- 本 ・本 (336ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101130019
感想・レビュー・書評
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「戦後文学放浪記」で言及されていた表題作を読んだ。くらった。分かる、とも思った。
母の、そして死の側で思索と記憶を漂い過ごす9日間。死を前にして訪れる感覚。不安や強いられる気がしてしまうセンチメンタルなもの、所在なさや端的な面倒臭さ、故に感じる不謹慎さと自省。悲しみの前に訪れる戸惑い。それらには覚えがあった。完全に分かる、と思ってしまった。
ラストシーン、母親の亡くなった日、作家自身の忘れられない海辺の光景。文章にすると幻想的で少しロマンティックで美し過ぎるのかもしれないけれど、それが必要なのだということも、分かる。作家にも小説にもわたしにも。作中の作家を思わせるキャラクタが「一つの“死”が自分の手の中に捉えられるのをみた。」とき、過去にあったそんな瞬間のことをまた思い出した。青空とタバコの煙。
「頭に浮かんだ言葉は、それを文字に書き写して、もう一度自分で確認して初めて本当の言葉になる」これは新書の方からの引用だけれど、それも改めて納得出来た気がした。そんな風にあの日のこともまた書きたいと思った。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
精神を病み、海辺の病院に一年前から入院している母を、信太郎は父と見舞う。医者や看護人の対応にとまどいながら、息詰まる病室で九日間を過ごす。
戦後の窮乏生活における思い出と母の死を、虚無的な心象風景に重ね合わせ、戦後最高の文学的達成といわれる表題作ほか全七編の小説集。
はじめ読んだ時は、現代と当時の家族関係の差が大きすぎて理解できずに終わりました。
解説を読んで分かったのは、この「海辺の光景」は父親の権威の失墜、母親の消失を経て、
息子である主人公が成熟する物語なのだということです。
戦時中の母子の非常に内密な関係が、父親の帰還によって崩されていく。
それと同時に、陸軍少将でありながら敗戦により無職になったために起こった、父親の権威の失墜。
二つの要因により、主人公は家族から解放されて成長するのだということです。
戦後の背景を鑑みても、母親を汚らしい生物として見る主人公に共感できなかったので、★2です。
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高知県の海べりにある精神病院で母を看取る話。題材からして重たいし、内容も重たい。が、情景の描写力と情感の表現力が秀逸で物語に引き込まれる。
真っ赤な朝焼け、強烈な午後の日差し…
対照的に仄暗い病室とそこに横たわる瀕死の母親。 とくに母親の状態の仔細な描写には慄然とする。
それにしても文章の上手さは別格であると思う。傑作。 -
海老坂の戦後文学は生きているで推薦された本である。戦地から戻ってきた父親が鶏を飼う経緯から母親が精神に異常をきたし、高知に戻って海辺が見え桜もきれいな精神病院に入院する。そこで母親が死亡するまでの話である。
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現実からするりと逃げ出して、夢をみて、でも現実に追いつかれてしまう。「質屋の女房」に収められた作品はそんな風だった。だけど、ここではもう夢すらなくて、狂気がいっぱいで、ひとりでどんどん追い詰められていくかんじだった。こわくてきもちわるくてしんどかった。家族も学校も、わたしたちの社会における宿命的な存在で、そこでの排除される感覚とかってもう、狂うほかないものなのかもしれない。学校で感じる劣等感とか、時代の閉塞感とか、いろんなものがどんどんもっと恐ろしいものに変化していった、のかなあ、わかんない。安岡章太郎には個人的にシンパシーを感じるタイプの作家さんだからこそ、これを読んだらかなしくなったしこわくなった。
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表題作は主人公の置かれた環境が自分のそれと似ていたので、共感しながら読み進める。
故郷を捨て、都会に生活の根を張る人間が母を看取る為に地元へ戻るという陰のあるストーリー。
ただ、作品自体はどちらかといえばサイコスリラーの要素もあり、若い時に夫を憎しみ続ける母の姿や、気が触れてしまった後の彼女の描写はもはや下手なホラーより恐ろしい。
母親が亡くなるまで淡々と語られる彼女との思い出、周囲の人間達の表現/描写を読んでいると、みじかな存在が世の中から無くなる際に生まれる一種の無感覚を感じる。
死という超現実に対し、自分を守る為に感覚/感情のスイッチをOFFにする、そんな感じが文章の端々に感じたような。
安岡章太郎という人は亡くなるまで特に意識したことが無かったけど、死をきっかけに出会う本というのもあるんだなと感慨に浸る。 -
人物や風景の描写が巧み。
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安岡章太郎のある時期の短編は何回か読んでいるが、今回読んでみて「海辺の光景」が大傑作であることは疑いないにしても、掌編の「宿題」がとてもいいなと思った。小学生が夏休みの宿題をやらなかったという非常にくだらないところから話はスタートするのだが、少しずつ自分の周辺を誤魔化していく姑息さと、その姑息さゆえにどんどん追い詰められていく情けなさが非常に安岡章太郎的で味わい深い。ポスターをペリペリしてもどこにもゆけないのに・・・。
著者プロフィール
安岡章太郎の作品





