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Amazon.co.jp ・本 (376ページ) / ISBN・EAN: 9784101126067
みんなの感想まとめ
青春の葛藤や出発への欲求を描いた物語は、主人公斎木犀吉の破滅的な生き様を通じて、読者の心に深く響きます。再読でも新たな感動を呼び起こす作品であり、主人公の奔放さやモラリストとしての矛盾が、語り手の視点...
感想・レビュー・書評
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再読なのにまるで初読のように高鳴り貪り読んだ。こんな破滅的に哀しく滑稽で感動的な青春小説ほかに誰が書けよう。突き抜けている。誰もが胸の内に抱えている〈出発〉への欲求。斎木犀吉の傍若無人な短い人生に、その破滅の結末に、憧れと諦念を物語る青年小説家も犀吉同様不恰好で哀れだ。それでも〈出発〉に向けてのトランクをいつも傍らに準備している、その諦めの悪さと自信過剰に共感する。愛おしい。マヤコフスキーの《ズボンをはいた雲》の引用が効いてくる。こうした引用一つで色合いを際立ててしまうのは大江ならでは。素晴らしかった。
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「主人公」が自殺をした趣旨を手紙で知り、主人公との出会いから現在までの思いでを物語として「私」こと語り手が綴る、といった物語。
正直、主人公である斎木犀吉は、モラリストだの哲学者だのと書いておいて、身勝手で奔放な男だと思っていたのですが、最後の章でのやり取りや、海外へと出ていくさいの葛藤など、書き手目線で捉えると「嫌なやつ」としか思えませんでしたが、主人公である斎木目線で見てみると、それとはまた別の思いが浮かぶなど、大江が得意とする本人の体験に基づいた書き方もあり、著者の傾向がわかるような作品です。 -
あんまり心になにか残る系統の作品ではなかったけど、大江さんは描写力が高いので、破天荒な齊木犀吉の生き様を自分が目の前で観ているような感覚でジェットコースター的に楽しめた。
まさに冒険的な小説 -
大学の卒論で大江健三郎氏をとりあげ、当時の新作『同時代ゲーム』までのすべての作品を読んだ(「政治少年死す」は国会図書館でコピーした)。
そしてそれ以来、飽きてしまったのでだいぶ読んでいなかったが(氏の左傾の言動のせいもある)、30年ぶりに再読。
『同時代ゲーム』までのなかで印象に残った作品の1つがこの作品だった。
相変わらずくよくよした(女々しいというと今は差別になる)文体でたいへん好ましい(笑
日本で一番好きな作家は安部公房なのだが、ほぼ同時代に活躍した安部公房の代表的な作品は今読んでもふるさを感じないが、大江氏の作品にはふるさを感じるのはなんでだろう?
が、この作品には魅力的な登場人物が多い。なかでも
「おれはここにいても、どこか向こうへ行ってもおなじなんだよ。だから、おれは、どここか遠方へ行ってみようと思うんだよ。おれをどこかへつれて行ってくれる人間がいるんだから、ついて行ってみようと思うんだよ。おれはどこにいてもおなじなんだから、なんとかやってみるんだよ!」
という暁のセリフが好きだが、これはまさに主人公の青年小説家の心情だ。
というわけで久々にほかの作品も読み返してみようと思うが、手元にあるのは昭和59年前後の文庫本が多く、字が小さいのと経年劣化で紙がしょうゆに浸したような色になっててたいそう読みにくい。でもまあそれも味わいということで。 -
マヤコーフスキーの詩になぞらえ自分が《ズボンをはいた雲》であると信じ時をまつ青年、斎木犀吉。ヒポコンデリアにかかった作家のぼく。
日常生活の冒険旅行を夢見る人たちのお話。
面白かった。
羨ましいような、そわそわした気持ちになった。
ぼくが犀吉に傾倒し、でも次第に変化していく関係。
犀吉の魅力は幼さでもあるのかもしれないけど、憧れてしまうのも解る。
反・冒険者であっても、ひそかに旅行鞄を買い求めそれを隠してきた――実は多くの人がそうなのではないかな。自分も。
だからグッときました。 -
大江版オンザロード。奔放で破滅的で魅力的な友人。モラリストに憧れます。
自分を知るためにはモラリストである必要があるのかと思ったり、文学的であることとはモラリストであることなのかと思ったりしました。 -
ちょっと難しかった。
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大江健三郎の作品の中で一番好き。
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われわれが日常生活で想像力を働かせるというのは、過去の観察のこまかなな要素を再構築してひとつの現実をくみたてることにほかならない。p417
「この長編の題名には、その冒険の可能性なき世界を冒険的いきなければならないというひとつのモラルが、すでに含まれている」(渡辺広士の解説より) -
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日常生活の冒険しすぎでしょ、おじさんw
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(1971.09.27読了)(1971.08.23購入)
(「BOOK」データベースより)
たぐい稀なモラリストにして性の修験者斎木犀吉―彼は十八歳でナセル義勇軍に志願したのを手始めに、このおよそ冒険の可能性なき現代をあくまで冒険的に生き、最後は火星の共和国かと思われるほど遠い見知らぬ場所で、不意の自殺を遂げた。二十世紀後半を生きる青年にとって冒険的であるとは、どういうことなのであろうか?友人の若い小説家が物語る、パセティックな青春小説。 -
こんなに衝撃を受けた作品は無いってくらいすごい
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「洪水は我が魂に及び」と同じく、最後でぐわっと持ってかれました。
冒険なんて言ってイキがってフラフラして、本当にどうしようもない、他人を「自己欺瞞のかたまりだ」なんて非難しておいて実は自分もそう。
そんな犀吉からどうしても離れられない主人公。
どんどん自滅していく犀吉。
転がり落ちるように日常生活が崩れていく様が素晴らしいです。
犀吉と一緒にヨーロッパに行った少年の、旅立ちのときとの母親とのやり取りが、もう一日暗い気分になる程いやぁなシーンでした。
10.02.18 -
冒険的に生きる 何を選び 何を捨てるか
危険の感覚は失せてはならない。
道はたしかに短い、また険しい。
ここから見るとだらだら坂みたいだが。
それじゃ、さよなら、ともかく全力疾走、そしてジャンプだ、錘のような恐怖心からのがれて!(本文引用)
選書:川島
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1人の主人公の劇を見ているみたい。
あぁ、駄目だ駄目だって思いながらも物語は進む。
斎木犀吉が悲しすぎる。
彼みたいな生き方はとてもしんどいように思えます。
いちばん倖せだったのは
卑弥子と暮らしていたときやったんやろうか。
ずっと倖せじゃなかったんかな。
それともずっと倖せだった?
「ぼく」みたいな人物が斎木犀吉みたいな人物に惹かれる。
というのはすごく当たり前、
というか、ありそうなことだと思った。
でも斎木犀吉だって「ぼく」に惹かれているんやなぁ。
隣の芝生は青い。ということなのか。
みんながだんだんと(精神的に)大人になって、
犀吉から精神的に離れていくというところがつらかった。
精神的に離れてしまうと、それが物理的な距離、
つきあいの距離にも表れるんやなー
犀吉みたいな男の人に惚れると、
女の人はとてもとてもつらいと思いました。 -
大江健三郎デビュー。
なんでこの人がノーベル賞とったのか?ずっとわからず気になってた。俺がモノを知らなさ過ぎるだけかもしれないけど、広く世に知られるような名作ってそんなにあったっけ?とゆー。直木賞てすごいんだろけど直木て誰?みたいな。
しかしよかった・・・。とてもよかった。。。
オススメです。
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ちょっと後でちゃんと書きます
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斎木のモデルは故伊丹十三であったとか。高校の時に伊丹十三と知り合う。1960年、伊丹万作の長女ゆかり(伊丹十三の妹)と結婚。1994年ノーベル文学賞受賞。
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2006.1/6
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