海辺の光景 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101130019

感想・レビュー・書評

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  • 精神を病み、海辺の病院に一年前から入院している母を、信太郎は父と見舞う。医者や看護人の対応にとまどいながら、息詰まる病室で九日間を過ごす。
    戦後の窮乏生活における思い出と母の死を、虚無的な心象風景に重ね合わせ、戦後最高の文学的達成といわれる表題作ほか全七編の小説集。

    はじめ読んだ時は、現代と当時の家族関係の差が大きすぎて理解できずに終わりました。
    解説を読んで分かったのは、この「海辺の光景」は父親の権威の失墜、母親の消失を経て、
    息子である主人公が成熟する物語なのだということです。

    戦時中の母子の非常に内密な関係が、父親の帰還によって崩されていく。
    それと同時に、陸軍少将でありながら敗戦により無職になったために起こった、父親の権威の失墜。
    二つの要因により、主人公は家族から解放されて成長するのだということです。

    戦後の背景を鑑みても、母親を汚らしい生物として見る主人公に共感できなかったので、★2です。


  • ・「海辺の光景」を代表作として最初に持ってきて、時代を遡って初期および中期作品集成という感じか。
    ・生まれ年を調べたところ、安岡は1920、中井は1922、水木は1922、三島は1925、澁澤は1928、手塚は1928。
    そういう時代感覚。やはり戦争経験は数年単位で感じ方が異なるのだな。
    という年代による把握と、村上春樹が特別愛着を抱いた作家だという事情……結構特殊な「軽み」の作家の、「重さ」を「軽く書く」作品かもしれない。

    ・まず自分の経験が刺激される……伯母のアルコール病棟の鉄扉、大学の実習で訪れた精神病院、腎盂癌の父の死を看取ったこと。
    ・軍の獣医……トレーラー運転手……母息子ふたりの生活。三角形の頂点がズレた、相似形。あるいは母喪失を未来視したような。つらい。
    ・また少なからず精神病院を描いた小説や映画への連想。「人間失格」「ドグラ・マグラ」「虚無への供物」「楡家の人びと」の饐えた臭い、「ジェイコブズ・ラダー」とか。
    ・少しだけ檀一雄に言及される→「女が狂う」
    ・信州読書会の宮澤さんの読み。戦後のPTSD。戦争神経症。自然法と人為法。死と社会。

    ・「ガラスの靴・悪い仲間」を読みながら、水木しげる的な呑気さを享受していたが、実はユーモアの後ろに深甚なPTSDを隠していた
    (もちろん水木しげるの高笑いは、戦争神経症と、自分をキャラクター化する努力の賜物、のハイブリッドだと思うが)。
    ・初期ユーモラス作品群が、戦争後遺症という視点で再度変わって見えてくるのだ。

    ・ユーモアと、母子カプセルに、いわば安住していたが……という作家の余裕と、それを裏切られたある瞬間が、改行というか改ページというか、ともかくも空白で描かれる……ここもまた個人的に。

    ■海辺の光景★ 1959年=昭和34年=39歳。芥川賞受賞後6年後。第13回野間文芸賞。
    ■宿題★ ※「ガラスの靴・悪い仲間」で読了済み。1952年=昭和27年=32歳。芥川賞候補。……比較的長め。これはよい少年期もの。お母さんが「お前も死になさい。あたしも死ぬから」(おまえもしなさい、あたしもするからの聞き間違え)とか、小さい挿話が輝いている。……このお母さんが作品発表の数年後にああなってしまうとは(「海辺の光景」)と思うと感慨深い。
    ■蛾 ※「ガラスの靴・悪い仲間」で読了済み。題材は家族から少しだけ離れるが、しかし少し登場する父が、やはりいい味。一人称は私。
    ■雨★ ……ラスコーリニコフを連想させる語り手。状況から語りがふわっと遊離し、どぎつさを感じさせない。実は「ガラスの靴」と並び、エバーグリーンになり得る作品かもしれない。
    ■秘密★ ……「雨」と同じく崖っぷちの語り手。母の声や「イッテハナラヌ」という声に支配され、なんだか精神分析的に読むこともできそうな。
    ■ジングルベル ※「ガラスの靴・悪い仲間」で読了済み。……うーん太宰治「トカトントン」を連想するなあ。戦後の象徴というか。
    ■愛玩★ ※「ガラスの靴・悪い仲間」で読了済み。1952年=昭和27年=32歳。芥川賞候補。父への込み入った思い。

  • 現実からするりと逃げ出して、夢をみて、でも現実に追いつかれてしまう。「質屋の女房」に収められた作品はそんな風だった。だけど、ここではもう夢すらなくて、狂気がいっぱいで、ひとりでどんどん追い詰められていくかんじだった。こわくてきもちわるくてしんどかった。家族も学校も、わたしたちの社会における宿命的な存在で、そこでの排除される感覚とかってもう、狂うほかないものなのかもしれない。学校で感じる劣等感とか、時代の閉塞感とか、いろんなものがどんどんもっと恐ろしいものに変化していった、のかなあ、わかんない。安岡章太郎には個人的にシンパシーを感じるタイプの作家さんだからこそ、これを読んだらかなしくなったしこわくなった。

  • 表題作は主人公の置かれた環境が自分のそれと似ていたので、共感しながら読み進める。

    故郷を捨て、都会に生活の根を張る人間が母を看取る為に地元へ戻るという陰のあるストーリー。

    ただ、作品自体はどちらかといえばサイコスリラーの要素もあり、若い時に夫を憎しみ続ける母の姿や、気が触れてしまった後の彼女の描写はもはや下手なホラーより恐ろしい。

    母親が亡くなるまで淡々と語られる彼女との思い出、周囲の人間達の表現/描写を読んでいると、みじかな存在が世の中から無くなる際に生まれる一種の無感覚を感じる。

    死という超現実に対し、自分を守る為に感覚/感情のスイッチをOFFにする、そんな感じが文章の端々に感じたような。

    安岡章太郎という人は亡くなるまで特に意識したことが無かったけど、死をきっかけに出会う本というのもあるんだなと感慨に浸る。

  • 海老坂の戦後文学は生きているで推薦された本である。戦地から戻ってきた父親が鶏を飼う経緯から母親が精神に異常をきたし、高知に戻って海辺が見え桜もきれいな精神病院に入院する。そこで母親が死亡するまでの話である。

  • 人物や風景の描写が巧み。

  • 安岡章太郎のある時期の短編は何回か読んでいるが、今回読んでみて「海辺の光景」が大傑作であることは疑いないにしても、掌編の「宿題」がとてもいいなと思った。小学生が夏休みの宿題をやらなかったという非常にくだらないところから話はスタートするのだが、少しずつ自分の周辺を誤魔化していく姑息さと、その姑息さゆえにどんどん追い詰められていく情けなさが非常に安岡章太郎的で味わい深い。ポスターをペリペリしてもどこにもゆけないのに・・・。

  • 安岡章太郎の文章はパッと見たときの印象がすごくいいんだよなあ。
    海辺の光景は家族とのエピソードがかなりそのまま書かれているのではないだろうか。詳しいことは分からないけれど。他の小説のなかに似たエピソードが書かれているからそう思った。作中に出てくる養鶏のくだりとかは、愛玩を彷彿とさせ、そちらの作品では兎となっている。今読んでいたときのことを思い出そうとしても不思議と思い出せないのだけど、読んでたときは圧倒されながら文章を受け取っていた気がする。
    宿題、蛾、愛玩は再読で、この人の小説はなんの面白さなんだろう、読んでるときは面白いんだけど何か言葉で表そうと思うとちっとも思いつかない。
    はじめて読んだ雨がめちゃくちゃ好きだった。

  • 表題作である『海辺の光景』は突出して面白かったですが、残念ながらそれ以外の作品については平均的な感じ、というよりは物足りなさといった方がいいかもしれません、そういった読後感を持ちましたので、本全体の評価としては星4つになりました。「海辺の光景」だけを評価するのであれば星5です。もっと細かく言えば「海辺の光景」が星5で、それ以外が星3〜4です。

  • よい

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著者プロフィール

安岡章太郎

一九二〇(大正九)年、高知市生まれ。慶應義塾大学在学中に入営、結核を患う。五三年「陰気な愉しみ」「悪い仲間」で芥川賞受賞。吉行淳之介、遠藤周作らとともに「第三の新人」と目された。六〇年『海辺の光景』で芸術選奨文部大臣賞・野間文芸賞、八二年『流離譚』で日本文学大賞、九一年「伯父の墓地」で川端康成文学賞を受賞。二〇一三(平成二十五)年没。

「2020年 『利根川・隅田川』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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