションとは言え、❝人間を飼育する❞という発想で書き上げた偉才ならではの作品です。驚きです。
    (3)『第4編 人間の羊』より、『「《主人公》外国兵らは(バスの中で)僕のズボンのベルトをゆるめ荒々しくズボンと下履きとを引きはいだ。・・両手首と首筋はがっしり押さえられ、僕の動きの自由を奪っていた。・・狼狽の後から、焼け付く羞恥が僕をひたしていった」・・「《同乗の教員》・・君は泣寝入りするつもりなのか?・・黙って誰からも自分の恥をかくしおおすつもりなら、君は卑怯だ。・・名前だけでも言ってくれよ。僕らはあれを闇に葬る事は出来ないんだ。・・(名前を隠すつもりなら)お前達(僕と外国兵)に死ぬほど恥をかかせてやる。・・俺は決してお前から離れないぞ」』
    ●感想⇒被害者と傍観者に関する感想です。先ず、被害者の学生。衆人の前で酷い屈辱を受けても、反発できない惨めな気持ちに耐え抜く態度に感心。背景には、敗戦国での治安の悪さ(警察も当てにならない?)とバス同乗の傍観者の❝面倒な事は避けたい❞という態度にあると思います。バスを降りて、傍観者の一人(教師)が被害者にこの事を訴えようと纏わりつきます。外国兵が居なくなってからしつこく迫り、思い通りならないと捨て台詞。「お前達(僕と外国兵)に死ぬほど恥をかかせてやる」。教育者にあるまじき発言、こういう教育者は許せません。大江氏の「傍観者に対する嫌悪と侮蔑」を思い、胸を打たれます。最近では、交通機関の中での不祥事に、同乗者達が加害者を非難している報道をよく見聞きします。正義は健在だと思うと同時に、この火種を絶やさない社会にしたいものですね。
    4.まとめ;本書は、大江氏の出発点となる作品で、芥川賞受賞、100万部超の大ベストセラーです。今回レビューを書くために再読。若い頃に読んだ時は、正直難解な作品でした。私は、6短編の中で、「人間の羊」に感銘。傍観者の❝他人事❞と言わんばかりの態度、歪んだ正義感を振りかざす教師。戦後間もない時の出来事と言えど、人間の醜さ・弱さに傷心です。大江さんは、ノーベル文学賞受賞後も、反原発デモの先頭に立つ等、行動する知識人としての人生を貫きました。書斎にこもる事なく行動し、発言し続けたのです。氏の作品が時代を超えて世界レベルで読み続けられる事を願います。(以上)

  • 芥川賞受賞作「飼育」を含む6編の短編集。
    初めて大江健三郎氏の作品を読んだが、大変良かった。
    時代を背景に、生と死、田舎の村の閉塞感、米兵と日本人の関係、子どもの好奇心と残酷さ、罪悪感と勝手な正義感、大人になるという事…などが描かれている。
    ジワジワ追い詰められていく感じが、たまらない。
    本作のテーマを理解できたかどうかはわからないが、共感、納得できる箇所は随所にあった。
    どの作品も深くて、読後は余韻が残り考えさせられる。文学の良さって、こういう事か。
    印象深かったのは、「死者の奢り」「飼育」「人間の羊」
    今後は、大江氏の作品を少しずつ読み進めながら、
    追悼の意を表したい。

  • 東大在籍中にデビューした大江健三郎の初期作品集。
    どっちかというと長編を好んで読むタイプで(司馬党なのでね…)あまり短編集を読まないし、読んでもなかなか満足できないことが多いのですが、これは全部よかったです。
    充実した読書時間になりました。
    重くて暗くて、とても読みやすいとはいえないし、オススメはしないけど。(褒めてます)

    「監禁されている状態、閉ざされた壁の中に生きる状態を考えることが、一貫した僕の主題でした」は、大江健三郎本人の後書き。
    生きるってある意味そーいうことだよね、と わたしは平和ボケした頭で考えたんだけど、「占領下」という時代背景を突きつけられたとき、足元が一気に崩れるような絶望感に陥りました。
    大江健三郎の表現力とか文体とか思想だとかより、占領下という気持ちの悪い時代のことが強烈に心に刺さります。
    主題は非戦ではないようですが、わたしは戦争の悲惨さがつくづく身に沁みました。
    刀しかなかった幕末においてでさえ、列強からの占領だけは許さなかった日本なのに…
    とか、こーいうことをぐちぐち考えだすと、また坂口の堕落論を読みたくなるんだ。

  • 読んでも正直よくわからない。大江健三郎氏をサルトル的実存主義文学と称すらしいがそれもどういうことかよくわからない。でも不思議と読み進めてしまう。何か深淵な漆黒のどす黒い人間の負の感情が蠢いているような奇妙な魔力がある。「死体の奢り」が処女作というのも驚きだ。そりゃノーベル文学賞もとるわけだ。

    彼独特の視点による文章や自在に切り替わる視点も凄いが、「人間の羊」や「戦いの今日」で描かれる負の感情の連鎖が凄まじい。感情の対象となる原因発生、ストックホルム症候群に似た被害者らの連帯感(懺悔)、感情の反転とすり替え、そして虚脱、この一連の変遷の捉え方と表現が見事だ。すべて気が滅入るようなテーマではあるが文学とはかくあるべきといえる作品である。


  • 個人的にかなり好きな短編集だった。

    内容の重く暗く救えないような空気感とは裏腹に
    大江健三郎さんの文章があまりに綺麗。
    自分はこんな言い回しが思い付くか?出来るか?と
    考え込んでしまうくらい、表現に溢れていた。

    特に好きなのは「人間の羊」。

  • 人は自分に無いものを前にすると生き方全てを曝け出す。
    それはどんなに目を背けても必ず自分に返ってくる。
    この本の内容を痛いとも辛いとも思う自分は傲慢だったのだ

  • 私の感じるところでは、大江健三郎の文体は非常に冷淡でありながら、吐き気を催すほど生々しく肉薄してくるところがある。
    読むという行為を、ただ読むという行為に収めさせないほどの膂力を感じる。他の作家でも感じなかった訳ではないが、この程度は初めてだ。
    今まで彼の本を読んでこなかったことを後悔している。他の著作も読んでいく。

  • 最近の文学だけではなく、幅広く現代文学を…と思い手に取った本作。
    昭和中期から平成後期までの日本文学を牽引したとされる、大江健三郎さんの芥川賞・受賞作品。

    うーーーん…正直ちょっと面白さは良くわからなかったかなぁ…

    圧倒的な文章の美しさっていうのは何となく感じることができたんですけど、なにせ文章自体の読みにくさと、全体的な暗さがシンドくて…
    加えて、時代背景の分かりにくさというのも要因としてはあったのかもしれませんが…

    ただ、この作品を若干23歳で書き上げる非凡さというか…そのエグさは体験することができたかもなと(笑)

    調べてみると、中期以降(「万延元年のフットボール」以降)から作風が変わっていて、そこからは前向きで明るい作品多いらしいです。

    なので、再度そっちにはトライしてみようかな…と(´∀`)


    <印象に残った言葉>
    ・これらの死者たちは、死後ただちに火葬された死者とはちがっている、と僕は考えた。水槽に浮かんでいる死者たちは、完全な《物》の緻密さ、独立した感じを持っていた。死んですぐ火葬される死体は、これほどまでに完璧に《物》ではないだろう、と僕は思った。あれらは物と意識との曖昧な中間状態をゆっくりと推移しているのだ。それを急いで火葬してしまう。あれらには、すっかり物になってしまう時間がない。(P19)

    ・僕はもう子供ではない、という考えが啓示のように僕をみたした。兎唇との血まみれの戦、月夜の小鳥狩り、橇あそび、山犬の仔、それらはすべて子供のためのものなのだ。僕はその種の、世界との結びつき方とは無縁になってしまっている。(P156)

    ・僕は唐突な死、死者の表情、ある時には哀しみのそれ、ある時には微笑み、それらに急速に慣れてきていた、村の大人たちがそれらに慣れているように。(P160)


    <内容(「BOOK」データベースより)>
    屍体処理室の水槽に浮き沈みする死骸群に託した屈折ある抒情「死者の奢り」、療養所の厚い壁に閉じこめられた脊椎カリエスの少年たちの哀歌「他人の足」、黒人兵と寒村の子供たちとの無残な悲劇「飼育」、バスの車中で発生した外国兵の愚行を傍観してしまう屈辱の味を描く「人間の羊」など6編を収める。学生時代に文壇にデビューしたノーベル賞作家の輝かしい芥川賞受賞作品集。

  • 表題作を含む6編を収録。
    主人公たちが遭遇した出来事は、冷静に見れば非日常的なことのはずなのに、彼らはすっかり慣れきってしまっているように見えた。なんだろう、感覚が麻痺しているような。
    そして、読後は虚無感に襲われた。

  • 私のような戦争戦後体験がなく、そして人生経験も少なく、さらに読書初心者にとっては、かなり辛い読書体験になりました。

    むずかしいと聞いていた大江健三郎さんですが、文章とストーリーの難しさはあまり感じませんでいた。
    なにが辛かったかというと、時代を反映し全体に流れている「卑屈さ」みたいなものだったように思います。
    それは敗戦国に命あるものとしての卑屈さ、でしょうか。息が詰まるような閉塞感とその継続からくる諦めみたいなものが人物の心理に通底しているような気がしました。

    この読書には感動も発見もありません。しかし、自分と全然重なるところはないのに、どうしてか共感ができるような心境になってしまいます。置かれた状況は全く異なりますが、ただ、なんとなく、自分と一緒だ、と思うところがあるのです。

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著者プロフィール

大江健三郎(おおえけんざぶろう)
1935年1月、愛媛県喜多郡内子町(旧大瀬村)に生まれる。東京大学フランス文学科在学中の1957年に「奇妙な仕事」で東大五月祭賞を受賞する。さらに在学中の58年、当時最年少の23歳で「飼育」にて芥川賞、64年『個人的な体験』で新潮文学賞、67年『万延元年のフットボール』で谷崎賞、73年『洪水はわが魂におよび』で野間文芸賞、83年『「雨の木」(レイン・ツリー)を聴く女たち』で読売文学賞、『新しい人よ眼ざめよ』で大佛賞、84年「河馬に噛まれる」で川端賞、90年『人生の親戚』で伊藤整文学賞をそれぞれ受賞。94年には、「詩的な力によって想像的な世界を創りだした。そこでは人生と神話が渾然一体となり、現代の人間の窮状を描いて読者の心をかき乱すような情景が形作られている」という理由でノーベル文学賞を受賞した。

「2019年 『大江健三郎全小説 第13巻』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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